後味の悪さ
大量生産してしまったスープは翌日の昼食には全て無くなっていた。
なぜなら。
「リョウさんやハンナさんの料理を食べ慣れちゃうと食堂はもう無理っすよねー」
「ああ、まぁ……そうなるな……」
「いや、それにしてもね……そんなに片っ端から食べなくてもいいと思うのよ?」
昨日一日、会議に呼び出されていたせいで昼も夜も外で食事を済ませてきていたアウラとグウィンが……主にアウラが、昼食の席でしみじみとリョウの作った料理を堪能しつつ片っ端から消費しているのだ。
朝食ももちろんここで食べたのだが、昨夜が遅かったせいで今朝はごく簡単な軽食だったのだ。
で、会議は昨日一日で終了で、今日からまた午後から仕事をここで始めるということになったので、リョウは再び台所に立つことになり。
「いやいや。やっぱりね、大衆向けに作られてる料理と、ちゃんと自分のために作ってもらってるって分かってる料理って全然違いますって! この……オニギリ、だっけ? これもめちゃめちゃ美味いっすよ! ダシマキタマゴなんて初めて食べましたけど、これ、俺は毎日でもいけます! なんならパンに挟んでも食いたいっす!」
「……あ、パンに挟む、か。それ、ありかも」
苦笑気味だったリョウがふむふむと、相槌をうつ。
目の前で二人並んで食事をするグウィンとアウラは対照的で、アウラはそれはそれは賑やかに料理それぞれを感動したり褒めちぎったりしながら端から順番に食べ進めている。もはや一度手をつけ始めた皿は空になるまで次に進まないくらいの食べ方だ。それでもこぼすこともなく、もっと言えば口に物が入っている時には喋ったりしていないのだから……ものすごく器用なのだろう。
対してグウィンは、そういうアウラと並んでいるせいかとても静かに食べているように見えて仕方ない。干物の魚を焼いたものを、リョウが「試しに」と思って出していた「箸」を器用に使って食べ、煮物の他に具沢山のスープも箸を使って食べた後、おにぎりまで箸で食べている。
米も古くなると味が落ちるらしいのでこの際あるだけ全部炊いてしまおう、と思ったらかなりの量になってしまい、混ぜ込む具を変えながらおにぎりも大量生産されていた。
ただ、今、現時点で、目の前にある物についてだけ会話するひと時。
もしかしたら、あえて気を遣ってくれているのかもしれない。と思いながらもリョウはその空気に甘えている。
グウィンもアウラも、昨日リョウがハナを都市の外に出したことも、そのあとアイザックにしたことも一向に話題に出さなかった。どう考えたって知らないはずはない。ここまでくると意図的に触れないようにしているのは明白に思えて、その事ばかりに頭が行くとアウラのはしゃいだ褒め言葉も白々しく聞こえるほど。
それでも。
自分からそんな話題を切り出す勇気もなく、ずるずると甘えているリョウは時々視線を泳がせながらもどうにか笑顔を作りながら昼食を乗り切った。
午後になって、メンバーが増える。
応接間に集まったのは今まで通りのアルフォンスとレンブラント、グウィンとアウラ。
ここにきて再び、リョウが心なしか縮こまる。
今度こそ、昨日のことが話題になるんじゃないかとビクビクしてしまう。
それなのに。
それどころか。
「昨日の会議で出た結果はもう聞いたみたいですね?」
アルフォンスが部屋に入るなりリョウに声をかけた。しかもいつも通りの笑顔で。
「あ、はい」
リョウはつい肩に力を入れて口元を引き締める。
「では、ちょっと忙しくなりますよ。アウラ、それにレンブラント隊長」
リョウに対してはにっこりと微笑んだのに対して口調を改めたアルフォンスが普段から護衛役、監督役として席につくことはない二人に声をかける。アウラとレンブラントが視線だけでなく体の向きを変えてアルフォンスに応えると。
「一週間後には守護者が護衛を伴って都市を出ることになっています。それまでに今手がけている文献はある程度片を付けて持っていけるように資料を作成します。二人も作業に加わってください」
「……げ。俺もですか?」
アウラが反射的に声をあげた。
レンブラントが無言でリョウの隣、いつもお茶をする時に座るよりは間を開けた隣の位置に席を定めて座った。もちろんこれはリョウと距離を置く、という意味ではなく作業の効率のためだ。
「当たり前です。ほらアウラも座りなさい。読み書きが出来ないわけじゃないでしょう? 今は人手がいくらでも必要なんです。だからといってだれかれ構わずというわけにはいかない。今までの作業を知っている者でなければできない作業なんです」
何を今更、とでも言うかのような雰囲気でアルフォンスはそう言うとさっさと席に着く。
ああそうか。とリョウも納得。
北に行くとして、ある程度のものは形にして行く必要があるだろう。
今読んでいる文献そのものを全部持って行くというのは量がありすぎて物理的に不可能だし非効率的だ。
文献の中には内容が重複していたり、既に書き間違いだと明らかに分かる部分が載っているものもある。
史実の確認でもあることから、読んでいる文献を年代順に並べて年表のような物を作る感覚で整理すると重複している文献がかなり削れるし、その中でどうしても正確さが確立できない記述だけを取りまとめれば確認してもらいやすい。そうすれば文書の量もかなり減るし頑張れば馬二頭で分担して運べる程度にはなる筈だ。
一週間後には出発するならかなり集中してやらないと片付かないかもしれない。
仕事に集中しなければ。といったところか。
「あ、リョウ」
アルフォンスが席について深呼吸したリョウに思い出したように声をかけてきた。
「は、はいっ?」
思わず肩がびくりと震えてリョウが顔を上げると。
「作業のペースは上げますが、人数が増えているわけですしあなたは無理しなくていいですよ? それに……出来ればいつも通りお茶の時間があるとありがたいんですが」
微かに首を傾けてアルフォンスが片目を一瞬瞑った。
「え……あ、ああ、はい。そういうことなら、ちゃんとお茶を出しますね」
リョウの頰が片方だけ引きつった。
……ああびっくりした。ここにきて昨日の話題が出るのかと思ったら違った。しかも今のアルの表情、めちゃめちゃ素敵だったけど! 一瞬ときめいてしまったじゃない……!
そんなリョウの様子を伺いながらレンブラントが隣で小さく咳払いをした。
そんなわけで黙々と作業を続けて、アルフォンスが「すみません、そろそろお茶が欲しいんですが」なんて声をかけてくるまでリョウはすっかり自分がお茶の準備をしなければいけないということを忘れており、ようやく席を立つ。
そうそう。今日はハンナが作っていってくれたお菓子が沢山あるのだ。
チョコレートのカップケーキはたくさんあったし、他にもシンプルなケーキに蒸留酒を染み込ませたものがある。
台所に入ったリョウは紅茶の準備をしながらケーキを切り分けて皿に乗せる。
蒸留酒は香りが良く、その香りをケーキにつけるのが目的なので焼き上げたばかりのケーキにアルコールを飛ばしてから満遍なく塗ってしっとりさせてある。このケーキにはあっさりした紅茶がよく合いそうだ。
チョコレートのカップケーキは昨夜リョウがひとつだけ酒のつまみにと食べたもの。ハンナのお馴染みのケーキで中にチョコレートが入っている。焼き立てだととろりと流れ出てくるチョコレートだが、冷めていても滑らかさは変わらない。このケーキにはミルクの入った紅茶も合うしストレートのままの紅茶も合う。なので、ミルクを入れた小さいポットも用意して。
お茶を飲みながらの休憩は皆、比較的静かだった。
いつも以上に集中して作業していたせいできっと疲れているのだ、と、リョウは思う。
ワゴンを押しながら応接間に近づいた際にそれまで聞こえていた低めの話し声が途切れて、急に明るい感じの話し声に切り替わったような気がしたのも気のせい、なのだと思う。
緊張した状態だといつも以上に感覚が研ぎ澄まされて、こんな時には気付きたくないものまで感覚が拾ってしまうことには……いい加減うんざりしてしまう。
気付かれないようにこっそりため息をつきながらリョウが紅茶のカップを口に運ぶ。
「……リョウ、今話していたんですけどね」
アルフォンスの声にリョウがびくりと肩を震わせた。
その反応にアルフォンスはあえて気付かないフリでもしているのかくすくすと笑いながら「今、皆んなで書いていたもの。集めると結構面白いんですよ?」と、言葉を続けた。
「……え?」
リョウがまたもや予想外の話の内容にきょとん、として聞き返すと。
「……見ますか?」
と、隣のレンブラントが数枚の紙の束をリョウの方に差し出した。
言われるままに受け取るとそれはつい今しがたまで皆が書いていたもの。
「文字には書いた者の性格が出るそうだ」
反対側からグウィンが声をかけてくる。
「リョウさんの字は女性らしい綺麗な字ですよねー」
紅茶のカップを置いてからあははと笑いながらアウラが付け足す。
言われて目を落とすと一番上の紙は同じペンを使って書いたのかと疑わしくなるほど太い線で元気いっぱい! という表現が当てはまりそうな大きな文字で綴られている。
「……もしかして……これ、アウラ?」
リョウが視線だけアウラの方に向けて眉間にしわを寄せると。
「あ、分かりますー?」
へらっとした笑顔が向けられる。
二枚目はちょっと角ばった、それでも少々大きめのはっきりした文字。……グウィン、だろうか、と思いながらそちらに視線を向けると「嘘だろ、なんで分かるんだ……?」とぼそりと呟くグウィン。
次の一枚は……ああ、これは私のか。前の二人の文字と比べると線がちょっと細めで右肩上がりなのが目につくとはいえ……まぁそんなに乱れた文字ではないと思うんだけど。で。
あ、そうか、座っている順番に重なっているのね。ということは。
次はレンの文字、と思いながらめくって見て。
あれ? レンってこんな字だったっけ?
さらに一番下のものと見比べる。
「……こっちがレン?」
一番下のものをリョウがレンブラントの方に向けてみた。
と、レンブラントがリョウの方に向き直ったまま目を丸くして「……よく、分かりましたね」と呟いた。
あ……いや……そういうわけではないんだけど、ね。
リョウが言葉に出しかけてから、どことなく嬉しそうにはにかむレンブラントにその言葉を飲み込んだ。
「愛の力ですかねー」
声のした方に目を向けるとアルフォンスがにっこりと笑っている。
「いや。そーゆーんじゃないから! だいたい、アルってこんな字書くの? これ本気?」
もう一枚の、順番からいったら自分のものの次、レンブラントのものがありそうなところに入っていた一枚を引き抜いてアルフォンスに向けてみる。
ええ、一見、きれいです。淀みなく綴られていて、文字の太さだって太すぎず細すぎず。言ってみればレンブラントのものとそう変わらないかもしれない。
だけどね。いや……自分の右肩上がりの文字を見慣れているから余計におかしく見えるとかそういうことじゃないと思うんだけど、文字が……左肩上がり! 文字って左から右に綴るように出来ているから右肩上がりに書くとまとまりよく見えるはずなんだけど、逆が上がってるからすごく、不自然!
なのに文字列は全く乱れておらず、ちゃんと真っ直ぐ平行に書けてるのよね。
アウラの文章なんか、行間がばらけていて下の方なんて紙面が足りなくなって無理やり最後の一行をねじ込んだ感まであるのに。
そんなリョウの言葉にアルフォンスがくっくっと楽しそうに笑って。
「ああ、よく言われます。それ、なおらないんですよねぇ。文字には人柄が出るって言いますからきっとその文字も僕を表してくれてるんですよ。……ちなみにそれ、どう思います?」
本当に楽しそうに紅茶を片手に笑うアルフォンスにつられてリョウがもう一度手にしていたアルフォンスの書いたものをまじまじと見る。
「んー……変わってるな、とは思うけど……バランスが悪いわけではないのよねぇ……あれじゃない? 普通の人と違う視点でものを見る人、とかそういう感じ?」
リョウがなんとなく思いつくままに感想を述べると隣でグウィンがぶぶっと吹き出した。
「……っあー、当たってんじゃねえのか? ま、凡人の視点でモノは見ねーな」
グウィンの言葉を受けてレンブラントも申し訳なさそうに笑っている。
なので。
「ああ、あの! 別に変人とかそういう意味じゃないわよ? アルは良い人だからね。私、好きよ?」
うん。第一印象は「変わった文字!」だったけど、見ているうちになんとなく親しみを感じるようになってきた。そんな気がして慌ててフォローしてみると。
「リョウ! 僕の字はどうですかっ?」
慌てたようにレンブラントが息急き切って聞いてくる。
「え……っとー」
促されて改めてレンブラントの書いた文字を眺めると。
綺麗、だと思う。なんというか、バランスがいい。ちょっと神経質そうにも見えるけどよく整っていて文字の本来の形がとても分かりやすい。それに、何より私とおんなじ微妙な右肩上がりだ。
「うん……これ、好き」
自分と同じ傾向を発見したところで、そこを強調するのも照れ臭くてそれだけ言うとちらっと隣を窺うように視線だけ向けてみる。
途端にレンブラントが赤くなって目を逸らした。
「……あー菓子が美味い」
あさっての方を見ながらアウラがケーキを頬張った。
大量生産したおにぎりは昼食にアウラが片っ端から食べてしまって……夕食の分まで多少残るかと思っていたのに四人分はさすがに足りず、珍しくリョウを交えた四人、レンブラントとグウィン、アウラは夕食を近くの食堂で済ませた。
アウラが心底がっかりした声を出して、グウィンの拳骨が頭に落ちたのは……リョウは見なかったことにしている。
「たまには一緒に外で食べるというのも良いですね」
帰宅してシャワーを済ませたレンブラントがソファのリョウの隣に腰を下ろしながら微笑む。
彼の前には台所で淹れてきたミルクたっぷりの紅茶のカップが湯気を立てていて、リョウが出てくるのを見計らって用意しておいたのであろうことが窺える。
夜になると寒いというほどではないが気温が下がるので、そんな中歩いてきて湯船に浸かるのでもなくシャワーだけ、というレンブラントは温かいものが欲しいんじゃないかというリョウの気遣いだ。
「でもレン、あんまり食べてなかったんじゃない?」
リョウが自分のカップを取り上げながら答えると。
「ああ……いや、だって……まだ多少は残ってるんですよね? リョウが作ったもの」
決まり悪そうにレンブラントが目を泳がせた。
「……え! あ、やだ! 昼食の残りを食べるつもりだったの?」
「まさかもう無いとか言いませんよね?」
リョウが慌てて声をあげたのをどう勘違いしたのかレンブラントが焦ったように聞き返してくる。
「ううん、あるけど! でもあれは本当に残り物だからそこまでして食べてくれなくていいわよ? 明日私が食べちゃうから……」
「そういうことじゃ無いです! だってアウラが今日のおにぎりがいろいろあって美味しかったって言っていたから……それにだし巻き卵もあったんですよね? まだ残ってるなら純粋に、食べたいんですけど!」
どことなく必死な視線を向けられてリョウが目を丸くする。
「だって、おにぎりということは、ですよ? リョウが直接握ったということで……それを夫である僕が食べないというのはそもそも間違っていると思うんです! それにリョウが作るだし巻き卵は確実に美味しい。……ダシという物には中毒性なんてあるんですかね? それともやっぱりリョウが作っているから特別……」
「わー! 分かった! 持ってくるから待ってて!」
だんだん恥ずかしい方向に力説され始めてリョウが慌ててソファから立ち上がった。
台所から持ってきたトレイには意外に結構な量のおにぎり。そしてリクエストのだし巻き卵。
「これ……全種類ですか?」
レンブラントが目をキラキラさせているように見えるのは……おそらく気のせいでは無いだろう。
「うん。一応アウラが食べ尽くす前に一つずつ取っておいたんだけど」
おにぎりは緑色が鮮やかな豆を炊き込んで作ったもの、出汁をとった後の海藻を細かく刻んで濃いめの味付けで煮詰めてご飯に混ぜ込んだもの、きのこと根菜を一緒に炊き込んだご飯で作ったもの、焼いた魚の身をほぐして胡麻と一緒に混ぜ込んだもの、梅干しを細かく刻んで胡麻と一緒に混ぜ込んだもの、が、それぞれ一つずつ。ちなみに卵焼きは三切れほど残っていた。
「……リョウが僕のために……」
ぼそりと呟くレンブラントは……もはや自覚はしていないのだろうが相当嬉しかったのか溶けそうな笑顔だ。
そして、まだレンのためにとっておいたとは言ってないけど……うん、まぁいいか。本当にそうなんだし。そう思いながら情けなく笑ってしまうリョウはレンブラントがおにぎりに手を出すのを横目に改めてお茶を淹れる。さすがにミルク入りの紅茶じゃないだろう、と思うので。
「これ、美味しいですね。前に作ったみたいに中に隠してあるんじゃないんですね。……それに、ゴマでしたっけ? これはとても香りがいいですね。梅干しの酸味が和らいでます」
梅干しを混ぜ込んだおにぎりを食べながらレンブラントが嬉しそうに感想を述べてくれる。そう、胡麻は炒ってから刻んで香りを立ててみたのだ。
「あ、そうね。中に入れると何が入ってるかわからなくなっちゃうし……慣れない人は大きい梅干しが出てきたら結構なショックを受けるでしょ?」
くすくす笑いながらリョウが答える。
そういえば始めて梅干しのおにぎりを食べた時のレンブラントも、とても衝撃を受けたような顔をしていた。あの後さり気なく梅干しを使った料理は避けられたような気がしたから……相当だったんだろう。
なんて、思い出すと懐かしくてリョウの頰が緩む。
「ああ、やっと笑った」
レンブラントが梅干しのおにぎりの最後の一口を食べてからリョウの方を向いて笑う。
「え……?」
「今日はずっと緊張しきった顔をしていたでしょう? 何かあったのかって、リョウがいない間に皆んなから問いただされたんですよ。……あの……大丈夫、ですか?」
「え……? 何かあったのかって……」
心配そうに顔を覗き込んでくるレンブラントにリョウはつい神妙な面持ちになる。
何かあったのかって……あったじゃない。結構なことが。グウィンからは怒られるんじゃないかと思っていたし、アルやアウラからは距離を置かれるようになるんじゃないかと覚悟していたんだけど。それにそうなるとレンは板挟み的な立場になるだろうからとても居心地が悪くなるだろうと思って、それも心配していたのだけど。
「……あった、よね?」
そろり、と視線をレンブラントにむけながらリョウが尋ねる。
「……もしかして……昨日のこと、ですか?」
「それ以外に何があるの?」
レンブラントの微妙な反応にリョウが思わず声を落として聞き返す。
「だって……あれは片が付いたでしょう? 別にリョウが出て行ったわけじゃなかったし、ハナをどうするにしたってリョウの自由だ。それにあの話だと必要になったらハナも戻ってくるみたいじゃないですか。新しい馬を用意する必要もなさそうですし。……あ、ああ! もし普通の馬を用意したほうがいいなら言ってくださいね。守護者の馬ということなら都市でも一番いい馬を用意させられますから」
「は? ……え? 何言ってるの、そういうことじゃないでしょ? いや馬はいらないけど! ……いや、そうじゃなくて、だって私……その……アイザックに……」
後半のリョウのセリフは消え入りそうだ。
「え! ああ、アイザック? ああ、あいつ、酷いこと言って……ああ、まだ謝罪にもきていないんですね!」
「違う!」
「え! 来たんですか? あいつ、いつの間に! しかも僕の留守を狙うなんて姑息な!」
「いや、来てないけど! そういうことじゃなくて! 悪いのはアイザックじゃなくて私じゃない!」
何かボタンの掛け違いを凄い勢いで正していく、みたいなやりとりにリョウが慌てふためいた。




