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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
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ズレの微調整(2)

 グウィンが言う「今まで読んできた」物。

 つまりは過去の歴史にまつわる資料。

 

 その中で、人の都市における守護者(ガーディアン)の立場と役割は確かに特筆すべきものだった。

 言ってみれば王や司に並ぶ立場で地位。「次ぐ」ではなく「並ぶ」立場だ。

 発言権は支配者と同等で、都市の政を左右することができる立場だ。

 しかも、守護者(ガーディアン)の物理的な力は人の域ではない。場合によっては支配者を脅してでもある程度自分の思い通りに物事を行うこともあったらしく、それでもその守護者(ガーディアン)のやり方が非難されることはなかった。

 何しろ、竜族、という他の種族のものを人の都合で人の社会に拘束しているようなもの。

 過去における歴史の中で人は、守護者(ガーディアン)としての役割を引き受けてくれた竜族の個人に対して深い敬意と恐れを抱きその力の恩恵にあずかるために最善を尽くしていたのだ。

 だからこそ、一代限りの契約。その王や司の「生」の間だけの契約。

 それ以上を拘束して、竜族を奴隷に貶めることが無いように、と。

 そんな過去の歴史がずっと綴られている文献を、読んできては、いた。

 

 でもそれは所詮、過去の歴史。

 リョウの中でそこは割り切れていた。

 だって、私が知る人の社会というものは。

 そんな生易しいものじゃなかった。

 竜族に敬意を払う? まさか、ありえない。

 竜族というものさえが伝説になっている時代に、本物を目にした人間がどんな目をするか。

 恐怖をそのまま写し込んだ瞳。

 汚らわしいものを見るような目つき。

 自分たちに理解できない力は、自分たちに向けられる理不尽な力であり、目を逸らさざるを得ない不気味な力。

 そんなものに敬意なんて抱くわけがない。

 

「……過去の話、か」

 グウィンが小さくため息をついた。

「そうだな……お前にとっては……そういうものだったんだよな……」

 そう言うとグウィンの視線が一度伏せられ、そのまま隣のアウラに流される。

「……すんません。俺のとこ、結構みんな上手くやってたからそういうのよく分からないんすけど……リョウさんて、この都市で結構苦労してるんすね……?」

「え……! 違う! 苦労なんかしてない! この都市の人たちは親切だもの! それに……え……っと、ごめんなさい、話が見えないんだけど……私、何か間違ってるの?」

 アウラのセリフに「誤解されちゃいけない!」とばかりに慌てたリョウが思わず声をあげ……後半尻窄まりになりながら二人の顔を見比べる。

「……っあ、あーそうだな……基本的なとこがまずズレてて、だな……」

 グウィンが髭のない顎をさすりながら気まずそうに口を開いた。

「お前な、この都市と……言ってみれば世界に自分がどんだけ貢献したかちゃんと覚えてるか?」

「……はい?」

 なんか、いきなり話のスケールが大きくなったけど。

 そう思ってリョウが眉をしかめる。

「お前がこの都市を守ったことも、あの時に全竜族をまとめたことも、全部夢か何かだと思ってるわけじゃないだろ? ああいうことを全部、この都市のやつらは正しく認識してるんだ。……つまり、お前に感謝してるんだ。だからこの都市における守護者(ガーディアン)の立場を平和になった今でもお前のために残してるだろ。それは惰性なんかじゃなくお前への敬意だ」

「え、だってその代の間は契約期間だから、そもそも私はここにいなきゃいけないでしょ?」

「だから、仕方なく繋ぎ止めてるわけじゃないだろ。お前への敬意なんてこの屋敷自体がその象徴みたいなもんだろ。名前にしたってあの回廊にしたって。お前がしたことを都市の民が正しく認識しているからこそだろうが」

「いや、だってあれは私が一人でやったわけじゃなくてグウィンだって……」

「お前だ。スイレンを引っ張ってこれたのも、セイリュウを動かしたのも結局はお前だった。俺はただ道案内したに過ぎない」

 リョウの反論をグウィンが一つ一つ潰すように柔らかい口調で否定する。

 リョウはつい口を閉ざして考え込んでしまう。

 ……まぁ、確かに、グウィンの言うことは嘘、ではないかもしれない。言われてみればそれなりに思い当たるものはあり、その気になれば納得できなくもない、かもしれない。もちろん、グウィンを「道案内に過ぎない」なんて欠片も思わないが。

「で、だ。そういう状況下で、あの男、お前に何やらかしたかって言うと、だな。これはもう都市の民全てを敵に回すも同然の暴言をお前個人に向けたってことで、それをお前が公にしないんだからあいつはようやく首の皮一枚で繋がってるようなもんだ。お前が公式の場に出て『このアイザックがこういうことを言いました』って訴えようもんならあいつ、存在を消されても文句言えない立場だぞ? だいたい、あいつの言うことって公式には司の代弁くらいの威力があるんだ。その力を乱用してお前に暴言吐いたようなもんだからな。しかもその場に騎士隊隊長っていう証人までいたわけだし」

「……嘘」

 静かに諭すように話すグウィンの言葉をリョウが小さく遮った。

「だって私……アイザックに怒っちゃったのよ。結構本気で。……あれ、人間相手にやっちゃいけないことだったし……」

「ああ、レンブラントが『リョウが瞳の色を変えるところなんて久しぶりに見た』って言ってたな」

 グウィンがちょっと面白そうに笑う。

「笑い事じゃないでしょ? 丸腰の相手に剣を抜いて斬りかかるようなもんよ。思いっきり卑怯者じゃない」

 リョウの声は消え入りそうだ。

「何言ってんすか! そのくらいやってやらなきゃダメっすよ! 竜族の誇りってもんがありますからね。それであいつだって自分が誰を相手にしているか分かって大人しくなったんでしょう? だいたい、竜族を見くびられちゃ俺たちだって黙っちゃいませんよ! それも単に竜族ってだけじゃない、相手は『火の竜』ですからね」

 リョウの目の前でアウラが思わず、といった風に立ち上がって力説した。その瞳には迷いのない力がこもっている。

「その通りだ。それに……お前は別に斬りかかったわけじゃないだろ。単に剣を持っていることを思い出させてやっただけだ。街で言いがかりをつけて絡んでくる輩に自分が騎士であると思い出させることの何が悪い?」

「だってアイザックはそういう類の人じゃないでしょ?」

 相変わらずやんわりと諭すような口調のグウィンにリョウが力なく反論する。アイザックは都市においても立場のはっきりしたきちんとした人だ。理不尽な言いがかりをつけて絡んでくるような低俗な人じゃない。

「そうでもないぞ」

 途端にグウィンが遠くを見るような目をして鼻で笑った。

「ま、お前は会議の類には出ないしああいう役職の奴らと接する機会がないから知らなくても仕方ないんだが……あいつ、グリフィスの右腕みたいな立場で仕事をするようになってから周りと衝突することが多いみたいでな。グリフィスのやつがいつもほどほどに庇ってやってたそうだがそろそろ灸をすえる必要があるだろうってくらいにはなってたらしいぞ。そこに、お前が絡んだ一件だろ。グリフィスも流石にレンブラントやお前が絡むと本気になるらしいな」

 そこまで言って視線がリョウに戻る。

 

 そんなこと言われたって。

 そんなこと言われたって、だからといって、じゃあ仕方ないわね。アイザックが悪いんだから。とは思えない。

 アイザックの反応も言葉も、やっぱり人として当然のもののような気がして。

 結局、人の社会という枠組みの中で自分が異質な存在であること自体は変わらないのだと思えてしまうので。

 

 考え込んでしまったリョウの思考を分断したのは、ドアの開く音とともに入ってきた二人。

「ああ、リョウ、すみません。もしかしてお茶、冷めてしまいましたかね?」

 入ってくるなりアルフォンスが声をかけてくる。

「リョウは座ってていいですよ。僕が替わりのお茶を用意してきますね」

 続けて入ってきたレンブラントがまだテーブルに何も出ていないのを見て取ってワゴンに置きっぱなしのティーポットを取り上げくるりと踵を返して部屋を出ていった。

 そんな二人に代わる代わる目を向けながらちょっとおどおどしたリョウにアルフォンスが近づき。

「ほら、座りなさい」

 とにっこり笑いながらワゴンに残っている山盛りに盛り付けられた二つの皿を取り上げてテーブルに移動させる。

 これでリョウは本当にやることがなくなり……言われるがままとりあえず席に戻る。

「リョウ、今度北に出発する前にね」

 席に座ったアルフォンスがゆっくり口を開いた。

 なのでリョウは無言で視線をそちらに向ける。アルフォンスの表情はいつも通り優しく穏やかで気構える必要がないことが伝わってくる。

「一度議会に召集されているメンバーに会っておく方がいいと思いますよ」

「え……?」

 リョウが心細げに聞き返す。

 それはどういう意味だろうか。そんなところに出て行って、何か警告を受けて来いということなのだろうか。

「一度ね、みんながあなたをどのくらい歓迎しているか実際に見たほうがいいと思うんです。どうもね、レンがあなたをああいう連中に会わせたがらないからあなたは遠ざけられてしまってるんですが、本来なら守護者(ガーディアン)という立場上小さな会議の類は別として大きい議会には出席するのが望ましいんですよ」

「え……かんげい……?」

 今、歓迎って言ったのだろうか。カンゲイって……他に意味のある言葉あったっけ?

 なんて考えながらリョウが聞き返す。

 と、アルフォンスが思わせぶりにため息をつきながら。

「ほらね、やっぱり全くわかってないんですね。もう少しレンを叱っておかないといけませんね。あいつはリョウを独り占めし過ぎなんだ。あいつの言い分としてはリョウがああいう人たちと関わるようになって政に関する助言を求められるようになったらその手の駆け引きにも関わるようになって面倒ごとを背負うだろうから最初から一切関わらない方がいいだろうって事なんですけどね、僕はあなたがあまりにも蚊帳の外なのが不憫で仕方ない……」

「ああ、なるほどそういう事か……」

 リョウの隣でグウィンがぼそりと相槌を打ち、アウラがそれに合わせるように力なく笑った。呆れて笑いが漏れた、といった感じだ。

「えーと……?」

 リョウはなんと返していいのか分からなくなり。

 

 そんなやりとりの間にレンブラントが新しいお茶を淹れ直して戻ってきた。

「……で、どうなりましたか?」

 不貞腐れたような口調でレンブラントが尋ねる。

 各自の前に紅茶のカップを出すのもいつのまにか滑らかな慣れた手つきだ。

「……いいの?」

 リョウがなんとなく上目遣いでレンブラントの顔色を伺う。

「アルに説得されました。リョウが出てもいいと思うなら僕は止めませんよ」

「まぁ、政に関する議会にいきなり出なくてもいいと思いますよ。そうですね……なんならリョウが緊張しなくてもいいように、今回は北に出発する前の挨拶、みたいな体裁にして顔合わせくらいにしてもらいましょうか。それも上の者全員を揃えた仰々しいものでもなく軽い感じの顔合わせ……ああ、お茶会みたいなものでもいいんじゃないですか? なんならリョウが何か作って持ってきませんか? みんなも絶対に喜びますよ」

「それ、単に自分がやりたいだけだよな」

 思案げに提案するアルフォンスにグウィンがぼそりと呟く。

「何か言いましたか、フェルディナンド殿?」

 アルフォンスの目が途端に鋭くなってグウィンに向き、グウィンが小さく肩をすくめる。

「リョウが気を遣うこともないですよ。僕やレンブラント隊長やそこのフェルディナンド殿もこの場合必須メンバーですからね。なんなら護衛役でアウラも呼ぶようにしましょう」

 なんだか楽しそうに計画を立て始めたアルフォンスにリョウはどんな顔をしていいかわからなくなってきて、思わず神妙な面持ちで「はい、よろしくお願いします」と答えていた。

 

 楽しそうなアルフォンスは、楽しそうなままリョウの作ったパイを頬張り、ご機嫌で大絶賛。

「リョウ、これはなかなか美味しいですね。このスパイスの香りといいサクサクとした食感といい、止まらなくなりそうだ」

「やっぱりリョウさんの作るものは美味いっすよね!」

 一旦食べ始めるとアウラも目の前のものに集中し始める。

 口の周りに砂糖をつけたまま揚げパンを頬張るのはやはり微笑ましく、リョウも思わず微笑んでしまう。

 バターがしっかりと練りこんであったアイザックのパンは揚げパンにしたら絶品だったのだ。一口かじると口中に広がるバターの香り。表面がサクサクで中がふわふわ。外側の砂糖の甘さがバターの香りと相まって次の一口が止まらなくなる。

 そんな二人に押されてレンブラントとグウィンも負けじとそれぞれの皿に手を伸ばすのでいつのまにか場の雰囲気は和んでしまっていた。

「……そういえばアル、さっきの鞄っていつも持ってきてた?」

 リョウが思い出したようにアルフォンスに声をかける。

「え……ああ、いや……」

 アルフォンスはリョウの言葉につられるように自分の脇に置き直した鞄に目を落とし、その視線をさらに泳がせる。

「あ? そういやそうだな。なんだ、今日はこの後往診でもあんのか?」

 グウィンが不思議そうな顔でアルフォンスの方に目を向けた。

「往診……ねぇ……」

 レンブラントが意味ありげに紅茶のカップを口元に運びながら呟く。

「……ああ、そーゆーこと」

 アウラまでがなぜかニヤリと笑って、それから手に残っていた揚げパンを口の中に放り込んだ。

「まぁ……守護者(ガーディアン)殿の許可が出たら、と思いまして」

「え? 許可ってなんの?」

 決まり悪そうに視線を合わせてくるアルフォンスにリョウがきょとんとして聞き返す。

 と、隣のレンブラントが小さくため息をついて。

「昨日の夜からアイザックが動けなくなってリョウが食事の世話までしてることを話したんですよ。そしたら診療拒否していたアルが腰をあげました」

「え……! 診療拒否っ? なんでっ? アルって患者大好き、仕事大好きでしょ?」

 すかさずリョウが素っ頓狂な声をあげた。

 よりによってアルフォンスが診療拒否!

 リョウの言葉に一瞬全員の目が点になり、ついで一斉に吹き出す。

「リョウ……僕のことなにか勘違いしてませんか?」

 アルフォンスが片手で顔を覆うようにして俯きながら脱力して呟いた。

「あれ……? だって……」

 診療所で怪我人を優先して仕事をしていたアルフォンスの姿はとても印象的だったし、余計な仕事を任されてもなお本来の医師としての仕事に誇りを持っていたアルフォンスは素敵だと思った。……何か間違っていただろうか?

「僕は別に変な嗜好の持ち主ではないですよ?」

 顔を上げたアルフォンスは縋るような目をしており。

「いや、持ってますね」

「あるだろ」

 すかさずレンブラントとグウィンが口を挟んだ。

 アウラは「うわーやっぱり……」とかなんとか小さな声で呟き、思いもしなかった皆の反応にリョウが固まったところでアルフォンスがこほんと咳払いをする。

「とにかく! リョウがいいと言うならアイザックを診察してもいいかなと思って準備してきたんですよ。だいたいあなたに暴言を吐いた者を診るなんて体が拒否してましたからね。最初に運ばれてきたときは事情がわからないから取り敢えず診ましたけど、事情を聞いたら危うくそのまま息の根を止めてしまいそうになりましたから」

「……っ!」

 話し終わってにっこり笑うアルフォンスにリョウが思わず息を飲む。

 今、なんか怖いことをさらっと言ったわよね? 医者にあるまじき言葉がさらっと出てきたわよね? そして笑顔が逆に怖いけど?

「どうしますか? 僕はこのまま捨て置いても構いませんよ。もちろん家からも追い出しますけど」

 隣のレンブラントがリョウの方に視線を向けて苦笑まじりに訊いてくる。

「え! どうするって、診てもらうに決まってるでしょう! 捨て置くって何!」

 リョウが慌てて声を上げる。

「じゃあ、早速診てきますか。アウラ、案内お願いします。皆さんはそのまま仕事続けてくださいね」

 そう言って立ち上がったアルフォンスに微かな黒い笑みが浮かんでいるように見えたのは……多分気のせいなんだろうな、とリョウは思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

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