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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
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新しい風

「グウィン……? 何してるの?」

 午後のお茶の時に出すお菓子を作ろうと台所に入ったリョウが、その場に似つかわしくない人物を目にして声を上げた。

 仕事をしていた時に着ていたようなきっちりした服ではなく、ラフなシャツにベストを羽織るように着て、シャツの胸元の釦も上の方は開けたままのグウィンは、最近見慣れてきたとはいえなんだか色っぽい。

 そんなグウィンがリョウの声に反応してびくりと肩を震わせて振り返って。

「……! ああ、リョウか。すまん、かくまってくれ」

「は?」

 あれ、まだ気配を察するほど完璧に回復していないのかな。

 なんて思いながらもリョウが怪訝な顔で聞き返す。

「今日からあいつら来てるだろ? 家中歩き回られたらどこで鉢合わせするかわかったもんじゃない」

 どこかおどおどした目で訴えて来るグウィンを迂闊にも「可愛い」と思ってしまったことは……絶対内緒にしておこう。と、リョウは心に決めた。

「かくまう……って言ってもねえ……。まあ、台所に入って来ることはないと思うからこの辺で好きにしていて構わないけど……」

 緩みかけた口元を必死で引き締めようとしながらリョウが言い淀む。

 

 グウィンの言う「あいつら」というのは都市で働いている風の竜族。

 都市の復興作業があった時には総出で作業を手伝っていた竜族も、大部分は仕事がひと段落して家族が待つ北の都市に引き上げていったのだが、その中でもこの都市が気に入った者達はここに残って住み着いてもいる。

 元々の立場を引き継いで騎士の仕事に就く者もいたとはいえ、その時に携わった復興作業が楽しかったのか建設関係の仕事に就いている者が大部分だったりするあたり……風の竜族の自由気ままな性質が現れていて本当に微笑ましい限りだ。何しろ騎士と建設作業員の賃金にはかなりの違いがある。

 

 で、少し前にコーネリアスに説明されてもいた「守護者の館におけるボイラー室設置の改装工事」なるものが始まったのだ。

 だいぶ暖かくなってきて、各家庭で湯を使う頻度が下がってきたところで一気に都市の中の特定の建物には設置してしまおうということらしい。何しろ万が一不具合が出たら対応に時間がかかってその間、生活に不自由するかもしれないので。

 と、なると。

 都市の復興作業の際に思いっきり彼らを統括していたグウィンなんて鉢合わせでもしようものならあっという間に素性がバレるというのは言うまでもないことで。

 

「だいたい、都市に残ってるやつらっていうのは好奇心旺盛な世話好きな奴ばっかりなんだから……どの部屋にいても何かのはずみで見つかりそうな気がしてならん……」

 リョウが入って来る時には開いていたドアをそっと閉めて、部屋の隅の方に持ってきた椅子に座りながらチラチラとそのドアに目をやりながらグウィンが呟くので、リョウが思わず吹き出した。

「……おい、リョウ。笑い事じゃないんだぞ? もしここでバレるようなことがあったら今までの苦労が全部水の泡なんだからな」

 すかさずグウィンが眉間にシワを寄せる。

「そうね……うん、分かってるけど。でも、竜族にバレる分には事情を説明すればどうにかならない? 結局は身内じゃない?」

「お前なぁ、何を呑気に構えてんだ。どこかで情報が漏れるということはその先だって漏れて行く可能性があるってことだろ。……それに何も知らなければ誰も嘘をつかなくて済むんだ」

「……あ……」

 意外に真剣な眼差しのグウィンの言葉にリョウの顔から笑顔が消えた。

 そうか。

 なんとなく、かくれんぼでもしている子供のように思っていたけど……違う。

 同族を守ろう、という心遣いなのかもしれない。なんだかんだ言って、彼らの「頭」だ。しかもグウィンの場合、私なんかと違って……長いこと彼らを気にかけてきた人なのだ。

 北の都市で見たグウィンの一面には同胞を思いやる暖かさがあった。そして、この都市での復興作業の時にも彼は仲間を気遣い、労い、良きリーダーとして働いていた。共にいない間でさえもきっとなんらかの方法で気遣いを示してきたのだろう、と思ったものだ。そうでなければあんなにお互いが打ち解けて仕事をしたりできるはずがない。

 ……私とは、根本的に違う。

 そんなことを思ってリョウの視線がゆっくり落ちる。

「せっかくだし、何か手伝うか?」

 話を切り替えるグウィンは相変わらず視線をドアに向けたまま。

「あ……そうね」

 そう。

 だって今日は作業に十人近く来ているから彼らの分のお茶の準備に早くから台所に入ったのだ。

 コーネリアスは家の外に設置するボイラー室という物の為に立ち会いをしているし、ハンナは彼らに休憩室がわりに使ってもらう食堂を解放するために準備している。

「グウィンが手伝ってくれるなら……チョコレートケーキでもいいかな」

「ああ、なんでも構わないぞ。……それと、量を作るなら簡単なのにしておけよ。重めの物にしておけば一人でたくさん食べようとする奴も減るだろうし木の実を混ぜたやつの方にしとけ」

 以前、グウィンに教えてもらいながら作ったケーキと自分で必死に考えて作ったケーキを思い出しながらリョウがついくすりと笑う。卵を泡立てて作るケーキは上品で美味しいけど手間がかかる。グウィンが教えてくれた粉が多めでナッツ入りのケーキは素朴でちょっと重い感じだが簡単な作り方だった。

「じゃ、ナッツを刻んでもらおうかな。……えーと……この袋!」

 リョウが調理台の上にどん、と袋を乗せて笑顔を向けるとグウィンが「げ! まさか全部使う気じゃねーだろーな」と目を丸くする。

 こういう材料はコーネリアスが切れることがないようにかなりまとまった量を常備してくれている。ナッツなんてお菓子だけじゃなくパンに混ぜ込むこともあるのでたくさんあってもあっという間になくなるのだ。

「ああ、そうか。肉体労働する人たちだからケーキだけじゃ絶対足りないわね……ナッツ入りのパンも焼いて……確か発酵させていないタイプのチーズがあったはずだからあれを挟んで軽食っぽい物も出そうかな」

「おい……どれだけ刻ませるつもりだ?」

 リョウが漏らした独り言にグウィンが若干青ざめながら言葉を返して来る。

「あら……手伝ってくれるんでしょ?」

 リョウがちょっと人の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 結果的に、お茶の時間は大盛況となる。

 一応朝から作業に入ってくれてはいたが、昼食は各自で用意が徹底しており軽食を持って来ている者はハンナが用意した食堂で、それ以外の者は近くの食堂に食べに行く、なんていう感じで午後のお茶だけみんなで楽しんでもらった。

 メニューはナッツ入りのチョコレートケーキにナッツ入りのパンで作ったサンドイッチ。こちらはパン自体に素朴な味が付いているのでいろいろ挟むのではなく発酵させないタイプのチーズを挟んだものとオレンジの皮で作ったジャムを挟んだものの二種類。以前、ハンナが作ってくれた二度焼きをする固めのクッキーを用意して……こちらにもたっぷりナッツを練りこんだ。

 つまり、グウィンには相当頑張ってもらってナッツ刻みをしてもらったわけで。

 

「リョウ……今日は随分賑やかですね」

 台所の隣の部屋で一息ついていたリョウとグウィンのところにアルフォンスがやってきた。

 どうやらコーネリアスがこちらに通したらしい。

「あ、アル……!お茶して行く?」

 食堂の賑やかさがこの部屋まで若干聞こえてきているのだが、簡単な給仕を手伝っただけでリョウはあとの給仕はハンナに任せて引き上げてきていた。

 グウィンを一人にさせるのが申し訳ないと思ったのと……正直言ってあの賑やかさについていけない、という気がしたので。

「アル。この部屋は狭いですから食堂の方でみんなと一緒に食べてきていいんですよ?」

 アルフォンスに続いて入ってきたレンブラントが冷ややかに声をかける。

「いやいや……僕はあの集団の勢いにはついて行けそうにないので」

 レンブラントの言葉には、はなから従う気の無いアルフォンスがためらうことなくリョウの斜め向い、グウィンの隣に座った。

「分かるわー」

 リョウが苦笑しながら立ち上がり、紅茶のポットを用意する。

「レンも飲むでしょ?」

 リョウの隣の席に落ち着くべく上着を椅子の背もたれに掛けたレンブラントが椅子に座ることなく追加のカップ二つを棚から取り出してリョウを手伝う。

「こっちは紅茶なんですね」

 リョウの手元を覗き込みながらレンブラントがそっと囁く。

「食堂の方はコーネリアスの珈琲だったでしょ? なんだか思いの外好評だったらしくて全部使い果たしそうなんだって」

 リョウがくすりと笑う。

 コーネリアスが絶え間なく珈琲を淹れざるを得なくなっているので食堂の外まで香りが漂っていたはずだ。

 ちなみに焼き菓子やサンドイッチの類も作っただけ全部出す羽目になったのでこちらにはそのあと間に合わせで作ったナッツと蜂蜜の簡単なケーキがお茶請けになっている。

 

「グウィン、体調はどうですか?」

 リョウとレンブラントの作業を眺めていたアルフォンスが思い出したように隣のグウィンに向き直った。

「ああ、もう完全に回復したんじゃないか? どこもなんともないぞ」

 グウィンがニヤリと笑いながら答えるので。

「え、嘘。グウィン、まだ本調子じゃないでしょ?」

 思わずリョウが口を挟む。

 途端にその場の三人の視線が集まりリョウは一瞬たじろいだが。

「え……っと、だって……さっきグウィン、私が近づくまで気配に気付かなかったじゃない?」

 つい三人の顔色を確認するようにしながら説明してみる。

「ああ……そういう事か……いや、あれはそういう事じゃない……と思うんだが……」

 なぜかグウィンが決まり悪そうにしどろもどろになった。

「……なるほどね」

 そしてこちらもなぜかアルフォンスが納得したように小さく頷きながら口元に笑みを作っている。

 意味がわからなくてリョウがレンブラントに視線を向けると、こちらはどうやらリョウと同じで意味がわからないらしい。

「……リョウはそういう事ないですか? 例えば以前より人の気配が気にならなくなった、とか」

 アルフォンスが楽しそうに訊いてくるので、リョウはちょっと考え込んでみる。

「んーーー。……あ、そういえばそんな事があったような気がしなくもない」

 夜、レンブラントが帰ってきたのに気付かずにうたた寝していたり……バスルームで湯船に浸かっているところにレンブラントが入ってくるまで気付かなかったり……さすがにどれもこれも恥ずかしいシチュエーションなので具体的に口にする事が出来ずにちょっと顔を赤らめながらリョウがレンブラントの顔をちらりと見やると、レンブラントも思い当たったらしくにやりと笑われた。

「健康状態の問題ではなくて、それだけ安心して生活している、という事ですよ。警戒する必要のないところでゆったり生活しているというのはとても精神的にいい事なんですよ」

 アルフォンスが目を細めた。

「そう……なんだ……」

 話を聞きながら手が止まってしまったリョウの代わりにレンブラントが紅茶をカップに注ぎ、アルフォンスの前と自分の席に置き、空になっていたリョウのカップにも紅茶を注ぐ。

「俺にもくれ」

 カップを差し出すグウィンにレンブラントがあからさまにむすっとした顔をするので。

「まぁ……レンは面白くないでしょうけど、そういう事ですよ」

 アルフォンスはくすくす笑いながらカップを口に運び、意地悪そうな視線をレンブラントに向ける。

「え? 何? なんでレンは面白くないの?」

 やる事がなくなったリョウがゆっくり席につきながらアルフォンスとレンブラントの顔を見比べると。グウィンがわざとらしく咳払いした。

「グウィンが緊張せずにここにいられる理由ですよ。……分かりませんか?」

 アルフォンスがリョウの目を見ながら優しく微笑み。

「おい、もういいだろ!……俺は別に体調が悪いわけじゃないって事がわかればそれでいいだろーが!」

 なぜかグウィンが顔を赤くして会話をさえぎろうとするので。

「えーーーー? なになに? どういう事? 意味がわからないんだけど!」

 リョウは思考がまとまらないまま声を上げた。

 

 

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