チーム・サイクロプス
再び、主審の笛でプレーが始まる。
当然相手ボールからだが、相手はかなり焦っている。
まさか人間チームから得点されるとは思っていなかったようだ。
こんな格言がある。「2―0は危険なスコア」。
2点取った相手は、0点に抑えているぶんにはいいが、1点取られたとたん、守るのか攻めるのか戸惑うものだ。
一方、1点を入れた方は勢いがつくので、攻めやすくなる。
つまり、チャンス。
「行くぞ!」
作戦通り、全員で一気にラインを上げる。
今まで自陣にこもっていた防衛線を前に押し上げるのだ。
当然、抜かれたらスペースが広いので大変なことになるが、自陣に引きこもるほうが危険だ。
自陣近くでファウルを取られやすくなるし、相手もシュートチャンスが多くなる。
抜かれるリスクは織り込んで、突っ込む。
メンタルが不安定になっている相手には、とにかく攻めまくるのがいい。
FWとは思えぬミカンの前線からの追いかけ(チェイス)に、相手は安全策を取ってボールを下げた。
ミカンは、カテナチオの影響でこれまで守備に回る事が多かった分、ボール奪取能力が高い。
だから今の相手なら高確率でボールを下げる。
一度や二度では、ボールは奪えない。
だが、相手は思わぬ前線からのボール奪取への動き――つまりハイプレスに戸惑っている。
続ければチャンスは必ず来る。
とにかく、相手の嫌がる事を続けるのだ。
互いに攻め手を欠き、後半20分を過ぎた。
思うように攻められないサイクロプスが苛立ち始めている。
集中力が切れて始めたのを感じる。
狙い時だ。
俺は、遠くからでも太陽を反射し、はっきりそのオレンジの髪が見えるミカンに目線を送る。
ミカンは頷き、ボールを持つ相手中盤の最後尾、守備的MFと言われるボランチに向かって走って行った。
その突進に、敵ボランチはボールをDFに下げる。
狙い通りだった。
次はそこに俺が駆けていく。
先ほど得点した俺の姿に、敵DFは更に後ろ、キーパーへボールを戻した。
チャンスだ。
先ほど翡翠が負傷した際、サイクロス側はきちんとボールをピッチ外に出したという。
カーネイション側は当然ボールをサイクロプス側に返すべく――それがマナーだ――ピッチ外に再度蹴りだした。
それはゴールラインを割って、ゴールキックとなったのだが、それが大きく逸れて俺の頭を直撃したのだ。
要は、相手のキーパーはフィードが得意じゃない。
チェイス自体で奪えなくてもそれでキーパーに戻せるなら、こっちボールに出来るチャンスがある。
味方の戻したボールなのでルール上、手でつかめず、キーパーは蹴るしかない。
そこに、ミカンが突っ込んでいく。
「うおおおお! ボールよこせーーっ!」
間に合わなくてもプレッシャーを与えられればいい。
「ウウ……!」
キーパーによる左SBへの前方パス(フィード)。
SBはその名の通り、DFの中でも主にサイドを守るポジション。
サイドとはピッチの端である以上、そこへのパスは正確性を欠くと、当然、ピッチを割る。
そして、狙い通り敵キーパーのキックは大きく線を割った。
足が大きい分、狙った角度で当てるのが難しいのだろう。
そして右サイドからこちらのスローインになる。
右MF・ピンク髪のモモがスローインの配置につく。
この子は、かなり視野が広い。
「そこっ!」
寄ってきたサイクロプスDF陣の隙をつき、紫髪のボランチ・ヴァイオラにボールを渡す。
「ナイスやで! ならウチも!」
ヴァイオラはボールを受けるとすぐボールをはたいて俺にボールを送った。
俺の役割は相手をひきつける事。
2失点は絶対に避けたいだろうから、俺を囲みにやってくる。
「任せるぜ」
そうして相手が釣りだされたところで、一気にサイドチェンジ。
左サイドを駆けあがっていたブルーにボールが渡る。
彼女は本来トップ下の選手だが、ツートップの左に入っていた翡翠の穴を埋めるため、左の最前線にいた。
「おー! 任されたっ!」
後半も25分を過ぎようかというこの時間帯でも、ブルーのスピードは全く落ちていない。
元気の塊みたいなコで、なかなかの体力だ。
逆に体が大きい分、体力の消耗が激しいのかサイクロプスたちの足はだいぶ止まり始めている。
また、自陣が攻められているというのに、前線の選手たちは戻ろうともしていない。
カウンターとなると厄介だが、むしろ今は引きこもられるほうが困る。
うちと違って向こうは巨体なぶん、自陣にこもられるとパスコースが限定されるからだ。
ブルーを助けるべく、次々チームメンバーが敵陣へ走りこんでいく。
それに釣られる敵メンバー。
「おー、いい感じっ!」
ブルーは、そこで更にサイドチェンジ。
大きく弧を描いたボールが、右サイドの金髪SBのメタルに渡る。
メタルは器用に足の甲でボールをトラップ。
「フッ……」
オランダ代表で変態的とまで言われるほどのトラップを見せるベルカンプとまでは当然いかないが、あのボールを止める技術は特筆すべきものがある。
「駆けろ光の階」
……中2病なのは置いておく。
おかげで敵が寄せてくるより早く、クロスを放つ事ができた。
そのクロスは、もちろん巨体のサイクロプスと競り合う事のない、グラウンダーのクロス。
「うおおおおおお!!」
そこに飛び込んできたのはオレンジの閃光・ミカン。
振りぬかれたシュートは、猛スピードでゴールの左隅に迫る。
『アアッ!』
が、咄嗟に反応したキーパーが伸ばした腕がそれを弾いた。
普通なら決まっていたであろうシュート。
相手が規格外の長身すぎた。
だが、それに落胆せず、一つの影が飛び出した。
それは、ブルー。
「おー! チャンス……って」
弾かれ宙を舞うボールに頭で合わせ――
「へぶし!」
訂正。
顔面で合わせた。というか当たった。
衝突めいたそれは、ブルーをふっ飛ばす一方、そのままの勢いでボールをゴールに突き刺さした。
「いててて……」
顔をさすりながらブルーが立ち上がり、きょろきょろとボールを探す。
「あれ? どうなっ……」
「うおおおおおおおおおおお!!」
本人だけが気付かないまま、スタジアムは大歓声に沸き起こる。
カーネイションファンなんてほとんどいないだろうに、この快進撃に大騒ぎだ。
ブルーの元にはミカンだけでなく、モモやレット、メタルなど仲間たちが駆けつけてもみくちゃにしていた。
「おいっ! スゲーじゃんか! このこのっ!」
青い頭をぐりぐりかき回すミカン。
「おー、き、決まったのかー」
「にょろん! 決まったに決まってるよー! もうにょろにょろだよ」
ハイテンションで変な言葉を叫ぶレット。
正直、俺も仕掛けは失敗したと思っていた。
ブルーのセカンドボールへの嗅覚は、想像以上に鋭いみたいだ。
彼女の集中力は侮れない。
再び敵のボールからスタート。
相手は完全に浮足立っていた。
万年最下位のカーネイションに同点にまで追いつかれたんだ。
無理もないと思う。
失うものがないこっちと違って、負けたら恥。
そのプレッシャーは凄まじいものだろう。
視野が狭窄になっているのが、傍目からでもわかる。
つまり、「なんとしても逆転」だ。
とすると、行動は読みやすい。
長身ぞろいの中でも、一番の長身のエースFW・オロへのロングパス、つまり縦ポンだ。
だからこそ、ボールがこちらの最終ラインに蹴りこまれた際、マークすべきオロを狙える。
それをやるのは、俺だ。
相手が浮足立ってるのと同様に、ウチのチームも浮足立っている。
一度も勝った事のないチームの前に、勝利が転がり込んできそうなのだ。
それもまた無理のない事。
トップ下の俺が自陣深くに戻ってでも止めないと。