待っている人
午後。
グウィンは少し遅れて応接間のテーブルに着いた。
「護衛なしで都市の外に出ていたんですか?」
レンブラントの訝しげな質問にグウィンは照れたように笑って。
「あー、すまん。うっかり時間を忘れた……以後、気をつける」
なんていつもの調子で答えるので。
「……まぁ、アウラの護衛は形式上の問題ですからね。でもよく都市の外に出られましたね」
やれやれ、といった感じでアルフォンスが口を挟む。
そういえば、リョウはしばらく前にザイラと一緒に都市の門をくぐるのを阻まれた。
「あ? 門番が結構すんなり通したぞ?」
なんでもないかのようにグウィンが答え。
「……隊の教育が行き届くようになったんですよ。前にリョウが通らせてもらえなかったことがあったでしょう? 特に危険要素がない場合は臨機応変に対応するようになっているはずです。そもそも、守護者の館で仕事をしているようなメンバーは本来一般的な護衛より戦闘能力のある者ばかりですからね」
「……グウィン、一回死にかけたけどね」
レンブラントの説明にリョウが資料に目を落としたまま一言加える。
時間になっても戻ってこないグウィンに、彼が強い事は良く分かっているけど、単身でいてまた狙われることがあったらどうするんだ! と思ってちょっとヒヤヒヤしていたのだ。
「あー悪かったって! だいたい息抜きを勧めたのはお前だろーが。レジーナとニゲル連れてたら都市の中にいるわけにいかねーんだよ、さすがに。ちょっと東の森まで行ってたんだ」
……まぁ、分かってるけどね。グウィンが息抜きするならレジーナやニゲルは一緒にいた方が断然休まるだろうし、そうなったら都市の中では人目につきすぎる。そうなるとちょっと遠出して東の森の結構奥の方まで行かないとゆっくりは出来そうにない。
うん。考えたらわかる事なんだけど。
時間になっても現れないグウィンの事情をレンブラントとアルフォンスに説明しながらずっと自分の発言を後悔して……でも息抜きは必要だろうから、他にどうしたら良かっただろう、自分が付いて行ったら果たしてグウィンのちゃんとした息抜きになったか定かじゃないし……そもそも二人で出かけたなんて知ったらレンがなんて言うか分からない……なんてずっともやもや考えていたところに、拍子抜けするくらいすっきりさっぱりした表情のグウィンが帰ってきたものだから……リョウはやり場のない苛々を溜め込んでいる。
「……あの……俺のせいですよね? 本当に申し訳ないです」
グウィンのすぐ後ろでやり取りを見守っていたアウラがおどおどした目でみんなを見回しながら声を上げた。
「あ……」
そこでリョウがはたと顔を上げる。
しまった。グウィンに「息抜き」が必要になった原因が自分であると気付いてしまったアウラが今度は恐縮してしまっている。
「違う! 大丈夫よ、アウラ。あなたはただでさえ慣れない環境で精一杯なんだから、今は余計なことに気を遣わなくていいからね」
今までの自分の苛々が急に子供っぽく思えてきてリョウが頰を赤くしてアウラに無理矢理笑顔を作って答えると。
「……いや、お前はもう少し気を遣え。俺が余計な気疲れをしなくていいように賢くなれ」
グウィンがぼそりとアウラに追い打ちをかけた。
そんなやりとりの中、ハンナが運び込んでくれるお茶の時間は心の底からありがたく。
「はい、皆さま、お茶の時間でございますよ」
なんて言うハンナの声に全員がそれぞれの思いで目を輝かせた。
「これは……また美味しそうですねぇ」
うっとり目を細めるアルフォンスはマーブル状に赤く染まったケーキを一切れ手に取って眺めている。
「ああ、昨日と今朝のベリーですね。綺麗ですね……こんな風にケーキに入れても美味しいんですね」
昨夜から同じ物を食べているレンブラントも毎回違った食べ方になっているので楽しそうだ。
ベリーを数種類、砂糖をまぶしてから生地に混ぜ込んで焼き上げたケーキには、表面に甘い香りのスパイスと砂糖をかけてから焼いてあるので上はスパイスの香りとカリッとした食感、中は液果ならではの果汁の染み込んだしっとりした食感。そして干した果物やジャムではなく生のベリーを使ったことでさっぱりした甘さになっている。
合わせるのは今年初物の紅茶。
いつもより薄い色付きの紅茶は見た目だけだと物足りなくさえ思えるのだが、飲んでみると香りの爽やかなしっかりした味がする。
そんなお茶を一口飲んでみてリョウがほう、と息をついた。
そんなリョウを隣で見届けたレンブラントが、ふ、と小さく笑う。
そして連鎖反応のようにグウィンが肩の力を抜いて、アウラがはぁ、とため息をついた。
「……え?」
リョウが目を上げるとテーブルを囲んでいた各々が慌ただしく各自の目の前のケーキや紅茶に改めて手を伸ばし、もともとケーキを堪能することに専念していたらしいアルフォンスは面白そうにさらに目を細めた。
「何?……私、なんか変だった?」
おかしいな、普通に紅茶を味わっていただけなんだけど。
なんて思いながらリョウが左右に座っているレンブラントやグウィンに目を向けると、二人は一旦何かを言いかけて、互いの視線がぶつかり、慌てたようにそっぽを向く。そんな様子を見ていたアウラにまでリョウは目を逸らされた。
「……機嫌、なおったみたいですね」
くすくす笑いながらアルフォンスがリョウの方に視線をよこす。
「え?」
「リョウは何も悪くないですよ。グウィンが出掛けたのも、時間通りに帰ってこなかったのも、リョウに落ち度はない。もっと言えば、アウラのせいでもないですからね。誰しも息抜きは必要です。僕やレンだって、仕事の合間に息抜きはするものです。リョウやアウラもちゃんと息抜きはしなさいね……まぁ、そうですねぇ……強いて言うなら時間内に戻ってこれなかったのは単にグウィンの計画力がなかっただけです」
カップを持ったまま向かいに座るアルフォンスと目を合わせたリョウに、アルフォンスが医師っぽい口調で淡々と話す。
「……あ、はい。……えと……ありがとう」
そうか、私、そんなに機嫌悪そうにしていたのか……。
ちょっと決まり悪くてリョウが俯きながら答えると。
「……リョウ、ありがとな。お前のおかげでしっかり気分転換できたんだ。お前は何も気にしなくていい」
隣でグウィンがリョウの方を向いて微笑む。
テーブルが大きいせいで間をあけて座っているから手は届かないが、いつもなら頭をわしわしと撫でられるような笑顔だ。
「そう。計画力のないグウィンがああ言ってるんだからリョウはその感謝だけ受け取っておけばいいんですよ?」
こちらは仕事の間は立っているせいで、意図的にリョウに寄り添うような位置に椅子を持ってきて座っているレンブラントがカップを置いたリョウの右手をそっと握ってくる。
同時にアウラが「ぶっ」と吹き出し、グウィンに睨まれた。
「リョウ……あー……その。今日は……悪かったな」
レンブラントがアルフォンスの護衛で診療所まで出かけている間、グウィンがおずおずと声をかけてくる。
ただ今、応接間のテーブルにて「そうですねぇ、グウィンは今日は遅れてきた分この後もう少し仕事をしてもらいましょうか」なんて楽しそうに提案してきたアルフォンスによって居残りの真っ最中。
二人を玄関で見送った後、さすがに応接間の前を素通りはできないから様子を見に戻ってきたリョウは、本から顔を上げて決まり悪そうな顔のグウィンに声をかけられた。
「ああ、いいのよ。……っていうか言い出したのは私だし、勝手に心配して……その……勝手に怒ってただけだもん」
ああなんだか、思い出すたびに子供染みた態度だったと恥ずかしくなる。
そう思うからリョウの顔は真っ赤だ。
そんな様子を見てグウィンに付き添っていたアウラがそうっと部屋から出て行った。
ので。
「あ……アウラ、あの……あー……行っちゃった」
ドアの向こうに消えるアウラの背中にリョウがしどろもどろで声をかけるのだがその声も消え入りそうで。
……そういう気の利かせ方はしなくてもいいんだけどなーーーー。
赤くなっていると自覚している頰を手で隠すように包みながら視線を泳がせる。
と。
ふわり、と。
体が温かくなった。
「え……グウィン?」
気づけば席を立ち上がったグウィンがリョウを正面から抱きしめている。
「あー……あれだ。お前のそういう顔は、目の毒だから少しこのままでいろ。それにだな……」
グウィンがこほんと小さく咳払いをして。
「ちょっと、柄にもない事言うから……聞いたら忘れろよ?」
何のことだろう? と、リョウが顔を上げようとするのだが、背中に回ったグウィンの腕はそのままリョウの後頭部まで押さえ込んでいるので顔があげられない。
「いいからじっとしてろって。……あのな……凄く、嬉しかったんだ。心配して待っていてくれる奴がここに居るって分かって。……いつもふらふら出歩いてるのが当たり前のような生活だったから……久しく忘れていた感覚だった。ちゃんと帰ってこないと心配する奴がいるっていうのは……ありがたいことだよな。本当に……ありがとう」
静かに頭の上から降ってくるグウィンの言葉は穏やかで、優しくて、どことなく切ない。
どんな顔で言ってるんだろうなんて思うけど、見てしまったら何か特別な感情が湧いてしまいそうでリョウはただ「うん」と小さく頷いてみる。
と。
「はあああああああっ」
リョウの頭上で盛大なため息。
「え? 何っ?」
頭を押さえられている都合上、ため息の理由が目視できないのでリョウは抱きしめられたまま声を上げた。
「果てしなく、恥ずかしい……。顔見られたくないからもう少しこのままでいていいか?」
決まり悪そうでいながら、若干おどけたようなグウィンの声に。
「……レンに言いつけてもいいならね」
リョウの答えは容赦ない。
「グウィンって……なんか可愛い、わよね」
夜、ベッドに入ってから昼間の話を一通りリョウがし終えてそんな言葉と共になんとも言えない笑顔になる。
「かっ……可愛いっ……?」
リョウの肩を抱き寄せながら話を聞いていたレンブラントの声が裏返りそうになった。
「え……だって……待っていてくれる人がいて嬉しい、なんて……あんなの言われたことないし」
ヘラっと笑って隣のレンブラントを見上げるリョウに。
「……リョウは僕のことなんだと思ってるんですか……?」
片手で両目を覆うようにしながらがっくりと肩を落とすような勢いでレンブラントが呟く。
「え……あ、いや……えーと、そういうのじゃなくてねっ!」
途端にリョウが焦った声を出す。
しまった。そうだった。
レンは私が家に居ると思うと仕事もはかどるし、早く帰って来たいと思う、なんて言ってくれてるんだった。
「いや、それとこれとはまた違う感覚で! グウィンみたいないつでも一人で大丈夫! みたいな感じの人が私のところに帰ってくることを大事に思ってくれてる、っていうのがちょっと感動、というか、意外、というか……」
言葉を重ねるほど言い訳がましくなっているような気がしてリョウのセリフは段々勢いがなくなる。
「ふーん……で? 僕のことは?」
レンブラントの目が不機嫌そうに細められた。
「え……いや……だから……」
リョウがちょっと目を泳がせながら言い淀むのだが、レンブラントの視線は相変わらず不機嫌そうだ。
「……レンは……時々捨て犬みたいで凄く可愛い、と思う。……私が守ってあげなきゃ……って……思っちゃう時がある」
ああ、これ、本人に言うのは恥ずかしいから絶対言わないつもりだったのに……そして言っちゃったら本当に恥ずかしくなって来た。こんなこと言ったらドン引きされちゃうかもしれない……!
リョウが顔が熱くて仕方ないのを自覚しながらそろそろと視線を上げると、目を見開いたレンブラントと目が合って、一気に気まずくなり、そのまますとんと視線を落としてしまう。
「あ……いや……あの! ……そうじゃなくて……いや……えーと……ごめんなさい……」
「……謝らなくていいです」
ため息交じりのレンブラントの言葉にリョウが慌てて顔を上げると。
「僕のどこが可愛いって?」
ちょっと頰を赤らめたレンブラントがなぜかリョウの寝間着の胸元の紐をゆっくり解き始める。
「え? ……あの……?」
戸惑うようなリョウの反応にはお構いなしで、レンブラントの手はゆっくり、でも留まることなく寝間着の胸元をはだけさせ、その内側に滑り込む。
まるで熟れた果実の皮を剥くかのように慎重にゆっくりと寝間着が剥ぎ取られ、大事そうに身体に触れられる光景はリョウの視覚を刺激する。
「せっかく拾ってもらった捨て犬としては、ご主人様をちゃんと悦ばせないとね」
ゆっくり唇がふさがれる直前にリョウの目に映ったのはうっとりと嬉しそうに細められたブラウンの瞳だった。




