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プロローグ


━━━「ココアをひとつ。」

新品の匂いがする店内で、きよ子は彼に注文した。

きよ子は決まってココアを頼みに毎週通っていた。

けれどココアだけが目的じゃなく、目が離せない人が同じ空間の中にいるんだ。

じっと見つめていると、視線がぶつかりそうになる。

反射的に反らしてしまうのはいつもきよ子だ。

彼が一体どんな気持ちでいるのかは検討がついていた。

きっと"お客様"としか見られていない。



中学校、春。

受験を終えて卒業式を迎える朝比奈きよ子。

朝の情報番組で取り上げられていたものを見て父親が大声を発した。

「あー!ここきよ子の高校の近くじゃないかあ!?」

「お父さん、朝から近所迷惑でしょ!」

「だってだって、あのフレンチトーストとコーヒーセットだよ?!食べたいじゃん!」

「明日の朝食、フレンチトーストとコーヒーにしてあげますよ。」

「そういう問題じゃないんだよ~店の味がね...?」

大好きなコーヒーのお供セットを母親に熱弁している父親の身体が邪魔で、きよ子は朝ごはんを口に含みながらテレビ画面を覗いた。

するとインタビューを受けていた店長の裏に展示してある食品サンプルに目を奪われた。

「わたし、ここの常連になりたい!絶対!!」

そう思って、高校生になり新しい登校ルートに画面越しでみたお店が、今目の前に。

生で見ているのだった。

「凄い。テレビで見るよりずっと素敵なお店。」

「でしょ~?わたしもここに来たいな~と思ってたの!きよ子も来たかったんだね!やっぱ気が合う♪」

登校初日で、席が前後になった友人と帰りに例の店に入った。

「うわ~並んでるよ。どうする?」

「わたしは時間大丈夫だから待つよ。」

「そう、わたしも全然問題なし!」

行列の後ろに並びはじめると、店員さんがメニューを配ってくれた。

きよ子が受け取り、二人でメニューを見始める。

「わたしフレンチトースト&コーヒーセットにする。」

「ふふっお父さんと同じこと言ってる。」

「ほほう。さてはお父さん、甘党だね~きよ子も同じのにする?」

「わたしは最初からコレにするって決めてたんだ。セットで付けれるものはないから...サンドイッチにしようかな!」

きよ子が指差したものを見て、友人は苦笑いした。

「それでいいの?セットにできないのに?」

「いいのいいの。」

話が弾んでいる間に、レジの手前までやってきた。

店員の男性が声をかけた。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「ココアをひとつ。」

「え...」

きよ子が注文した言葉に動揺して店員が呟いた一文字を、不思議に思ってきよ子は顔を見上げた。

すると、白シャツの上にエプロンを身につけて、少し驚いた顔をした男性店員がいた。

「"え"って...」

「...あ、すみません。ココアですね。ありがとうございます!!出来ましたら番号をお呼びしますのでこちらを。」

受け取った番号札を持って、きよ子は友人の待つテーブルに向かった。

「こっちこっち!ねえきよ子~って、顔真っ赤だよ??!どした?」

男性店員の顔は、少女マンガから出てきたかのように整った顔をしていて、白シャツで爽やかさが出ているイケメンだった。

見たことのないきらびやかさにきよ子は顔に熱が溜まった。

「なっななんでもないの!!そ、それより何か言いかけてた?」

「あの店員さん...超イケてたよね!!」

「へっ??!あ、うん。そそそうだね!!」

心臓がバクバクして頭の中が男性店員の顔が浮かんでいた。

その中に少しだけ疑問があった。

「(さっき"えっ"て驚いていたのはどうしてだろう...)」

きよ子たちもお客さんたちも全員帰っていった後、男性店員がホウキを天井に掲げる。

「やった!!店長!今日ココアを頼んでくれた人がいましたよ!」

「1人だけでしょ?やっぱり看板メニューには追い付かなかったな。」

(さげす)んだ言い方でからかってきた店長に男性店員が言った。

「たった1人でもいいんです。その人に美味しいって飲んでもらえたなら、俺はめちゃくちゃ嬉しいんで。」

むじゃきに微笑む男性店員に、店長はつられて笑みを落とす。

きよ子はモヤモヤしていた。やっぱり男性店員がこぼした一文字が気になって、放課後1人でカフェに向かう。

友人と来てもよかったが、そうすると誤解を招いてしまいそうだから。

あの男性店員が気になるのは、きよ子だけではなかったのだ。

「おいくつなんですか?!」

「趣味はなんですか??」

「俳優さんか何かでバイトしてらっしゃるの?」

質問攻め。

整った顔の男性店員に、昨日はじめて注文を受けてもらった女性たちがテーブル席で対応している彼に、身も心もメロメロだったのだ。

「お名前は?」

「山崎です。」

「"ザキチャン"ね!よろしく!これからもお店に来るからね!」

名前を聞いてその場で愛称まで付けられたザキチャン。可愛そうな気持ちもあったけど名前を知れて、きよ子は1人微笑んでいた。

「もしかして、話し声聴こえてました?」

先ほどまで遠くにいたザキチャンが、もう目の前に立っていたから顔をすぼめた。

「はっははい...すみません。山崎さん、困っている様子だったのに。面白がってしまって...」

「いいんです。お客様も"ザキチャン"って呼んでくれて構いませんから。それとお待たせいたしました。注文のお品です。ごゆっくり。」

ココアを置いて立ち去ってしまう彼に、きよ子は小さな声で呼び止めた。

「.......あ、の...」

「はい?」

「...き、昨日その、わたしが注文したとき...おどろいていたのは...どうして...?」

恐る恐る尋ねてみた。

ザキチャンは動揺を隠すように、片手に持っていたおぼんで口元を隠した。

「.....深い意味はないです。ただ、嬉しかったからです...」

お互い少しだけ赤らめた頬は、周りには気づかれていなかった。




その日から、きよ子は友人とそのカフェに寄り道するようになり、いつしか1人で通うことも増えた。

しばらく経った日。

きよ子はカフェに行くことを厳禁とした。

理由は彼女たちが避けたくても避けられない、期末試験があったからだ。

メガネをかけているイメージは真面目で聖蹟がいいと見られがち。

しかし、きよ子は全く勉強ができず、赤点ギリギリ免れるか否かの点数だ。

カフェに行ってザキチャンの顔を見つめている時間なんてない。

それでも会いたくなってしまい、テスト期間中。

明日1日だけテストを控えているにも関わらず、カフェの店内を外から見つめた。

しかしザキチャンはいなかった。

5分ほど滞在したが姿を見せなかった。

ため息をついたときふと内心で罪悪感が襲った。

「(わたし...何してるんだろう...こんなストーカー紛いなことして。ダメだ!ちゃんと明日まで集中しないと!ええと1192年には...)」

気づいたときには既にザキチャンファンの仲間入りになっていたきよ子。

テスト期間最終日。辛かったテスト時間を乗り越えた。

「テスト期間も終わったことだし、カラオケ行かない?きよ子もどう?」

「ごめん。これから用事があって。」

「そう、じゃあまた明日!」

友人とは一緒にカフェにいかない。飽き性らしく、別のコーヒー専門店に行っているらしい。

カフェに向かう間、きよ子には自信があった。

「(昨日はいなかったから、今日はいるかも。)」

行列に並び、やっとレジ前に到達した。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「(居た!)...ココアをひとつ。」

「かしこまりました。お席までお運びいたしますので、お待ちください。」

空いている席に座って、いつものように本を見開く。

「(やっぱり目で追っちゃうな。)」

対応するお客さんたちに笑顔で接客するザキチャン。

「お待たせいたしました。」

「どっどうも。」

会話はいつもこれだけ。

きよ子から話しかけることはしない。

他の人がザキチャンと小話したいだろうからと遠慮しているのだ。

「紙の本、お好きなんですね。いつも読んでるなーって。」

見られていた。

いいや。これがザキチャンの凄いところなんだ。

勉強しているのか、ノートを広げてペンを動かす人もいれば、友人とお茶会なのか上品なお客さんもいる。

その一つ一つの日常を、彼は把握している。

「はい!その、本を開くのが好きで。」

「ああ~分かりますって、僕は電子で読む派なんですけどね。」

「ザキチャン、レジ頼むー」

「はーい。それじゃあごゆっくり。」

店長に呼び出されなかったら、どれくらい長く話ができていたであろう。

もっと長く、共に時間を過ごしたいと思った。

一息ついたので外に出ると、店内にいるザキチャンを見た。

すると、ザキチャンも外にいるきよ子を見た。

先に反らしたのはきよ子。

顔を真っ赤にさせた。

「(明日も、いるのかな...)」

きよ子が座っていた席を拭き掃除しているザキチャンに、店長がひそひそと声をかけた。

「今日もあの子来てたね~」

「あの情熱的な方ですか?」

「いやいや。おとなしい女子高生がいたでしょ。」

「あーあの子...明日もくるかな...」

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