帰り道
「っていうかよー、監督もやってくれねえかなー。あんたの戦術、ズバリ当たってたしさ」
「監督……?」
そういえば、このチームに監督はいないって話だったな。
なら戦術なんて考えられなくても仕方ない。
だからって自分が出来るとは思えないが……。
「アハハ。それええかもな。プレイングマネージャーっちゅうやっちゃろ」
「んー、まぁアリっちゃアリなのである」
あれ?
ヴァイオラにモモも、意外と反応は悪くない……?
「ほうっておきなさい。しょせん、通りすがり。それも男ですよ」
と、割って入って来たのは翡翠。
一人宴会の輪から離れた位置にいた。
ケガがまだ痛むのか、背中を壁に預け、片足を浮かせている。
ワンピースの私服で本人は隠しているつもりだろうけど、その足の痛みは回復していないのは明らかだった。
「たまたま勝てたからって、それにすがるなんて……恥ずかしい事です」
「なんだとぉ~」
翡翠の言葉に、俺よりむしろミカンが顔を真っ赤にして翡翠に詰め寄った。
「おめー嫉妬してんじゃねーの?」
「なっ……!」
今度は翡翠の顔が真っ赤になる。
「図星だろ? おめーが抜けて代わりに入ったクロウのおかげで勝てたんだもんな」
「そっ、そんな事はありません! あなただって、FWのくせに得点してないではありませんか!」
「なにをぉ!」
「おっ、おい」
取っ組み合いの喧嘩を始める二人。
止めようとしたが――
「ぶへっ!」
暴れるミカンのパンチが頬に突き刺さった。
痛い。すごく痛い。
「アハハ、ほっときほっとき」
ヴァイオラが言う。
「アイツら、いつもああやねん。あれがコミュニケーションや」
彼女の関西弁は、この世界の方言が、関西弁として翻訳されているらしい。
高性能すぎるだろ翻訳クリスタル。
「そうそう、喧嘩するほど仲がいい……なんつってな!」
言ってTIMの命、みたいな珍妙なポーズを取ったのは、GK・ムギ。
そのまま固まる。
場の空気も、凍りつく。
「……ムギっち。こっちの世界に初めて来たのに、そのギャグが通じるはずないやん……それはひくわ~」
「あっ」
ムギはド天然らしい。
その間も、ミカンと翡翠の喧嘩は続いている。
ほっぺたをつねり合っており、確かに喧嘩するほど仲がいいというのも頷ける。
「……でもどうするの? 入るの?」
ピンク髪のモモが、人参らしきものを丸かじりしつつすたすたと歩いてきた。
最初に会った時のような拒絶感はもうないようだ。
「その前に一つ聞きたい」
「なに?」
「そもそもホシビトってさ、帰れたやつはいるのか?」
「うーん、知らないのである」
こりこりこりと人参をかじり続ける。
「ムギさん知ってる?」
「え? そうだなあ……」
チームは基本的にみんな一五歳らしいが、ムギとシルヴァだけが一つ上の一六で、アクアだけ一つ下の十四らしい。
「シルヴァなら知ってるかも。ねーねーシルヴァ~」
ムギはチームメイトに「~たん」とつけて呼ぶが、同い年のシルヴァだけは別みたいだ。
そのシルヴァは、ムギの手招きにアクアとの歓談を切り上げて優雅に歩いてきた。
「あのね、あの~……なにを聞くんだっけ? いや、わかってる。わかってるんだけど言葉が出てこないっていうか……」
「……大方、クロウさんが帰れるかどうかの話でしょう?」
勝手にテンパるムギとは対照的に、シルヴァは冷静だった。
「そ、そうそう! さっすがあ~。それが言いたいワケよ」
「そうですね……帰れたという話は聞いた事がありません」
シルヴァの言葉に、近くにいたムギ、ヴィオラ、モモの表情が曇る。
それを見計らったかのように、シルヴァは「ですが」と続けた。
「魔王様なら次元回廊を生み出すディメンションゲートの魔法を使えますから、可能性はあります」
「それって……実現不可能ちゃうん?」
ヴィオラが力が抜けたような声で言う。
俺も同じ思いだった。
魔王というのがこの国の王なら、俺が日本の総理大臣に会うようなものなんじゃないか?
それは……現実的じゃない。
「おー、なら優勝すればいいじゃん」
がっくりと肩を落とした俺の、その背中に飛び込んできたのはブルーだった。