噛み合わない
「噛み噛みじゃないですか! その、セリーヌさんはいったいどこのご令嬢です? まさか、素性も知らない相手と結婚するおつもりではないでしょうね」
ジェフが、目をつり上げて、アンドリューに詰め寄る。
「せ、せり、セリーヌという名前以外知らない」
「ですから、何で名前を噛むんですか! いいですか、貴方に相応しいご令嬢とのお見合いを──」
「そういうのは、もうたくさんなんだ」
アンドリューの声は、心底うんざりとしたそれだった。
──なるほど。私は、理解した。アンドリューが私と結婚しようとしている理由は、私をご令嬢方からの防波堤とするためだろう。アンドリューは美しいし、それに加えて、王弟という高い身分だ。彼に近づこうと思う女性は多いだろう。
それに、きっと、私がこの国の人間でないことは、アンドリューも察しているはず。あえてこの国では関わりのない私を娶ることで、貴族同士の反発を押さえることも、考えてのことではないだろうか。
「恐れながら、ジェフ様」
「なんです、セリーヌさん」
私は今考えていたことを、ジェフに話す。
すると、眉間にシワを寄せていたジェフも、だんだんと柔らかい顔になってきた。
「確かに、マドリッド家のご令嬢を娶れば、ハードナー家との衝突はまぬがれないでしょうし、これは、他の家にも言えますね。王太子殿下はまだ幼く、政情を鑑みるに、あえて、ここは後ろ楯のない少女の方が、アンドリュー様が次期王として担ぎ上げられないためにも、よろしいかもしれませんね」
そこで、言葉を切って、ジェフは、瞳を輝かせた。
「さすがは、アンドリュー様! てっきりこの私めは、その少女に一目惚れしたから、結婚したいといいだしたのかと思っていました。いやぁ、我ながらなんて、愚かな考えだったのでしょう」
「……あ、ああ。そうだ」
ジェフの言葉になぜか、アンドリューは、目をそらしながら、頷いた。
「わかったら、俺の部屋から出ていってくれないか。俺と彼女の結婚式は、3ヶ月後に行う。その準備をしてくれ」
「わかりました!」
では、失礼しますね、とジェフは嬉しそうに帰っていった。
ジェフが退出した後、アンドリューは、私に話を切り出した。
「あの、ジェフの前ではああ言ったが、俺は──」
アンドリューの手をとり、力強く頷く。
「わかっております。お役目立派に果たしてみせます」
特別になれなかった私に、意味を与えてくれた貴方のためなら、防波堤になろう。
「そうじゃなくてだな、俺は、貴女──せ、セリーヌのことが、」
「礼節については心配なさらないでください。私、隣国で以前貴族だったのです。もちろん、王弟殿下の妻となるには、足りないかもしれませんが、努力します」
「そ、それは頼もしいが……、」
アンドリューが複雑な顔をして、頷いたあと、意を決したような表情をして私の手を握った。
「俺は、貴女が好きなんだ」
「なるほど。そのような設定でいくのですね」
「せ、設定……?」
「確かに、相手は身分も後ろ楯もない私です。そこに恋愛感情がないともなれば、この結婚は、怪しまれますものね」
怪しまれないように、どのようにして、出会いそして、恋に落ちたか、話を詰める必要もあるだろう。私が、そういうと、アンドリューは、肩を落として頷いた。
「あ、ああ、そうだな」
──その後は、その辺りの設定を詰めて過ごした。