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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
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守護者の記録

「……ふぅ」

 リョウが小さくため息をつく。

 アルフォンスとグウィンとリョウでテーブルを囲んでの仕事。

 読まなければならない資料の多さに皆が意識を集中して、内容に一区切りつく度にため息をつくのはおなじみの光景になっている。

 一区切りついたところで手元の紙に覚えとして色々書きつけて、自作の資料を作成し、ある程度まとまったところで三人で話し合って更に整理する。

 そんなことが繰り返されている。

 

 なのだが。

 この度のリョウのため息はちょっと意味が違った。

 ……あーあ。見つけちゃった。

 というため息。

 北の都市の戦の歴史。北方の書物ではなかったから油断していたけど、そりゃ、戦いの記録だ。相手がいる。関わった都市や巻き込まれた都市、町や村だってあるのだ。そして北の都市は長い歴史の中でどうやらかなりあちこちに軍事的な功績を残しているらしく、南方の書物を読んでいたはずなのに……出て来てしまった。

 それも、「風の竜」の名前がちらりと視界の隅に入ってしまった。

 アウラからうっかり聞いてしまったのは昨日。

 でもグウィンからはまだ何も聞いていない。

 もしかしたら、昨日グウィンが珍しく台所に手伝いに来たのはこの話を切り出したかったからだったのだろうか。なんて思ってしまうからリョウはこちらからは切り出せないままだった。

 なので。

 

 ずい。

 と。

 無言で開いたままの本をグウィンの方に押しやってみる。

 

「……あ? なんだ?」

 なんとなく目も合わせにくいので空いた方の右手で頬杖をついて視線は他所に向けたまま。

「私よりグウィンが先に読んだ方がいいかな、と思って」

 ボソッと告げると、少し間をおいてグウィンがかすかに息を飲む気配がした。

 同時にアルフォンスが顔を上げ、後方で見守っていたレンブラントがグウィンの背後に歩み寄る。

「失礼。……一応監督役ですのでね。異変があった時には確認させてもらうのが決まりです」

 レンブラントがそう言って本を取り上げる。

 で、途端に明らかにおどおどし始めるアウラを見て。

「……アウラ、もしかしてお前、喋ったのか?」

 グウィンがアウラを睨みつけた。

 

 うわ。……馬鹿だ……。馬鹿がつく正直者だ……。

 リョウが半眼になる。

 今の感じ、アウラってグウィンに私に情報を漏らしたことを報告してなかったんだろうな。それならそれで私だって「アウラから聞いたんだけど」なんて言ってないんだから私が偶然見つけた資料で今初めて知ったことにしちゃって良かったのに……そのタイミングでそこまで狼狽したら「俺が知らせちゃいました」って言ってるのと同じじゃない……。

 

「……なるほど。そういう事ですか……それならそうと先に言ってくれたら良かったのに。別に隠すような事じゃないと思いますけどね」

 開かれたページを一読したレンブラントがそう言いながらその本をアルフォンスの方に渡す。

「……確かに。これならリョウが言うようにグウィンが読めばいいんじゃないですか? ああ、北の都市の資料が出てきたら優先的にグウィンに回せばいい」

 アルフォンスもそのページをざっと眺めてからそう言うとそのまま本をグウィンに返す。

「あ……ああ、まぁ、そう、だな。……悪かった。……なんとなく言い出しにくかったもんで」

 グウィンが肩をすくめながらアルフォンスから本を受け取ってため息をつく。

 そんな様子を見ながらリョウは。

 うん、そうだよね。むしろ先にこういう文献が出てきてよかったのかもしれない。

 なんて思う。

「言い出しにくかった」という事は、多分……いや、十中八九以前グウィンが言っていた「人質を取られて拘束された」というのが守護者(ガーディアン)に就任した経緯なのだろう。北の都市の資料だったらそういう事が事細かに都市の、あるいは司の業績として載せられているはず。

 戦がらみの他の土地の文献だからきっとそういうところまでは記載されていないはずだ。

 これで、北の都市に関係する文献は最優先でグウィン本人が読めるなら、不本意な資料を本人より先に他の誰かが読むこともないだろう。

 

 

 滞りなく、何事もなかったかのように、仕事は進み。いつも通り午後のお茶があって、そしてやはり、何事もなかったかのようにレンブラントの護衛をつけてアルフォンスが帰って行った。

「……リョウ」

 二人を見送ったリョウにグウィンが気まずそうに声をかけてきた。

 アウラはさっさと自分の部屋に戻ったようだ。

「何?」

 なんとなく、気持ちがわからなくもないのでリョウは目が合わせられず返事だけしてくるりと踵を返す。

「……あ……いや、あの……えーと、だな。少し、話せるか?」

 リョウが足を止める様子もないので少し慌てたグウィンが後ろからついて来ながら少々しどろもどろになっている。

「うん。良いわよ?」

 リョウはあっさりとそう答える。

 リョウが向かっていたのは先ほどまでみんなで使っていた応接間。

 

 先ほどまでと同じ場所に座り直したグウィンが軽くため息をついた。

「悪かったな。先に話しておくつもりではいたんだが」

「うん、大丈夫よ。別に詮索しようとか思わないし……話しにくい事なら無理に話さなくても」

「いや、違うんだ」

 リョウが少しばかり気を遣って笑顔を作ったところでグウィンが慌てるようにその言葉を遮った。

「話したくないわけじゃない。できれば……お前には聞いてもらいたかった」

 決して明るい口調ではなく。それでも暗く沈んだ声でも、ない。

 感情の読み取りにくい声だ、とリョウは思った。

「……リョウは、俺とは違う。俺はこんな人生を送ってきたが、お前は俺の経験してきたことと自分を重ねる必要はない。……お前は、沢山のものに恵まれている。……だろ?」

 あれ? なんの話だろう。

 リョウはふと顔を上げた。

 グウィンは真っ直ぐにリョウを見つめており、その瞳は優しく細められている。

「なぁ、リョウ。お前の自分の周りにある快く思えるものを、自分で数え上げてみたことはあるか?」

「え?」

 なんで、今、私の話になってるんだろう。

 なんて思いながらも、話についていくためにリョウが疑問を飲み込んで言われたことを頭の中で反芻してみる。

 ……私の周りにある、快く思えるもの……。

 そんなリョウの表情を眺めるグウィンがくすりと微かに笑みを漏らす。

「そうだな。……例えば、レンブラントがいるだろ。あんなにまっすぐお前を想う男がいつもそばに居て、その絆は公認の夫婦の絆だ。誰もそれに異議申し立てはしない」

「あ……うん」

 リョウはちょっと頰を赤らめる。

 そんなに面と向かってハッキリ言われると照れくさい。

「それにこの西の都市。お前にとって居心地のいい都市なんだろ? 何か不満があるか?」

「ううん。無い」

 多分、今、凄く贅沢をしていると思う。そんな風にさえ思える。

 リョウは心から首を横に振る。

「ほかに、何かそういうものがあるか?」

 なんとなくグウィンが数えるように言ったものがわかるような気がしてリョウが視線を宙に浮かべて色々考えを巡らしてみる。

「え……っと。そうね、友だちが、沢山いる。ザイラとかルーベラとか、クリスやハヤトも親切にしてくれるし、買い物に行った先で知り合って親切にしてくれるお店の人とか。あと、アルなんかものすごく親切だわ。ハンナやコーネリアスも私のこと大切にしてくれるし……それに、グウィンもそばに居てくれるし」

 いろんな人たちの顔を思い浮かべながら巡らせていた思考が、隣で微笑む人のところにまでたどり着いて、宙に浮かせていた視線も同時にグウィンのところに戻る。

 ……自分の居場所があるというのは、本当に、ありがたいことなのだと思う。誰も私を無視したりしない。親切にさえしてくれて、場合によっては私なんかを優先してくれるなんて、感謝してもしきれないくらいの待遇だと思う。

 そんなリョウを見つめるグウィンの黒い瞳には優しく穏やかな光が宿っている。

「ああ……俺も、お前のこと好きだぞ。……ああ、いや、そういう素直なところはみんなが好きなところなんだろうな」

 後半のセリフは一瞬、視線を逸らしてからまるで照れ隠しのように付け足される。

 そして、そこでグウィンが一度深くため息をつく。

「だからな、俺がこれから話すことは、お前が自分と重ねる必要はない。お前とは全く別の、お前とは関わりのないところで起きた出来事だ」

 そう言うとグウィンはほんの少し目を伏せて、それからゆっくり話し出す。

 それは、昔、リョウがまだこの都市に来るよりずっと前の、彼の思い出話。

 

 

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