なし崩し
フォーメーションはほとんどいじってない。
練習も出来ずに下手にいじると守備が崩壊しかねない。
翡翠とミカンのFW二枚だったのを、翡翠離脱ぶん一枚にして、俺がFWの後ろ、つまりトップ下に入ったくらいだ。
普段は翡翠が下がり目に入ってブルーがトップ下になっている事もあるそうだが、ブルーには中盤の左、つまり左MFとして外に絞ってもらう。
まずは、奇襲。
当然、俺の事を相手は知らない。
マークが甘いうちに一点をもぎ取る。
とはいえ、新参者の俺をみんなが信じてるわけじゃない。
DFどころかMFまで自陣側に引っこんでいる。
攻撃は最大の防御っていうのを見せなくてはならない。
俺はコート中央付近でボールを呼び込む。
半信半疑の様子だが、青髪のブルーから地面を這うような、いわゆるグラウンダーのパスが通る。
いいボールだ。
ブルーのボールコントロールは、正直相当にレベルが高い。
良くも悪くも鳥かごで守り続けてきた事で、パスの精度がいい。
俺は、そのボールを足の腹で止め(トラップ)、そのまま駆け出す。
既に相手DFが迫ってきている。
2m以上の巨体の威圧感はピッチに立ってみると、想像以上だった。
――だけど。
「身長が理由で出れなかった俺が、長身相手に負けるわけにゃいかねえんだよ」
ボールしか見ていない相手DF。
なら、これはどうだ。
「!?」
ボールをつま先ではね上げる、いわゆるリフティングを仕掛ける。
自分の頭上に上げたボールを頭突き(ヘディング)で更に跳ね上げ、相手の頭上を飛び越させる。
目の前から急に消えたボールに、DFの反応が遅れる。
その隙に脇を抜ける。
相手は長身な上に一つ目ゆえ、重心低く移動すれば俺の姿は極端にとらえにくいはずだ。
落ちてきたボールを胸でトラップしてからドリブル。
デカいがゆえに振り返えるのも遅い。
まだイケる。
そのままドリブルで敵陣深くへ切りこんでいく。
また相手DFが、今度は二人迫ってくる。
そこで俺は左サイドを見た。
実際には誰も上がってきてはいない。
しかし、釣られた相手は、そちらに視線を向ける。
ここだ!
昔、レギュラーを目指してさんざん練習をしたアレを使う。
ボールを前線に蹴り上げて供給する事を、クロスを上げると言う。
そのクロスを上げると見せかけて振った右足の内側で、そのままボールを軸足の後ろへ通す。
体を反転させながら、クロスに釣られた相手を一気に抜く。
これこそクライフターン。
オランダのサッカー選手でフライングダッチマンの異名で知られる天才ヨハン・クライフの編み出したドリブルテクニック。
サッカー少年の誰もが一度は真似をするこのターンは、この世界では知られていないらしい。
突然の挙動に、抜かれた一人が足をもつれさせその場に転ぶ。
先ほど抜いたDFは転んだそいつに阻まれ、俺を追えない。
よし、まだイケる。
ゴール前へ切り込んでいく。
相手DFは一枚。
体重移動のフェイントで抜き、そのまま突っ込む。
キーパーと一対一。
相手はかなり焦っているのがわかった。
「こういうのはどうだ」
突っ込んで来るキーパーの頭の上を超えるように、ループシュートを放った。
まさか長身である自分の頭を越すなんて考えていなかったのだろう。
驚くほどあっさり、ボールはゴールマウスに吸い込まれていった。
得点を告げるホイッスルが鳴り、スタジアム――というには簡素だったが――が、歓声に包まれた。
――どうだ……! 見たか監督! 俺だって……俺だってやればできるんだ。出るチャンスさえあれば……!
今までにない充足感を覚えて、拳を握る。
急に心臓が鼓動を早める。
現実感が、戻ってくる。
そこで茫然としている相手チームが見えた。
チームメイトたちですら、何が起こったかよくわからず目をぱちくりさせたまま駆け寄ってくる。
オレンジ髪FWのミカンだけが喜色満面で飛びついて来た。
「スゲーっ! スゲーよあんた!」
「お、おう」
抱きつかれると、その何だ。
胸が思い切り俺の胸板に押しつけられるわけだが。
「ほら! やっぱ攻撃だよ攻撃! 攻撃しねーと!」
「う……」
ピンク髪のMF、モモが唸る。
「ま、まぁ、よくやったのである」
ベンチで悔しそうにハンカチを噛んでいる緑の頭――翡翠も見えた。
いずれにせよ、この得点で信頼は得られた。
なら、後はやるだけだ
「逆転するぞ。ハーフタイムに言った作戦通りにやるんだ」
「おー、じゃああれで行こー!」
ブルーが明るく言った。