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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
72/207

バレる。

 朝食を済ませてリョウがレンブラントを送り出し、午後のお茶の準備に取り掛かる。

 2、3日で終わるだろうと思っていた作業は案外長引いて今週末までかかるとの事だった。

 普段感情を表に出すことのないコーネリアスは、それでも珈琲が作業員の若者たちに好評なせいか、どうやら楽しんでいるようだ。ハンナも仕事が大変な割に楽しそうにしてくれているのでリョウもホッとしていた。

 

「奥様、何か買い足す必要のあるものがありますか?」

 台所のリョウにコーネリアスが声をかけてきた。

「ああ、ありがとう。多分今のところは大丈夫よ」

 チョコレートと保存用に作った果物の砂糖漬けと前回使い果たしたせいで多めに仕入れられたナッツの袋を確認しながらリョウが答える。

「あ……そうか珈琲仕入れてくるのね?」

 思い出したようにリョウが付け足すとコーネリアスが眉を下げて笑顔を作った。

 あまりに評判が良くてお茶の時間だけではなく持ち込みで食べる昼食の時間も珈琲一択になったので減り方が尋常ではなくなってしまったらしい。

 昨夜、久し振りにリョウとレンブラントが「珈琲が飲みたい」と言ったら既に珈琲豆は無くなっていた。主人の期待に応えるために買い付けに出掛けようとするコーネリアスをリョウとレンブラントが必死で止めたので閉店後の珈琲店へ駆け込むという行動は阻止されたのだ。

「朝のうちに必要な仕事は先に終わらせましたので少し留守にしても大丈夫かと思いますが、何かありましたらハンナが対応致しますのでお申し付けください」

 コーネリアスが丁寧に頭を下げるのでリョウが笑顔で送り出す。

 

 そういえばコーネリアスが午前中から留守にすることは珍しいかもしれない。大抵は午後の早い時間、比較的来客の少ない時間帯に買い付けに出かけている。

 来客といってもアイザックやアルフォンス、それにせいぜいザイラやルーベラといったよく知っている人たちなのでコーネリアスがいないと困るということはないのだが、それでも普段いてくれる人がいないというのはちょっと心細いものでリョウは少し背筋を伸ばして小さくため息をついた。

「ほら、手伝うぞ?」

 そんなリョウにグウィンが声をかけてくる。

 用意する量がただ事ではないのでグウィンの手伝いはもはや決定事項となっていた。

「あ……ああ、そうね。ありがとう」

 リョウは気を取り直して笑顔を作り、袖を捲り上げる。

 グウィンの方もあっという間に台所に慣れてしまってリョウの指示が出ないうちに使いそうな道具をさっさと出して作業スペースを確保する、なんていう作業を滑らかにこなしている。

「今日はカップケーキを大量生産しちゃおうかと思うのよね」

 いろんなお菓子をちょこちょこ作るよりも、種類は少なくても数があったほうがいい、というのがよくわかってきたので。

 そして、都市の復興作業の期間に都市の中で人気商品だった大きなサイズのカップケーキ。あれの意味がリョウはなんとなくわかる気がしていた。なんせ量を消費する人たちがターゲットだと、一つあたりのサイズを大きくしないと間に合わないのだ。それでも種類を増やそうと思ったら、ケーキの生地から色々作るより簡単な生地をまず作ってそこにいろんなものを混ぜ込む、みたいなアレンジにした方が効率よく複数の種類のものができる。

 もちろん、全部全く同じ生地にするのではなくて混ぜ込む物によって砂糖の量や補強で混ぜ込むスパイスを調節するのだけど、基本が同じなら大量生産は楽。

 

「……ずいぶん手馴れてきたな」

 グウィンが微笑ましげにリョウの手元を見ながら声をかけてくる。

 リョウがオーブンから出したカップケーキを次々に調理台の上に並べて冷ましながら「え?」と視線だけグウィンに向けると。

「いや、これだけのもん作るのにずいぶん手際が良くなったなと思って」

 くすくすと笑いながらグウィンが新しい生地をリョウに手渡してくる。

 オーブンで焼いている間に次に焼くために作って用意していたカップケーキの生地だ。

「あ、そうね。やっぱり手伝ってくれる人がいるとはかどり加減が違うからね」

 金属製のカップはちょっと大きめのもので20個ばかり買い付けてきている。そこに生地を直接流し込んで焼いたケーキは熱いうちに型から外してひっくり返して網の上で冷ます。冷ましている間に型に手際よく刷毛で油を塗って手渡された生地を少しずつ再び流し入れて、オーブンへ。ひっくり返して冷ましかけているケーキがパサパサにならないように刷毛でシロップを塗るのがリョウのお気に入り。

 流れるようなその行程を眺めながらグウィンがなんとも言えない笑みを浮かべており……その笑みには何かを懐かしむような、そんな色が含まれていたが……作業に専念するリョウの目には入っていないようだ。

 

 

 一通り焼き上げたケーキは全部で60個。三種類の味に仕上げてみた。

 オレンジの皮の砂糖漬けを入れたものにはオレンジの果汁で作ったシロップを塗って、チョコレートを混ぜ込んだものには珈琲のシロップが良かったのだが……無かったので蒸留酒で作ったシロップで香りのアクセントを追加。甘い香りのスパイスと紅茶の茶葉で香り付けしてナッツを混ぜ込んだものには濃く煮出した紅茶で作ったシロップを。そんなケーキがそれぞれ20個ずつ。

「今日は私たちの分もちゃんとあるわよ!」

 これだけあればいつも来るアルフォンスとレンブラント、それにグウィンだけじゃなくコーネリアスとハンナの分も確保していいんじゃないかと思えて少し取り分けてみたリョウが得意げに宣言する。

「ああ……そうだな……これだけありゃ、あいつらも十分だろ……」

 さすがにカップケーキの山が大皿で何皿も目の前にあるとグウィンの口元も引きつった。

「よし! じゃあ一休みしましょう!」

 リョウがエプロンを外しながらグウィンに笑いかけるとグウィンも身につけていた前掛けの紐を解く。

 

 昼食にはちょっと早い時間。

 最近はリョウが午前中に大量のお菓子づくりをするので朝のうちにハンナが簡単に昼食の準備まで済ませてくれるようになった。

 なので、こんな風にちょっと早めに作業が終わるとグウィンと二人で台所の隣の部屋でお茶を飲んで休憩したりするのだ。

「……前から思っていたんだが……この部屋って、あの家に似てるな」

 グウィンがテーブルの椅子を引きながらぼそりと呟く。

「あ……バレた? ハンナとルースの家」

 リョウが紅茶を淹れる手をふと止めてグウィンに視線を向ける。

「なんだ。わざとなのか?」

 グウィンが目を見開いた。

 なのでリョウが決まり悪そうに笑いながら。

「なんだかね、あの家って私の理想が詰まっていた気がしたの。ルースとハンナの関係とか、家の中にある二人の思い出とか……うまく言えないんだけど……そこにあるもの一つ一つにちゃんと意味があって、時間が流れてきた証があって、そこに住んでいる人たちの穏やかな……でも力強い生き方そのものがちゃんと息づいている感じがして」

 思い直したように紅茶を淹れる作業を続けるリョウはそんなことをゆっくり話しながら、微笑むように目を細める。

 そんなリョウを見ながらグウィンがふ、と笑みをこぼし。

「そう、か。……今度会いに行ってみるか?」

「え! いいの? 一緒に行ってくれるのっ?」

 グウィンの言葉にリョウが勢いよく食いつく。

「ああ、構わんぞ。……まぁ、レンブラントが一緒に行くと言い張るだろうから三人で、だろうけどな」

 リョウが満面の笑みになった瞬間。

 

「すいませーん、ハンナさんいませんか?」

 不意に部屋のドアが開いた。

 驚いてリョウが勢いよく振り返る。

「……え、あ……ああアウラ?」

 そこにいたのは屈託ない笑顔が印象的な、若者。

 明るいブラウンのくせ毛はどちらかというとレンブラントのそれより癖が強そうで短く整えている。大きな瞳は黒に近いブラウンで……全く悪びれる様子もないところを見ると、ただ今ノックもなしにドアを開けたことに関しては全く気にもとめていないのだろう。

 そして、リョウは彼をちょっとだけ知っていた。

 アウラ、という名前の、風の竜族の若者。確か、ルーベラの知り合い。なんならこの家の作業のために来ている若者たちの中に彼の姿があったことも、知っていた。

「すいません! 守護者(ガーディアン)殿! コーネリアスさんが留守中の用事はハンナさんに頼むようにって言っていたので探してるんですけど見つからなくて! ……って、あれ? ……え? ……ええ!」

 元気よくリョウに用件を告げるアウラの視線が途中からリョウの背後に向いて、分かりやすい驚愕の顔になった。

 ので。リョウがそろそろとテーブルの向かいに視線を戻すと。

「……なんでこうなるんだ……」

 グウィンが顔を片手で覆ってがっくりと項垂れている。

 

 

「だいたいなんでお前、こんな仕事してるんだ。騎士だっただろうが」

 グウィンが盛大なため息をつきながら応接間のテーブルで頭を抱えている。

「バレる時はバレるもんですねぇ」

 そんなグウィンを他人事のように眺めながらアルフォンスが微妙に口元を歪めている。

「グウィンの教育不足なんじゃないですか?」

 やはり他人事のようにグウィンを見やりながらレンブラントが呟く。

「え! いや! 違いますよ! 俺が粗忽者なのは決して風の竜のせいではありません! 俺が勝手に粗忽者なだけです!」

 矛先がグウィンに向きかけていることを察したのか、アウラが焦ってアルフォンスとレンブラントにすがりつくような視線を向けた。

「当たり前だ! 俺はお前の親じゃねー! そんな責任まで負わされてたまるか!」

 グウィンが憮然と言い放ちリョウが笑いを嚙み殺そうと微妙な顔になる。

 

 早速アウラにグウィンがここにいることがばれてしまい、慌てふためくアウラを仲間のところに戻すわけにもいかず、さてどうしようというところでハンナが昼食の時間を知らせに来てくれて……結局アウラはリョウとグウィンと一緒に昼食をとり、その後やってきたレンブラントとアルフォンスが事情を把握して場所を応接間に移したところ。

 

「でも……まぁ、このままというわけにはいかないでしょうね」

 アルフォンスが軽く腕を組んで思案げにため息をついた。

「アウラって騎士隊にいたんじゃなかったっけ?」

 先程グウィンが言っていたことも思い出してリョウがなんとなく聞いてみた。

 確か元々はハヤトの隊にいて、ルーベラと一緒だったはず。

「ああ……えーと、まぁ、そうだったんですけど。あの隊ってちょっと居心地悪くて。性に合わないから離隊したんです」

 アウラが非常に決まり悪そうに視線を泳がせた。

「……ふ……ん。なるほど。……じゃああの隊でなければ再び騎士として働く気はあるんですか?」

 しばらく沈黙してからレンブラントがため息混じりにそんなことを言うのでリョウがレンブラントに目を向ける。

「……あー、はい。まぁ……必要とあればそれでも構いませんけど」

「必要というよりはそれがあなたの身の為になると思いますよ」

 アウラの訝しげな返事に即答するタイミングでアルフォンスが口を挟んだ。

「そうですね……。このままこういうことを知っている者があちこちで仕事をしているなんてことになると秘密厳守のためには二度と口を開けないようにしなければならなくなると思いますので……それなら僕の下で働いてもらっている方が命の保証はできますね」

 レンブラントがニヤリと笑う。

 物騒なセリフに意味ありげな笑顔まで作るレンブラントの様子には若干の悪戯っぽさが伺えるのでリョウはちょっと目を見張りながらも成り行きをおとなしく見守るのだが、案外アウラ本人がこの辺りまで話が進んで始めて事の重大さを認識し始めたようで顔面蒼白になっている。

「えっ……と、あの! 俺、誰にも言いません!」

「そういう奴が一番信用ならねーんだ」

 意気込んで宣誓するが如く声を上げたアウラを、そっぽを向いたグウィンが真っ先に切り捨てた。

「そうですね。……例えば酒の席でうっかり口を滑らすとか、仕事仲間との会話の中で口を滑らすとか……粗忽者の気が緩んでいる時にはよくある話ですからね。一番確実なのはやっぱり『死人に口無し』か……」

 アルフォンスがわざとらしいため息とともに呟き、アウラが「ひっ」と声にならない悲鳴をあげた。

「まぁ、一日中監視ができれば安心は出来るでしょうね」

「……一日中?」

 アウラの反応を楽しむような人の悪い笑みを浮かべながらアルフォンスが提案して、それにはレンブラントが訝しげに聞き返した。

「……リョウ、ここの客室はまだ空いていますか?」

「え……あ、はい」

「え! ちょっと待ってください!」

 アルフォンスがリョウに視線を移して尋ねてくるのでリョウが返事をすると、事の成り行きを見て取ったレンブラントが焦ったように口を挟んだ。

 当のアルフォンスは顔色一つ変える事なく言葉を続ける。

「この際、彼にはレンのところの騎士という立場でフェルディナンド・メンジーズの個人的な護衛を兼ねてここに住み込みで働いて貰えばいいんじゃないですか? なにぶん先日の件もありますからグウィンに護衛をつけることは不自然ではないですし、レンは引き続きここでの仕事の監督役という事で仕事そのものは変える事なく彼を監視できますよ。グウィンも彼をしっかり教育してやれるでしょうしね」

 ああ、なるほど。

 と、リョウは納得して小さく頷く。

 確かにこの家には客室は余っているしグウィンが毒で死にかけたことは既に知れ渡っている。そのグウィンの護衛に竜族の一級騎士が就任するというのは不自然なことでは、なさそうだ。

 それにアウラも一緒に仕事をしていればグウィンに不利なことを例え「うっかり」でもしてしまうことはまずないかもしれない。

「じゃあ、アウラ。あとでハンナに部屋に案内してもらってね」

 リョウがアウラににっこりと微笑みかける。

 満足げに目を細めるのはアルフォンス。

 そして、途中から口を挟まなくなっていたグウィンと、途中から焦りを見せていたレンブラントはなんだか腑に落ちないという顔のまま、ぐっと黙り込んでいた。

 

 

「まさか、あんな奴まで一緒に住むことになるなんて……」

 夜、ベッドでリョウをぎゅっと抱きしめたレンブラントがため息をつきながら拗ねたような声を出す。

「何? レンだって途中までは乗り気だったじゃない?」

 リョウがくすくすと笑いながら答えた。首筋に顔を埋めながらレンブラントが喋るので息が当たって思わず首をすくめそうになる。

「住み込みなんてことになるとは思わなかったんですよ。単に隊員として引き取るだけならグウィンにも貸しができるし丁度いいか、くらいに思っていたんです」

 ああ、なるほど。

 なんてリョウは思いながらレンブラントの頭に片手を伸ばしてその髪を梳くように撫でながら。

「でもアルの意見は賢いと思うわよ。一緒に仕事をすればどうして秘密にしておかなきゃいけないかとかも理解できるようになるだろうし。それに、ここの人数が増えるのは私も楽しいわ」

「それが嫌なんです……なんだかまた邪魔者が増えたような気がしてならない」

 ああ、やっぱりそういうことか。

 レンブラントの若干拗ねたような態度の理由が思っていた通りのものだったのでリョウはつい吹き出す。

「笑い事じゃないですよ。……だいたいアウラって、ハヤトとかルーベラとも仲がいいんですよね? そのうちあいつらまでこの家に引き込むようなことになったらどうするんですか?」

 いやまさか、そんなことにまではならないでしょう! と思いながらリョウがレンブラントの目を覗き込むと意外にもレンブラントは本気らしく頼りなく眉を下げて涙目にさえなっている。

 ので。

 リョウが思わず緩めてしまった口元を引きむすんで、小さくため息をつき。

「……わかった。じゃあこれ以上住人を増やさなくていいように……差し当たってはアウラを介してルーベラやハヤトがグウィンに会うようなことがないように細心の注意を払います」

 そう言ってから微笑んで見せて「それでいい?」と言いながらレンブラントの額に自分の額を寄せてみる。

「……」

 あれ。

 意外にもレンブラントが返事をせずに目を逸らした。

 ……これはあれだな。一旦拗ねてしまったので引き戻せなくなってる感じ。

 リョウがくすりと笑って、レンブラントの唇にチュッと小さく音を立ててキスをする。

「ね、ほら。機嫌なおして?」

 ちょっと甘えるような声を出して上目遣いでブラウンの瞳を覗き込んでみると、今度は見開かれた瞳と目が合った。その瞳にはこちらを試すような、それでいて期待を隠しきれないようなささやかな輝きが宿っており。

「……僕の言うこと、聞いてくれるんですか?」

 わざとらしく拗ねたような声のまま囁かれる。

「ん。言うこと聞いたら機嫌なおしてくれるの?」

 微笑みながら囁き返すリョウは、今夜は簡単には眠りにつかせてもらえそうにない事を覚悟した。

 

 

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