和食
「……そやろ? ダメやねん。なんか足らへんねん」
頭を抱えるヴァイオラ。
「ちゃうねん。オトンの居た頃はここもまだ流行っててん。オトンがなんか幻の食材探すとか言って出てったきり丸3年、オカンと頑張ってきたけど、何か上手くいかへんねん……」
「これなら塩コショウやコンソメを入れたら合いそうだけどな」
魚の臭みも消せるし、と思ったのだが、その言葉にヴァイオラは肩を落とした。
「……あんなぁ、胡椒とかコンソメみたいな高級品、手に入るわけないやろ……」
「高級品? ああ、胡椒はそうか。でもコンソメもか?」
「せやで? 大量の牛肉や鶏肉、それに野菜も使って煮込んで取れる量はチョッピリ。あんなん貴族サマの食べモンやで」
そうだったのか。
胡椒は歴史の教科書にも載ってるくらいだから知っていたけど、コンソメも高級品とは思わなかった。
コンビニであれが100円とかで買える日本に改めて驚愕した。
「だとすると……やっぱりダシだな」
「ダシ!」
ダシという単語に、ブルーが食いつく。
「そうだよヴァイオラ! ダシだよダシ!」
「ダシぃ? ブイヨンか? あれも結局コンソメよりマシやが単価がハネ上がるで」
「昆布だよ昆布!」
「昆布ぅ?」
いぶかしむヴァイオラ。
その辺の葉っぱを食べるとでも言われたようなリアクションだが、確かにこの世界で食べられていないのだから、まぁそれも自然な反応だろう。
今日も今日とて市場に向かい、魚と昆布にネギ、それから柑橘類を買ってきた。
昆布を売ってるおっちゃんからは心底不思議そうな顔をされた。昆布リピーターのヒト族がよほど珍しいのだろう。
八百屋では、奥の棚に置かれていた熟れる前の柑橘類を買うために交渉すると、「それ、熟成途中で食べごろじゃないから酸っぱいわよ」とおばちゃんから言われたのだが、だがそれがいい。
試しに1つかじってみたが、カボスそっくりのいい酸味だった。
その酸っぱさ満点フェイスに、おばちゃんは「かわった趣味だねえ……」と明らかに誤解していたが。
ともあれ、材料は揃った。
作るのは、先ほどヴァイオラが作ったのと同じ鍋だ。
ただし、まず下ごしらえとしてコンブでダシを取っていく。
さっきの鍋で余った魚の頭や骨も入れてことこと煮込む。
その様子をヴァイオラは怪訝な様子で覗き込んでいた。
魚の身は、塩を振ってしばらく置いておく。
白菜は葉と芯を分けてざく切りし、ネギは根っこを切って斜め切り。
大根は煮崩れしないよう面取りして、十字に隠し包丁を入れる。
自分用なら普段はここまではしないけど、人に出すなら拘るのだ。
この辺から、明らかにヴァイオラの表情から怪訝さが消え、真剣さを帯びてきた。
ダシから作ったスープに野菜を投入して煮込んでいく。
丹念にアクを取るのも忘れない。
それから魚にお湯をゆっくりかけて下ごしらえし、鍋に投入。
蓋をしてひと煮立ちすれば鍋自体は出来上がり。
「おお……何やすごいプロっぽいやないかい」
それから茶碗に取り分ける。
盛り付けも、よせ鍋のパッケージにあるみたいに、ネギの置き方を拘ってみる。
木から自作した箸がここで大活躍。
その箸という不思議な器具に、双子たちがはしゃいでいた。
確かにスプーンとフォークの文化圏からしたら、なぜ2本の棒であんなにものが自在に掴めるか不思議にもなるだろう。
最後に二つに切ったカボスっぽい柑橘類を取りだす。
「なんやそれ? 熟れる前のみかんやないか。それをどう……ってあーーー!!」
俺がそれを絞って取り分けた茶碗にかけたものだから、ヴァイオラが絶叫した。
「なんちゅうことをすんねん! せっかく旨そうになっとったのに……みかんかけるとかありえへんで」
「それがありえるんだなー!」
だからなぜお前が胸を張るのだブルーよ。
あと、カボスは食べた事ないだろキミも。
「ま、食べてみなよ」
ヴァイオラを座らせ、茶碗を差し出す。
「う……わかったで。女は度胸! ウチも女や! 食べたろうやないかい!」
勢いよくかき込むヴァイオラ。
直後、その動きがぴたりと止まった。
まるで時間が止まったかのような、完全な静止。
「ね、ねーちゃん? まずいんか?」
心配した弟が顔を覗き込むも、反応はない。
一瞬遅れて――
「……ありえへん」
ぼそりと呟きが漏れた。
「ん?」
「ありえへん! 何やこれ! 旨ぁ!! 旨あああああああああああああ!!」
立ち上がって絶叫するヴァイオラ。
いくらなんでもリアクションでかすぎだろ。
「アカン……アカンて……こんなん、持ってかれてしまう……」
何をだ。
「スープのコクが尋常やない。それに、魚の臭みがまったくあらへん。あのみかんの酸味が臭みを消しとる。オトンの味とかそんなレベルやない……バケモンや……コイツ、とんでもない天才料理人やで!」
青ざめてまくしたてると、再び勢いよくかき込みだす。
何か……泣いてないか?
「オトン……どこで何しとんねん……っ! 幻の食材とか……全然いらへん! 普通の食材で……こんなに旨いモンつくれるんやで……!」
その様子に、
「ボクもボクも!」
「おれもおれも!」
「わたしもあたしも!」
三人の子どもたち(ブルー含む)が騒ぎ出した。
俺が取り分けた皿をひったくるように奪うと、がつがつと流し込んでいく三人。
「うまー!」
「うまー!」
「うまー!」
お前らは三兄弟か。




