俺を呼んだ手紙
作品中の住所・名前等に関しては全てフィクションです。予めご了承ください。
11月11日、雄太に一通の手紙が届いた。
宛先は丁寧に書かれており、シンプルな封筒が目を引く。
「誰からだろう?」
封筒の消印は長野県。差出人の名前は記入されていない。
表には雄太の住所と、『東雄太君へ』と雄太のフルネーム。
それ以外は特に何も書かれていなかった。
「とりあえず…開けてみるか。」
雄太はハサミを取り出すと、封筒の端から切っていく。
中を覗くと一枚の写真があった。
草原の上を走っている少女の写真、それ以外に何も入っていない。
「…誰?」
知り合いだろうかと、必死に記憶をさかのぼるが思い当たる節は無い。
イタズラか、送り先を間違えたのか。
いずれにしても自分とは関係ないと思っていた。
雄太は机の引き出しにそれを押しこむと、学校へと出掛けた。
学校に着くと、いつもと変わらないクラスメイトがホームルームを待っている。
この中の誰かが、あの写真を送って来た可能性も有るが、
ざっと見渡してもそれらしい人物はいない。
「何か…気味悪いな…。」
雄太は呟くと、自分の席へとついた。
「おっす。雄太。」
早速隣のクラスメイトが声を掛ける。
名前は須藤彰、中学からの親友だ。
「おっす。彰。」
雄太は軽く挨拶を交わすと、彰の顔をマジマジと見つめた。
「…何?」
彰は不思議そうな顔をし、雄太に問いかけた。
雄太は「なんでもない。」と答えると、窓の外に目を向けた。
「…まさかな。」
一人呟くと苦笑を浮かべる雄太。
「変なヤツ…。」
それを見た彰は一言呟いて、自分の席へと戻った。
―あの少女は一体…。
雄太の脳裏から、あの少女が離れなかった。
その日は授業もそっちのけで、あらゆる可能性を考えていた。
最後の授業が終わると、雄太は足早に学校を後にした。
写真が気になってしょうがないようだ。
「もう一度見れば…何か思い出すかも。」
一人家路を急ぐ。ほどなくして家へと辿り着いた。
「ただいま〜。」
雄太が部屋に上がろうとすると、母親が呼びとめた。
「ちょっと雄太!」
面倒くさそうな表情を浮かべ、雄太は母親を見る。
すると手には、一通の手紙が握られていた。
「母さん…それは?」
雄太は母親に問いかけた。
「あぁ、手紙が届いてたのよ。雄太宛に。」
雄太はむしり取る様に、母親の手から手紙を奪った。
「ちょっと!!」
母親が怒った様子で雄太を見る。
「ゴメン!!後で!!」
そう言うと雄太は足早に部屋へと戻った。
部屋に戻り、封筒をじっくりと眺めてみる。
今朝届いた手紙と見比べてみると、全く同じ外見だ。
雄太はイソイソと開封すると、中を覗き込んだ。
すると、また新しい写真がそこにあった。
取りだして写真をじっくりと眺める。
田舎の町並みがそこには写っていた。
「どこだここ…?何か見覚えある様な無い様な…。」
これだけでは、特に思い当たる事は無い。
雄太は二枚の写真を手に、ベッドの上に寝転んだ。
「なんとなく…懐かしいな…。」
そんな事を考えていると、いつの間にか眠ってしまった。
「…雄太君…」
誰かが雄太を呼んでいる。
「雄太君!!」
今度ははっきりと聞こえた。
雄太は辺りを見渡して見る。
「ここは…写真の町?」
先程の写真の中にいる様に、景色は鮮明に映し出される。
それどころか、音も、風も、匂いも、温度も鮮明に雄太は感じ取れた。
「夢…だよな…これ…。」
現実となんら遜色も無く、思考さえも働いている。
雄太は町を散策する事にした。
町の中には誰一人として存在していない。
一つ白い建物が見える。
「…病院か?」
その建物を目指し、雄太は歩いて行った。
暫く歩くと、一人の少年の姿が有った。
「子供…子供の時の俺?」
よく見ると、昔の自分にそっくりだ。
雄太は声を掛けた。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど。」
少年は雄太に見向きもせず、ある方向を見つめていた。
視線の先には先ほどの病院があった。
雄太は少年の視線を目で追い、病院を目で確認した。
振り返り少年に再び尋ねた。
「あの病院…」
少年の姿は既にそこには無く、雄太の声だけが木霊した。
雄太は病院へと向かった。
病院の入口に着いたが、ドアは開かなかった。
仕方なく裏口を探していると、庭で遊ぶ少年と少女の姿。
「俺と…誰?」
近づいてみると、そこには子供の時の自分と、写真の少女が居た。
二人仲良く遊んでいる様だった。
話声が雄太の耳に届く。
「雄太君、また遊んでくれる?」
「うん!僕、鈴音ちゃんにまた会いにくるよ!!」
「約束だよ!」
「うん!約束する!」
ほどなくして、母親が雄太を迎えに来た。
泣きじゃくる二人を見て、母親は困った顔をしていた。
すると、鈴音の母親も病院の中から現れ、二人をなだめていた。
「これは…一体…俺の過去…?」
雄太は混乱していた。
夢の中で過去を見た事例は知っていたが、いざ自分が体感すると
現実なのか、夢なのかわからなくなってくる。
そんな光景をボーッと眺めていると、鈴音がこちらを見ていた。
沈黙が二人の間に流れる。
「……ね…君…」
はっきりと聞き取れなかった。
「今なんて…」
問いかけようとした雄太の目の前は、段々と白く染まっていった。
「鈴音ちゃん!!…あれ?」
どうやら夢から覚めたらしい。
雄太は体が汗でびっしょりと濡れていた。
「気持ち悪…」
体がベトベトしていたので、雄太はシャワーを浴びようと下へ降りた。
すると母親と父親が何やら話している。
雄太はタオルを取りにリビングへ入ろうとすると、
父親が驚きの声を上げていたのが聞こえた。
雄太は耳に入ったが、特に気にする訳でも無く、
風呂場へと足を運ぼうとした。
その時、聞いた事のある名前を父親が叫んだ。
「まさか…あの鈴音ちゃんが…」
―バタン!!
突然ドアを開けた雄太を、両親が驚きの表情で見ていた。
雄太は冷や汗を流しながら、父親に問い詰めた。
「父さん…鈴音ってまさか…」
目を伏せる父親。雄太はいらつきながら、今度は母親を問い詰める。
「母さん!!教えてくれよ!!鈴音ちゃんの事!!」
母親は少し考えると、雄太に向けゆっくりと話しだした。
「…あなたが五歳の時だったわ…。」
「家族旅行で、私達の知人の住む町へ行ったの。」
雄太の中で全てが繋がり始めていた。
あの手紙も、あの夢も全ては…。
そんな雄太を見て、母親は言いづらそうに話しを続けた。
「雄太はそこで、私達の友達の娘さんと仲良くなっていたわ。」
「二人は凄く仲が良くて、帰り際には二人とも泣いて大変だったのよ?」
母親は懐かしむ様に笑みを浮かべている。
雄太はそんな母親の話をただ、黙って聞くばかりであった。
「鈴音ちゃんは…その後すぐ入院したわ。」
「原因は分からないけど、重い病気にかかったの。」
それを聞いて、雄太の胸は小さく痛んだ。
針で刺される様な痛みに、雄太の表情も曇っている。
「それで…鈴音ちゃんがどうしたの?」
雄太は恐る恐る聞いてみた。
母親の口から、悲しい事実を聞いてしまった。
「…後、1ヶ月の命だそうよ…。」
雄太に衝撃が走った。あの手紙は病室から出していたのだろう。
雄太は全てを理解した。
「母さん…鈴音ちゃんの居場所を教えてよ。」
「…!!」
雄太の言葉に母親は驚き、顔を伏せたが暫くして、顔を上げて雄太に伝えた。
「長野県の横川市よ…。いくの?雄太。」
母親の問いかけに雄太は小さく頷いた。
雄太は部屋に戻り、慌てて荷物を纏め始めた。
―鈴音ちゃん…今から行くから…。
雄太は慌てて家を飛び出した。
明日からも学校はあるが、そんな事はどうでも良かった。
走りながら、雄太はあの日の事を思い出していた。
―あの日…両親と旅行に行ったあの日。はぐれてしまって俺は泣いていた。
そんな俺に声をかけて来たのが、他でもない鈴音だった。
両親と合流するまで、ずっと傍にいてくれたのに。
俺はあの日交わした約束を忘れていて、
そんな俺に手紙をくれた鈴音。
きっと…あの日交わした約束を、ずっと覚えていたのに。
ゴメン…今から行くから…今度は俺が…傍に居るから!!
雄太の目には薄らと涙が浮かんでいた。
それをゴシゴシと拭き取ると、雄太は全力で駅へと向かった。
雄太は切符を買い、電車に乗り込む。
雄太を乗せて電車は走り出した。
鈴音が待つ町へと…。
―遅い…もっと早く…
普段何気なく使っている電車だが、今日に限ってやたらと遅く感じる。
一つ…二つ…駅を通り過ぎる度に、景色がどんどん変わって行く。
そんな景色を眺めながら、雄太は自分の気持ちを見つめ直していた。
―鈴音に会って何を言おう。何がしたいんだろう?傍にいてどうする…
考え込む雄太。
そんな時、携帯が突然鳴り始めた。
着信は彰からだった。
正直、誰かと話す気分では無かったが、仕方なく電話に出た。
「…もしもし。」
「何か暗くない?何かあった?」
「何でもないよ。」
この辺は親友らしく、雄太の様子を気遣っているらしい。
電話先で彰が何か話していたが、雄太の頭には入ってこなかった。
「雄太…大丈夫か?」
不意に聞こえた彰の優しい声が、雄太の心に沁み渡った。
たった一言だが、張りつめた雄太の心を砕くには十分だった。
「彰…お前さ、約束破った事ある?とっても大事な約束。」
彰は暫く考え込むと、一言「あるよ。」と答えた。
続けて雄太は問いかける。
「その時さ…お前、相手に何て言った?」
彰は溜息をつくと雄太に答えた。
「はぁ…そんなもん謝るに決まってるだろ?」
「いいか雄太、約束ってのはな、守るからこそ価値があるんだ。」
「それさえ分かっていれば、他に言う事ないだろ?」
たまには彰も良い事を言う。
彰の言葉を聞いて、雄太の胸は少し軽くなった。
「彰…有難う。」
「珍しいじゃん。お前が俺に『有難う』なんてさ。」
お礼を言う雄太に、彰が冗談めかして答える。
おそらく照れているのだろう。
「彰…俺、明日から暫く学校休むから。」
「…わかった。頑張れ。」
「…ああ。」
彰は状況を分かっていなかったが、雄太の態度と声を聞いて、
何か大切な用事があるのだろう。と判断した。
何も言わなくても分かってくれる。それが親友なのだろう。
少しだけ涙が出た雄太は、心の中で彰にまた礼を言った。
電車に乗る事数時間、鈴音の町へと辿り着いた。
辺りはすっかり暗くなっていたが、雄太は病院へと向かった。
町を歩いていると、夢で見た風景そのもので、それが雄太に余計な不安を与えた。
病院へと辿り着いたが、既に面会時間は過ぎており、雄太は途方に暮れていた。
「鈴音の家に行ってみようか…。」
雄太は鈴音の家へと、記憶を頼りに向った。
少し迷ったが、無事辿り着いていた。
玄関のチャイムを鳴らすと、鈴音の母が出迎えてくれた。
雄太の両親から連絡が行っていたらしく、食事と寝床が用意されていた。
雄太は両親に電話を掛け、お礼を言った。
母親は雄太に一言、
「雄太の気の済むまで、頑張りなさい。」
そう言ってくれた。
長旅の疲れからか、雄太は泥の様に眠った。
翌日、鈴音の両親と共に、鈴音の病院へと向かう。
病院へは直ぐ着いたが、中々入れずにいた。
勇気を出して、鈴音の部屋へと向かった雄太。
ドアを開けると、少女がこちらを見ていた。
雄太は恐る恐る声を掛けた。
「…鈴音?」
少女は雄太を見ると、不思議そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい…誰ですか?」
分からないのも当然だろう。最後に会った日から、もう12年も経っている。
雄太の見た目も随分と変わっていた。
それは鈴音にも言える事だった。
少女といったが、見た目は既に女性と言ってもよい。
幼さの残る顔立ちとは対照的に、女性的な体つき、長く伸びた黒い髪は
良く手入れがされている様で、光が美しく反射している。
そんな鈴音の姿に少し見とれてしまい、雄太は反応が遅れた。
「え?…ああ、俺?東雄太。覚えてない?」
名前を聞いた瞬間、鈴音は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「雄太君!?来てくれたんだ…嬉しい…。」
そう言った鈴音は、薄らと涙を浮かべながら笑っている。
その姿があまりにも可愛くて、雄太は再び見とれてしまった。
「…雄太君?どうかした?顔真っ赤…」
指摘されて雄太はハッとした表情を浮かべ、「何でもないよ。」と誤魔化した。
そんな雄太を見て、鈴音はクスクスと笑っていた。
―謝らなきゃな…約束を忘れていた事…。
雄太は思い切って話を切り出した。
「ゴメン、鈴音。俺は約束を忘れてたんだ…。」
「本当にゴメン!!」
鈴音はキョトンとすると雄太に言った。
「…でも、雄太君はここにいるよ。」
「それじゃいけないのかな…?」
鈴音は優しく雄太に問いかける。
雄太は涙が出そうになったが、グッとこらえた。
無理やり笑顔を作り、雄太は言った。
「やっぱり、鈴音は変わってないね。昔と一緒で優しい。」
それを聞いて、鈴音は真っ赤に顔を染めた。
「そうかな…有難う…。」
それから雄太は思いつくままに喋った。
学校の事、家族の事、友達の事…
鈴音は黙ってそれを笑顔で聞いていた。
夢中で話している内に面会時間が終わりに近づいて行った。
鈴音の両親が雄太を迎えに来た。
「じゃあ、明日もまた来るから。」
「うん。待ってる。」
鈴音は笑顔でそう言うと、小さく手を振って見送った。
雄太もそれに応えて、小さく手を振ってさよならを言った。
家に戻ると鈴音の両親にお礼を言われた。
「有難う。雄太君。」
「あんなに楽しそうな鈴音は久しぶりだよ。」
雄太は照れながら「大した事はしてないです。」といった。
それから鈴音の両親と少し話をし、そのまま床についた。
「明日は何を話そうか…」
雄太は深い眠りに着いた。
それから翌日も、その次の日も。
来る日も来る日も鈴音と語り合った。
空白の12年間を埋め尽くそうとする様に、
幾ら話しても、会話が途切れる事は無かった。
本当に鈴音は死んでしまうのだろうか?
そんな風に雄太は思い始めていた。
いつまでも続くかに思えた時間。
だが、ある日突然…その時間は潰えた。
鈴音との面会時間が終わり、家に戻った雄太は
彰から送られてきた学校の課題を終わらせていた。
深夜2:00
突然電話のベルが鳴りだした。
「夜中の電話は不吉の知らせ」
そんな言葉がある様に、この電話は雄太たちへの不吉な知らせだった。
「鈴音さんの容体が急変しました…直ぐに病院まで来て下さい。」
担当の看護師さんからの電話。
慌てて雄太は駆けだした。
「鈴音ーー!!」
がむしゃらに走りつづける。
だが、足が思うように進まない。
地面を踏み締める足に、力が全く入らない。
それでも歯を食いしばり、雄太は鈴音のもとへと急ぐ。
病室に行くと、そこには静かに眠る鈴音の姿があった。
滴る汗を拭きながら、雄太は鈴音のもとに近寄って行く。
―すぅ…すぅ…
寝息が聞こえる。
どうやらまだ命は繋がっているらしい。
雄太は安堵の表情を浮かべ、椅子へともたれかかった。
暫く鈴音の寝顔を見る。
すると、担当医に呼ばれ、雄太は別室へと案内された。
「雄太さん…申し上げ難いのですが…」
担当医は悲痛な面持ちで雄太に告げる。
「鈴音さんは…恐らく明日まで持たないでしょう。」
「…ッ!!」
「力及ばず…申し訳ありません。」
謝る担当医に、雄太が食ってかかる。
「…ふざけるなッ!!」
担当医の胸倉を掴み、雄太は言葉を続ける。
「あいつは…あいつはまだ17なんだ…」
「先生…頼むから…後一年…一か月…一日だっていい!!」
「何とかして下さい…お願いします…先生…お願いします…」
涙を流しながら訴える雄太を見て、傍に居た看護師も涙を流した。
誰にもどうしようも出来ない事はある。
だけど、そのどうしようも出来ない事をどうにかしたいと願い、
人は余計に傷ついて行く。
雄太もまた然り。
力なく項垂れる雄太に、看護師が優しく告げる。
「雄太さんと話している時、鈴音さんは辛い顔をした事がありませんよね?」
雄太は小さく頷く。
「鈴音は…いつも笑顔で俺の話を聞いてくれました。」
看護師は言葉を続ける。
「本当は…鈴音さんの病気はずっと進行していたんです。」
「…ッ!?そんな…でも鈴音は…いつも…」
驚く雄太に看護師は更に言葉を続けた。
「鈴音さんは私に言ったんです。『雄太君が心配するから毎日笑顔で過ごします。』と。」
「本当に鈴音さんは、あなたを大切に思っています。」
雄太は涙が止まらなかった。
「だから、今は…誰よりも雄太さんが傍に居てあげて下さい。」
看護師は頭を下げる。雄太は涙を拭き、立ち上がった。
「…俺、行きます。」
看護師は小さく頷くと、部屋のドアを開けた。
雄太は鈴音のもとへと向かった。
病室には鈴音が眠っている。
ベッドの傍に腰掛けると、鈴音の手を握った。
「ゴメン…鈴音…ずっと苦しかったんだな…」
そう呟くと、鈴音の唇がかすかに動いた。
そして鈴音はゆっくりと目を開け、雄太に言った。
「…雄太君…あなたが来てくれて…傍にいてくれて…毎日が楽しくて…」
―ゴホゴホッ
小さくせき込む鈴音。構わず言葉を続ける。
「嬉しかった。有難う。ごめんなさい…ごめんなさい…」
泣きながら謝る鈴音。
―何で…何で謝るんだよ?謝らなきゃいけないのは俺なのに…
鈴音…
雄太も涙を流し、鈴音の手を強く握った。
「暖かいな…雄太君の手が…凄く…暖かい。」
段々と意識が薄れていく鈴音。
もう残された時間は少ない。
「雄太君…」
鈴音が小さく言葉を出す。
「ん?何…?」
雄太は精一杯の笑顔で切り返した。
「雄太君…好き…」
そういうと鈴音はニッコリと笑った。
雄太は涙を流すまいと、必死に笑顔でそれに答えた。
「ああ…俺も鈴音が好きだよ。誰よりも…好きだ。」
―有難う。
かすかにそう鈴音の口から聞こえた。
雄太は静かに頷いた。
そして、鈴音は短い一生を終えた。
雄太は翌日、鈴音の両親が来るまで、ずっと鈴音の手を握っていた。
翌日、鈴音の葬儀がしめやかに行われた。
葬儀には雄太の両親も駆け付けた。
遺影に使われたのは、あの写真。
鈴音が楽しそうに草原に立つ写真。
それを見て、また雄太は涙を流した。
別れ際、鈴音の両親に手紙を一つ貰った。
実家に帰り、その手紙に目を通した。
―雄太君へ
この最後の手紙は雄太君に届くかな?
届いていたら嬉しいです。
雄太君との約束があったから、私は今まで頑張れました。
雄太君が来てくれたから、毎日が幸せでした。
有難う雄太君。大好きです。
もし…
そこから先は書いてなかった。
雄太はその手紙を、大事に机の中へとしまった。
その後、雄太はいつもと変わらぬ日常を過ごす。
友達と笑い合い、遊び、勉強する。
そんな当たり前の毎日。
ただ一つ変わった物は、雄太の定期入れには
鈴音の写真が挟まれている事。
決して忘れはしないだろう。
だが、悲しむ事はないだろう。
悲しめば、その分鈴音は悲しむと思ったから。
鈴音の四十九日、雄太はお墓参りに行った。
そこで鈴音と約束をした。
「鈴音…俺は今を精一杯生きるよ。お前の分まで…。」
「俺を…鈴音の所まで呼んだ手紙と一緒に。」
「絶対…忘れないから。」
辺りを優しく風が靡く。
雄太は新しい道を歩みだした。
鈴音の思いを胸に抱いて。
感想を頂ければ幸いです。




