ラダー
・4
クラブハウス裏の、雑草がちらほら生えるグラウンド。
そこに朝からFCカーネイションメンバーが勢ぞろいしていた。
……アクアだけは寝坊してきたけど。
天然芝……なんてものはなく、学校のグラウンドのような土のピッチだ。
小石などは、彼女たちが全て拾っているそうで、そういった意味での事故の心配はなさそうだ。
ホームスタジアムのキングスフィールドに比べて、質素な練習場だった。
まぁスタジアムはリーグ創設期の人気があった時期に作られたものらしいし、差があるのは理解できる。Jリーグにもそういうチームあるもんな。
さて、この間の試合だけでは、力を見るのは難しい。
今日はまず、5対5の紅白戦からだ。
と言うと、やはり翡翠がむくれた。
「私は留守番ですか……!」
「そりゃそうだろ。その足のケガ、一日二日で治るようなものじゃない」
「で、出れます!」
「ダメだ。悪いけど、俺は監督としてお前を出すわけにはいかない」
……まさか。
まさか自分が、この言葉を言う日が来るなんて、思わなかった。
だけど、翡翠の足は正直、かなり悪い。
なにしろスパイクだって履けないくらいに右足首が腫れているのだ。
厳密にはスネの下部を負傷したらしいが、同時に捻挫もしているようだ。
本人は包帯を巻きすぎたから、と言い張っているが、そのせいで膨らんでいるというレベルじゃない。
もしその膨らみが全部包帯なら、ギプスくらいの厚みという事になる。
嘘なのは見え見えだった。
レントゲンがない世界だから、はっきりとは言えないが、ヒビくらい入ってると思う。
腱が切れたわけではないだけマシだけど、ヒビなら完治に2週間はかかる。
捻挫だとしても、実はヒビより治りが遅いので3週間かかる。
本人がなんと言おうと、ダメなものはダメだ。
「ぐぐ……」
本人も、そんな事はわかっている。
わかっているが、でも出たいのだ。
ユニフォームまで着てきているのはその表れだろう。
その気持ちは、痛いほどわかる。
「お前に必要なのは休養だ」
「ではなぜ呼んだのですか?」
「見るのも練習だからな」
そう言うと、翡翠は不承不承頷いた。
本人だってわかっているからこそ、理解はできるのだ。
それが納得できるかはまた別問題で、そこは本人に折り合いをつけてもらうしかない。
というところで、紅白戦を始めた。
メモ帳はこの世界では高級品なので、黒い板にチョークでメモしていく。
俺の隣には翡翠がいるので、メンバーの得意分野や苦手分野の話が聞けるのが、何気に凄く助かる。
紅白戦を見て気付いたのは、やはりこのチームメンバーのレベルの高さ。
個人技で言えば、高校の全国大会クラスかそれ以上の光るものを持っている。
正直、これには驚いた。
格上の、それも大柄なチームと戦い続けてきた事が、非常にいい経験になっているのだろう。
おかげで男子顔負けの当たりの強さ、球際の強さもある。
だけど一方で、守備も攻撃も場当たり的で戦術性がない。
つまり、地力で負ける相手には絶対に勝てないサッカーになっている。
それも無理はない事だ。
相手が全部、文字通り超人なのだから、負けないサッカー……守備一辺倒になるのも仕方ない。
カテナチオならぬ巫女ナチオとでも言っておこう。
でも、勝ちを狙いに行くならリスクを取らないといけない。
紅白戦でいいデータが取れた。
後は、どうチームを前に進めるかだけだ。
「というわけで特訓だ。個人個人にメニューを渡していくぞ」
「ヒャッホー! いいぜえ! 任せとけ!」
特訓と聞いてそこまでテンションを上げられるミカンが頼もしい。
「なにぶん時間がない。弱点を克服するより、長所を伸ばす方向で進めようと思う。もちろん、すぐ直せるような弱点なら積極的に直していくぞ」
メモを元に、一人ひとり指示していく。
「ミカンは4―2―3―1の1トップで行きたいから決定力アップのために、周囲を見る力を伸ばそう」
「ブルーは動き出しの良さを伸ばすのと、ケガを防ぐためにラダーを多めにやってみよう」
「レットは運動量を活かして、ディフェンスのカバーの練習だ。自陣の選手と挟んでボールを取るぞ」
「ヴァイオラはドリブルを活かして攻撃参加の回数を増やせるよう、サイド攻撃の練習だ」
「アクアはポストプレーを活かすために、トラップの力を伸ばそう」
「シルヴァの統率力を活かして、後ろ4人でオフサイドを取れるようにしよう」
「ムギは反応がいいから、キャッチまで持っていけるようにしよう」
「ヤミはDFだけど、止めたキックの精度がチーム一高い。フリーキックを練習しよう」
「メタルはトラップが抜群にいいから、サイドチェンジからの攻め方を練習だ」
「モモは視野が広い。サイドチェンジをすべきタイミングを見れるようにしよう」
練習メニューは作っている。
DF陣の練習と攻撃陣の突破の練習などは合わせて行える。
全員に張りつくわけにもいかないので、指示をした後はある程度本人たちに任せてみる。
間違ってたら、その都度指示すればいいしな。
「おーい」
「ん?」
俺の袖を引っ張るのは、ブルー。
「ラダーって何?」
「ああ、そうか」
この世界にラダートレーニングはないのか。
「私も気になりますね。見てもいいですか?」
翡翠が近くに来た。
「もちろん。そのうちみんなにもやってもらうつもりだしな」
ラダートレーニングは、ラダー……はしごの名前が示すように、縄梯子の間をステップを踏みながら駆け抜けていく練習だ。
上半身を捻りながら走ったり、小刻みに走ったり、瞬発力アップが期待できる。
ブルーはこの上半身を捻るやり方でやってもらう。
彼女は瞬発力が高いぶん、無茶しがちだ。
天性のバネとしなやかさがあるが、そこを伸ばしてケガを防ぐのだ。
「ホントは縄梯子を使うんだけど、今ないから、とりあえず地面に直接描くぞ」
木の枝で縄梯子の形を地面に描く。
その上で走り方を実演してみせる。
大きく上半身を捻りながら、両手を振って走りぬける。
と――
「あはははははは! おもしろい!」
「ぷっ、くくっ」
二人が笑っていた。
うん、まぁ初めて見たらそう思うわな。
「よし、じゃあ、ブルーやってみろ」
「うんっ! ラクショーラクショー!」
そう言って始めたブルーだったが、欽ちゃん走りにもならない珍妙な動きをした挙句、ずっこけた。
「あ、あれ~……? 簡単そうに見えたのになー」
「世の中そう甘くない。もう一回見せるからよく見とけよ」
「ふぇーい」
そんなこんなでブルーにはラダーを伝授した。
捻るやり方だけではなく、小刻みにもも上げするタイプのやり方も教えておく。
飲み込みが早いし、やりすぎにだけ注意しておけば大丈夫だろう。
はじめ笑っていた翡翠も、興味津津といった様子で、まじまじとブルーの姿を見ていた。
自分もやりたくて仕方ないらしく、ずいぶんうずうずしているのが、傍から見てもわかる。
「……我慢しろよ」
「わ、わかっています」
びくりと体が跳ねる。




