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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
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新作ケーキでお茶会を

 守護者の館には、午後になるとどういうわけかアルフォンスが来るようになった。

 最初の日はコーネリアスに「アルフォンス様がいらしています」と報告されてリョウは「あれ? 今日は何か予定があったっけ?」なんてちょっと慌てながら応接間に向かったのだが、行ってみると特に用事があったわけでもなさそうで「暇だから新しい文献をちょっと読みに来ました」と言われ、取り敢えず午後のお茶までいてもらった。

 

 二日目はグウィンの回復の経過が見たい、なんて言ってやはり午後にやってきて応接間のいつものテーブルでお茶をして帰って行った。

 

 で、三日目。

「……だいたいなんで用もないのにうちに入り浸るんですか。今日だっておとなしく診療所で仕事をしていればいいでしょう」

「別に護衛は頼んでいませんよ。レンだってついて来る必要はないでしょう。僕は当直でもないし午後は研究の手も空いたから文献を少し見に来ただけですよ」

「文献……? 絶対に違いますよね? リョウに会いに来てませんか? ……文献なら持って帰って読み進めれば済む話でしょう?」

 そんなレンブラントとアルフォンスのやりとりが廊下まで聞こえてきてリョウのワゴンを押して歩く足が止まる。

 なんだか楽しそうに話をしているなー、と思ったら自分の名前が出てつい立ち止まってしまった。

「ああ、十中八九そうだろうとは思っていたが……俺の経過観察とかいうのも単なる口実だろう? ……俺のリョウに手を出すなよ?」

 変な方向からグウィンが参戦してきて。

「誰の、と言いましたか?」

 すかさず冷ややかなアルフォンスの声。

「……誰が、いつ、誰のものになったんですか?」

 少し間をおいて低いレンブラントの声。

 ……これは相当本気で間に受けて、相当本気で怒ってる。

 リョウの頰が引きつった。

 

 三人の会話に妙な間ができて、廊下で聞いていたリョウがハッと「あ、なんか変な空気になってる!」と察して勢いよくドアを開けた。

「はい、お茶の用意ができましたよー」

 部屋に入るなり微妙な空気でこちらに視線を向けられるんだけど、うん、空気は読みません。何も知りませんし、何も聞いておりません。

 開けたドアのノブから手を離してワゴンに手をかけ直すと、レンブラントがテーブルについている二人を軽く睨みつけるように一瞥してからそそくさとリョウの方に歩み寄る。

「手伝いますよ」

「あら、ありがとう」

 空気は読みません。ええ、妙に尻尾を振りまくる犬のように見える気がしなくもないけど、読みませんとも。

 リョウが緩みそうになる口元を引き締めて、レンブラントがいつもやってくれる紅茶を淹れる作業の方を任せるようにそちらを指し示してにっこり笑う。

 そういう作業はわざわざ口に出さなくても、どういう風にやって欲しいのか理解してくれるのでとても楽。

 そんな指示の出し方がレンブラントも嬉しかったようで得意げな笑顔になって、刺繍の入った生成色の布巾に包まれたティーポットをそっとテーブルに移した。

「チョコレートの、ケーキですか?」

 リョウが慎重にテーブルに移したケーキに視線を釘付けにしながらアルフォンスが尋ねてくる。

「ふふ。ただのチョコレートケーキじゃないのよ?」

 リョウは得意げだ。

 一見、艶々のチョコレートクリームでコーティングして、削ったチョコレートを纏わせただけのケーキは、あまりにも出来栄えが良かったのでホールのままテーブルに出して切り分けることにした。

 そっとナイフを入れると中の層ごとに違った手応えが伝わってきてついにんまりとしてしまう。

「……うわ……凄いな……」

 グウィンがほぼ絶句し、アルフォンスが無言でいつも以上に目を輝かせる。

「……手が込んでますね」

 レンブラントも隣で目を見開いた。

「でしょ?」

 リョウはただただ達成感に酔っている。


 ケーキの生地は香りの良い蒸留酒で作ったシロップを塗ったものと数種類のナッツを細かく砕いて混ぜ込んだものの二種類。それを薄くスライスして交互に重ね、それぞれの生地の間にはちょっとリッチな卵入りのバタークリームを挟んである。そしてケーキ全体をチョコレートで作ったクリームで覆ったのでクリームも二種類使っていることになる。

 それぞれの生地の固さとクリームとの相性を合わせるのがちょっと大変だったけどかなりいい出来栄えだと思うのだ。


「グウィンの快気祝いと……あと、私がいろいろお気遣いいただいたお礼も兼ねて、の新作です!」

 ちょっとゴタゴタがあったから間が空いてしまったけど、仕事で疲れている時にアルやレンには心配をかけたしたくさん気遣ってもらった。

 仕事の合間のお茶の時間ではそこまでゆっくり労いの時間は取れないかな、なんて思っていたからここ数日アルがうちに来てくれてよかったと思ったのだ。

 レンに話したら、「そんなの聞いてません! アルが来ているなら自分も午後の仕事は調整してそっちに行きます!」みたいな……なんだか何か誤解でもしているんじゃないかという勢いで、今日の午後には仕事抜きでいつものメンバーが揃うようだったので朝から頑張ってみた。

 レシピは前にコーネリアスに取り寄せてもらっていたレシピ本の中からいくつかのアイデアを寄せ集めて頭の中では完成させていたのだが、きちんと調和させるにあたってちょっとハンナの助けもあった。

 

「……どう?」

 自分の皿に手をつける前にリョウが隣で早速一口目を口に運んだレンブラントの顔を覗き込みながら声をかける。

 レンブラントが一瞬目を見開いて、ゆっくり味わうように目を細めるのを見るに、これはかなり成功なんじゃないか、とリョウの笑顔に確信が混ざる。

「……美味しい、です。とても」

 うっとりしたように微笑みながらレンブラントがリョウに告げるとリョウの頰が赤くなって、口元が緩んだ。

「……えへへ。良かった」

 リョウがそう答えながら緩んだ口元を引き締めようとするのだが、これがなかなか思うようにいかず下唇を不自然に噛んだ微妙な表情になってしまい……レンブラントがわざとらしく咳払いをしたので「?」と顔を上げるとアルフォンスとグウィンの視線が自分に集まっていることに気づく。

「……え? あ、何?」

 リョウの表情が普段のものに戻ったところで左側のグウィンと正面のアルフォンスが慌てて目を逸らした。

「いや、なんでもないぞ。……美味いな、これ」

「ええ……なんでもないですよ。……とても良くできていますね。こんなケーキ、滅多に食べられません。売り物にできるんじゃないですか?」

 グウィンとアルフォンスが若干顔を赤らめながら感想を口にする。

 ……しまった。嬉しすぎてみっともない顔してたかしら……。

 リョウはつい俯いてしまったので隣でレンブラントが、少々殺気を込めた視線を男2人に向けていた事には気付く余地もなく。


 照れ隠しにケーキを一口、口に運ぶ。

 うん。細かく刻んだナッツの歯ごたえと、口に広がる香ばしさ、それとバタークリームの濃厚な味わいとチョコレートクリームの甘さが上手いこと調和している。一口で全部の層を味わっても、部分的に口に入れてもそれぞれで完成する味だ、と我ながら内心自画自賛してしまう。

 右手にフォークを握りしめて左手を自分の頰に当ててにんまり。

「……うん。やっぱり美味しい。……ねえ、グウィン?」

 特に深い意図はなく左隣のグウィンに視線を移してうっとりした目を向ける。

 作ったものを美味しいと言って食べてくれる人に囲まれていることを自覚するとさらに美味しく感じられてしまう。

「え、あ……ああ、そうだな! ……ありがとな」

 一瞬慌てたように目を逸らしたグウィンが、照れたように顔を赤らめながら優しい微笑みを作った。

 あ、なんか素敵な笑顔……!

 つられたようにリョウも微笑み返す。

「リョウが作るものには気持ちがこもってますからね。食べる人を幸せにしますね」

 アルフォンスからもそんな感想がもらえてリョウは至福を噛み締めた。

 

 

 

「ねえ、アルって凄く嬉しい褒め言葉を使う人ね」

 夜、ベッドの中でレンブラントの腕に頭を乗せたままリョウがうっとりと呟く。

 昼間のお茶会で、ケーキの出来栄えといいみんなの感想といい、全てうまくいったのが嬉しくて思い出すとどうしてもうっとりしてしまう。

 ケーキは結局、男三人が奪い合うようにしておかわりをして、辛うじて残った分を半分ずつコーネリアスとハンナに食べてもらった。この二人からの賛辞もなかなかで、もうリョウは夜までずっとにやけっぱなしだったのだ。


「……アル、ですか?」

 レンブラントが微妙な面持ちでリョウの顔を覗き込む。

「うん。気持ちがこもってるから幸せになる、なんて言われたらもっと作ってあげたくなっちゃう! あとね、グウィンのあのお礼の言い方も好き! ちょっと照れたみたいに雑に言うのよね、いつも。雑なのに、なんだかあったかくて、凄くほっとするの」

 ニヤニヤと笑うリョウにレンブラントが拗ねたような顔になり。

「ふーん……じゃあ僕の褒め言葉はいらない?」

「へ?」

 あ、しまった。一日を振り返っての素直な感想だったんだけど……この話し方はレンの機嫌が悪くなるやつだった。

 今更ながらそんなことを思い出したリョウがちょっと慌てて。

「あのね! 一番嬉しいのはレンの褒め言葉だから! レンの褒め言葉はね、とっても丁寧で気持ちがこもってるから大好きよ?」

「……それだけですか?」

 ありゃ。本気で拗ねてる……。まあ、私が悪いのか……。

 そう思うのでリョウは小さくため息をついてからすぐ近くに迫ってきているレンブラントの瞳を覗き込んでからその頰に軽くキスをして。

「あのね。レンの何が好きって、私はね、その目が好きなの。……とっても綺麗な色。でね、レンが褒めてくれる時ってその瞳がね、いつにも増して優しい色になるような気がするの。つい見とれちゃうくらいよ。……それに、その声も好き。柔らかくて優しくて、そんな声で私に話しかけてもらえてるって自覚するだけでも嬉しいのに、とっても丁寧な褒め方をしてくれるでしょう? 言葉の選び方とか使い方とかじゃなくてただ純粋な気持ちが乗っかった言葉、って感じがして凄く幸せになるの」

 今まで漠然と感じていたことを、一つ一つ言葉にして思いつくままに伝えてみる。言葉にしてみたら、改めて「ああ、私って本当にこの人のことが隅々まで好きなんだな」と思えてしまって思わず笑みがこぼれた。

 リョウを見つめるレンブラントが一瞬目を見開いてからちょっと目を逸らして、ふ、と小さくため息をついた。

 それからリョウの頭の下の腕がゆっくり引き抜かれて、レンブラントの体がゆっくり覆いかぶさる。

「……もっとアルみたいにリョウを喜ばせる言葉を選べたらいいのに……」

 そんな呟きがリョウの耳元で漏れ。

「もうっ! レンはそのままでいいの! レンからは欲しい言葉は全部もらってるんだから。……いつだって私を助けてくれるのはレンの言葉だったのよ。……今までずっと」

 リョウはそう言ってレンブラントの髪をかきあげるようにその頰にそっと触れる。首筋に顔を埋めていたレンブラントがリョウの手の動きにつられるように顔を上げてリョウの目を覗き込むようにしてきたのでリョウはもう片方の手もゆっくり移動させて両手でその頰を包み込むようにして目を合わせてみる。

 リョウの背中に回った手がゆっくり肩を包み込んだ。

「……リョウの手は気持ちがいいですね」

 とろりとレンブラントが目を細めるので誘われるようにリョウがその唇にそっとキスをする。レンブラントの唇は引くわけではなく、だからといって熱く応える訳でもなく……。

 なのでリョウはちょっと物足りないような気がしてついばむようにキスをしたあと、少し開いた唇の間にちょっとだけ舌を出して軽く舐めてみた。

「……誘ってる?」

 とろけるような瞳のまま、レンブラントが微笑みながら囁いてくる。

「いけない?」

 悪戯っぽく笑ってリョウが答えるとレンブラントの瞳が期待に輝いた。

 

 

 

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