直撃
「う……うん……」
ぼんやりと視界が戻ってくる。
まず目に映ったのは、痛いまでに青い空だった。
どうやら、ボールの直撃を食らって、そのまま倒れていたようだ。
空には雲一つなく、太陽と、遠くに二つの月。
「え……?」
二つの……月?
ワアアアアアアアアアアアアアアアアア……
「な、なんだ?」
今度は耳に巨大な歓声が飛び込んできた。
そこで初めて気が付いた。
ここは、学校のグラウンドなんかじゃない。
ずらりとならんだ椅子の上。
妙に傾斜がついた、観客席らしき所の一角に居た。
サッカースタジアムの……スタンド?
何でこんな所に?
気絶している間に運ばれたのか?
疑問は尽きないが、そんな悪ふざけしそうな友人が「ドッキリ大成功」の札を持って出てくる気配もない。
そもそも周りに人はいないみたいだ。
だが、遠くの席にはたくさんの人影が見える。
どうもホーム席とアウェー席でずいぶん客の入りが違うみたいだな。
自分がいるこっちは、不人気チーム側って事か?
反対に相手側は凄い気合の入ったコスプレをしているようだ。
よっぽど人気のチームなんだろうな。
羽根とか角とかついてるし、なんたらデビルズ、とかそんな感じのチームかな。
そんな事を思いながら、ピッチに目を向けると――
「は?」
サッカーの試合をしている。
それは、いい。
女子サッカーで、上が白に下が赤い、まるで巫女装束のようなユニフォームの少女たちが駆けまわっている。年齢は俺と同じくらいだろうか。
髪の色が奇抜な気はするが、別にそれもいい。
だが、何だあれは。
少女たちと試合をしている相手は、一つ目の巨人だった。
2mはある土色の筋骨隆々な体の上に、緑のユニフォームを着ている。
やっている事はサッカーで、それは間違いない。
でも、全部おかしい。
こんなのあり得ない。
これはなんだ。
ここはどこだ。
観客席からの叫びでは「いけー! モノアイズ!」なんて聞こえるから、モノアイ……一つ目だし、本当にサイクロプスなんだろうか。
特殊メイク……そう思いたかったけど、観客席もよく見ればコスプレなんかじゃない。
翼の生えた者、角の生えた者、ケンタウロス、ミノタウロス、ハーピー……RPGでしか見た事のないような者ばかり。
これが映画ならハリウッドの超大作くらいしか無理だろうけど、残念ながらカメラすら回っている様子はない。
何より、二つの月が見えるんだ。
いくら映画でも月まで作れない。
という事は……やっぱり異世界……なのだろう。
異世界……。
なんて月並みな言葉だ。
けれど、実際に来てしまった以上、それはもう現実だ。
……受け入れるしか、ないのか?
悪い冗談だ。
夢だと言ってくれ。
いや、夢にしては、ボールが激突した頭がガンガンする。
俺は、混乱を極める頭で、ぼんやり試合を見ていた。
人間側の少女たちは、とにかく守りを固めているようだった。
完全にドン引きサッカーで、2トップで攻撃担当のFWが2枚いるようだが、それすら自陣ギリギリでプレーしている。
カウンター要員なのだろうが……機能しているとは言い難い。
守りに徹しているにも関わらず、体格差からか、既にスコアボードには2―0の文字が見える。
少女たちの動きは決して悪くない。
むしろ、ボールコントロールやパス精度など、テクニック面はかなりのものだ。
でも、戦術性が感じられなかった。
場当たり的に守り、そしてそれが失敗した時、成すすべなく突破される。
守護神たるGKの指示がいいのか、攻められ続けているのに2点で済んでいるのが、むしろ奇跡だ。
味方守備陣の一番底の部分、いわゆる最終ラインはよく集中できている。
「……惜しいな」
もし、あのチームに司令塔が居たら。
中央から前線を統率できるいい中盤、つまりいいMFあたりが居れば、化けそうなチームだ。
MFはその名の通り、フィールドの真ん中を基本的な位置として活躍する。
それはつまり、攻撃ならFWへのボールの供給、守備なら前線からの早い守備を担当する存在だ。
――もし俺が出たら……。
どうなるだろう?
「……いやいや、女子だろ、これ」
そんな事を考えて一瞬目を離した隙に、観客席が悲鳴に包まれた。
「え?」
一体、何が起きた?
ピッチに視線を戻すと、緑の髪の少女が足を押さえてうずくまっていた。
どうやら反則があったらしい。
少女にぶつかった相手の守備担当のDFは、一つ目の巨人。
カウンターの起点を潰そうとしただけなのかもしれないが、体格差がありすぎる。
ただでは済まないだろう事が、容易に想像がついた。
苦悶の表情を浮かべた少女は立ち上がれず、彼女のチームメイトはピッチの外にボールを蹴り出す。
担架を持ったスタッフらしき人――と言っても、どう見ても二足歩行する犬に見える――がピッチへ走って行き、少女を担架に乗せて運び出した。
大丈夫だろうか。
正直、ラグビーの男子選手なみの体格の相手にぶつかられれば、俺どころか成人男性でも死ねるからな……。
想像しただけで背筋が冷たくなった。
と――
「危なーいっ!」
「え?」
ピッチから、猛烈な勢いでサッカーボールが飛んできた。
そして、何か定められていたかのように、俺の頭を直撃した。