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天使が降りてくる  作者: 恵梨奈孝彦


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2/2

ヒトをつくりしもの

絵里菜「天使?」


ローター音、だんだん大きくなる。


恭輔 「ジャパン・セルフディフェンスフォース。

    武装救助隊。

一億二千万の魂の砦。

日本が国民を守る最後の手段。

創設以来一人の命も奪うこと無く、かわりに多くの命を救った軍隊。

    あいつらは必ず『死』ではなく、『生』を持ってやってくる!」


高いローター音。突然水面を打つ大きな音がする。

タカシが恭輔の肩越しに下を見る。


タカシ「あ、天使が落ちた」

ユリエ「翼の折れたエンジェル?」


絵里菜、正面を向いたまま言う。


絵里菜「堕天使?」

恭輔 「おまえら何を言ってるんだ…」


空から、自衛隊員の声。


隊員 「内火艇、着水よし! 救難活動に入る!」


暗転


海上。

快晴。

舞台中央に内火艇(グレーに塗られたモーターボート)。自衛艦旗を掲げている。

恭輔、絵里菜、ユリエ、タカシが艇の中に座っている。自衛隊員が後方に立ってモーターを操作している。


タカシ「ねぇ、おじさんは天使?」

隊員 「え?」

タカシ「おじさん、天使ってロープをつたっておりてくるの?」

隊員 「…違うよ」

タカシ「ちがうの?」

隊員 「おじさんじゃなくて、お兄さんだ!」

恭輔 「ありがとうございました。これからどうしますか」

隊員 「陸上は混乱していますし、受け入れ先の避難所を探す必要があります。とりあえず我々の母艦『あらなみ』に収容させてもらい、医官の健康診断と、必要ならば治療を受けていただきます。今日は艦内に一泊して食事と入浴。その後のことは明日でいいでしょう」

タカシ「あらなみ?」

恭輔 「あれだよ、たかなみ型護衛艦の6番艦だ」


舞台奥のスクリーンに、たかなみ型護衛艦が船体を揺らしながら水上をすべるように走る姿が大写しにされる。


恭輔 「太陽を背にして現れるのも伝統なのかね」

タカシ「おおきい!」

ユリエ「あれなら安心ね!」

タカシ「あれにのれるの?」

恭輔 「海自にはもっと大きな船があるんだぞ。これよりひとまわり大きいあたご型イージス艦とか、海自ではじめて全通甲板を採用した空母そっくりのおおすみ型とか…」

隊員 「(むきになって言う)船の価値は排水量で決まるわけじゃありません! こんごう型やあたご型のイージスシステムがもてはやされていますが、艦型が美しくありません! あの馬鹿でかくて四角ばった艦橋は船というよりビルです。おおすみ型なんて輸送艦ですよ。二十二ノットしか出ません! 救命作戦は速さが命です。地震発生と同時に出港準備をすませてクイックスタートを切れたのは『たかなみ型』のような汎用護衛艦だけです! わが『あらなみ』は横須賀の基地を飛び出した後最大速力の三十ノットで昼夜ぶっ通しで走り続け、宮城県沖に一番乗りしました! 水上部隊の中で今回の地震でいちばん国民の役に立つのは、必ずわが『たかなみ型』です! 海上に被災者を受け入れるだけでなく、今も艦載機のヘリを何度も飛ばして多くの救助や搬送を行っています!」

恭輔 「なぜ我々にはランチを差し向けて下さったんですか?」

タカシ「おひるごはん?」

恭輔 「そのランチじゃない。この船のことだよ。先生はカタカナが好きなんだ」

隊員 「お昼は本艦でどうぞ。ホイストでは子供が怖がるだろうということで、高い所がトラウマになったりしないようにとの艦長の配慮です」

ユリエ「ホイスト?」

恭輔 「隊員さんに一人ずつ抱きかかえもらって、ヘリまでロープを巻き上げてもらうんだよ…」

ユリエ「ああ、良かった…船で」

恭輔 「だけどこのランチを吊り上げていたヘリはチヌークですよね。海自にチヌークは無かったと思いますが」

隊員 「ちょうどそばにいた『ひゅうが』に給油に来ていた陸自のチヌークが石巻市内に行くということで、行きがけに内火艇をつり下げて貰った…。いや失礼しました。作戦中に僚艦の悪口なんか言うべきじゃなかった。持ちつ持たれつなんです。だいいち我々は陸海空三自衛隊の統合任務部隊でした」

恭輔 「いえ、海上自衛隊員の『愛艦心』については聞いていたはずなのに、こちらが無神経でした」


絵里菜、「愛艦心」という言葉を聞いてピクリと反応する。

今まで一言も発しなかったが、絵里菜が隊員に話しかける。


絵里菜「失礼ですけど…、奥様やお子さんはいらっしゃるんですか?」

恭輔 「狙ってるのか?」

絵里菜「(怒ったように)違います!」

恭輔 「本当に失礼な奴だ…」

隊員 「さっきも言いましたが、おじさんではありません。お兄さんです! まだそんな歳じゃありません! 独身です!」

絵里菜「結婚して家族ができても船に乗り続けるんですか?」

隊員 「たぶんそうでしょうね…」

絵里菜「なぜ? 地上勤務ならば家族に会う機会が確実に増えるのに?」

隊員 「きっと、船が好きだから…」

絵里菜「家族よりも?」

隊員 「独身の自分には、まだ、わかりません…」

絵里菜「そうですか…、『愛艦心』なんですね…」

タカシ「ねえあの、ふねのさきのほうのしかくいはこに、ぼうがつきでてているのはなんなの?」

恭輔 「127ミリ砲だな。ここからだと棒にしか見えないけど、戦車の大砲よりも太い」

タカシ「たいほう?」

恭輔 「そうだ」

タカシ「なにをうつの?」

恭輔 「ほとんど敵の飛行機だな。船を撃つこともあるだろうけど」

タカシ「うたれたら、なかのひとはしんじゃうの?」

隊員 「たぶんね」

タカシ「(隊員に)ねえしってる? ひとをころしたらじこくにおちるんだよ」

絵里菜「タカシ君!」

隊員 「もちろん、知ってるよ…」


全員、なんとなく黙り込む。


タカシ「もしぼくがわるいことをしたら、うたれちゃうの?」

恭輔 「タカシは撃たれないよ、絶対」

タカシ「ユリちゃんも?」

恭輔 「もちろん。絵里菜先生も恭輔先生もね」

タカシ「なぜ?」

恭輔 「このランチにもあの『あらなみ』にも同じ旗が揚がっているのがわかるか?」

タカシ「うん」

恭輔 「何に見える?」

タカシ「おひさまにみえる」

恭輔 「そう、太陽だ。旭日昇天旗という。日本をあらわしているんだ。この旗を揚げた船は絶対に日本人を撃たない。百年以上、日本人を撃ったことは一度もない…」

絵里菜「(独白)そう。日本人を撃つことはないだろう…、これからも、日本人は。でも外国人は? 自衛隊は一つの命も奪ったことはない。だけどこの旗は…」


後ろの壁にモノクロームの映像が浮かび上がる。帝国海軍の軍艦の激しい戦闘シーン。艦尾の軍艦旗が大写しになる。パッとカラーの自衛艦旗に切り替わる。自衛艦旗を掲げた護衛艦の艦尾から舷側のすぐ近くまで視点が移り、カメラが艦首まで移動する。艦首の艦砲がアップで映される(その間四人とも客席側を見ている。隊員は進行方向を見ている。映像側を見る者はいない)。


絵里菜「(独白)今まで自衛隊が一人も命を奪ったことがなくても、これからはどうなんだろう…」


艦砲のアップからカメラが引いていき、「あらなみ」の全体像になる。

タカシ、立ち上がって船尾に行こうとする。


タカシ「これがきょくじつき?」

恭輔 「さわっちゃだめだよ。大切なものなんだ。作戦中にこの旗を降ろすのは降伏した時だけだと言われている」

タカシ「せんすいかんがもぐるときにも?」

隊員 「潜水艦は例外です…」

恭輔 「…すみません。昨日何でも正直ならいいわけじゃないと教えたんですが…」

タカシ「…だったら、てきってだれなの?」

隊員 「我々は国民を守るためなら何とでも戦います。それが地震や津波のような災害であろうと、……それが人間であっても」

タカシ「だけど、じごくにおちちゃうんだよ…」


全員、再び沈黙する。


恭輔 「…タカシ、先生がこれから言うことは話が終わったらすぐに忘れなさい」

タカシ「…よくわからないけど、どういうことなの?」

恭輔 「…わからなくていい。タカシが十年後、いや二十年後に思い出せばいい。今のタカシには早すぎるとは思うけれど、先生はウソやごまかしは嫌いだ」

タカシ「(首を傾げながら)うん…」

恭輔 「この人たちは確かに人を殺す練習を毎日している。だからこそ尊敬しなくてはならない」

絵里菜「先生!」

恭輔 「誰だってそんなことをやりたくない。少なくとも先生は人を殺すより人を育てる方にまわりたい。だけどみんなが嫌がる仕事でも、誰かがやらなければならないとしたら?」

絵里菜「この人たちがいやいやそれをやっていると? そこに人間性があるということですか?」

恭輔 「実習中ずっとトイレの掃除をやらされただろう。だれもやりたくない仕事だ。だからこそやってくれた人を尊敬しなくてはならない。その人が掃除をいやいややろうが、楽しんでやろうが同じことだ。掃除をすればトイレはきれいになる。そして子供にとって清潔なトイレは絶対に必要だ。この人たちがいやいややろうがそうでなかろうが、国民を守ることは絶対に必要なんだ。おれたちにはそれができない。そしてこの人たちが、多くの人が絶対に嫌がる仕事をしていることは確かだ」

絵里菜「わたしは、兵器を扱っている人たちを尊敬できません!」

恭輔 「そう思っている人間を守るのが任務なんだ。ちょうど今のようにな」

絵里菜「それでも尊敬できないんです!」

恭輔 「だけど信頼はしてるんだな」

絵里菜「信頼もしてません!」

恭輔 「おまえ、怖くはないのか」

絵里菜「えっ…」

恭輔 「127ミリ砲だけじゃない。あの船は対鑑ミサイルも魚雷も積んでいる」

絵里菜「人殺しの道具です」

恭輔 「ナタをかついで鶏を追いかけるような真似をしなくても、こんなランチなんぞファランクス20ミリ機関砲だけでコッパミジンだ。防弾チョッキさえつけていないおれたちを蜂の巣にするのなんか、艦内の64式小銃だけで十分だろう」

絵里菜「何が言いたいんですか」

恭輔 「そんな凶悪な火力を持った船がこんなに近くにいて、怖くないかと言ってるんだ」

絵里菜「馬鹿にしてるんですか! 怖くなんかありません!」

恭輔 「なぜだ? 日本人だからか?」

絵里菜「『あの船』が! 『あたし』を! 撃つわけないじゃないですか!」

恭輔 「(呆れたように言う)ものすごく信頼しているじゃねえか…」

ユリエ「あたし、おじさんが地獄に落ちたらやだよ…」

恭輔 「覚悟している」

絵里菜「えっ……」

恭輔 「この人たちは覚悟している。みんなを守るために地獄に落ちることさえもな…。そしてこの人たちが覚悟を決めているからこそ先生たちは『人を育てる』という自分の仕事をすることができる。それは先生たちだけじゃない。お百姓さんもクリーニング屋さんもサッカー選手も同じだ」

タカシ「お医者さんも?」

恭輔 「もちろんだ。

    タマが飛んでくるような所では医療行為なんかできない。

だからこの人たちは、どこからもタマが飛んでこないように、『撃ってきたら撃ち返すぞ』という構えを外に向かって見せなければならない。それだけならまだいい。

向こうが本当に撃ってきたら、それ以上撃たせないためにこちらから撃つ。医者が撃たれれば患者も死ぬ。医者が人の命を救うことができるのは、兵士が人を殺すからだ…」

タカシ「よくわからないよ…」

恭輔 「だから言っただろう、わからなくていいって。タカシが今わからなければいけないことは、このおじさんたちがタカシたちを守るために、横須賀から全速力で走ったっていうことだ。昨日のタカシのようにな…」

絵里菜「それでも、もし自分が撃った弾で人が死ぬのを見たら…」

恭輔 「それが地獄だ」

絵里菜「えっ……」

恭輔 「地獄はあの世にあるとは限らない。このおじさんのようなやさしい男にとって、人が乗っている飛行機や船を撃つこと自体が地獄だろう。それでもみんなを守るためだったら、そんな地獄に落ちることも覚悟しているんだ」

絵里菜「(隊員に)そうなんですか…?」

隊員 「(キレている)違います!」

絵里菜「え……」

隊員 「みなさん何回言ったらわかるんですか! 自分はおじさんではありません! お兄さんです!」


暗転


「あらなみ」の内部。

舞台が壁で半分に仕切られている。

上手側半分、艦内通路。狭い廊下が入り組んでいる様子を表した書割。

下手側半分、艦長室。客席側の壁はなく、観客には内部が見える。決して広くはないがきちんと整頓されている。厚い木の机が一つ。

その前に艦長が腰掛けて書類を読んでいる。

艦長の背後(下手側)に本棚。

艦長室の扉の前、絵里菜と恭輔が立っている。


絵里菜「やはり先生からおっしゃった方がいいのでは…」

恭輔 「おまえが言え」

絵里菜「やはり、専任の職員である先生の方がいいと思います」

恭輔 「おまえが言え」

絵里菜「だけど……」


恭輔、かまわず艦長室のドアをノックする。


艦長 「どうぞ」

恭輔 「じゃあな、あとは頼んだぞ」


恭輔、後ろも見ずに上手側に退場する。

絵里菜、意を決したように扉を開ける。

艦長、微笑む。

絵里菜、机の前まで歩いていって止まる。

緊張した面持ち。


絵里菜「わたしは…、助けていただいた子供たちと一緒にいた保育実習生です。

子供たちを助けて下さってありがとうございました」


艦長、立ち上がる。絵里菜の様子を見て微笑を消し、引き締まった表情になる。


艦長 「『あらなみ』へようこそ。艦長の由比藤茂2等海佐です」

絵里菜「もう少し救助が遅れていたら危ない状態でした。それにあの子たちの母親にも連絡を取っていただいて…。

    子供たちがとても喜んでいます」

艦長 「お父さんとも連絡が取れましたよ。それでいま子供たちは?」

絵里菜「さっきまでDVDを見ていましたが、今は隊員さんたちと絵をかいたり、折り紙をしたりしています」

艦長 「先生も、無事で良かった…」

絵里菜「先生だなんて…。ただの実習生です」

艦長 「あなたは何も無い海の上で一晩子供たちを守り通した。一人前ですよ。そんな先生に一つお願いがあるのですが」

絵里菜「何でしょうか」

艦長 「今艦内で炊いているご飯を避難所にヘリで届けるんですが、それをお握りにするのを手伝っていただけませんか?」

絵里菜「はい、喜んで」


上手からタカシがユリエの手を引いて走ってくる。タカシ、ネービーブルーのキャップをかぶっている。前面に「ARANAMI」の文字とDD115の番号、舳先が波を割って進んでいる様子をデザインしたマークが描かれている。


ユリナ「タカちゃん、こんなに走ったら…船の中って迷路みたいだから迷子になっちゃうよ」

タカシ「だいじょうぶ。ここにはやさしいおじさんがたくさんいるから…。きっとここがかんちょうさんのおへやだ」


艦長室の中。

艦長 「女手が足りないんですよ。男が握った握り飯では食欲が減退するでしょう?」


艦長、にっこり笑う。絵里菜は固い表情を崩さない。


絵里菜「そんなことはないと思います…」


艦長室の外。

タカシ、ノックする。


艦長 「どうぞ」


タカシ、ユリエの手を引いて艦長室に飛び込む。二人で絵里菜の横に並ぶ。


タカシ「かんちょうさん、たすけてくれてありがとう!」

ユリエ「お風呂やご飯をありがとう!」

艦長 「どういたしまして。たくさん食べられたかな?」

タカシ「うん、とってもおいしかったよ!」

ユリエ「あたしはアレルギーだから目玉焼きが食べられなくて…」

絵里菜「ユリエちゃん…」

タカシ「だいじょうぶだよ。ユリちゃんがたべられないものはぜんぶぼくがたべてあげたもん」

艦長 「ハハ、それは頼もしい」

絵里菜「タカシ君、その帽子は…」

タカシ「ランチのおじさんがくれたんだ」

ユリエ「あたしは色鉛筆をもらったよ!」

タカシ「おじさんが、『これをあげるから…』」

ユリエ「お兄さんと呼べって?」

タカシ「ちがうよ! 『おまえがママとおねえちゃんをまもるんだぞ』って…」

ユリエ「結局お兄さんじゃなくておじさんなんだね…」

絵里菜「とにかく艦長さん、ありがとうございました(言いながらぎこちなく頭を下げる)」


ユリエ、ていねいに頭を下げる。

タカシ、元気よく敬礼する。

艦長、不動の姿勢を取り、しっかりと答礼(挙手の礼)をする。

艦長の手が下りたところで絵里菜がタカシとユリエを促して部屋の外に出る。

恭輔、菓子の袋を持って上手から歩いてくる。


タカシ「あっ、キョウスケせんせい、そのお菓子どうしたの?」

恭輔 「あっちでもらったんだよ」

タカシ「じゃあ、もらいにいかなきゃ」

ユリエ「まだ食べるの?」


艦長室の中。

椅子に座った艦長が引きだしの中から写真立てを取り出す。手に持って見ている。


艦長室の外。

タカシ「ちがうよ。きのうやくそくしたホワイトデーのおかえしだよ。ユリちゃんにあげるの」

ユリエ「……恭輔先生も言ってたけどね、そういうのって、あたしがいないところで用意してくれた方がうれしいんだけど…」

タカシ「よーし、はしるよ」

ユリエ「どうして? さっきから走ってばっかりいるけど」

タカシ「このおじさんたちは、ぼくたちをまもるためにはしったんだよ」

ユリエ「そうね」

タカシ「きのうぼくは、ユリちゃんをまもるためにはしったよ」

ユリエ「知ってるわよ」

タカシ「こうこうのバスケットのせんせいもテレビでいってたよ。きっとまもるっていうのは、はしることなんだ!」


タカシ、ユリエの手を引いて走り出す。


ユリエ「なんだか違うと思うんだけど…」


ユリエ、そう言いながらもうれしそうに走って後をついていく。

絵里菜と恭輔が残る。


恭輔 「どうだった?」

絵里菜「はい。『艦長さん』に子どもたちを助けていただいたことの、お礼を言ってきました」

恭輔 「そうか…」

絵里菜「はい…」

恭輔 「昨日言い忘れていたことがある」


恭輔、絵里菜から視線を外して語り始める。


恭輔 「おまえは自分が罪でできていると言ったな……。ふざけるんじゃねえ! そんなものに人間が作れるか……」


恭輔、絵里菜の方に向き直る。

絵里菜、目を合わせようとしない。

恭輔、かまわず絵里菜の横顔をじっと見つめる。


恭輔 「すべての人間は、恋によって作られている」


絵里菜、横を向いたまま。

恭輔、菓子をひとつ食う。

そのまま上手がわに退場していく。

一度だけ絵里菜の方を振り返る。


恭輔 「それほどに恋したからおまえが生まれた。

    それほどに恋されたからおまえは生まれた…」


絵里菜、恭輔が退場した後もしばらくはじっとしているが、やがて意を決したかのように顔を上げる。

ノックもせずに艦長室のドアを開けると、中に飛びこむ。

艦長、写真立てを持ったまま驚いたように扉の方を見る。


絵里菜「(叫ぶ)絶対に来てくれるって思ってた!

やっぱり護衛艦の艦長ね。

最高のエスコートだったわ…。

パパ!

あたしを助けに来てくれて、

ありがとう!」


言い終わると艦長室を飛び出す。


艦長 「おい絵里菜、待……」


艦長、腰を浮かせるが、立ち上がらずに腰を下ろす。


艦長 「作戦中だったな…」


艦長、写真立てを引き出しにしまう。

上手に向かって走っていく絵里菜と、上手から登場した女性幹部隊員がすれ違う。幹部隊員は通り過ぎていく絵里菜を目で追うが、立ち止まらずに艦長室の前まで歩いていく。

開け放しのドアをノックする。


艦長 「入れ」

幹部 「失礼します」


幹部、ドアを閉め、机の前に立って背筋をのばす。


艦長 「どうした」

幹部 「仙台のJTF司令部から入電です」

艦長 「聞かせてくれ」


艦長と幹部、真剣に何事かを話しているが観客には聞こえない(役者は口パクのみ。声を出さない)

絵里菜、上手から登場する。

ただし艦内通路のセットの前に出てしまう。

舞台中央に立って観客に語りかける。


絵里菜「由比藤絵里菜です。

このことがあってからも父が船を下りることはありませんでした。

わたしが横須賀に帰ることもありませんでした」


舞台上の照明が消える。

絵里菜にのみスポットライトが当たる。


絵里菜「だけどわたしと父がすこしだけ変われたような気がします。

前よりは父のことを理解できたような気がします。

父に歩みよれたような気がします。

わたしは信じています。

いつか父を許すことができる日がくることを。

なぜならわたしは、命を二回、父からもらうことができたのですから…。」


スポットが消える。


閉幕



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