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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
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アイザックの仕事

「……気持ち悪いと思うのは……気のせいなんでしょうね……」

 アルフォンスがこっそりと小さな声で呟いた。

「ア、アル!」

 リョウが思わず目を丸くして声をあげた。でも声量はギリギリ控える。

「気持ちは、分かるな……」

「気持ち悪いですよ」

 グウィンが微妙な面持ちで目の前の皿を凝視し、レンブラントがうんざりしたような顔で答える。

「リョウさんじゃ……ないんですよね」

 アウラまでも固まったままぼそりと呟いた。

 

 彼らの目の前には午後のお茶が用意されている。

 

 一通り仕事をして、いざ午後のお茶、となった時。まずアルフォンスがリョウに視線を送りお茶を催促。で、リョウが立ち上がったタイミングでアイザックがお茶の用意の整ったワゴンを押して来てくれたのだ。

 リョウは知っていたので特に驚くでもなんでもなかったが何しろ今日のお茶菓子はアイザックが用意している。

 で、各自の前に出されたお茶菓子というのが。

 カラフルにデコレーションされた小さなカップケーキたち。

 スミレの花の砂糖漬けが乗っていたり、絞ったクリームと小さくカットされたフルーツが乗っていたり、アイシングがかかっていたり、砕いたチョコレートが乗っていたり。とにかく、とっても可愛らしくて、完璧な出来映え。

「最近流行りの店の菓子と同じようなものを作ってみましたが、何か問題でも?」

 給仕しているアイザックは終始無表情だ。

「……作ったんだやっぱり……せめてその店から取り寄せたと言ってくれよ」

 アウラが情けない声を出した。

「いや、これは絶対美味しいわよ! だってあの店と同じなんでしょ?」

 リョウが場を取り繕うように明るい声をあげて目の前の一つを取り上げる。

 これ知ってるもの。あれよね、カリンちゃんとこのお店の小さな可愛いカップケーキ。あれをイメージして作ったのよね。

 そして、アイザックの料理の腕は今朝からすでに実証済み。朝ごはんのオムレツはふわふわのとろっとろで、パンもバターが練りこまれていてとても美味しかった。フルーツのカットの仕方さえ食べやすさを考え抜いた上に綺麗だった。林檎が薔薇の花だったのは流石にちょっと引いたけど……というのは言葉には出していないが、グウィンは意識的にそちらを見ないようにしているようだった。

 つまり、このカップケーキ、味は保証されているのだ。この無表情かつ絵に描いたような堅物アイザックが作ったと思うから抵抗があるだけで。

 取り上げたカップケーキは思った通りふわふわで柔らかく、しっとりしている。

 アイシングの部分にかじりつくとふわりと檸檬の香り。

「……うわ」

 思わず声が出た。

 隣でレンブラントが眉を寄せたままため息をついた。味が悪いはずのないことは彼も理解しているのだろう。

 そして予想通り、美味しい。

「アイザック、これ、本当に美味しいわよ。すごいわね。あのお店の味そのまんまだわ!」

 リョウが興奮気味に声を上げると。

「そうですか。あの店の職人と全く同じに作れるとは思いませんが、こういうものは決められた通りに作れば失敗することはまずありませんから」

 至極当然、とでも言うかのように答えるアイザックは……それでも若干耳が赤い。男性にしては色白だから分かりやすい。

 リョウが絶賛したのをきっかけにアルフォンスが手を伸ばし、レンブラントが手を伸ばし……結局全員がカップケーキを頬張る。

 ……うん、食べ物に罪はない。誰が作ったとしても美味しく調理されれば美味しいに間違いはないのだ。

 そう思いながらも無言で可愛らしいカップケーキを食べる男性陣に異様さを感じ、リョウはもはや吹き出す直前。かといって、この若干凍り付いたような空気で吹き出すのもどうかと思うので気をしずめるべく手元の紅茶のカップを手に取る。

 綺麗な水色は赤みが強くて香りもいい。

「……アイザック……」

 リョウがカップの中をまじまじと見つめながら呟いた。

「はい、何か?」

 顔色一つ変えることなく、すいと脇に歩み寄るアイザックに。

「あなた、紅茶までちゃんと淹れられるの?」

 この紅茶、とっても美味しい。香りがしっかり強く出て、しかも渋くない。色も程よく鮮やかで濃くて。つまり茶葉の量がまず完璧で、程よく蒸らしてお茶が抽出されているということだ。

「きちんと淹れられないものを出すわけがないでしょう。何をおっしゃるのかと思えば」

 呆れたようにため息をつきながらそう言うとアイザックは軽く頭を下げて「ではまた必要があればお呼びください」と言い残して退室した。

 それを見送りながら、ああ仕事をきちんとこなす彼らしいといえば彼らしいのか。……ということは今の私の発言は失礼だったかしら。などとちょっとへこみながらカップに再び視線を落とすリョウの隣で。

「あいつ……今、照れてたんだよな」

 ぼそりとグウィンが呟いた。

 リョウが目を上げると。

「はい。照れてましたよね……それに口元が歪んでました」

 アウラが信じられないものを見たという顔でアイザックが出ていったドアの方に目を向けている。

「……リョウが入れる紅茶と同じ味がしますね」

「……僕は認めませんけどね」

 アルフォンスが紅茶のカップを片手にぼそりとこぼし、レンブラントは不機嫌そうに答えながらもカップをテーブルに置く気配がない。

 

 

 

 レンブラントの護衛をつけてアルフォンスが帰った後、リョウが家の中の気配を確認する。

「なんだ、どうかしたか?」

 グウィンが訝しげに声をかけてくるので。

「ああ、うん。……アイザック、そろそろ休ませようと思って。あの調子だとひたすら一日中動き回りそうだから」

 なんとなくまだ台所あたりで動いているような気配がする。と思ってリョウが歩き出すと。

「なんでですか? 働きに来てるんでしょう? 最後までやってもらえばいいじゃないですか」

 とアウラが声を上げ、グウィンもリョウの後についてくる。

「いや、あのね。あの人、怪我してるのよ。肋骨折ってるんだって。……確か肋骨って再生しやすい骨だったとは思うけど折れてる最中にあんなに動き回るのって良くないわよね」

「げ……まじかよ」

「肋骨……?」

 グウィンとアウラが同時に顔色を変えて立ち止まった。

 ということは、やっぱり休ませなきゃ、っていう私の考えは間違ってないのよね。

 リョウが小さくため息をついて台所に向かう足を早める。後ろでグウィンが小さくぼそりと「どんだけグリフィスを怒らせたんだ」と呟いて、アウラは思いっきりしかめっ面になった。

 

 台所にたどり着いてドアを開けると。

「……え?」

 まずリョウが小さく声をあげた。

 アイザックが調理台に両手をついて固まっている。

 ドアを開けるに当たって気配を殺すとか音を出さないようにするとかの気は遣わなかったのだから自分たちが入って来たことはわかっているはずなのだが、顔を上げることもしない。

「だ、大丈夫っ?」

 俯いた顔がしかめられているのが痛みのせいだとすぐに察したリョウが駆け寄り、グウィンとアウラが後に続く。

「大丈夫です! 大したことはありません。ここもあと少し片付け物をしたらひと段落しますのであとは洗濯物にアイロンを……」

「しなくていいわ、そんなの!」

 リョウがその言葉を遮るように声を上げる。

「もう! バカじゃないの? なんでそんなになる前に声かけないのよ! グウィン、アイザックを客室に運ぶの手伝って」

「あ、俺も手を貸しますよ」

 リョウが慌てたようにグウィンの方に向くとアウラが手を貸そうとリョウの前に出る。

「ううん。アウラ、あなた悪いけどアルを呼び戻して来てくれる?」

「あ、そうか」

 リョウの声にアウラが駆け出そうとすると。

「いえ! 彼は呼ばなくて結構です! なんなら少し休ませてもらうだけで構いません」

 意地はってる場合じゃないでしょう! と言いかけてアイザックの目が思いの外真剣なのに気付いてリョウも次の句を失った。

「じゃ、取り敢えず客室に運ぶぞ。おいアウラ、手ぇ貸せ」

 グウィンがさっさとアイザックの隣に回り込み、それに答えるアウラと一緒にその体を支えながらとにかく調理台から離れさせた。

 

 そんな三人を見送ってリョウは「ふむ……」と考え込む。

 アルを呼ばなくていいって……あの目は本気だった。何か理由があるのかもしれないからちょっとそれは置いといて。

「あの人ちゃんとご飯食べてたかしら……」

 今みたいに時々動けなくなって休んでいたんだとしたら、この仕事の捗り加減を考えると自分のことは何もしていないように思える。今日は朝から朝食の支度をしてくれて、みんなが食べたあと片付け物をして、買い出しに出掛けていた。スミレの花の砂糖漬けなんてうちには無かったはずだからきっとその時に仕入れて来たのだろうと思う。そのあと洗濯屋が来て……うちで洗えそうなものは洗濯室を使っていたと思う。私のものを他人に洗ってもらうのは流石に抵抗があるからレンブラントのものがメインになるように、あとはテーブルクロスとかその程度のものに選別してはみたけどあれを洗ったりしてから昼食準備して、私たちの仕事の間にお茶菓子の用意をして夕食の支度までほぼ終わってる……なんて。

「何か食べるもの、用意してあげなきゃダメだわ……!」

 リョウがまだ片付け終わっていない台所を見回す。

 鍋にはスープが出来上がっており、オーブンには肉料理が入っている。そのほかに魚料理も出来上がっており、サラダっぽい感じに盛り付けられた皿には焼いた鶏肉がほぐされて乗っている。そのほかにも蒸し野菜の料理があって、あ、パンも焼けてるのか。今朝焼いてもらったパンもまだ沢山あるのに夕食用にもちゃんと新しくパンを用意するなんて……!

 それにしても。

 私たちが食べるにはいいけど、これ、ベッドで休んでいる人が身を起こして食べるにはちょっと大変そうなものばかりよね。肋骨ということは痛むのは脇腹。スープなんて多少は身をかがめてスプーン使うわけで……ああ絶対無理だわ。

 ならば。

 と、まずはパンをちょっと厚めにスライスしてそれを途中までさらに半分の厚さに切れ込みを入れる。

 で、葉物野菜を間に挟んで、オーブンの肉料理をちょっと取り分ける。細かくほぐされた鶏肉は挟んだら食べるときにこぼさないように気を遣うだろうから大きな塊をスライスして挟んだ方がいいだろう。味はすでにしっかりついているようなのでソースがパンから溢れるとかもないように水分は極力少なめにできそうだし。

 そんなものをいくつか作りながら根菜の煮物を思いついて作る。煮含ませて最後に水分が飛ぶまで炒り付ければ外側がちょっと味が濃くなるから短時間で作るとなると中までしっかり染み込まなくてもバランスが取れるはず。これならフォークで適当に切りながら口に運べるはずだから姿勢に気を遣わなくていいかもしれない。

 スープは……あ、そうだ。前にハンナがやってくれたようにスープ皿じゃなくてカップに入れて持って行ってあげよう。そのまま飲めるように具材は少し引き上げて細かく刻みなおす。

 

 用意ができた頃にグウィンが台所に戻ってきた。

「なんだ、食事の支度終わってなかったのか?」

 リョウの手元を除きこみながら尋ねてくるグウィンに。

「あ、ううん。アイザックの分。ちゃんと食べてないと思うのよね。それに私たち用に作った物って休んでる人には食べにくいと思うのよ」

 説明しながらも作ったものを次々にトレイに乗せて台所を出ようとするリョウの腕が掴まれた。

「うわっっとぉーーー! 危ないじゃない!」

 リョウが恨めしそうな目で睨み付けるとグウィンがニヤリと笑った。

「それ、俺に任せろ」

「は?」

「お前に看病させて要求がエスカレートしたらどうする」

「はぁ?」

 意味ありげに笑うグウィンに、ふとしばらく前にグウィンを看病したときのことを思い出したリョウが赤面して。

「……あのね! あれはあなたが勝手にいろいろと……っ!」

「へぇ、そんなに色々してもらったっけか?」

 そう言うと人の悪い笑顔を浮かべたグウィンはリョウの手からトレイを取り上げて台所から出ていった。

 

 


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