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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
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真夜中の報告

 暗闇の中、すぐ近くに相変わらず「ある」はずのものを確認したくて腕を伸ばす。

 月日とともに変質していく「それ」は、手を伸ばすたびに胸の奥に突き刺さる痛みを与え、自分がまだ生きていることを思い知らされる。

 異質な臭いにはあっという間に慣れた。

 そういうものを不快に思う感覚自体が麻痺してしまったのかもしれない。

 

 長い年月の間に、ごくたまに、人の気配が近くですることもあった。

 ……でも大抵は悲鳴とともに走り去る。

 私はそんなに怖いだろうか。

 そうかもしれない。

 生きた屍のような姿。そんな状態でもまだ生きている。

 自分が何者か確認したくて、すぐそばにある、「それ」にそっと手を伸ばす。

 

 ……?

 あれ?

 思っていたより、柔らかいし……温かい……?

 

 リョウの意識が浮上して、わずかに頭をもたげてみる。

 暗がりの中、そこに「ある」と思っていたものが……あろうことかゆっくり「動い」た。

「……っ!」

 声にならない悲鳴をあげてリョウが縮こまる。

「……大丈夫ですか?」

 低い声がして背中に腕が回された。抱え込むように抱き寄せられて顔を覗き込まれる。

「……あ……レン……?」

 ぼんやりとした視界の中で、予想外の声を聞いてリョウが軽く混乱する。

「怖い夢でもみた? ……大丈夫。僕がここにいますからね。まだゆっくり寝ていていいんですよ」

 温かい腕がゆっくりと動き、背中を撫でられる。

 ……夢。そうか、夢か……。

 自分が今いる場所を認識してリョウがゆっくり息を吐いた。

 ここは、部屋の中だ。「あの場所」じゃない。

 そう思うと同時に頰に微かな風を感じて目をあげる。

「……あれ? 窓、開いてる?」

 視線の先でカーテンがふわりと膨らんで風を押し出してからゆっくりしぼんだ。隙間から見えた外はまだ暗い。

 部屋の明かりはいつものように完全に落としてあるわけではなく必要最小限、周りがようやく見える程度にまで落としてある。

「ああ、ちょっと空気の入れ替えをしたんです。……リョウ、覚えてますか? 酔いつぶれて寝てたんですよ? 部屋中酒の臭いでいっぱいだったし」

「……え……そう、だったの?」

 いや、飲んだのは覚えている。そこそこ酔いが回っていい感じに眠くなったので、ベッドに行くのはめんどくさいからそのままソファに横になった。……覚えてないのは部屋中酒の臭いでいっぱいだったっていうところで……。

 抱え込まれている腕の中から軽く上体を起こして空気の臭いを確認してみる。

 途端にレンブラントに体を引っ張られて腕の中に引き戻され。

「こら。まだ寝てなさい。……まったく、なんであれだけ飲んでけろっとしてるんですか……どこか痛いところとか無いですか? 気分が悪いとかは?」

 呆れたように囁かれて視線を戻すと心配そうにこちらを見下ろすレンブラント。

「ううん。どこもなんともない」

 思わず素直に答えてから、ああ、そうか結構な空瓶散らかしていたから飲んだ量がバレたのか……ということは、部屋の明かりをつけているのって私の様子を確認するため……? なんて思い当たり、気まずくなってもぞもぞと目の前の開いたシャツの胸元に顔を埋める。

「……少し、水飲みますか?」

 ため息混じりに囁かれてリョウが再び顔を上げ、微笑むレンブラントと目が合う。

 ……水? ああ、そういえば喉が渇いているかもしれない。

 そう思ったところでレンブラントが身を起こしてサイドテーブルに手を伸ばした。

 なのでつられるようにリョウも身を起こし。

 目の前に差し出されたカップに水差しから水が注がれて、リョウがゆっくり口をつける。

 ……うわ。水ってこんなに美味しかったっけ?

 そう思えた途端カップの中身を勢いよく飲み干したリョウに、レンブラントがくすりと笑いをこぼした。

 ふと見ると、レンブラントは寝間着ではなくシャツのままだ。

 ……しまった。私が酔いつぶれて……もしかしてベッドに運ばれた後しがみついて離れなかったとか、だろうか。

 なんとなく、記憶にあるような気が、しなくもない。私、何か変なことを話した気がする……。

「はいもう一杯。飲めるんだったら飲んでおいたほうがいいですよ」

 そんな声とともに水差しがリョウの視界に入り、手に持ったカップに水が注がれる。

「あの……ごめんなさい。私……結構な迷惑を、かけたわよね?」

 決まり悪くなって、赤面しているとはいえ……これだけ薄暗ければはっきりは分からないはず。

 リョウはそう思いつつも視線を落としたまま顔があげられない。

「いいですよ。リョウに面倒をかけられるのはかえって嬉しいくらいです。……なんならもう少しわかりやすく酔いつぶれていてくれればあれこれ世話も焼けたんですけどね。こんなにあっけなくアルコールを消化してしまうなんて、竜族の体質が恨めしいくらいですよ」

 半ば呆れたような口調のレンブラントは、それでも愛おしそうにリョウの頰を撫でる。

 なので、リョウはちょっと安心して、手の中のカップを素直に口に運び今度は半分くらい飲んでみる。

 うん、もういらないかな。

 そう思ってカップをサイドテーブルに戻そうとするとそれをレンブラントが受け取って代わりに戻し、その手を引き戻すついでに肩を抱き寄せられるようにしながら再びベッドの中に身を沈めさせられる。

「どこも具合悪くないですか?」

「うん。なんともない」

 どことなく心配そうなレンブラントの声にリョウがつい小さく笑いながら答える。

「……眠くない?」

 つい笑ってしまったせいか、レンブラントが呆れたように聞いてくる。

「ん。……なんだか目が覚めちゃった」

「今日の会議の話、聞きますか?」

 ため息混じりにレンブラントがそう言うのでリョウはつい身を起こし。

「え、会議! うん、聞く! どうなったの?」

 正直言って今眠りたくない、と思った。

 なんだかさっき、あまりいい夢を見ていなかったような気がするので。

 レンブラントはやれやれ、といった風に身を起こすと枕の位置を変えて二人でそれに寄りかかれるように調整してそこに改めて身を沈める。

「……許可が出ましたよ。北に行けます」

 レンブラントにつられるようにしてその肩に頭を乗せて寄り掛かったリョウがそのままレンブラントの顔を覗き込む。

「リョウにはアウラと二人で行ってもらうことになりそうです」

「……ほんと? いいの?」

 リョウが目を丸くした。

「僕は嫌に決まってるじゃないですか。出来ることなら水の部族の地までどうにか行くつもりで食い下がったんですよ。防寒具を工夫すればなんとかなるんじゃないかと……! でも完全に却下されました。で、次は一番近くの北の都市まで付いていく、というのを提案したんですが、それもやっぱりダメでした。あの都市、今はちょっと荒れてるらしくて西の都市の者を正式に受け入れる余裕はないんじゃないかってことで」

「そう、なんだ……え? あの都市、荒れてるの?」

 レンブラントが忌々しそうに話す内容にリョウもちょっと興味を引かれた。

「ああ、北の都市、ね……。あそこはうちに全面協力というより東の都市にまず協力、という形をとったでしょう? 東の都市は西の都市に全面的に協力しないで戦力を下手に残したせいで攻撃をまともに受けて都市自体がボロボロになったんですよ。で、北の都市は体裁上、東の復興を支援しなければいけなくなったんですが都市の民がそれに反対しましてね。今内部分裂の真っ最中です」

「内部分裂……」

 うわ……そんなことになっているんだ……。それに東の都市。あそこにはもともと思い入れもなかったし親しい知り合いがいるわけでもなかったからあの後全く気にしていなかったけど……そうか、やっぱり攻撃を受けたんだ……。

 あれ……? でもそれなら。

「東の都市ってそんなに酷いの? うちからは援助とかしてないわよね?」

 リョウがふと思ったことを口にする。

 東の都市に救援物資を送るとか人材を派遣するとか、そんな話は聞いたことがない。東の都市は西の都市と直接同盟を組んだ間柄だったはず。北の都市が東を援助するのと同じようにこちらにもその責任があるのではないだろうか。

「ああ、うちはいいんですよ。結局北からの援軍や東を知っている者たちが……ああそうだアウラとかルーベラですね、ああいう騎士たちが東での扱いを報告したおかげで東の都市のやり方が公になって、制裁の意味も込めて近隣都市や町からの援助は打ち切りの方向で決まったんです。ただ北の都市はうちとの直接の同盟を拒んだ上であえて東に協力するという形式を取ったという事情があったので状況が違うんです。実際のところ北の都市にいた騎士隊の竜族がほとんどこっちの復興の援助に自主的に手を貸していましたから余計に都市の中でもあの時の司のやり方に反対する民が増えているみたいですよ」

「……そう、なんだ。東の都市って、今大変なのかな……?」

 ここ西の都市でさえ復興作業は結構大変だった。

 一部の、とはいえ主戦力になる作業部隊が人間離れしすぎていたから作業は楽しげに行われたし、比較的短期間で片付いたりもしたが大まかな作業が片付いてもその後、全体が落ち着いて今の状態になるまでに二年近くかかっている。

 人間の力で都市を守ろうとしていたってあの攻撃をまともに食らったのならここよりもっと酷いことになっているのは明らかだし、今の話の感じだとろくな復興作業は出来ていないんじゃないだろうか。

「……まさかと思いますけど……同情とかしてますか?」

 ふと黙り込んだリョウにレンブラントが訝しげな顔で声をかけてくる。

「……え?」

「いや、あの都市ってリョウが前にいたところでしょう? それに、僕たちが立ち寄った時の扱いも相当ひどかったと記憶していますが。リョウはそれでもあんな都市に同情したりするのかな、と思いまして」

 ……ああそうか。そうなのよね。

 かなり、酷い扱いを、受けたんだっけ……? いやでもそれは、人として、人の社会として、当然の反応であっただけで彼らが悪いわけではなく、むしろ私という存在が異質すぎただけなんだと思うんだけど。

 でも。同情……。

「レンは……そのくらい優しい女の人の方が好き?」

 リョウはなんとなく、真っ直ぐにレンブラントの目を見ながら訊いていた。

 それは本当に、なんとなく、だ。特に強い意志を込めた目でもなく、上の空というほどぼんやりした目でもなく。

 レンブラントは一瞬答えに詰まったように口を閉ざし……それから。

「……僕はリョウが好きなだけですよ。あんな都市にでも同情するようなお人好しでも、リョウがそう思うなら否定なんかしませんけど。……でもなんとなくリョウならいい気味だなんて言って笑ったりはしなさそうだな、と思ったものですから」

 考えながら紡ぎ出される言葉にリョウはほんの少し肩から力が抜けた。

 そして力なく、ふふ、と笑ってしまう。

「そうね……。別にいい気味だなんて笑うつもりもないけど……同情も、特にしないかな……」

 だって、自分がしたことの報いをそのまま受けてるだけだもの。

 私に対する扱いがどうとかじゃなくて、都市の騎士や援軍の扱い方がとてもよろしくなかったわけで、そのせいで敵を呼び込んで、そのせいで自分の評判を落として周りの都市の制裁を受けているのなら。……別に私は関係ないかな、と。

 冷たいと思われてもいい。本当にそう思ってしまったのだから。

 

 ああ、だから、かな。

 なんてちょっと納得しなくもない。

 

 レンブラントが常々言っている、私を(まつりごと)に関わらせたくない、ということ。

 関わってしまったらそういう時に発言権があり、決定事項に多少なりとも関わることになる。読んでいる文献からしても守護者(ガーディアン)はこういう時に自分の都市が有利になるように積極的に関わる権利を持つはずなのだ。

 関わってしまったら、きっと、後で色々思い悩むだろう。

 私情を挟んでしまっただろうか、とか、それは本当に適切だっただろうか、とか。

 そして私は、きっと、そんなに優しくない。

 自分に酷いことをされたと思う相手に、慈悲の目なんか向けないと思う。

 心のどこかで「どうぞご自由に。そのかわりどうなっても知りませんから」と思っている。

 それが後々、誰かの生死に関わるようになって後悔することもあるかもしれない、と分かっていても……多分、自分を完全に制することはないような気がする。

 だから、関わらなくて正解。

 多分、レンはそういうのを見越して、私を関わらせないようにしてくれているんじゃないか、なんて都合のいいことを思ってしまう。

 もしそうでないとしたら。

 ふ、と。

 小さく笑みが漏れる。

 そうね。

 もしそうでないとしたら、それもまた、都市の意向か。

 傀儡に過ぎない、守護者(ガーディアン)が都市の決定に下手に関わって権力を持たなくていいように。そうやって少しずつでも力を得て、都市で自由意志という権利を持ってしまうことのないように。

 それでもいいけどね。

 面倒なことに関わらなくていいなら、それでもいい。

 

「そろそろちゃんと休んだ方がいいですよ」

 レンブラントがそう言ってリョウの額にキスを落とす。

「リョウが眠るまでこうしていてあげるから、もう悪い夢も見ないですよ。もし、うなされでもしたら起こしてあげますからね」

 そう言うと抱き寄せる腕に力が入り、温かい胸元に引き寄せられる。

「……うん、ありがと」

 リョウが腕を少しだけ動かしてその手をレンブラントの首筋に這わせる。

 温かい首筋を指先が滑り、柔らかい髪がその指先に絡まる。

 くすりと柔らかく笑う気配とともに「愛してる、リョウ」と言う声になるかならないかの囁きが聞こえてリョウは、ああ、また先に言われてしまった、なんて思いながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 


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