彼女は男の娘
5月の昼下がりの。
静かな学舎に終了を告げるチャイムが鳴り響くと、一気に子どもたちのにぎやかな声で埋め尽くされた。
「はーい、帰る準備終わりましたかぁ?」
先生の、質問に生徒たちは元気よく返事を返した。
「帰る前に、おはなしがあります」そう先生が切り出すと、今までざわついていた室内がしーんと、静まった。
「皆さんも知っていると思いますが、皆さんの登下校の道に変質者が目撃されているとの情報が入っています。
先生たちや地域の方々もパトロールは強化していますが、皆さんも十分注意して、なるべく一人で帰らないようにしてください。」
先生の話が終わると、日直の生徒が号令を出し、「さようなら」の声が教室に響いた。
勢いよく出る子もいれば、友達とお話ししながゆっくり出る子。様々に教室から出て行くなか、その娘はゆっくりとランドセルを背負う。
その娘が動く度に、周りの子は帰りの挨拶を交わしていく。
その言葉に、ひとつずつその娘は丁寧に返していく。
「綾氷雨さん、一緒に帰らない?」一人の女の子が声をかけた。可愛らしい笑顔を見せるその子は、はっきりとした顔立ちをしている。
まぁ、クラスでも目立つ存在であろうことは予想がつく。
「花田さん、お声かけ嬉しいのですが、今日はお稽古の日なので一緒には帰れないのです。すみません」
小学生とは思えないほどの丁寧な言葉遣いで答えたこの子は綾氷雨楓-あやさめかえで-小学生とは思えない礼儀正しい娘である。
「今日は車なの?」花田さんの質問に、いいえと答えると花田は目を丸くして驚いた顔をした。
「一人で帰るの? そんなの危なくない?
先生も言ってたじゃない、不審者が出てるから一人では必ず帰らないようにって」
「ご心配ありがとうございます、花田さん。今日寄るお稽古場所は、そんな遠い所ではないですし、それに稽古終わりのお迎えはきちんと来ますので」
でも…と、心配したが、本人からとても丁寧な言葉遣いで説明を受けてしまってはなにも言えなくなってしまい、
「そう、じゃ気を付けてね。 バイバイ」
自分に納得するように、花田は明るく挨拶を交わし教室を後にした。
綾氷雨も、ゆっくり教室を後にした。
下駄箱に着くと、走ってきた男の子が綾氷雨のランドセルを勢いよく叩いて来た。
「楓! 今日も稽古か?」
声をかけてきたのはこの娘の幼馴染みである、となりのクラスの「高橋颯真-たかはしふうま-」である。
小学生のあどけなさはあるが、イケメンな男の子でとても人気が高い。
「颯真は、家の手伝いですか?」
綾氷雨の言葉に、高橋は「まぁね」と、答えた。
高橋の家は、代々の老舗和菓子屋である。
子どもながらにして、絶対的味覚を持っており、今やこの店の味を決めているのはこの子といっても過言ではない。
「楓は、稽古だろ? 途中まで一緒に帰ろうぜ」
二人は、並んで帰った。
帰り道、今日の出来事や家でのことなどいろんな話をしながら歩いたが、楓が決められている登下校コースから外れて歩き出したため颯真は、その場に立ち止まり「そっちは、帰り道じゃないだろ?」と、話しかけた。
「稽古の前に、お婆様のとこに寄らないといけないんだ」
と、綾氷雨は答えると颯真は楓の方向に歩き出した。
「楓ぇ、先生の話聞いてなかったのか? 一人行動は禁物だぞ!
それにもう少しお前は自分の容姿には注意を払えよ」
颯真は、少し怒った顔をしている。
心配するのも無理もない、なんせ綾小雨楓は小学生とは思えないほどのとても端正な顔立ちをしている。
スタイルも良く・とても小学生とは思えないほどの美しい容姿を持ち合わせていた。
しかも、成績優秀であり・性格も決して人を見下したりするようなことはしない、そう! 完璧という言葉がガッチリハマる人間なのである。それに…
「それと、お前んちは金持ちなんだからマジで気を付けろよ」
偉そうな態度で歩きながら颯真は楓の前に立った。
「でも、誰かと一緒なら道を外れても先生に怒られないだろう」
と、ニカッ! と笑って前へ歩き出した。
楓も、「ありがとう」と、少し笑みを浮かべて颯真に言うと一緒に歩き出した。
楓の祖母の家はそんなに遠くはない。下校コースから外れて五分位したら到着する。
二人で喋りながら歩いていたので、祖母の家にはあっという間に着いていた。
事を済ませた二人は、祖母に挨拶をして家を後にした。
少し歩いて、颯真が声をかけた。しかも、今にも消えてしまいそうなとてもか細い声だ。
楓は少し驚いて、心配に声をかけると、羽詰まった表情を見せながら颯真は言った。
「かえでぇ、・・・トイレ行きたい…」
…楓は、無表情に「さっさと行って来い」とばりの表情を浮かべて祖母の家を指差した。
何故出る前に行かなかったのか! と、問い詰めたかったが親友のどうしよう無い表情を見てしまったので、何も言えなかった。
「一人で帰るな! 俺が来るまで待ってろよ」
そう言い放ち、急いで引き返していった。
言うことは、一丁前のことなのだが…楓は仕方なく、その場で待つことにした。
「我が親友ながら、アホである」
そう呟きながら、空を眺めた。
まだ、冷たさが残る三月の季節に少し暖かな風が吹いてきた。
横に影を感じ、視線を向けるとそこには見ず知らずの男性が立っていた。
トレンチコートを着て、見るからに怪しい雰囲気を醸し出している。
荒い息をしながら、楓に声をかけた。
「おっ…お嬢ちゃんはハァ、一人かい? かっ…かわいいねぇキミ…」
楓は、固まったかのように動かずその男を見ていた。
「かっ…かわいいお嬢ちゃんに、と、とってもいいものを見せてあげるから♡」
そう言うと、男はトレンチコートのの前を勢い良く開けた。
トレンチコートの下は、予想の通り素っ裸でもちろん、おっさんのイチモツも露になっていた。
「はぁはぁ、あぁ…そ・そんな見つめられて、おじさん気持ち良くてたまらないよぉ♡」
解放感に包まれているのか、おっさんはとても気持ち良さそうに浸っている。
……、……。
二人の間に、沈黙の時間が流れる。
イチモツを出すおっさんに、楓は恐怖おののくどころか真面目な顔をして、その一部を凝視していた。
「きゃー!!」たぶん、こんな言葉を待っていたはずであろう。
こんな年端も行かない子どもに悲鳴を挙げられることなく、ただ真っ直ぐに見られているこの光景は、とても不思議なものである。
沈黙の中、楓は手を顎に当て考え事を始めると、また二人の間に沈黙が流れる。
下半身露出中の男性は、その空気に痛たまれなさを感じ始めているところに、やっと楓は口を開いた。
「すみません、身内のモノしか見たことがなく、世間知らずで申し訳ないのですが、普通はその……。」
とても丁寧な言葉に乗せられて、たぶん男性として聞きたくない言葉を聞かされてしまうと感じたおっさんは、少し涙を浮かべながら大声をあげた。
「やめてくれぇ‼️」
ちょうど、用を済ませた颯真がお礼を言い敷地から出ようとした時に男性の叫びにも聞こえる声が聞こえた。
咄嗟に、友の危険を感じすぐに駆け寄った。
「楓! てめー、俺の親友に何してんだ!」
ダッシュで動いたその体は、二人との距離を縮めるごとに少しずつ失速していった。
颯真の声に引き連れ、祖母の家にいた黒服の男性たちが出てきた。
颯真は、楓の横で立ち止まるとその場に小さくしゃがみこみ顔を手で押さえて泣いているおっさんに目を落とした。
ーナニがあったの?ー
そんな表情を浮かべながら、黙っている友を見て楓は今までの経緯を細かく話し出した。
途中、自分の気持ちも交えながら。
二人の回りでは、大人たちが動き回っていた。
祖母の家より現れた黒服の人たちが、変質者のおっさんを取り囲み逃げ出さないようにしていた。
すぐに、パトカーも到着をしておっさんの身柄は拘束されていった。
パトカーがその場を離れるのと同時くらいに黒い高級車が現場に止まった。 勢い良く開いたドアから、今にも泣き出しそうな顔をしながら一人の男性が駆け寄ってきた。
「坊っちゃん! ご無事でしたか!」
50代とおぼしきその男性は、話している二人のそばへ近付いていく。
二人も気付き、その男性に視線をやる。
「私は大丈夫だ」
「本当でございますか? 念のため学校に向かいましたら、姿が見えずに…そしたら、同級生の方が坊っちゃんは帰られたと聞きまして」