ヤミ
メンバーたちもゴール前に集まってくる。
蹴るのは――
「ヤミ、お前だ」
「!!」
びくりと体を震わせるヤミ。
DFである彼女に上がってきてもらったのは、それだけキックの精度に優れるからだ。
ミカンもブルーも流れの中で点を取るタイプだし、アクアもポストプレーで決めるタイプ。
彼女たちと比べるなら俺が蹴ってもいいが、俺よりもヤミのキック技術の方が上だ。
ブラジル代表の伝説的なFKの名手ロベルト・カルロスとは言わないが、止めたボールを蹴るのならはっきり言ってプロ級の精度を持っている。
だから、個人練習でもPKをたくさん練習してもらったし、PKになったら上がるよう言ってある。
あるんだが……やはりかなりガチガチに緊張している。
「……うう」
「リラックス。力抜け」
その肩を揉む。
なんかセクハラサラリーマンみたいだが、実際、これが効くのだ。
緊張すると筋肉が強張る。
でも本人は気付かないものだ。
だから肩を揉む事でほぐし、自分の強張りを自覚して後は本人が緩めればいい。
「……!」
が、顔を真っ赤にして余計に硬くなってしまった。
人見知りな彼女には、逆効果だったか……?
「……大丈夫か?」
「ふぁい! だいじょびです!」
全然、大丈夫じゃない。
だが、あのヤミが声を出せるようになったのだ。
これは進歩と言える。
だから、いくら緊張していてもキッカーはヤミから代えない。
教育の側面のある学生サッカーとは違って結果を出さないといけないリーグで、個人の成長うんぬんにこだわるのは変かもしれないが、でも大事だと思うのだ。
彼女は、チームの武器になる。
例えここで決められなかったとしても、次に繋がる――
そんな、お節介は全く無用だった。
「んーっ!」
「お、おいっ!?」
ヤミは自分の顔を両手ではたいた。
小気味良い音が響き、その柔らかそうな頬が真っ赤に染まっている。
どこか高見盛を思わせる所作だったが、その体から余計な力が抜けているのがわかった。
そしてキーパーの前に出ていく。
もう表情は伺いしれないが、その佇まいに不安の色はない。
ブルーやミカンもこぼれ球に反応できるよう、臨戦態勢で彼女を見つめる。
キーパーは彼女の一挙手一投足を見逃さぬよう複眼を見開く。
ヤミがボールをセットし、助走を取り――
「は?」
緩やかな助走から放たれたキックは、緩やかにボールを押し出す。
コロコロと転がるボールは、決して早くもないが、キーパーを一歩も動かす事なく、ゴール左隅に突き刺さった。
得点を告げる笛が鳴り響く。
しかし、その非現実的な光景に、観客も、相手も、チームメンバーですら硬直していた。
リアクションの無さに、ヤミ自身も、「決めたっけ?」みたいな顔できょろきょろし始める。
そんな彼女に、一瞬遅れて降り注いだのは割れんばかりの大歓声。
とんでもないゴールに、笑い声すら交じっていた。
ヤミに飛びついたミカンが「オイオイ、まぐれか?」なんて聞いているし、観客の多くもそう思っていると思う。
だけど、あれはまぐれなんかじゃない。
日本代表・遠藤保仁選手が得意とするコロコロPKだ。
相手キーパーの重心を読み、その逆をつくことで、コロコロと転がるようなシュートだが相手は全く反応できずに決まる神業。
俺も、ヤミのキック精度には確信があったが、まさかこんなPK技術を持っているとは思わなかった。
てっきりえげつないカーブでゴール左右の上の隅あたりに蹴ると思っていたので、思わず声が出たほどだ。
「お、おい、こんなのいつ練習した?」
俺と練習していたPKでも、これは見せた事はなかった。
「き、緊張してたから……力を入れたら枠を超えるかもって……で、でも、キーパーが飛ぶ方向はわかったから、ゆっくりでも逆に蹴れば大丈夫かなって……」
天才かよ。
まさか自分で編み出すとは。
「よくキーパーの動きがわかったな」
「人間観察、好きだから……」
「……なるほど」
確かに、時々ヤミのじっとりする視線を感じる事があるが、趣味と実益が兼ねるのはいい事だ。
……とりあえずそう思おう。
ともあれ、この先制点によって試合はこちらの有利に展開。
そのまま1―0で前半終了となった。




