面会
城の離れに塔がいくつかあるのは昔ながらの造りをそのままにしているから。
普段は用途のない建造物であり、維持管理のために最低限の人の出入りがあるだけだ。
恐らく昔は王族に関係した罪人を幽閉するのに使われていたらしいその塔は、城の周りにそれぞれが孤立するように建てられており、塔の最上階に最低限の生活が出来る部屋がある。そこにたどり着くまでには長い螺旋階段があり、いくつかの扉を経ることになるのだが、それぞれの扉は外からでなければ開かないようになっている。
造りそのものは単純で外から錠がかけられている石で出来た重い扉が外から中に向かってのみ開くのだが、内側には取っ手の類がないので閉めてしまえば内側から引っ張ることができないのだ。
万が一、なにかの弾みで世話係の者をうまく引き込んだ罪人が部屋から出ることができたとしても塔の中の階段にあるいくつかの扉が全て同じように造られているので各扉の所にいる見張りの兵士に捕まるか、それ以上外には出られないので生活するために再び最上階の部屋に戻らざるを得ない、という仕組みらしい。
そんな塔の一つに、この度セイジが監禁されているということでリョウは二人の護衛をつけてその部屋に向かうこととなった。
二人の護衛というのは言うまでもなくレンブラントとアルフォンス。
「……結構、暗いのね」
石の階段は空気をひんやりとさせて、所々にある明り取りの窓は人がそこから出られるほどは大きくないので、まだ昼過ぎだというのに入ってくる光も最低限、言ってみれば薄暗いくらいだ。
「そうですね。夜間はここを通る必要がないので昼間は足元が危なくない、という程度にしか明り取りの窓は設計されていないのでしょうね。……まぁ、暗くても外から来る者は灯りを持っていればいいわけですし」
リョウの前を行くアルフォンスが答える。
「万が一脱獄しようにも足元がはっきりしなければ急いで降りることは不可能ですしね……リョウ、足元、ちゃんと見てくださいね」
リョウの後ろでレンブラントが声をかけて来る。
「……やあね、子供じゃないんだからこのくらいの階段平気よ……っ? わあっ!」
「リョウ!」
リョウがへらっと笑って振り向きながら答えた途端に足を滑らせレンブラントがすかさず腕を伸ばす。
「おっ……と! ……大丈夫でしたか?」
意外と真剣なアルフォンスの声が降ってきて、リョウがレンブラントの腕の中で「あーびっくりした」と胸をなでおろす。
「……アル。前を行くならちゃんと教えてやってください。上にたどり着く前に何かあったらどうするんですか!」
レンブラントが低いながらも棘のある言葉をアルフォンスに向けた。
「……いや、まさか本当にこのトラップに引っかかるとは思わなくて……」
大事に至らなかったから、というのもあってアルフォンスの声が若干の笑みを含んだものになる。
トラップ。
つまり、この螺旋階段、意図的に所々段の高さや幅が変えてあるのだ。
足元に注意しながら慎重に歩く分には問題ないが、例えば最上階から「逃げる」つもりで駆け下りたりなんかしようものなら。
人間の体というのは面白いもので、ある程度続いた同じ間隔の段差は体が覚えてしまうので一定のリズムで登ったり降りたりできる。それが一箇所だけいきなり高くなっていたり低くなっていたり歩幅が変わるような事になっていたりすると、そこで見事に段を踏み外すかよろけてしまうのだ。
この度、リョウは「登って」いたとはいえ等間隔の段に慣れた足はいきなり狭くなっていた段に足元も確認せずに踏み出して踏み外した、というわけ。
「面会です」
最後の扉を前にしてアルフォンスが見張りの兵士に、もう何度となく言ってきたセリフを再び告げる。
「はい。守護者殿と……護衛は騎士隊隊長殿と軍総司令部相談役殿、ですね。申し訳ありませんが武器の類はこちらで預からせていただいております」
兵士に告げられてリョウが「え?」と小さく声を上げる。
だって……今回は「守護者の面会」という名目のためにわざわざ帯剣して来たのだ。戦いが目的ではないので裾の長いワンピースに上着着用という服装ではあるが。
「……まあ、仕方ないですね。万が一中で武器を取られて不測の事態になる、ということを防止するため、でしょう」
アルフォンスが薄い笑いを浮かべる。
なので、リョウの後ろでレンブラントが小さくため息をついて自分の剣を見張りに差し出し、リョウもそれに倣う。
取り敢えず、ここに来るまでの間の面会の手続きだのなんだので公式の場を通るに際して必要な服装だった、という事でもあったのを思い出して。
「へえ……守護者殿の面会とは聞いていましたが、随分仰々しいメンバーなんですね」
部屋に入るなり、聞き覚えのある声が投げかけられた。
聞き覚えのある、感情の薄い冷ややかな口調。
相変わらず長めの髪をきっちり後ろで束ねたセイジは、ちょっと神経質そうな笑みを浮かべてこちらに視線を送っている。
「誰のせいだと思っているんですか、セイジ」
リョウの隣でアルフォンスがこれまた冷ややかな口調で返す。
……アルがこんな風に話すのを初めて見た。と、リョウは内心目を丸くした。
アルフォンスはいつも大抵穏やかで、だれかを見下げるような雰囲気を纏うことなんてなかったので。
そしてリョウのすぐ後ろでレンブラントもこれまたピリピリした空気を発している。
リョウは小さくため息をつきながらなんとなく部屋の中を見回してみる。
装飾品の類が一切ない質素な、部屋。
以前に住んでいた城壁の騎士の部屋を思い出させる、と思った。
そうは言ってもあの部屋は居住者が好きなように内装を変えてもいいわけだから比較的質素な感じの部屋だったのはリョウの性格ゆえだ。
装飾品が全くない、というのが最初の印象になってしまったのは……今の守護者の館にすっかり慣れてしまっているからなのだろう。
そう考えるとそんなに酷い生活をしているわけでもなさそうだ。
まず入ったのは小さな居間のような部屋でテーブルと椅子があり、窓がある。これは今まで通ってきたところのような小さな窓ではなく、ちゃんとした、窓。この高さから出入りするのは不可能だからということだろう。
そしてドアが二つ。本当に騎士の部屋を思わせる造りで、リョウはバスルームへのドアと寝室へのドアだろうとすぐに察しがついた。
「……自炊できてるの?」
部屋の隅に小さな仕切りがあってその向こうに見覚えのある雰囲気とサイズ感を察してつい聞いてみる。あれは、やっぱり台所なんだろうな。なんて思いつつ。
「そうですね。頼めば食材を届けてもらえるので……まあ、さすがにどんな物でも揃うというわけにはいきませんが簡単なものなら作れますよ。……ああ、お茶を淹れましょうか」
三人にテーブルの椅子を進める仕草をしながらセイジが台所に向かう。
それほど大きいわけではない丸いテーブルには椅子が一応四脚あった。
レンブラントが椅子を引いてくれてリョウが小さく感謝の眼差しを向けながらそこに座るとアルフォンスも少しだけ表情を和らげてリョウの向かい側の席に座る。レンブラントはリョウの右隣に。
「で、今日は何のご用ですか? 死刑囚の見物?」
トレイに茶器を乗せて戻ってきたセイジが薄い笑いを浮かべて声をかけてくる。
リョウが反射的に目を向けるとセイジの視線はまっすぐ自分に向かっていて思わず息を飲んで固まってしまった。同時に隣のレンブラントが軽く腰を浮かせた。
「……別にそんなんじゃないわよ。少し話を聞きたいな、と思って」
腰を浮かせたままセイジを睨みつけているレンブラントを軽く視線で制してリョウが答える。
「……へえ。……ああ、そうか。命乞いして欲しかったですか?」
物凄く冷ややかな嫌味を返してくるとはいえその間、滑らかな手つきでお茶が淹れられていく。取っ手のないカップに注がれるのは薄い茶色のお茶。芳ばしい香りがして……こんなやり取りをしているのではなければ本当に優雅なお茶会のようだ。
「あなたがフェルディナンド・メンジーズを狙った、ちゃんとした理由を聞きたかったんだけど」
リョウがお茶が淹れらていくその手つきを眺めながら少しだけ語気を強める。
セイジは全く動揺する様子のかけらも見せない。自分の置かれている状況を完全に受け入れて客観視できてさえいるのかもしれない。
その妙なアンバランスさが異様ですらある。
「ああ。その話ならもう尋問で説明しましたよ。……竜族をあぶり出したいという彼らの話に賛同しただけです。火の竜なんていう危険な存在を抱えているこの都市にこれ以上そういう危険分子は必要ないでしょう。それに軍総司令部相談役にいずれ収まる者がよそ者というのも危険な話だ。都市同士の争いが始まる事があったら真っ先に軍が乗っ取られるかもしれない。人間なら殺してしまうか……まあ、それが無理でもこういう意思を持つ者がいることを明示して牽制は出来る。といったところでしょうかね」
「……っ貴様!」
淡々と話すセイジに聞きなれないくらいの怒気を含んだ声を上げたのはレンブラントだった。
感じたことのない殺気にリョウが驚いて隣に目を向けるとレンブラントがテーブルに手をついて椅子から立ち上がっている。
「なんですか隊長殿。僕は守護者殿と話しているんですよ。それに聞かれたから正直に答えただけです。いくらでも嘘をついたり取り繕ったり出来るのにそうしなかっただけでもありがたく思って欲しいくらいですが」
「レン……大丈夫よ。座って?」
リョウがレンブラントに軽く微笑みかける。
レンが私を心配してくれているのは良くわかる。私が傷つくような発言を敢えてしているようにさえ思えるセイジの言葉から、守ろうとしてくれているのはよくわかるのでそれには視線で感謝を伝えるようにしてみて。
でも、セイジの本心を知るには……この空気をどうにか和ませなければ、と思うのだ。どうにもレンは好戦的すぎる気配を……うん、隠すつもりなんてさらさらないんだろうな。むしろ過剰なまでに全身で発している。
「……えーと、取り敢えず、いただきます」
場の空気を和めたくてリョウが目の前に差し出されたお茶のカップに手を伸ばした。




