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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
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刑執行

 ゆっくり開いたドアの向こうには先程ここに入ってくる時に武器を手渡した見張りの兵士。


 よく鍛えられた体格に長身の男は言ってみればレンブラントより少し背が高いくらいだ。この部屋に通してもらう際には気にも留めなかった鋭い目つきは見張りの仕事ゆえかと思っていたが……どうにも様子が違う。


「こちらが竜族の剣です」

 その見張りの兵士が短く告げると先程リョウが手渡した剣をセイジの前に差し出した。

「なるほどね。……悪いけど君がやってくれますか? 僕はこういう物の扱いには疎くてね。かわりにそちらを預かりますよ」

 そう言って兵士がもう片方の手に持っていた青い石のついた剣の方にセイジが手を伸ばす。


「どうするの、それ」

 リョウが特になんの感情も込めずに聞いてみる。


 私の剣。あれを兵士に使わせようとしている、のよね。この場合、あれで私を斬り殺そうとでもしている……? 


 兵士はためらう様子もなくセイジに青い石がついた剣を手渡すと、リョウの剣を鞘から抜きながらこちらに歩み寄ってくる。


「昔、東方で鍛えられた竜殺しの剣にまつわる伝説がありまして。それじゃないんですか? 火の竜が後生大事に持っているなんて。形状も昔、東方によく見られた物ですね。……並外れた治癒力を誇る竜族でも癒えることのないほどの傷を負わせることができると言われていますが」

「……は?」


 多分、何かが違うよね。


 リョウがセイジの言葉を頭の中で反芻する。……うん。多分、これ、スイレンが持っている剣と勘違いしている。伝承とか言っているくらいだからきっとどこかで情報がすり替わって伝わったか……そもそもが伝承に完全な正確さを求めることに無理があるのかも知れなくて。


 で、それって、今教えてあげたほうが良いのかな?


 なんだか色々なことが立て続けに起こるからリョウの頭の中で何をどう片付けるのが一番得策なのかを計算する能力が麻痺してしまっている。


 ……まず、優先すべきは、レンとアルを助けること、よね。

 あと半刻のうちにセイジが持っているはずの薬を投与してあげないといけなくて……薬だけあったところでその扱い方なんか私にはわからないんだからセイジを即刻始末するとか、は……ダメダメ。この人は生かしておかないと! 

 で、なんだか完全にやる気満々でにじり寄ってくる兵士は……そりゃ、武器は持っていなくても炎を操れる事を考えたら確実に私は優位に立ってるんだけど……でも、簡単に殺したりとかしちゃダメだと思うし。


 なんて考えている間に。


「え、わあっ!」

 ちょっと視線を宙に浮かせた隙を捉えて兵士が剣を振り下ろしてきた。

 なのでリョウが咄嗟にひらりとかわしてみる。久しく戦闘なんてやってないけど元二級騎士の反射神経を甘く見ちゃいけません。

 身をかわしたリョウの方に改めて切り込んでくる兵士の剣の動きだって、ちゃんと読めちゃったりします。

「わ、わ、わ……! 危ないじゃない!」

 だいたい兵士の方が騎士より腕は下。まぁ、下級騎士の剣の相手をするほど容易い訳ではないにしてもこの兵士の剣から身をかわすのはそう難しいことじゃない。


 でも、問題はリョウの服装。

 騎士服じゃないんだから……ええい! 裾が邪魔! 

 足捌きが上手くできずにもつれそうになる。


 で。

「ひゃ……っ!」

 思いもよらず、部屋の奥まで追い詰められて壁が背中に当たったリョウが思わず声を上げる。

 剣の切っ先は喉元スレスレだ。


「取り敢えず、ご自分の状況を把握していただけますか?」

 そんな声が少し離れた所でして、リョウが目を向けるとあろう事かセイジがレンブラントの髪を鷲掴みにしてその頭を持ち上げ、抜き身の剣をその首に当てている。

 レンブラントの薄く開けられた瞳は苦痛にしかめられてちょうどリョウと向き合うような位置だ。

 

 ……しまった!


 リョウが目を見開く。


 先にレンとアルに結界を張っておけば良かった! あまりにも頭が混乱しすぎてそういう事を思いつかなかった……! 


 そして……あそこまでレンにセイジが密着した状態でその間を縫うように結界を張るなんて……多分無理。自分の周りすれすれに結界を張るというのはまだ出来るけど離れたところに作る結界は……ちょっと位置の微調整が難しかったり、する。下手したらレンを傷つけてしまう。いや、傷どころか……体の一部を切り落としてしまうかも知れない。

 

「ああ、炎を出す、とかもやめた方がいいですよ。わかっていると思いますがそんな事をしたらこの首を一瞬で落としますからね。そもそもあなたがこんな所で炎を出して人を傷付けるなんてことは条約違反になる」

「……何が条約、よ」

 セイジの淡々としたセリフにリョウが口答えしてみるも、もはや負け惜しみにしかなっていない。

 レンに怪我をさせたくなんかないし、まして「一瞬で首を落とす」というのはあながち嘘じゃないだろう。セイジならそのくらいやりかねない。


 セイジが目を細めてニヤリと笑う。

「そうですね……もう一つ言わせていただければ、あなたは今、非常に不利な状況にある。この場で起きた事を後々証言する一番の適任者はあなたの前にいる兵士です。あなたが僕に良い感情を持っていないことは前回の件があった事を踏まえて明白。で、この二人は明らかにあなたの味方だ。……そんな状況で僕が幽閉されているこの部屋で火の手が上がるなり僕が傷付くなりした場合、あなたが条約に違反して僕を一方的に襲ったことになる。そう証言された場合は……きっとあなただけじゃなくてお仲間の竜族の方々も困ったことになるでしょうね」


 セイジの言葉を聞きながらリョウが目の前の兵士に目を向ける。

 全く喋る事もなく斬りかかってきたのもちょっと不気味だったが、目があった途端ニヤリと笑われてさらに背筋がぞくりと震える。

 

「リョウを……離せ……」

 無理矢理頭を持ち上げられた状態のレンブラントの口から掠れた声が漏れた。

「へえ。まだ声なんか出るんですね。……思ったより薬の効きが遅いのかな。これはちょっと死期が伸びるかも知れませんね。折角だから死ぬ前に良いものを見せてあげましょうか。……君、その人を好きにしても良いですよ」

 セイジがほんの少し目を見開いてレンブラントの様子を確認してから楽しそうに言葉を続けた。


 そのセイジの声に反応したのはリョウの前にいる兵士だ。


「……え……っ?」

 リョウが思わず声を上げる。


 セイジの声に反応するように再びニヤリと笑った兵士が剣の切っ先の位置を少しずらしたのだ。

 リョウの喉元にあった剣の切っ先はリョウの胸元に降り、前開きのワンピースの胸元の釦の下に入ったかと思うと器用に生地ごと切り裂く。

 一番上の釦がまず落ち、その下も切り開かれると同時に釦が落ちる。そしてじわじわと縦に並んだ釦が切り落とされ続ける。


「最期の見納めには良いんじゃないですかね……まあ、鑑賞するほどのものでもないですがそこそこ綺麗な体はしていたと記憶していますよ」


 ニヤニヤと笑う兵士の後ろでセイジが声をかけてくる。

 リョウが唇を噛みながら兵士の肩越しにセイジを睨みつけると。


「ああ、そのスカートも先程邪魔そうにしていましたよね」

 セイジがさらに冷ややかな声を返してきて、兵士の剣先がさらに下に向かった。

「……くっ」

 生地を引っ掛けるようにしてから剣先が大きく動き、服の前が見事にはだけて、リョウが小さく声を漏らす。

 

 女であることが、悔しい、と思った。


 こういう対象にさえならなければ、もっと自由に動けたかも知れない。

 レンにだって迷惑なんかかけずに、もっと効率よく動けたかも知れないのだ。

 女であるゆえに、妻という立場ゆえに、ここにある絆が、弱味になる。

 

 最愛の夫の前で、触れられてはいけない者に触れられるという屈辱。

 生温かい息が首筋にかかり、夫以外の手が自分の体に触れてくる感覚に、背筋に悪寒が走りながらもリョウはその相手をきつく睨み続ける。

 ニヤニヤと笑う兵士は、片手に剣を持ったまま、こちらが抵抗しないのをいいことにもう片方の手だけで遠慮もなくリョウの体に触れてくる。息を荒くしたその表情はまるで獣だ。捕まえた獲物を弄ぶような、そんな雰囲気。

 

「……リョウを、離せと言っている!」


 突然、予想外の声がした。

 同時に、セイジが小さく声を上げて……何かが起こった。


 さすがに目の前の「獲物」に夢中になりつつあった兵士も、声と音のした方向に振り向いたのでリョウの視界も開けて。

「……え……レン?」

 

 セイジが、床に倒れている。

 レンブラントの手には剣が握られており、当のレンブラントは肩で息をしながらテーブルに片手をついて立っている。

 そしてテーブルに突っ伏していたアルフォンスがわずかに顔を上げて「……やっぱり……レンの方が回復が早いですね……僕はまだ……ちょっと動けそうにない……」と、声を上げた。

 しかもその声は先程のような掠れた声ではなく、せいぜいが「ちょっと辛そう」程度の声だ。

 

 なんだかよく分からないけれど。


 咄嗟にリョウが動く。

 なんで二人が動けているのかよく分からないけれど、危機的状況は、脱した、かも知れない。


 少なくとも、レンの首は、無事! 

 

 それだけ確認してリョウが目の前の兵士の股間を膝で思い切り蹴り上げる。

 とにかく目の前の相手をどうにかしなければ! という意識だけが働くので細かいことには構っていられない。

 思わぬ衝撃に前屈みになった兵士の手から剣を奪い返して背後に回り込み、剣の柄でまず一撃。そのまま床に膝をついた兵士の首筋に剣の刃を当てると、命の危険を感じ取った兵士の動きが完全に止まった。

 この一連の動きはもはや体に染み付いた防御反応みたいなものだろう。


「……!」


 次の瞬間リョウがちょっと息をのむ。


 剣を握っている手を力強く掴まれたので。


 掴んできた手の主はレンブラント。

「リョウはそんなことしなくていい」

 顔を上げたリョウに厳しい顔のレンブラントがそう告げると、掴んだ手が強く引かれてリョウはよろけるようにその胸元に倒れこんだ。

 同時に、鈍い音とくぐもった声がした。

 目で確認しなくてもわかる。

 兵士がレンブラントの剣によって絶命したのだ。

 

 

「リョウ……怖い思いをさせてしまいましたね……もう大丈夫ですよ」

 耳元で柔らかい声がしてリョウが我に返った。


 大好きな、声。

 大好きな、温もり。

 大好きな……最愛の人。

 背中をゆっくり撫でるのは大好きな人の、大好きな手。


 そう認識すると同時にリョウの頬を涙が伝う。

 

 ふと気付くと、レンブラントの首から血が流れている。

「レン……血が出てるわ……」

 大きな傷ではないが、リョウが思わず声を上げた。

「ああ、たいしたことないですよ。あいつから剣を奪う時にちょっとかすっただけです。……それよりリョウ、大丈夫ですか? まだ少し震えてますね」

 囁くような声と共にレンブラントの息がリョウの首筋にかかって、それから少し身を離されて顔が覗き込まれる。

「……え?」


 震えてる? 私が? 


 レンブラントの言葉の意味を確認するようにリョウが視線を少し下げる。

 両手はレンの服の胸元を強く握りしめていて……ああ、さっき取り返したはずの剣はレンに抱き寄せられた拍子に落としたのだろう……そして言われてみれば、確かに微かに震えている。


「へっ……平気よ! こんなの、気のせいよっ」

 つい声を上げてしまってからレンブラントの瞳が柔らかく細められたのを見て顔が熱くなった。

「別に強がる必要は無いんですけどね……」

「う……」


 お見通しだったことが気まずいのと、なんで強がったりしてしまったのか自分でもよく分からなくてリョウが答えに詰まる。


「アルもまだ動けないようですし……リョウが落ち着くまでまだ暫くこうしていてあげられるから大丈夫ですよ」

 そう言うとレンブラントが片手でリョウの頬を撫でて涙を拭き、その手を頭に回してゆっくり撫でながら改めて抱きしめる腕に力を入れてくるので、リョウは反射的に体の力を抜いた。


 ちらりと脇に目をやると、先程の兵士が背中に剣を突き立てたまま床に転がっている。

 ……そうか、それでレンは両手が空いているのか……。

 なんてリョウがどうでもいいことを考えながら小さく息をつく。そして、改めて大きく息を吸い込んでレンブラントの胸に顔を埋めた時。

 

「……ぐっ」

 変な声が聞こえて、どさり、と何かが落ちるような音がした。


 反射的にレンブラントが腕を解き、リョウを背中に庇うような体勢で振り返ると。

「……ちゃんととどめを刺していなかったんですね、レン」

 テーブルに片手をついたアルフォンスが鋭い視線をこちらに向けながら肩で息をしている。

 その視線の先を辿ると……。

「……っ!」

 リョウが自分たちのすぐ近くで床に倒れているセイジに息をのむ。

 その手にはリョウの剣が握られており……おそらくリョウが先程取り落とした物を拾い上げたのだろう。で、この感じ……背を向けているレンブラントに斬りかかろうとしたところを……。


「相談役とはいえ、そもそもが軍人の部類に入る人間から武器を取り上げる発想がなかったのもどうかと思いますけどね」

 少しふらつくような足取りで歩み寄ってきたアルフォンスが倒れているセイジの背中から短剣を引き抜いた。


 ……あんな物、隠し持っていたんだ、アル。ていうか、そんなことができる人だったんだ。……あれ、テーブルのところから投げつけたのよね。


 唖然とするリョウにアルフォンスが困ったような笑みを向けてくる。

「医者が人を殺すところなんか見るもんじゃ無いですよ、リョウ。もう少しレンの腕の中でおとなしくしていなさいね」

 その言葉を受けてレンブラントが再びリョウの方に向き直ってリョウの視界を塞ぐように両腕で抱きしめてくる。

「……アル、あまり気持ちのいいものじゃ無いんですから早く済ませてしまってくださいね」

 ため息混じりにレンブラントが告げると同時にちょっとした物音と何か声、のようなものが短く聞こえた。

「……え? 何?」

 リョウが反射的にレンブラントの腕の中から顔を出してアルフォンスの方を覗くと、アルフォンスはあろうことか倒れたセイジの体をひっくり返して、ご丁寧にも喉元を短剣で切り裂いたところだった。

「見なくていいって言われたでしょう、リョウ」

 レンブラントが眉をしかめてリョウの目を覗き込む。

「……え? ……え、だって」

 リョウが戸惑うように声を上げる。


 あんなに念入りに……殺す必要、あった? いや、私が勢いに任せて殺してしまいそうなくらいではあったとはいえ……この状況で殺してしまって……良かったんだろうか? しかも、二人も。


「……面会という名目で、刑の執行も任されていたんですよ」

 混乱するリョウの耳元でレンブラントの困ったような声がした。

 

 

 

 

 

 

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