交代
「あ……あ……」
呆然とするプラティナの顔が見えた。
股抜きの屈辱のあまり、感情に任せてスライディングしてきたらしい。
巻き上げられた泥を被ったらしく、その銀の髪と青い肌にしみのように泥がまとわりつき、降りしきる雨によって黒い筋となっていた。
そこに仲間たちが駆けよって来る。
「だ、大丈夫かよおい!」
ミカンが抱き起そうとするが、痛みが襲ってくる。
「痛てて……ちょっと……無理だな……担架呼んでくれ」
「お、おう。担架ァ! 担架持って来てくれ!!」
スタジアム中に響きそうな大声で、彼女が叫ぶ。
あのミカンが顔面を蒼白にしている。
角度的に見えないが、俺の脚はまずい事になっていそうだ。
「貴方……とんでもない事をしてくれましたわね……!」
「わ、私は……そんなつもりでは……あ、あの……」
翡翠がプラティナに詰め寄っている。
この世界の貴族はみんな丁寧な喋り方なのか――とそれはどうでもいい。
「ミカン……二人を止めてくれ。味方にカードを出させるな」
「ば、バカ、そんなの気にしてる場合かよ……うー、でもわかったぜ!」
ミカンが翡翠とプラティナの間に割って入り、引きはがす。
彼女はこんな時、とても頼りになる。
直情径行に見えるがそれは違い、シンプルに物事を考えられる性格なのだ。
正しいとわかれば迷い無くそれを選んでくれる。
それから再び笛が鳴り、主審がプラティナにイエローを宣告した。
「おかしいのである! ボールではなく脚に入っていたのに! あれは一発レッドでもおかしくないのである!」
モモの憤りももっともだが、主審に食ってかかると彼女にもカードが出かねない。
こんな時になんだが……俺の参加に懐疑的だった翡翠やモモがこんなに怒ってくれるのが、少し嬉しかった。
「シルヴァ……頼む」
「お任せ下さい」
キャプテンマークと共に、シルヴァに後事を頼む。
担架に乗せられ、ピッチを出ていく俺にはもうどうする事も出来ない。
でも心配はいらないだろう。
ミカンが仲間を抑え、シルヴァが主審へ説明に入り、場を収めていく。
顔に降りしきる雨の滴が、ほてった体に逆に心地よく感じてくるようになってきた。
右足の痛みは相変わらずだが、折れていない事を祈るのみだ。
ピッチの外に出され、治療に入るが……。
「これは……プレー続行は無理ですね」
救護班から言われたのはその一言。
どうも、スネに裂傷があるらしい。他にも打撲や捻挫もある。
やたら沁みる液体で消毒され、包帯を巻かれた。
包帯が血に染まっていくのが見える。
その様子では確かにプレーは無理だろう。
「……まぁ、こればっかりは仕方ないな」
サッカーをしていたら怪我は避けられない。
「だから泣くなよブルー」
「でもっ……でもっ……」
ピッチサイドに出た事で、控えのブルーがベンチから駆け寄って来たのだ。
その空のように青い瞳を雨と交じった大粒の涙で歪ませて、せっかくの美人が台無しだ。
「もちろん俺の代わりはお前だ」
ブルーの頬に手を伸ばす。
涙を指で払うが、次々と溢れて来て止まらない。
「代わりとか……無理だよ……」
「そうだな」
「……」
「お前は俺よりやれる。お前なら、チームを勝利に導ける」
「……!」
驚くブルーだが、すぐに俯く。
「無理、だよ。……この間も全然勝てなかったし……ひぐっ」
泣き事を言う彼女のほっぺたをつねる。
「な、何するのさ」
「お前は余計な事考えなくていいんだよ。誰よりサッカーを楽しめばいいんだ。いつも通りに」
この間、プラティナとの一戦では、ブルーは力を出し切れていなかった。
スタメン落ちを頭で整理する時間が無く、試合への集中が欠けていたのだ。
サッカーを何より愛する彼女にとって、試合に出れないという事が、本人の想像以上に重い事だったのだろう。
だが、あれからもう時間は過ぎた。
ブルーの中で、それがもう消化できていると俺は信じている。
後は、本人が信じるだけなんだ。
「楽……しむ」
「そうだ。こないだも余計な事考えすぎてただけだ。いつも通りやれば、それでいいんだ」
と、会場全体を包むような歓声が轟いた。
なんと、得点が決まったのだ。
それも、うちの。
俺が倒された事で得たFKをヤミが蹴り、キーパーが弾いたこぼれ球を、混戦の中ミカンが叩きこんだのだ。
格下らしいドタバタな得点だったが、点は点だ。
「見ろ。うちは全然負けてない。みんな頑張ってる。……お前はどうだ?」
「ボクは……」
「行ってこい。間違っても、俺の復讐とか考えるなよ。誰より楽しんで来い」
ほっぺたを指で押す。
するとその頬が膨らむ。
「もー、子ども扱いしないでよー! わかったよ! 行くよー! もー!」
子どもそのもののようにぷりぷりしながら、ライン際に寄っていき、交代のタイミングを待つ。
途中、一度だけ彼女が振り向き、
「……わかったよカントク。ボク、精いっぱい楽しんでくる。それがクロウの教えてくれたサッカーだから!」
満面の笑みで言った。
――これなら、何の心配もいらない。
もちろん、俺が選手兼監督なので、交代は俺が審判に告げた。担架に乗せられたままだが。
その際、治療のために会場から抜けるよう勧められたが、断った。
代わりにベンチに寝かせてもらい、試合を最後まで見れるように頼む。
見逃すわけにはいかないからだ。
これから始まる世紀の逆転劇を。




