魔王領
・2
それからどうなったかについて話す前に、情報を整理する意味でもまずここがどこなのかを説明しよう。
全てチームメンバーからの伝聞ではあるのだけど。
正直、試合から一日経ったものの、洪水のような情報量に頭がパンクしそうだ。
まず、この世界は、やはり地球ではないらしい。
ア・ラバスターと呼ばれているそうだ。
そして、今いるこの国は、驚くなかれ、魔王領だという。
その名の通り、魔王が支配する世界。
とはいえ、別に地獄のような光景が広がっているわけでもなく、地中海気候に似た、のどかな田園風景が広がる国だ。
特産はりんごと米だそうな。
「魔王とか……大丈夫なのか? 殺されたりしないのか?」
と聞いてみたが、
「はぁ? そんなわけないでしょう? わざわざ国民を殺す者がそうそういますか? それとも貴方の世界では魔王は人を殺すのですか?」
と翡翠から蔑みの眼で見られた。
「いや……そもそも魔王とかいないし……」
「ではなぜそんな発想になったのか、理解に苦しみます」
……説明が難しいので黙っておいた。
ともかく、人間の弾圧などはされていないという。
この世界では、地球で言う亜人というのが当たり前にいる。
だからこそ、特別視もされていないのだ。
もちろんヒトを基準とした亜人とは呼ばず、それぞれの種族名で呼ぶらしいが。
一方で、この世界には1種族だけで構成された王国が各地に存在するという。
だから、これはあくまで魔王領の話で、この世界に差別がないわけじゃないようだ。
また、言葉が当たり前に通じるのは、魔王の力らしい。
魔法、というやつだ。
他種族を統治するために編み出された術で、その魔法をかけた巨大なクリスタルが国の中心に建っていて、各地の小さなクリスタルがそこから波動を受けて国全体に効果を広げている。
スカイツリーとTVアンテナみたいなものかな。
なんにせよ、おかげで言葉が通じるのはありがたい。
仕組みはよくわからないが、その言葉が持つ言霊を各種族の言語に変換して届けるとか。
試しにITソリューションとか言ってみたら通じなかった。
概念が相手の言語に存在しない場合には、通じず、そのままの単語で伝わるらしい。
それから、「地震」が通じなかった。
地動説もないようだけど、体感の限りでは重力も地球と同じ1Gだし、だとすれば星の質量も同じくらいのはず。
なら、マグマやマントルがあるだろうし、まず地震は起こるだろうから、全然違う構造なのかもしれない。
ここで言われてる世界の構造は、世界は深い穴の底で、空にフタがされていて、その隙間が太陽と二つの月というもの。
本当に、その構造というのもありうる……。
なお、魔法は基本的に魔族にしか使えないそうで、その魔族というのは青い肌に山羊のような角と、蝙蝠のような羽と、それからヘビのような尻尾を併せ持つ種族だそうだ。
イメージとしては地球で言う悪魔に近い。
とはいえ、前述の通り他の種族に交じって普通に暮らしているわけだから、別に悪魔でもなんでもない。
一応付け加えておくと、この国に奴隷制はないらしい。
種族ごとに得意不得意がバラバラで、たとえば力仕事をヒトにやらせるくらいならミノタウロス自身がやった方が早いし、運送ならケンタウロスやハーピィがやった方が早い。
ヒトはヒトで、ものづくりが他の追随を許さない。
人権うんぬんというより、種族そのものが職能に近く、適性を持たない他の種族に任せるという発想がないのだ。
また、特定の種族を奴隷化する事は、各種族が相互に職能を利用し合っている都合上、独占禁止法のように需要と供給のバランスを破壊する。
そんな事をすれば、他の種族から総攻撃を受けかねないので誰もやらないというわけだ。
ヒトは器用貧乏なところがあって大抵の事は自分でできてしまうが、他の種族では家事などそれを得意とする種族を雇うのが一般的だという。
……うーん。
本当に、地球とは全然違うんだなあ。
次に、今いる街について説明しよう。
FCカーネイションの本拠地は、魔王領の首都、デモンズコート。
ドイツやフランスの古都を思わせる、石造りの街だ。
建物もヨーロッパにあるような角が鋭角なものが多い。
これも地震がないからなのかな。
塔のような建物も多く、棒みたいなのがたくさん家の上にあるが、それはハーピィやガルーダといった鳥型種族が着地の際に掴むためのもの。
ヘリポート的感覚だろう。
それから道は広い。
ケンタウロスやミノタウロスが通るから当然と言えば当然か。
足の遅い種族は馬車を使うようだ。
歴史にはそんなに詳しくないが、産業革命前のヨーロッパとかこんな感じなのかとも思う。
ただ、中世ヨーロッパの道は不潔だったとよく雑学で聞くけれど、ここは綺麗すぎるくらい綺麗だった。
理由は簡単で、犬とヒトの間のコボルド族をはじめ、嗅覚が鋭すぎる種族がいるため、清潔にしないと大喧嘩になるらしい。
おっと忘れていた。
自分のように、違う世界から来る者はごく稀に存在するそうだ。
そのせいか、この国の人も慣れたもので「ああ、久しぶりだねえ」くらいに言っている。
天の穴、太陽や月とは別に、小さな穴、つまり星から落ちてくると信じられている。
そのため、ホシビトと呼ばれるそうだ。
話を聞く限り、地球から来たと思しき人は、数百年前とかまで遡るらしいが……。
だとすれば、どうやって現代サッカーに近いサッカーがこんなに広まっているんだろう?
誰か俺みたいに地球から迷い込んだ人が広めたのか?
そう、この世界はサッカーが非常に盛んだ。
街の至る所にサッカーコートやゴールがある。
子どもから大人まであちこちでサッカーをしている。
例外は成人男性で、全くと言っていいほど参加してはいなかった。
楽しそうに観戦しているのはよく見かけるのだが……。
理由を聞いてみたら、答えは単純だった。
ミノタウロスの男やサイクロプスの男は身長3~5mもあり、魔族の男は角や爪が鋭すぎる。
サッカーのルールで戦うと死人が出るから、女子にのみ限定されているとの事だ。
人間や一部の種族のみは例外で、男性と女性の力がほとんど変わらないために、男性の参加も認められている。
「じゃあ女装云々も最初からいらないじゃないか。このキュロットもなんとかならんのか」
と言うと、
「ダメダメ~。FCカーネイションは巫女のチームだからかなー」
とブルーに返された。
みんな巫女さんだったの!?
確かに紅白のユニフォームは巫女を想起させる。これも日本からホシビトが来てたりした証なんだろうか。