翡翠
クラブハウスは、比較的郊外にあったらしい。
スタジアムから移動してきたときは、結構歩くものだと思ったが、改めて街に向かっていると遠く感じる。
電車や自転車に慣れてると余計に。
在来線で一駅、地下鉄で二駅ないし三駅ぶんくらいの距離がある。
とはいえ、日が沈むと閉店らしいので急いで行くしかない。
街を行き交う人たちは、やはり色々な種族が揃っていて、現実感を無くしそうになる。
当たり前のようにケンタウロスがぱからぱからと歩いていて、ハーピィが空を飛んでいる。
ヒトももちろんあちこちに居て走り回っている。
その脇を、木で編んだ買い物かごを持って歩いていく。
「そういやさ、全然気づかれないな」
「ん? 何が?」
「ホームのサッカー選手なのに、誰もブルーに気付かないなーと」
「おー、それは簡単だよ後輩クン。人気がないからさ」
胸を張るブルー。
いや、その内容で張るなよ。
「そ、そうなのか」
まぁ、日本でも代表クラスのスーパースターでも無ければサッカー選手が街を歩いていてもみんな気付かないだろう。
サッカー選手だと気付かずに一般市民だと思ってTVで街頭インタビューしてたりとかもあるもんな。
でも、サッカーが盛んなヨーロッパの都市に似たこの街は、なんとなく選手も人気なのかなと思ったのだ。
よく考えてみれば、最初に飛ばされたスタジアムのホーム側の観客席はずいぶんガラガラだったよな。
「っていうか、デモンズコートはもう1チームあってね、そっちが人気なのよ」
「もう1チーム?」
「そ。魔族代表、グレーターデーモンズ」
「それって、めちゃくちゃ強いって言う……」
「強いよー。10年連続王者。優勝回数も最多なんだ」
「だとしても勝つしかないけどな」
「そだねー」
軽っ。
完全なる生返事。
ブルーの頭の中は、晩御飯の事で一杯なのだろう。
「……っていうか、話してる場合じゃなかった。急がないと本格的に日が傾いてきた!」
「おー! 急ごー!」
二人してダッシュ。
デモンズコートは港町でもあり、商店街は海にほど近い位置にあった。
慌てて駆けこんだ商店街の八百屋で、人参やじゃがいも、それからネギっぽい野菜を購入。
それから魚屋で、アラを安く買ってきた。
ついでに昆布ももらった。ちなみに昆布を買うのは人魚族くらいらしく、首を傾げられた。
そうして帰路につこうとしていると、同じように買い物かごを下げた見知った人影が見えた。
「あー! 翡翠!」
ブルーがぶんぶんと手を振る。
その緑の髪は、間違いなく翡翠だった。
「あら。ブルーさんと……クロウさん。二人してどうしたの?」
「お買い物~。今日の晩御飯のおかずだよっ」
「ああ、なるほど」
「そっちも?」
「ええ。今日はキノコが安かったので助かりました……って、何ですかその顔は」
翡翠が怪訝な表情で俺を見る。
どうやら、俺の「えっ」みたいな感情が顔に出ていたらしい。
「い、いや。翡翠ってお嬢様っぽいから、意外だなって……」
「それは悪うございましたね。どうせ私は没落貴族ですよーだ」
イーと口の両端を引っ張る翡翠。
「えっ? そうなのか?」
「……あら? てっきり嫌味かと」
目を丸くする翡翠。
嫌味も何も、初耳だ。
でも、確かに決めつけは良くないよな。
「いや、俺の言い方が悪かったよ。すまん。……ただ上品な物腰と買い物のイメージが結びつかなくてな……」
「まぁ褒め言葉として受け取っておきましょうか」
……なんだろう。
俺は、このコのバックボーンも、プレースタイルも、何一つ知らないのだ。
上手く言葉に出来ないけど、なんだかもやもやする。
「あ、翡翠もうちきて食べる?」
「遠慮しておきます。父が待っていますので。それではごきげんよう」
「うん、また明日ね~!」
痛めた足を少し引きずりながら、翡翠は雑踏に消えていった――




