アウラの鎖とレンブラントの髪紐
午前中の空き時間。
朝早くにレンブラントの出勤を見送って、その後台所仕事を引き受けてくれるハンナにはちょっと申し訳ないのだが何かを察してでもいるかのようなハンナは「リョウ様にも気分転換は必要ですよ」と笑顔で背中を押してくれるので。
リョウは気分転換を兼ねて久し振りに小さな雑貨店に立ち寄ってみた。
前にレンブラントに連れてきてもらった北の大通り。
可愛い店が立ち並んでおり、見て歩くだけでも楽しい。
その中の一軒に半貴石やガラスのビーズなんかを扱っている小さな店があった。装飾品の材料の店、といったところ。
「おや、守護者殿。いらっしゃい」
たまに店を覗いていたせいか店主とも顔なじみになっている。見たところ四十代半ばに見える店主はこんな気軽な商品を扱っている割にはいつも落ち着いた上質な服装で今日も黒に近い灰色のシャツに黒のズボンとベスト。ベストの胸元には銀色の飾りピンをつけている。サラサラとした黒髪を背中まで伸ばして後ろでひとまとめにしているのは店主曰く「仕事柄、髪につける装飾品の見本をお客様にご案内しやすい」とのこと。「男が装飾品なんて、と言われるんですが最近は結構こういうものの需要が増えているんですよ。平和になってきたっていうことですね」なんて楽しそうに微笑む店主は最後に「守護者殿のおかげです」と付け足すことも忘れない。
接客のリップサービスなのは分かるけど、嫌味のない話し方が好きでリョウは買うものが特になくてもつい立ち寄ってしまうのだ。
「今日は目の保養じゃなくて、ちゃんと買い物しますからね」
リョウが口元に悪戯っぽい笑みを作って店主に宣言する。
「おや、珍しい。何をお探しですか?」
そんな言葉にも嫌味を感じないから、本当にいい人なんだろうな。なんてリョウは思ってしまう。
「んーと、ね。男性物のネックレスの鎖と……あと、髪紐を」
レンブラントは以前リョウが作った髪紐を毎日、使っている。
本当は騎士服に合わせて作ったものだから普段着の時には、正直言ってちょっと服に合わせるのが大変そうなのだ。
レンブラントの髪も瞳もブラウン。普段着る物もブラウン系のものが多い。青や銀の糸で組んだ紐に合わせるために普段着る服も組み合わせを考えているのであろうことが伺えるのでリョウもちょっと悩んでいた。
で、この店。最近時々のぞいていたら結構いろんな素材を置いているのでレンブラントに合わせたものも何か買えるんじゃないかと思って狙っていたところにアウラの鎖も買ってあげようなんて思い立ったものだから。
「なるほど……鎖は、こんな感じのものはいかがですか?」
そう言って店主が棚の箱から数種類の鎖を出してくれる。
黒い布の上に乗せられた鎖はシンプルなものからちょっと手の込んだデザインのものまでわりと豊富な品揃え。色もキラキラした金や銀に加えて燻したような少しくすんだ色の物まである。
アウラのペンダントに合わせた鎖。
アウラの様子をつい面白くて茶化すように見ていたのだけど。
まぁ、私が誰かの肩を持つとか、そういうんじゃないけどね。選ぶのも決めるのもルーベラだし。誰とくっついたら一番幸せかなんて私が口を出すようなことでもないし。
でも、そういうのは置いておいたとしても、あのペンダントは折角だから大事にした方がいいんじゃないかな、なんて思う。
「んー、じゃあ……これにしようかな」
リョウが手に取ったのは鎖の輪が所々違うサイズになっている、あまり華奢すぎないデザインの物。色もあまりキラキラしたものではなく少しくすんだ色にする。
「ありがとうございます。ではこちらはお包みしておきますね。……それから髪紐、でしたね。えーと、どのようなものを作りますか?」
手際よくリョウが選んだ鎖を取り上げて箱に収めながら店主が笑顔で尋ねてくる。
「え……あ……えーと」
そうか、こういう店だし初めから「作る」前提なのか……。
と、リョウが口ごもった。
実はリョウ、この度は一から紐を組み上げるつもりではなく出来上がったものを買うくらいのつもりでいたのだ。
「……出来上がってるものなんて……無いですよね?」
そろりと上目遣いで訊いてみると。
「……っ! ああ! そういうものをお探しでしたか。すみません、旦那様へのプレゼントかと思ったのでてっきり……」
「あ……! いや、そうなのよ? 夫へのプレゼントなんだけど、手作りじゃなくてもいいかなと……すみません……手抜きな感じで……」
しまった。こういうものは手作りと相場が決まっているのだろうか……。愛情が薄い妻だとか思われちゃうんだろうか……。
などと思いつつリョウがしどろもどろになると。
「ああ、いえ。手抜きだなんて言ってませんよ! なんとなく勝手に守護者殿はいつも手作りしそうなイメージだっただけです。……ただ、うちは出来上がっているものを販売しておりませんので……」
慌てた様子で店主が笑顔を作った。「ですよねー」なんてリョウが情けない笑顔で答えると。
「ああ……! でも、ここである程度作ることはできますよ。こちらに紐の類がございます。ここにお気に召した石やビーズを留めつければオリジナルの髪紐になります。他にお客様もいらっしゃいませんし店の隅でよければ作っていきませんか?」
なんていう提案をしてくれた。
いつもより気持ち早めに帰宅したレンブラントはそそくさと夕食の席に着き、リョウとグウィン、それにアウラと共に夕食を食べ、それでもなんとなく落ち着かない様子だった。
なんとなく理由がわかるのでリョウは内心おかしくてたまらない。
午後の仕事が終わってからみんながそれぞれに退室するにあたってリョウはアウラを呼び止めて、午前中に買ってきた鎖の箱を手渡した。
他の男たちが何やら物申したげに眉をひそめてはいたが敢えて何かを言う者もなく、リョウは笑顔で全員を部屋から送り出したのだが。
アウラにあげたプレゼント。
その理由をレンブラントは知らない。
そういう意味ではグウィンも同じ立場で、アウラがあれを受け取った時はなんだか複雑そうな顔をしていたが……夕食の席ではいつも通りなところを見ると、アウラからどういう意味のプレゼントなのか聞いたのだろう。つまり、個人的な愛情表現の類とは程遠い単なる親切心から来るプレゼントだということ。そして、その背後にはリョウがアウラの恋路を応援しようという意図があるとかないとかそんな余計なことまで伝わっているかもしれない。
誤解されるとか、そういうことはないにしてもレンブラントが内心穏やかじゃなさそうなのはなんとなくわかるので。
……うん。そうよね。私だって意味もわからないままレンが他の女の子にちょっと質の良さそうなアクセサリーなんかあげてるのを見たらドキッとすると思うし。アクセサリーなんて……直接身に着ける物だから余計に気になるわよね。
ということは、ですよ。
リョウはレンブラントがバスルームに入っている間ソファでくつろぎながら手の中にある髪紐を眺める。
我ながら良い出来栄えなので、つい包んでもらった袋から出して改めて眺めてしまう。
明るいブラウンの糸で組んだ紐に、琥珀色のガラス玉をはめ込んだ台座を付けてある。この台座は紐の上をスライドするような金具が付いていて……言ってみればループタイの縮小版みたいな作りだ。紐の部分を髪に巻きつけてガラス玉の飾りをきゅっと締めて留めるような物。
レンブラントの髪の色よりも少し濃いめのブラウンの紐に、レンブラントの瞳にちょっと近い琥珀色のガラス玉。同じような色の本物の琥珀を探すのは大変だろうけど人工物なら割と近い色があったのでリョウは目にしてすぐにこれを使うと決めた。
店主に協力してもらってサイズの合う台座を探してもらって嵌め込んで、紐も色を合わせて……ずっと夫の髪の色や瞳の色についてああでもないこうでもないと悩み続けるリョウを見る店主の目は……微笑ましいものを見る目だった、と思いたい。
「これ……やっぱり今日中に渡した方がいいよね」
リョウがポツリと呟く。
本当はちょうど明日が仕事もお休みだし、もしかしたらレンとゆっくり出かける、なんてこともできるかななんて思っていたから明日の朝にでも渡そうと思ったんだけど。そんなことしてたらレン、今夜はゆっくり眠れないかもしれないし……。
そんなことをリョウが考えている間に背後でバスルームのドアが開く音がした。
「リョウ! やっぱり聞かないと落ち着かないので訊いてもいいですかっ?」
「あ、レン。あのね、これ……え?」
リョウは振り返ってソファの背もたれに手をかけたところで、レンブラントの意を決したような若干必死な瞳と目があってそのまま動けなくなった。
「今日、アウラに渡していたプレゼントって……どんな意味があったんですか? あ……いや、別に疑ってるとかそういうわけじゃないんですけど!」
リョウと目が合ったところでレンブラントがさらに勢いをつけてソファを回り込み、リョウの隣に慌ただしく腰を下ろした。なので。
「ぷっ……!」
予想を上回る慌てっぷりにリョウの方が吹き出す。
で、レンブラントはあからさまにムッとした顔に。
「っあ! ごめんなさい! 違うの! レンは悪くないです! その反応は当然です」
リョウはちょっと深呼吸して笑ってしまいそうな衝動を抑える。
「あのね、アウラがいつもつけてるペンダント。……ああ、いつもは服の中に入れてるけど、あれ、ルーベラにもらったんだって。で、紐が切れそうになっていたから買い物のついでに鎖を買ってきてあげたの。あの子、うっかりすると折角もらったペンダントを紐が切れたって理由で処分しちゃいそうな勢いだったから」
「え……じゃあ……リョウが言ってた『貰ったものは大事にしなさい』っていうのは……」
レンブラントが眉間にしわを寄せながら呟くように尋ねてくる。
そういえばリョウは箱を手渡す時に「貰ったものはちゃんと大切にしなきゃダメよ」と言っていた。
「え? だからルーベラから貰ったペンダントを大事にしなさいってことよ?」
言いながらリョウは、ああそういえばあの場面だけ見たら自分が渡したプレゼントを大切にしてねって言っているように見えたかもしれない。なんて思い当たる。
「あ……ああ……なんだ……そういう事か……」
途端にレンブラントの肩が力が抜けたようにがくりと落ち、徐々に耳が赤くなっていく。
そんなレンブラントの様子の変化を目の当たりにして。
……う……どうしよう。なんだかものすごく……可愛いんだけど……!
レンブラントの洗って完全に乾かす余裕もなかったのか微かに濡れている前髪が、俯いた顔を隠してはいるがその頰も赤く染まっているのがわかる。
で、自分の慌てっぷりを振り返って決まり悪さ極まりない、といったところで顔があげられなくなっているのは……どうにも可愛らしく見えて仕方がない。
なので。
「……こほん」
小さく咳払いしてみたりして。
リョウの咳払いに俯いたまま、視線だけこちらに向けるレンブラントに。
「買い物のついでに、って言ったでしょ? 本命はこっちだったんだけど」
なんて言いながら先程から握りしめていた髪紐をレンブラントの前にそっと差し出してみる。
「……え……?」
案の定レンブラントが固まった。
「あの……包みから出しちゃっててごめんなさい。我ながら良く出来たなって思って、今袋から出して見てたもんだから……あ、でも紐は私が組んだんじゃないのよ。パーツを買って組み立てただけなの。……あのね、レン、いつも私が作った髪紐付けてくれてるでしょ。で、あれ、普段着の時は服が合わせにくいでしょ? これだったら多分何を着てても合わせやすいかなと思って」
完全に黙ってしまったレンブラントを前に、リョウが一息に説明してそっと顔を覗き込む。
「え……これ、僕に?」
そろそろと手を伸ばして自分の手から髪紐を受け取るレンブラントはやっぱり可愛い、とリョウは思えてしまう。
……あ、ダメだ。これ、大型犬を餌付けしてる感覚……!
そう思えるからついにやけそうになる頰を引き締めつつ。
「うん。……ほんとは明日の朝にでも渡して、それを着けて出掛けるとかしないかな、なんて思ってたんだけど。なんか、やっぱり早く渡したくて」
受け取った髪紐はレンブラントの両手の平の上に大切そうに乗せられてはいるものの、そこに注がれた視線は微動だにせず無言で見つめられている。
……あれ……。
しまった。我ながらよく出来たとか勝手に思っていたけど、それは私の好みの問題でレンの好みには合わなかったかもしれない! そういえば完全に、どこからどう見ても、レンの瞳や髪の色に合わせたってバレバレな色使いだけど……私だって自分の眼の色が嫌いなんだから自分の髪や眼の色が好みではない事だってあり得るんだった。私はレンの色は好きだけど……考えてみたらレン本人がどう思ってるかなんて聞いた事なかった……!
「あの……もしかして……好みじゃなかった?」
消え入りそうな声でリョウが尋ねる。
そういえば前回も、あげるときにはやたらと緊張したんだった。
「えっ?」
慌てたように顔を上げたレンブラントの目はなんだか少しばかり潤んでいるようにも見え。
次の瞬間。
「わっ! ……え? ええ?」
リョウはレンブラントの腕の中に抱きしめられていた。
「好みじゃ……ないなんて事あるわけないでしょう! ……これ、僕の髪の色と目の色に合わせてるんですよね?」
後半のセリフはリョウの耳元に囁きかけるように尋ねられてリョウの背中がびくりと震えた。
「……っ! う……ん、私、その色大好きだから……」
身体が反応してしまったのが恥ずかしくて顔を上げられずにリョウが小声で答える。
「……ずるい」
少し間をおいてレンブラントがため息混じりに呟いた。
リョウが「え?」と声にならないくらいの声で聞き返すと。
「僕が何かをあげようとすると拒むくせに、リョウばっかり僕にこんなに色々作ってくれて……これじゃ何もお返しできないじゃないですか」
今度はゆっくり顔を覗き込まれた。
そのブラウンの瞳は細められて口元には微妙な笑みが浮かんでいる。
「え……やだ、私、色々貰ってるわよ。髪留めも服も買って貰ったし、それにいつもそばにいてもらってるし、私の居場所を作ってくれて、る……っ!」
リョウの必死な口調がレンブラントの唇で遮られた。
柔らかくて、優しい口づけ。
リョウが薄っすらと目を開けると微笑むような瞳のレンブラントと目があってさらに身体が震える。
その反応を楽しんでいるのかレンブラントの唇は啄ばむようにリョウの唇を味わい、「ふぅ……っ」と小さく息を吐いたリョウの濡れた唇を名残惜しそうに舌で撫でる。
「……リョウだって僕にいつも良くしてくれるでしょう。リョウが作る食事は美味しいし、リョウが淹れるお茶やお菓子だって最高です。僕が愛してるって言えばちゃんと応えてくれるし、僕の方がたくさんもらってるんですよ」
くすりと笑うレンブラントの息に耳をくすぐられてリョウの身体が思わず反応してしまう。
「これ、つけてもらえませんか?」
ゆっくりと体を離したレンブラントがリョウの前に髪紐を差し出すので、離れてしまった温もりが惜しくてリョウがちょっと拗ねたような顔になり。
「今はいらないでしょう? 明日つけてあげる」
だから明日渡そうと思ったのに。なんて小さく付け足しながらリョウが口を尖らせると。
「つけて欲しかったのに」
とレンブラントが甘く囁く。
なので、ここは思い切ってリョウが両腕をゆっくりレンブラントの首に回して。
「……だって、ほら。こうするのに邪魔じゃない。それ、つけてたら金具が腕に引っかかっちゃう」
レンブラントのまだ微かに濡れた髪の毛ごとリョウが腕で包み込みながら囁いて目の前の瞳を覗き込むと、レンブラントがわずかに目を見張った。
「ふーん……随分誘うのが上手くなりましたね」
コトリ、と音がして脇のテーブルに髪紐が置かれ、その空いた手がリョウの背中にゆっくり回る。背中を支えられたままゆっくり押し倒されるとレンブラントの体重がかかってリョウは動けなくなった。
「逃がしませんよ」
「逃げないもん」
どちらともなくくすりと笑う。
「貰った物のお礼は一晩かけてじっくりお返ししましょうね」
レンブラントがとろけそうな笑顔になってリョウの首筋に口づける。
「……あ、待って。……明日、あれをつけて一緒に出掛けたいんだから一晩じゅうはダメ……!」
リョウの手がレンブラントの胸元に入り込んで軽く押し返すと。
「……逃がさないって、言いませんでしたっけ?」
レンブラントがニヤリと笑ってリョウの手を掴んで押さえつける。その意外な強さにリョウの瞳が一気に潤んだ。
「……大丈夫。リョウが満足出来るようにちゃんと優しくするから」
やんわりと唇を塞がれながら、微かに震えてしまう肩を撫でてくれるレンブラントの手はいつになく優しくて、リョウは気が遠くなりそうになった。




