戦術
折しも、潮目が変わった事を示すかのように雨が降り始めた。
ムギからパスされたボールを、シルヴァからメタルへと繋ぐ。
「雷の如く、疾風の如く、道を紡がん!」
メタル語はよくわからんが、彼女はボールを運んでいく。
当然、敵が寄ってくるが、そこにプラティナは居ない。
守備が免除されており、敵陣に残ってカウンター役となるのだろう。
だが、それは前線からの守備がないという事。
こちらからすれば攻めるスペースとなる。
その身体能力を以ってメタルに迫る相手左SB。
メタルは相手を引きつけ、すぐにボールをシルヴァへ戻す。
シルヴァは中央にカバーしに来たヤミにパス。
ヤミは左SBのアクアへパス。
攻撃のチャンスでも、焦る必要はない。
相手は身体能力が高いからこそ、カットを狙って深追いを続けている。
プラティナもまた、最終ライン付近ではパスカットを狙って走って来ていた。
そうなるとアクアは再びボールをムギまで戻す。
消極的に見えるかもしれないが、今はこれでいいのだ。
とにかく相手を走らせるのが大事だ。
前半をスコアレスで折り返せるなら、勝機はある。
じっくり組み立てなおし、再び上がっていく。
今度はレットが「にょろん!」と運び、モモが「OKなのである」と受ける。
会話が成立しているのかは怪しいが、繋がっている。
「ここである!」
モモは前線のミカンへ大きくクロスを上げた――
「甘いな」
が、180センチを超える長身DF・アッシュにカットされてしまった。
灰色に近い銀髪を短く刈り込み、鍛え抜かれて厚みのあるボディは、アメリカ女子代表ワンバックを彷彿とさせる威圧感を放っている。
仕掛け自体は悪くなかったが、相手が悪い。
アッシュはほとんど壁と言っていい体躯に加え、魔族特有の身体能力もある。
普通なら届かないボールに、加速と長い脚を使って追いついたのだ。
正直、俺自身初めて見たが、あれはどうしようもない。
アッシュのカットは必要経費と割り切り、何度も仕掛けるほかないだろう。
なんにせよボールは相手ボールに。
一気に攻め上がって来る敵攻撃陣。
アッシュから右SBへ、右SBからMFへ。
身体能力を活かしたドリブルとキープ力で次々繋いで来る。
敵MFのパスターゲットはもちろんプラティナ。
プラティナも170センチと魔族女性の中では平均的な身長だが、うちの平均より10センチ以上高い。
競り合えるとしたらアクアしかいない。
アクアがプラティナに寄せていく。
身長は近いが、筋力や体幹がまるで違う。
弾き返されるが、彼女は食らいついていく。
先に挙げたとおり深追いは危険ではあるが、この場合は違う。
「しつこいですわね……!」
「それが仕事っすから」
明らかにプラティナはイラついている。
先日の無双状態もあって身体能力一つで抜きにかかれると思っていた彼女は、その誤りにまだ気づけていない。
確かに、あの時俺たちは後れを取った。
完全に相手に呑まれていた。
しかし、今日の俺たちは相手に呑まれていない。
試合二日後だった前回と違い、肉体的な疲労もない。
プラスの要因はいくつもある。
とはいえ、たった数日でその圧倒的なフィジカルの差が埋められるわけはない。
だが、止めるのと邪魔するのとでは難易度が違う。
今は、プラティナが気持ち良くプレー出来なければいい。
事実、アクアを振り切ったプラティナだったが、そこに時間をかけすぎた事でこちらのディフェンスラインが整っている。
無理な態勢からシュートを打つも、再びキーパーに止められるのだった。
地団太を踏んで悔しがる彼女に、MF二人が寄っている。
慰めるのではなく、パスを出さない事への苦情のようだ。
実際、プラティナがパスを選択していれば、1点くらいは既に取られていたかもしれない。
うちのDF陣を統率するシルヴァが、今のプラティナにパスはないと読んで的を絞ったのが功を奏していた。
無論……これからはプラティナもパスを使ってくるだろうが……。
その想像は当たり、その後プラティナもパスを使ってくるようになった。
だが、今ひとつ連携が取れているように見えない。
裏へ抜ける動きはオフサイドとなるし、逆サイドへのパスを間違えてカットしてしまうなどちぐはぐだ。
結果、得点につながらず、目に見えてプラティナが苛立っているのがわかる。
ここは攻め時だ。
俺と翡翠でパス交換しつつ、敵陣に上がっていく。
敵のプレッシャーは相当なもので、ボールキープは難しいので、パスを増やす。
得点には繋がらなかったが、翡翠のミドルでシュートの形で終える事が出来た。
シュートで終わるのはカウンターを食らわないのでとても大事だ。
ここまでは……上出来だろう。
取ったり取られたりしつつ、失点せずに推移している。
前半を0―0。
これがうちの戦術のキモ。
実力差の開いた相手には、いくら綺麗にカウンターが決まったとしても2点取るのは難しい。
勝ちを狙うなら、守りを固めてからの1―0が一番現実的だ。
それは、これまでもカーネイションがやって来た事。
それでも勝ち切れず、負けと引き分けを繰り返してきた戦法でもある。
だが、その戦法を選ばざるを得ないほど、相手が強大なのだ。
ちょうど今も、相手の攻撃を上手くカットしカウンターをしかけたのだが、シュートにすら持ち込めず潰されてしまった。
前線のミカンの位置だったからよかったものの、これが中盤だったら一気に相手のカウンターを食らうところだ。
逆に、こちらも敵陣でボールをカットできなければ、おそらくカウンターは成功すまい。
相手も全員が全員プラティナ並みのフィジカルではないのが救いだ。
ミカンからボールを奪ったSBを、俺とモモで挟んでボールを奪いにかかる。
結果として、俺の脚にボールが当たってピッチを割ってスローインにはなったが、速攻が防げただけマシだろう。
――それが甘かった。




