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(あぁ、やっぱり貴方だったのね……。)
レイラがヴィオラに引きずられながら屋敷に戻り、お客様が居るという部屋に行き、嫌々部屋の扉を開く。
そこには、レイラの婚約者が座って待って居た。
婚約者である男は、レイラが入って来たことにに気づくと、花がほころぶような笑顔でレイラに微笑む。
「やぁ、レイラ。久しぶりだね」
「……お久しぶりでございます。殿下」
座りながら、レイラを見上げているこの男は銀色の長髪を後ろで結んでおり。海の様な青いキラキラとした瞳。誰もが振り返る様な容姿をしている男は、ユーリ・フレム。レイラの婚約者でもあり、この国の王子でもある。
ユーリに挨拶を済ませたレイラは、ユーリが座っている所から少し離れた場所に座る。ユーリの後ろに立っていた従者も、頭を下げて挨拶をしてくれたのが見えた。
「今日はどのようなご用で?」
「レイラがこの頃会ってくれないから……来ちゃった」
(いや、来ちゃった。じゃないわよぉぉぉ!!)
レイラが記憶を思い出してからは「どうせ、婚約破棄されるんだから会わないでおこう」と考え、ユーリとは距離を置いていたのだ。
「一度会ってしまったら、また会いたくなってしまうから」と、いう理由で……。
レイラにとっては、ユーリは物語の中で一番好きな登場人物だったからだ。そんなことを思いながらも、レイラはその事を表情には出さないようにユーリに接する。
「申し訳ございません。殿下はお忙しいから、私が訪問をして殿下の邪魔をしてしまったらダメだと思いまして……。」
(本当の事なんて言えないけれど……。)
「なぜ? 婚約者なんだから、レイラはいつでも来てくれて良いんだよ? 勉強なんてどうでもいいし、レイラの事を優先するに決まっているじゃないか。……それに呼び方、ユーリでいいと前に言っただろ?」
(いや、この国の次期王なのに私を優先したらダメでしょ!? 確かに、名前に関しては前に会った時に言われたけれど……好きな方を呼び捨てするってハードルが高いわ!!)
「いや……あの……」
「ん? 呼べないんだったら、直接僕がレイラに教えてあげようか?」
レイラが呼べないでいると、そう言いながらユーリは席を立とうとした。
ジリジリと殿下は、レイラに近づいてくる……。
「えっ、殿下!? 何でそんなに近づいてくるのですか!?」
(教えるってなんですの!? 何故、近づいてくるの!?)
レイラも危険を察知したのか直ぐ様立ち上がり、後ろに下がる。すると、ユーリもレイラが下がった分だけこちらに近づいてくる。
そんな事を繰り返している間に、何処かに行っていたヴィオラが部屋に入ってきた。
ヴィオラは部屋に入ってきた瞬間に一瞬固まったが、いつもの事だと思い、邪魔にならないようにユーリの従者が立っていた壁際に行き一緒に立つ。
(何故!? ヴィオラ何で助けてくれないの!?)
レイラがヴィオラをじっと見るが、目が合うことはなかった。
レイラが壁際まで下がり、逃げ場が無くなった時に終わりを告げた。レイラの前にユーリが立つ。
レイラがユーリの顔を見上げると、何故かユーリは寂しそうな表情をしていた。
「で……殿下? そんな表情をしてもダメですわ! 早く退いて下さいませ!」
「ん? レイラが呼んでくれないから、寂しくって……。呼んでくれたら退くよ?」
(いやいや! そんなギラギラとした目で言われても、説得力ないですから!!)
そう言いながらも、ユーリはレイラに詰め寄る。
顔と顔が近くなった時だった……。
「ユ、ユーリ様!! 止まってくださいませ!」
レイラは、ユーリが近いのが我慢出来ずに名前を叫んだ。レイラは名前を呼んだのもあっが、距離も近いという事が恥ずかしくなり、顔がさらに熱くなってしまっていた。
レイラは手で顔を覆いながらも、ユーリの方をチラッと見る。ユーリの表情は名前を呼んで貰ったと言うのもあり、凄く嬉しそうだ。
「ふふっ。やっと、僕の名前を呼んでくれたね? 」
「で……ユーリ様が、呼べって仰ったからですわ!!」
「うん、そうだね。でも、好きな子から呼ばれるのは嬉しいんだよ? これからも、僕の名前を沢山呼んでね?」
(なっ! 好きな子!? 今、ユーリ様好きな子って仰った!?)
レイラの顔が、恥ずかしさでさらに赤くなってしまった。でも、やはり思い出してしまう……。
まだレイラたちは10歳。高等部に入学するには時間はあるけれど、もしかしたらユーリがヒロインに一目惚れしてしまうと……その事をレイラは危惧していたのだ。
(そうなったら、今は優しい目で見つめて貰っているが、ヒロインの事好きになってしまったら私とも会ってもらえなくなってしまうのかしら……。それだけはいやぁー!! やっぱり離れよう! これ以上ユーリ様をもっと好きになって悲しくなるより、今距離を開けていた方が傷は浅いはず……。)
これからの事を考えると、レイラは恐ろしく思えてしまった。
そんなレイラを不思議そうに見ながらも、ユーリは自分の名前を呼んでくれた事が嬉しく、ニコニコした表情をしていたのだった。