5。dēbacchor
「うぅっ。」
冷たい水が目を覚ませた。重い瞼がびくびく震えた。気がついたら、目の前に見える険しい顔。手を縛られたまま、椅子に座っていた。不幸中の幸いは、体は自由だったこと。とは言え、何人の騎士に囲まれたままでは、逃げることさえ出来なかったが。
「反逆者・ウェヌスタスは女王さまに『愛の妙薬』を飲ませ、惑わせた。自分の罪を、認めるのか?」
起きたばかりで状況がわからない少女はとろんとして男を見上げた。
「認めないなら、認めるまでだ。」
鞭打ちが生む痛みが目を覚ませた。痛い、逃げたい。いや、なにかおかしい。被虐性淫乱症のはずなのに、打たれることが嬉しくない。それは一つの疑問を持たす。もし、被虐ではなく、あの人を愛していたのなら。
そう、あの人にされて、やられる事が、嬉しかった。あの人のものになりたかった。自分だけ求め、盲目的に光る瞳が、ありえないほど愛しかった。
「僕が引き受けよう。」
慣れたけど、懐かしくない声が聞こえた。これは確かに、エリック公爵の声。
「お前らは、外で見張りをしていろ。」
「はい!」
何冊に重なった足音が消えた後、公爵は少女に近づいた。
「お前だな、女王の目を奪ったのは。」
公爵は葉を食いしばり、少女の頬を打った。女王より何倍の強さ。だけど、快感は感じられない。残るのは、痛みだけ。
「余計なことをしてくれたおかげで、こっちの計画が失敗した。」
「ーっ。」
「何年間の待ちを、お前が無駄にした!」
公爵は少女を突き飛ばした。椅子ごと倒れて、頭の中痛みが鳴る。こんな酷い目にあっても、少女はなにも感じられない。
「まあ、妙薬なんかまた飲ませたらよい。薬が効く間に雌犬にして、気が済むまで犯した後、殺してやる。」
「だ、めっ…!」
「調子にのるな、下品な女!」
踏み躙られた傷から血が熱い流れる。痛い、苦しい。誰か、助けて欲しい。
「お前、まさか女王にずっと愛されるつもりか?笑わせんじゃねぇ。」
答えず唇を噛む少女を、公爵はあざ笑う。
「あの薬の効果は三日だけ。その後は、愛情がなくなり、相手を憎むことになる。」
「そんな…。」
偽りの愛だと知っていた。それでも信じたかった。こんな現実と向き合いたくなかった。
「きっと、お前みたいなやすっぽい女は、自分の美しさだけ信じてー。」
やっと少女を顔を見た公爵は、ゆっくり顔を味わう。
「少し、楽しむこともよいだろう。」
「ひっ!」
肩を掴む手が不愉快な気分を産み出す。今からなにをやられるのか気づいた少女は公爵のあそこを蹴った。
「ぐっあっ!」
倒れていた少女はそのうち立ち上がり、逃げ始めた。
「閣下!?」
「こら、なにしてるんだ。やつを捕まえ!」
怒りの命令が遠くなるまで、少女は走り続けた。城の隅にやっと身を隠した少女は息切れして跪いた。
「陛下…。」
意識を失う前の小さな呟き。その聞こえるはずのない音が、誰かに届いた。
「うむ?」
頬杖をついたまま騎士たちの説明を聞いていた女王は、ふと部屋を見回そた。
「陛下?」
「なんでもない。報告を続け。」
「はい。城の中で忌まわしい禁呪の跡を発見しました。」
「ああ、そうか。」
女王の指が王座の取っ手をゆっくり叩いた。前なら非常に戦いを求めて、大喜びしたはずなのに。もう血が血を呼ぶ暗闘も無意味な計略も楽しくなかった。興味を持つものは、あの子のことだけ。
「恐れ入りますが、その禁呪は陛下を向いていました。」
「ああ。」
女王に命が狙われる脅威はいつものこと。大したこともない。
「ただいま、陛下に『愛の妙薬』を飲ませたメイド・ウェヌスタスを捕縛しー。」
静寂の中、窓が破れる。吹き荒れる嵐が騎士の言葉を切る。
「そう、そうか。そうだったな。」
やっとパズルを完成させた。少女の言葉と迷う瞳。その意味がわかった女王は今、果てしない幸せを感じる。
「アハハー。」
全ては誤解。二人の思い違い。そこまで感じながらも断った理由は多分、罪悪感のため。だからきっとー。
「アッハッハッハッ!」
あの子に嫌われてるわけではなかった。
「へ、陛下?」
「なんだ。」
冷たいとは言えない、凍りついた視線。見るだけで、剣で心臓を刺されてるよう。
「これが、エリック公爵が陛下のため献上した解毒剤です。」
「どけ。」
「で、でもー。」
女王の手振りにガラス瓶が破れて、解毒剤が漏れた。黒い液が生きているようにどろどろする。
「なら、きみが飲んでみろ。」
黒い液が近づくと、騎士は後ずさりした。その顔こそ、まさかの『恐れ入り』。
「愛の妙薬だと?」
笑いが止まらない。
「ふざけるな。それはただ、いかさま師の媚薬だろう?」
愛の妙薬。それは、魔女となのる者のごまかし。まあ、ちょっとは効くかも知れない。発情期の猫のようになる催淫薬だから。足ががくがくして、目の前のものとの交尾を求めるはず。
「そんなごまかし、儂にはきかんぞ。」
なにが入ってるのかくらい、全てお見通し。こう見えても、氷と水を扱ってるから。気にしなかったのは、どうせ効かないから。つまらない舞踏会で、突然現れた愛しい少女にー。
「あの子は?」
笑いが止まった。部屋の中の全員が凍りついた。彼らが捕まえたのはもはや『反逆者』ではなく『女王の愛人』。
「罪人には、然るべき処置を…。」
「命じた?」
「え?」
「そんなの、命じた?」
首を傾げながら、女王は近づいた。すごい威圧感が、全員を襲う。
「お、恐れ入りますが、反逆は三族の罪…!」
女王が騎士の顎を捕まえた。少女の顎を指でクイッと持ち上げる時とは、異なる行動だった。
「つれてこい。」
空回りしていた毒が騎士の素肌を触れた。溶けて落ちる肌を見て、何人は悲鳴をあげ、何人は気を失った。逃げようとする騎士たちを、毒の檻が閉じ込めた。
「あの子になにかあったらー。」
いつもと違って、人が恐怖に震える身を見ても全然楽しくない。心配になる。あの子もこのような痛みを感じているのではないか。どこかで泣いているのではないか。だからむかつく。いらいらする。もし、あの肉片を切って野良犬に投げたら気が済むかな。
「その身を腐らしてあげる。」
+ボーナス+
跪いた人々の中、腐乱した顔を見た騎士は狂ってしまった。悲鳴の中で、女王は手にした赤い水をゆっくり振ってみた。
「ふむ、これかー。」
ガラスに映す女王は、にっこり笑っていた。
「で、使用法は?」
「の、飲ませたら三日くらいは効果を与える、と。」
「短いな。」
揺れていた水面が沈めた。
「これは押収。」
「は…?」
「どうせ家畜用発情剤だろ?」
「そ、その薬は、かなり高いー。」
「そう?」
キラキラする笑顔が、広がった地獄とはアンバランス。
「なら、きみは除外。」
「な、なにをー。」
「等価変換。」
人質の騎士たちが悲鳴をあげた。空回りしていた黒い液が、雨となり、降り始めた。動けない騎士たちは逃げもせず肌に当たる雨に濡れた。
「これでいい?」
女王は少女を探させた。見つけないと、全員を殺すと言った。だが、見つけなかったら『絶対』殺すだけで、『虐めない』とは言ってなかった。
「死にたくなるまで可愛がってあげるから。『殺してください』と言ってみて。」
地獄に似た空気の中、女王はぱっと笑った。




