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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
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失態

 リョウがゆっくりと庭を回って玄関にたどり着く。

 

 うん。きっと、たった今、いろんなものを失ったかもしれない。

 結構、いきなりだったし……呆気なかったなぁ。

 なんてぼんやり考えながら。

 

 ちょっと仲良くなりかけていたアイザックとはもう完璧に敵対関係が出来上がってしまったことだろう。よりによって眼の色まで変えて凄んじゃったし。

 今のやりとりで、私という存在は都市にとって都合よく意のままに動かせるものではないということが明らかになってしまった。いつまでもにこにこ笑って言いなりになる守護者(ガーディアン)、ではないという印象付けをしてしまったようなもの。

 と、なると。

 グリフィスも、きっと今までのように笑顔で私に接したりはしないだろう。

 レンブラントの立ち位置も、危なくなるんじゃないかな……ああそうか、あの人も巻き込んでしまうのか。なんて、今更ながら背筋が寒くなる。

 それに都市の軍関係も。騎士隊に属する者には特に今まで以上の対応や警戒が指示されるんじゃないかな。となると……クリストフやハヤト、ルーベラ、なんて今まで仲良くしていた人たちとの関係性も変わっていくかもしれない。

 ああ、グウィンは何て言うだろう。アウラはどんな顔するだろう。

 

 そんなことを考えながらゆっくり家に入って……なんとなく台所に向かう。

 そうだ。お昼、だったんだっけ。

 何か食べたほうがいいかしら。

 これは空腹に促されてというより、習慣として。

 台所の棚には朝ハンナが今日の食事用にと作り置きして行ったサンドイッチとミートパイがこれでもかってくらいある。

「……ふふ。ハンナったら、こんなにたくさん食べられるわけないのに。私一人で……」

 ぽつりと呟いた途端不意に視界が揺れた。

 ……あれ。

 ぽたぽたと顎のあたりから落ちる物に気付いて、リョウはようやく自分が泣いていることを自覚する。

 

「リョウっ!」

 バタン、と隣の部屋とつながっているドアが開いて青い騎士服の男が飛び込んできた。

 もしかしたら家中を探して今、台所にたどり着いたのかもしれない。

 そういえば、二階を駆け回りながらドアを乱暴に開ける音がしていた。寝室を探して、隣の空いている客室を探して、そのあと下に降りてきて応接間に入り……台所の隣の小さな部屋。

 ああ、そうか私が閉じこもりそうな部屋を片っ端から探したのか。

 ……別に閉じこもるつもりはなかったけど。だって追いかけてくるなんて思わなかったし。

 

 そんなことを思いながらノロノロと顔を上げると、悲壮な面持ちのブラウンの瞳と目が合った。

 で、次の瞬間。

「なんで一人で泣くんですか!」

 そんな声とともに、慌ただしく抱きしめられた。

「……レン……苦しい……」

 いつになく力任せに抱きしめられてリョウが抑揚のない声を上げた。

「少しくらい我慢してください。加減なんか出来ません」

 レンブラントの声に余裕は感じられない。

 ……変なやりとり。なんて思いながら小さくリョウがため息のような息を吐き。

「レン、ごめんなさい。……夫であるあなたに了承も得ずにハナを逃しちゃって。ハナは都市の財産でもあったのよね」

 抱きしめられて、後頭部まで押さえ込まれているので、レンブラントの胸元に顔を押し付けられたような状態だからリョウの声はくぐもったまま。

 そんな言葉に、レンブラントが小さく息を飲んでようやく腕の力が少し緩んだ。

 それでもまだ身動きができるほどではなく、ほんの少し緩んだだけの腕の中でリョウの顔が覗き込まれる。

「何を言ってるんですか……ハナはあなたの馬でしょう。どうしようとあなたの自由だ。僕がそんなことを気にすると思ったんですか?」

「……そう、なの?」

 リョウの声には相変わらず抑揚がない。

「当たり前です。だって、例えば僕がコハクをどうこうするにしたってあなたの了承なんか必要ないでしょう。……そりゃ、まぁ……リョウは名付け親みたいなもんだから話さないことはないと思いますけど……許可が必要なわけじゃない」

 後半はちょっと言い澱みながら、それでも真剣な眼差しがリョウに注がれる。

 うん、私だって特に秘密にしようと思ったわけではないけど。

 でも……あれ?

「でも、怒ってたでしょ?」

「誰が?」

「レンとアイザック」

「ああ、アイザックは怒ってましたね。あれはあいつの考え方がひねくれているせいです。今、思い切り殴ってきましたから少しは反省すると思いますよ」

 レンブラントが大きくため息を吐きながら少し緩めた右手でリョウの頭をゆっくり撫でる。

「……え、なんで」

 リョウが小さく眉をしかめた。

「なんでって……リョウに酷いことを言うからです。都市の所有物だとかなんとか……礼を欠くにもほどがある。リョウは物じゃないし、そもそもリョウを尊重しているとも思えなかった」

「……」

 思わぬ言葉にリョウが次の句を失った。

「リョウ……ああいう言い方をされて黙って泣き寝入りなんてする必要ありませんからね。それに、言っておきますけど僕はあんな風に思ったことはありませんよ」

「でも……レンだってアイザックと同じように私を探しにきたんでしょう?」

 さっき全力で走っていたレンブラントはアイザックと同じ必死な顔をしていた。

 そんな光景をリョウは思い出しながらレンブラントの瞳を覗き込む。

「あれは……ですね。さっき会議中に厩舎からの報告と、その光景をたまたま都市で目撃した人から『守護者(ガーディアン)を乗せた聖獣が飛び立ったが何かあったのか』という問い合わせが同時に入ったんですよ。だから僕はてっきりあなたが都市から出て行ってしまったと思って……しかもハナに乗って空から出て行くなんてただ事じゃないだろうから家出でもされたのかと思ったんです……! アイザックが後ろからついてきていたなんて気付かなかった」

「……は?」

「まぁ、だいたい想像はつきますよ。今回の会議がこないだリョウが言っていた北へ情報収集に行っていいかという趣旨のものでしたからその最中にハナが都市から出て行ったとなると、その許可を出す前に守護者(ガーディアン)が勝手に北に出向いたのではないかなんてざわつき始める。で、グリフィスの司としての立場が無くなるからアイザックが怒る、という図式ができるわけです。ああ、もちろん基本的にリョウは自由に動いてもいいんですよ? でもさすがにこの仕事に関しては、しかもほかの竜族の関係することとなると許可はあったほうがいいです」

「あ……うん。それは……わかってる」

「良かった……」

 リョウが素直に頷いたのでレンブラントも安心したように肩の力を抜いた。

 そして。

「じゃあ……僕に黙って家出するとかは……」

 リョウの顔を覗き込んでいたレンブラントの目が急に力をなくして……縋るような目になった。

「……しません」

 勢いで、つい口にしてしまってから……家出って……許可をもらってからするものだっけ……? なんて思うのだが。

 

「……お腹、空きませんか?」

 レンブラントが様子を窺うようにボソリと呟く。

「……会議、放り出してきたんでしょう? いいの?」

「もうしばらく放り出しておきます」

 リョウが眉間にしわを寄せて尋ねるとレンブラントは悪戯っぽく笑うので。

「ハンナが作っていったものが沢山あるけど、食べる?」

「リョウと一緒なら」

「じゃ、そろそろ離して?」

 リョウの言葉にレンブラントはようやく思い出したようにリョウを抱き締めている腕を解いた。

 

 台所の隣の小さな部屋。

 テーブルにはサンドイッチとミートパイの皿が並び、リョウとレンブラントの前には紅茶のカップ。

 なんとなく先に手をつけるのが躊躇われてリョウが視線を落とす。

「……で、なんで今日だったんですか? ハナを逃すの」

 レンブラントの穏やかな声にリョウはそろそろと視線をそちらに向けながら。

「え……と……、別に今日じゃなくても良かったんだけど……ザイラがいると絶対泣かれちゃうから決心が緩むと思って……今日は私一人だったし……思い立った時に、と思って」

 たどたどしくリョウが説明する。

「あなたって人は本当にいつもやることが唐突ですね……」

 ため息混じりにレンブラントが答えるのでリョウはつい「ごめんなさい」と小さく謝る。

「……怒っているように見えますか?」

 レンブラントがくすりと笑いながら念を押してくる。

「え?」

 反射的にリョウが再び顔を上げると、優しく微笑むレンブラントと目が合った。

「これだから見ていて飽きないんですよね」

 レンブラントの左手がリョウの右の頬に伸びてゆっくり撫でる。

「ハナ、喜んでたんじゃないですか? 自由になれて。……コハクやニゲルも……まぁコハクはもともと騎士の馬だったからああいう環境には慣れているでしょうけど例の戦い以来あれでも内に秘めた力が普通の馬と違うから厩舎では若干雰囲気が違うんですよね。ニゲルは見た目からして雰囲気が独特だから世話係が特別扱いしてて……やっぱり馬たちはそういう特別扱いにも敏感だから多少はやりにくいんだろうと思うんですよ。グウィンやセイリュウの力のおかげで賢さも増している分、やりにくい中でも乗り手に迷惑を掛けないようにしているみたいだからやっぱりちょっと可哀想だなと思ってたんです。ハナなんか生粋の聖獣だからきっともっと負担が大きかったと思いますよ」

 ああそうか。聖獣として苦労しているのはハナだけじゃないんだった。

 なんてリョウは改めて思う。

 確かにハナは生粋の聖獣で、ニゲルやコハクはもともとは普通の馬だったものをグウィンとセイリュウが手を加えた聖獣だけど。だからニゲルやコハクは普通の馬として生活してきた時の習慣や記憶が残っているだろうから厩舎の生活もハナほど苦にはならないのかもしれないけれど。

「ハナだけ自由にしちゃったのって……良くなかった?」

 ああやっぱり、私の行動は軽率だっただろうか、なんて思うのでリョウの視線は再び降下する。

「そんなこと言ってませんよ。ほら笑って」

 そう言いながらリョウの頬を撫でていたレンブラントの指先が軽くその頬をつまんだ。

 もうその手には乗るもんか、と思うのでリョウが軽くレンブラントを睨みつける。

 むすっとしたまま片方の頰を引っ張られているリョウを見るレンブラントは今にも笑い出しそうだ。

「ハナが自由になって飛んで行くところ、僕も見たかったな。……綺麗だったでしょう?」

 一度つまんだ頬を改めてひと撫でしてからレンブラントがうっとりした視線を向けてきた。

「うん。綺麗だった。……頭突きされたけど」

「え……?」

 ……しまった。余計なことを言ってしまった。

 レンブラントの表情が一瞬固まり、事情の説明が求められ、改めて盛大に笑われる、というコースが確定してリョウが深いため息をついた。

 

 なんだか、話が微妙に逸れたままはぐらかされた気分だ。

 リョウは今ひとつスッキリしないまま、レンブラントに合わせて食事を始める。

 どうやらレンブラントは純粋にリョウが出て行ってしまったのではないかと心配していただけだったようで、そうではなかったということに心底安心しきっている様子。

 でも。

 アイザックの方は。

 恐らく、ああいう反応が公式の、正当な、反応だろう、とリョウは思う。

 勝手に動かれたら非常に困る。いつまでも傀儡のような都合のいい守護者(ガーディアン)

 平和な時期だからなおのこと。こんな時期に都市の中でこういう力のバランスが崩れたら、近隣の都市がどう動くか。人間の考えることはだいたいわかる。

 今まで協力して立ち向かわなければいけない敵がいた間はそんな余裕は無かっただろうが、そういうものが無くなって意識がお互いに向き始める。互いの強さを確認し合う。そんな時にこの西の都市は初めから他の都市に引けを取らない最強の地位を手に入れていた。それは不動のもの。なぜなら火の竜という守護者(ガーディアン)がいるから。少なくとも、グリフィスの代のうちは。

 だから本来なら、今の内に将来のことを見越して様々な地固めも必要なはず。

 そんな時に、都市の中で守護者(ガーディアン)と司の力のバランスが崩れるなんてことがあったら。そりゃ、近隣都市でここを良く思わない、下手したら機を見て出し抜こうなんて考える都市でもあったら今が絶好の機会になってしまう。

 だからきっと、守護者(ガーディアン)がおとなしく都市のいいなりになっていることが一番都合がいいのだろう、と思うのだ。

 

 で、そう考えるとやっぱり。

 言ってみれば司の側近くらいの地位にいるアイザックにああいう態度を取ったことは……致命的だろう。

 アイザックがあれを報告して、都市における私への扱いが色々調整されて、多分、下手したら昔のグウィンみたいに力ずくの拘束、みたいなことになるのかもしれない。何しろ私にはたくさんの弱みがある。そういうものを利用されたら私だって我を通すことなんかできなくなる。

 でもそうなると……他の竜族に、迷惑をかけるなぁ……。

 

 軽率、だっただろうか。

 軽率、だったんだろうな。

 スイレンやセイリュウのように自分の立場をわきまえて、そういう者がどう行動すべきかちゃんと教育されてきた者ならもっと上手く立ち回れたのかもしれない。

 ……いや、それ以前にスイレンやセイリュウなら人の都市の守護者(ガーディアン)になんかならないか。

 やってしまったことは取り消せないし、最後まで責任を取らなきゃいけないよね。

 誰かのせいに出来ることじゃないし。

 

 テーブルの、角を挟んだすぐ隣で、美味しそうにミートパイを頬張るレンブラントは時々こちらに視線を送ってくる。

 その度にリョウは微笑み返して。

 うん、この感じ、私が心ここに在らずなのがバレてるわね。心配して様子を伺ってるのが伝わってくる。

 そりゃ、アイザックに凄んでみせたのは彼の目の前でのことだったし。私が眼の色を変えるのがどんなことかなんて彼は良く知ってるはず。それに伴う私の心境も。

 心配、してくれてるのかもしれない。

 一緒に食事をしてくれているのも、心配だったから、なのだろうか。

 それとも、私をこの家に留めておくという任務のため、なのだろうか。

 こんな時に、騎士服なんか着ていられると……彼は今、仕事中なのだ、なんていう意識が強まって後者であると無意識に判断してしまう。だからこちらもつい背筋を伸ばして、心の中を覗かれないように、硬くなってしまう。

 

 一度やってしまった事は、やはり、取り消すことなどできないのだ。

 

 

 

 


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