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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
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幸せな居心地

 なんとなく息苦しいような気がしてリョウが目を開けた。

 

 ……朝、だ。

 部屋の中がわずかに明るくていつもの起床時間である事がすぐに理解でき。

 

 ……レンの、腕、だわ。

 息苦しさの原因もすぐに理解する。

 寝返りも打てないくらいにしっかり抱きしめられたままベッドの中にいるのだ。

 

 これは、ちょっと、苦しい。

 そう思って体のあちこちに少しずつ力を入れて抜け出そうと試みてみるのだけど……。

「……むぅ……」

 つい小さく唸ってしまう。

 どうしてこの人、こんなによく眠った状態でこんなに効率よく人を拘束できるんだろう、というくらい……どうにも抜けられそうにない。

 なんとなく昨日の出来事を思い出してみながら「まぁ仕方ないか……」と心の中で呟いてみて、抜け出すことは諦める。

 

 昨夜はバスルームに連れ込まれて、体の隅々までかなり念入りに洗われた。

 以前セイジのところから帰ってきた日にも似たような事があったので、リョウはつい神妙になってしまい一再抵抗出来ず、されるがままだった。

 昼間にあった色々が重すぎたのか、もしくはセイジに飲まされた薬がじわじわ軽く効いていたのか、リョウはなんだかぼんやりしたまま脱力してしまっていてレンブラントがずっとそばにいてくれた……正確にはずっと抱いていてくたのだ。

 バスルームからベッドに入る間も抱き上げられて運ばれたし、その後も眠るまでずっとレンブラントの腕はリョウを包んだままだった。

 

 多分、そのおかげで安心して眠れたんだろうな。

 そう思うとつい今しがたレンブラントの腕から抜け出そうとしたのを取り消したくなって温かい胸元に頰を寄せてしまう。

 うん。やっぱりくっついていた方が気持ちが落ち着く。

 昨夜のぐらぐらした気持ちをうっかり思い出しそうになって肩に力が入ってしまう。

 

「……ん……リョウ?」

 不意にリョウの体に回っていた腕が緩んでレンブラントが目を覚ました。

 そのまま腕を解かれてしまいそうな気がしてリョウが咄嗟にさらにレンブラントの体にしがみつく。

「……あ? ……リョウ? ……大丈夫ですか?」

「……まだ行っちゃ嫌」

 レンブラントが心配げに片手をリョウの頬に添えて顔を覗き込もうとするのでリョウが小さく呟いた。

 あんな姿を見られて……嫌われてしまったらどうしよう、という考えがずっと頭の中をぐるぐる回っていた。他の男なんかに触れられて、抵抗もしない姿。

 あそこでレンが動けるようになったから良かったものの、もしそうならなかったら確実にもっと酷いことになっていた。そんなふうに考えたら自分が凄く汚れているように思えて、そんな自分が彼のそばにいることは許されないのではないかと思えて……怖かった。

「大丈夫。どこにも行きませんよ。愛してる」

 リョウの声に事情を察したのかレンブラントが腕に力を入れ直して強く抱きしめてくる。

「リョウ、大丈夫ですよ。……リョウの体は僕がちゃんと洗ってあげたでしょう? あいつが触れた感覚、まだ残ってる?」

 レンブラントが優しく囁きながら少し腕を緩めてリョウの顔を覗き込む。

 リョウが眉を顰めて小さく首を振る。

 思い出さないように目を閉じてゆっくり息を吸い込む。

 レンの匂いに包まれているから嫌なことは思い出さないように出来そう。それでもその息が震えるのは止められない。

「……もう一回書き換えてあげましょうか?」

 くすりと笑う気配がしてリョウの首筋に息がかかる。

 

 レンブラントは昨夜も同じように震えるリョウに「嫌な感覚は新しい感覚で書き換えてしまえばいい」とあの兵士に触れられた場所全てに優しく何度も口づけしてくれた。

 レンブラントが仕事で古い文献の写本を監督していたことからくる表現なのだろう、と、リョウは途中で気づいた。

 古い文献の中には、写本の時代によって都合の悪い文章が書き換えられてしまうものがある。そうやって新しい記録が残り、人の新しい記憶となる。

 脆く壊れそうなリョウの心に、傷ついた記憶を新しい記憶でそっと書き替えて行くようにレンブラントの唇が新しい感覚を綴り続けた。

 

 リョウの首筋に唇が押し付けられる。その唇が優しくついばむように移動して鎖骨のあたりでちりっと小さな刺激を感じた。

 リョウが「んっ」と微かな声を漏らすとレンブラントはゆっくり顔を上げてからリョウの目を覗き込んで「僕のものっていう印です」と悪戯っぽく笑う。

 そんなレンブラントの表情にリョウの肩の力が抜ける。

 

 ああ、いつものレンだ。まだ嫌われてない。

 そんな感覚が戻ってきて、瞼が重くなって来る。

「まだ寝ていていいですよ。……もう少し寝たら僕が起こしてあげますから」

 レンブラントがそう囁いてリョウの頰に口づけるので。

 リョウはそのままもう一度意識を手放した。

 

 

 二度目にリョウが目を開けると、部屋は完全に明るくなっていた。

「……え……!  あ、やだ! 寝過ごした!」

 ガバッと起き上がってつい声を上げるリョウの隣でレンブラントが目を見開いている。

「やだやだ! なんで起こしてくれないの! レン、仕事は? 食事は?」

 この明るさ、良くて出勤ギリギリ、悪くしたら遅刻! 朝食なんか作ってる暇はないし……気を利かせてハンナが作ってくれているとしても食べてる暇はない! 

 と、レンブラントがぷっと吹き出して。

「……リョウの切り替えの早さは……ただ事じゃないですね……」

 ベッドの中、リョウのすぐ隣に寝そべったままのレンブラントがリョウを見上げながらそのままくすくす笑う。

「え……だって……え? 何? 切り替えって……?」

 意味がわからなくて混乱するリョウにレンブラントは相変わらず柔らかく微笑んだまま。

「今日は休みになりました。リョウのそばにずっといられますよ。……ああでもその様子じゃ、もう必要ないかな」

「え……休み? ……そう、なの?」

 ……ああ、私のせい、だろうか。

 なんて思い当たってしまってリョウの勢いが完全に削がれた。

「ほら、おいで」

 レンブラントが少し身を起こして両腕を伸ばして来る。

 あ、その腕の中に身を沈めるのは……絶対に気持ちいいだろうな。なんて思えるのと同時に、そんなことしたらまた起きられなくなりそうな気がして、ほぼ条件反射で一旦引き込まれそうになった自らの体をリョウが意識的に思い留まらせる。

 そんなささやかな反応も見過ごさないレンブラントがわざとらしく不機嫌そうに眉を顰めて強引にリョウの腕を掴んで引き寄せ、抱きしめて。

「さっきの不安定なリョウが可愛かったのに……」

 と拗ねたような声を出す。

 

 ああ、やっぱり居心地がいい。

 暖かい腕は程よい強さでリョウの体を包み込んで一気に安心感を与えてくれる。

 ほう、と息をついてリョウがその胸元に頰をすり寄せるとレンブラントがくすりと笑みをこぼす。

 うん。これはとっても幸せな居心地! 

 リョウの頰が思わず緩んだ瞬間。

 

 ぐううううううううう

 

「……あ、ら……」

「ぷっ……」

 リョウが耳まで赤くなり、レンブラントが再び吹き出す。

「……もう! 笑わないでよ! ……昨夜、食べてないからお腹が空いてるの!」

 リョウが声を上げた。

 昨日はあんなことがあって食欲なんて無かった。だから食事のことなんて全く考えもしなかったのだ。そして、レンブラントもリョウの気持ちの揺れを落ち着かせることに専念していたのでやはりまた、それどころではなかった。

「軽食の準備なら出来てますよ」

 レンブラントの声に顔を上げたリョウが促されて部屋のテーブルに目を向けると、そこには簡単な食事が既に並べてある。

 ……うわ。私が寝ている間に運んでもらったのかしら。

「仕事の休暇申請と、雑用はコーネリアスに頼んで済ませましたし……食事はハンナが運んでくれたので今日はこのまま二人で部屋で過ごせますよ」

 レンブラントの説明にリョウが「わあ」と小さく歓声をあげた。

 

 

 テーブルにはサンドイッチとサラダ、それにカットされた果物が乗せられており、他にも簡単な焼き菓子まである。熱いうちに食べなくてもいいようなメニューなところがさすがハンナ、といったところ。飲み物も熱いお茶や珈琲ではなくオレンジを絞った物とミルクの瓶がワゴンに用意してある。

 ソファに座ってふと見ると、テーブルの端にリョウの小さな時計が置いてあった。

「……あ」

 つい小さく声を上げてリョウがそれを取り上げる。

 そういえばこのソファで昨日レンに服を脱がされてそのまま放置したけど、服のポケットにはこの時計を入れたままだった。これがここにあるということは……。

「ああ、すみません。あの服はハンナが片付けてくれました。『何も聞かずに処分してください』とだけ言っておいたので詳しいことを知られているわけじゃないですよ」

 レンブラントがリョウの腰に腕を回して顔を覗き込むようにしながら説明してくれる。

 ……物凄く、気を遣わせてしまった……! レンだけじゃなくてハンナにまで気を遣わせているかもしれない。

 真っ先にそんな考えが浮かんで一気に申し訳ない気持ちで一杯になったリョウは眉を顰めて視線を落としたまま小さく頷いた。

「……ごめんなさい。……私、凄く……気を遣わせてるわよね」

 口をついて出た謝罪の言葉も消え入りそうで。それでもちゃんと謝りたくて喉の奥から声を絞り出す。泣くのは反則だと思うから涙が出そうなのはこっそり瞬きしてごまかす。

「リョウ……あなたが謝ることじゃないですよ。言ったでしょう? あなたは何も悪くない。それに……リョウのことを心配できるのは僕の特権ですからね。リョウがそんな顔をする必要は無いんですよ」

 にっこり笑ったレンブラントが言い聞かせるような口調でそう言うと、テーブルの皿からサンドイッチを手に取ってリョウに手渡してくる。

 

 食事は美味しいし、レンの気遣いはとてもありがたくて嬉しい。

 ここまで至れり尽くせりなのは、本当に申し訳ないくらいだ。

 その分、私にできることをもっと考えなければ。

 そんなことを思いながらリョウは食事に専念してみる。

 隣でこちらを楽しそうに眺めながら食事を進めるレンブラントと時々目が合うのも今のリョウにはとても心地良かった。

 

 

 午後。

 グウィンはまだ休息が必要な身、ということになっているし昨日の今日でいつものように仕事、というわけにもいかずリョウとレンブラントはただひたすら休みを満喫することになっていた。

「ねえ、アルってあの後会ったの?」

 特にやることもなくぼんやりしていることが心地よくてソファで隣に座ったレンブラントに甘えるようにもたれかかりながらリョウが切り出す。

「……え、アルですか……?」

 すっかり落ち着きを取り戻したリョウに安心したレンブラントは仕事関係の書類の束に目を落としていたところでリョウの声にふと目を上げた。

「……昨日のセイジの処刑って……アルにとっては望んではいないことだったわよね……」

 ポツリとリョウがこぼす。

 自分の感情の整理ができて落ち着いたところで、ようやく他の人の感情にも多少の気が回るようになってきた。

 リョウだって先の戦いでは沢山の死体を目にしたし、人が死ぬところも……言ってみれば見慣れている。悲惨な死に方をする惨状だって。

 だからセイジが殺される情景そのものから酷いショックを受けるということは無かった……と自分なりに思っている。

 ただ。

 セイジとそれなりの繋がりがあったアルフォンスの心情を考えると。

 あの感じだと、かなり出来のいい弟子とか……まあそういう関係性があの診療所の中にあるのか分からないけれど……ある程度の思いの中での繋がりのある関係性だったのでは無いかと思われた。

 そういう相手の喉を切り裂くなんて行動。あれはアルフォンスにとって精神的ダメージが強いのではないかと思えて。

 自分が呑気に二度寝なんかしている間に多少動いていたレンブラントがアルフォンスのその後の様子を知っている可能性を思いついてリョウはつい聞いてしまったのだが。

 バサリ、と書類をテーブルの上に軽く投げ出すような音がしてリョウがレンブラントの顔を見上げる。

「……アルが心配?」

 レンブラントがわざとらしくため息をつきながらリョウの肩に腕を回す。

「まったく。……ちょっと気をぬくと他の男の事を考えるんですね、僕の妻は」

「な……! 変な言い方しないでよ! そんなんじゃ無いでしょ!」

 ついムキになってリョウが声を上げるとレンブラントが目を細めてリョウの目を覗き込むように顔を近付けてくる。

「アルなら大丈夫ですよ。ああ見えて結構冷静な戦略家なんです。まあ、知られてはいないですけど。……都市の軍関係者たちは彼の敵にだけはなりたくないって怖れているくらいです」

「え……そう、なの?」

 リョウが目を見開いた。

 アルって……意外に知らない一面を持っている……。そういうタイプだとは思わなかったけど。

「今日は会ってませんけどね。次に会った時にリョウが気にしていたって伝えておいてあげましょうか?」

 書類を持っていた手が空いた都合上リョウの方に向き直ったレンブラントはその手をリョウの頰にかけて囁く。

「う……ん。そうね……」

 真っ直ぐに目を見つめてくるレンブラントに、戸惑うようにリョウが答えると。

「ふーん。……伝えていいんですか。あいつがいい気になるだけのような気もしますが……」

 そう言うとレンブラントがリョウの頰に唇を寄せて、そのまま軽い口づけを繰り返しながら場所を首筋へとずらしていく。

「……え……レン……?」

 朝からずっと着替えもしないで寝間着のままだったリョウの襟ぐりは昨夜それを着せてくれたレンブラントによって少し緩めに開いており、首筋からさらにゆっくり下に向かっていく口づけに戸惑うようにリョウが声を上げた。

「今日のところは僕のことだけを考えて欲しいんですけど。……強制的にそうさせた方がいいんですかね?」

 レンブラントの少し意地悪な響きを含んだ声がリョウの耳をくすぐり、リョウはそのまま押し倒された。

 

 


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