住宅営業『斎藤』の物語
次の日の1時。
午後1時になると、田中さんから連絡が。
『駐車場で待ってるから、準備してきてね』
俺は午前には準備は済ませていたので、そのまま駐車場に向かった・・・
『昨日はごめんね』
いつもは見せないちょっと影がある表情で田中さんから一言。
『いや。俺が悪かったです。すいませんでした。』
『・・・・まぁ、いいや。じゃいこっか』
そう言うと車の運転席に乗り込む田中さん。
『あ、俺運転しますよ?』
『うーん。いいや。自分で運転したいから』
『・・・分かりました』
そういって俺は助手席に乗り込んだ。
社用車だったが、普段田中さん専用のように使っている車だったので、女性特有の
いい香りがする車で、社内は綺麗にされていた。
『じゃーいくね』
田中さんとスマイルフレンドリーホームのロゴが掛かれた軽自動車と共に、
来場予約者の購入希望地に向かった。
道中は10分程度の場所だったが、沈黙がとても重い、とてもとても長い道のりだった。
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『なるほど・・・・これなら建築に十分な広さはありそうね』
現地に着くなり、田中さんがそう言う。
『え?まだ広さも図ってないし、敷地に入ってもいませんよ?
なんで分かるんですか?』
『それは、経験もあるかもしれないけれど、これ。』
そういってA3サイズの紙を見せてきた。
『これは公図って言うんだけど、さすがに見たことはあるでしょ?
この公図をみたら、大体で大きさは分かるし、家のプランを当てはめるだけだったら、
これで十分。
特に現地を見る必要もないかもしれない。
ただ、現地を見てみないと分からないことも多いじゃない?
例えば、敷地の目の前に大きな家があるとか、敷地内に電柱があるとか、井戸があるとか・・・・
そういった問題は実際に見ないと分からないし、今ではグーグルマップなんかでも見られるけれど、
やっぱり自分で確認しないと駄目だよね。
今回はその為に来たの。
まあ一応、不動産屋さんには許可を得ているから、広さの確認くらいはするけれどね』
『はぁ・・・じゃーあまり意味がないってことですか?』
『斎藤君・・・
・・・・まぁいいや。そこに車止めるから寸法だけ、図っちゃいましょ』
そういって、道路脇に車を止めて、20mもある大きな巻き尺で土地の寸法を測っていった。
時間は5分も掛からなかったが、やはり重たい空気のせいか時間が長く感じた。
『じゃあ、次は約調にいこっか』
『約調?』
『あぁ、役所調査のことね。市役所に行って、この敷地の法的なことを確認するの。
例えば、建ぺい率とか、容積率とか・・・実際に家が建てられるのか?とか』
『え?この土地って不動産屋から紹介を受けている土地ですよね?家が建てられないとか、考えられなくないですか?
あと、これ。
この土地の建ぺい率なんかは、昨日事前に調べてまとめておきました。
これがあれば、役所に行かなくてもいいですよね?』
と言って、田中さんA4にまとめた資料を渡した。
『へー。良くまとまっているね。
・・・・でもこの情報ってどこで調べたの?きっとネットだよね?
その情報って本当かどうかって君に分かる?
もしかしたら、間違いだったり、記載ミスだったりとか考えない?
不動産屋だって絶対に正しいとは限らないし。』
『そんなこと言われたら、全ての情報がそうなりませんか?
俺からしたら、全く逆に役所の人が間違えた情報を教えてきたらどうしようって思います。
俺たちは普段からこういったこと住宅のことの仕事をしていますが、役所の人達って言われなきゃやってないでしょ。
専門家でもないんだし。
別に俺だって役所に行きたくないわけではないし、仕事だから行けって言うんなら行きます。
ただ、明らかに意味が無いと思えることはやはりしたくないと思うのは、間違いですかね?』
『・・・間違いかどうかで言えば、間違いではないね。
ただ、斎藤君の考えは全て正しいとも言えないかも。
色々な考えを持ってしっかりと仕事をしてくれているのは分かったから、
今日だけは私の顔を立てて、付き合ってくれないかな?』
『・・・・分かりました。今日は口出しはしません』
『もう・・・まぁ、いいや。
じゃー片付けて市役所にいきましょう』
現地から、役所まで車で10分。
やはり、とてもとても長い道のりだった・・・・