後始末
夕食に間に合う時間に帰ってきたレンブラントは、取り敢えず強引にリョウをグウィンの部屋から引きずり出すことに成功し、ハンナに温かく見守られつつリョウと二人の夕食を済ませ、寝室に落ち着いた。
「……で、えーと、あの……」
リョウが気まずそうにレンブラントの顔を上目遣いで覗き込む。
「はあああああああっ」
レンブラントがわざとらしくリョウの肩に顎を乗せてため息をつく。
「もーーーーっ! だからごめんってば!」
ただ今、寝室にあるソファの上でリョウはレンブラントの膝の上に乗せられたまま腰と背中に腕を回されて全く身動きが取れずにいる。
もっと言えばグウィンの部屋から引きずり出されたのは、グウィンの隣から力づくで抱きかかえられてのことであり、いつもの台所の隣の部屋に入った時も……もっと言えば食事中もレンブラントに抱きかかえられたままだった。
膝の上から降ろしてもらえない状態を赤面しながらどうにもできずにいるのをハンナが頰を赤らめながらとっても微笑ましげな瞳で見ていたのがリョウは忘れられず、思い出すだけでさらに顔が熱くなる。
「なんでおとなしくしてたんですか?」
完全に不貞腐れたような口調でレンブラントが呟く。
「いや……あれは、ね」
グウィンの腕の中で抵抗もせずにおとなしくされるがままだったことを問いただされているのは良くわかるのでリョウも思わず口ごもる。
「……えーと、グウィンの思い出話に付き合ってて……ああ、だからね! 違うのよ! グウィンが抱きしめたかったのは私じゃないの! 私は……彼女の代わりだから!」
一旦口ごもったものの思い直したような口調でリョウがレンブラントの服の胸元を握りしめて目を覗き込みながら意気込んだように訴える。
「ふーん……代わり、ねぇ……」
レンブラントの表情がわずかに和らぐ。……というより変わった。
「グウィンね、昔、好きな人がいたんだって。……人間の女性だったらしいからもういないみたいだけど……その人のこと今でも好きみたいで。……なんかね、最近思い出すことが多いらしいの……きっと、体力が落ちていたり色々大変だったから思い出しちゃうんじゃないかなって思って……そう思ったら放って置けなくて」
「……リョウ……グウィンの話、全部聞いたんですか?」
「え……? 全部?」
レンブラントの表情は明らかに先ほどまでの不貞腐れたようなものではない。
ただし、決して安心したというようなものでもなく、むしろ何かを必死で心配しているような、何かを探ろうとしているような、そんな瞳でリョウの目を覗き込んでくる。
真剣な瞳を前にどう答えていいのか良くわからずにリョウが視線を泳がせると。
「……グウィンの……その、結婚相手のことですよ。どんなふうに……別れたのか、とか……」
レンブラントが言葉を濁しながらも尋ねてくるので。
「……え? あ、ああ……そうか、好きだった人って結婚していたのね。……そう、よね。好きだったんだもんね」
リョウがちょっと頰を赤らめて納得したように小さく頷きながらさらに視線を泳がせた。
そうか。
レンってグウィンと仲良かったもんね。グウィンのそういう話、聞いてても不思議じゃないわよね。
そんなことを思って胸の中の小さな動揺を宥めようとリョウが軽く瞳を閉じると。
レンブラントの、片手がリョウの頰に触れた。
「レンは……聞いていたの?」
ゆっくりと目を開けながらリョウが尋ねる。
「全部……かどうかは分かりませんが。前に少しね……」
レンブラントがちょっと意味ありげなため息をつくので。
「そう……。レンにはそういう話もするのね、グウィンって。……私には……ちょっとしかしてくれなかったわ。好きな人がいたことと……相手が人間だったから……今はもう、いないこと……くらいかな」
リョウが目を伏せながら呟くように答える。
……胸の中の小さな動揺の正体が分かった。
グウィンはレンにそういう話も打ち明けてしまうほどに、いつのまにか彼を信頼しているっていうことがわかって……ちょっと寂しく思ったのだ。
それは決して悪いことではないし、むしろ望むところでもあったけど……自分の知らないところでそんな話をしていたのかと思うと、ちょっと取り残されたような気がして寂しい、と思えてしまって。
思わず小さなため息が出る。
「……リョウ」
囁くようなレンブラントの声がして、もう片方の手もリョウの反対側の頰に移動して……気づくと両頬を包み込むように手がかけられてそっと顔を上げさせられる。
そして、そこで心配そうなブラウンの瞳と目が合った。
「リョウには僕がいる。僕がずっとリョウのそばにいるから……ここにいてくださいね」
「……うん」
そんなの当たり前じゃない。
そう思えてしまうので、リョウがつい困ったような笑顔になった。
そんな笑い方が伝染したのかレンブラントもちょっと戸惑うような笑顔を作ってリョウの額にそっと口づける。
「……ね、仕事どうだったの?」
なんとなく気になっていたのでリョウが尋ねてみる。
「ああ、そうですね……。一応片は付けてきましたよ」
レンブラントが小さく息をついて、気持ちを切り替えたのか少し改まった声で答えた。
「元老院の数人と、軍関係者の数人が最終的に拘束されました。処分は追って決めるそうですがしばらくは尋問が続くでしょうね。……それと、彼らに情報提供をしていた診療所のセイジも拘束されましたよ」
「……え? セイジって……あの?」
名前を聞いてぞくり、とリョウの背筋が震えるのはきっと条件反射。
「本当は、あんなことをしでかしたんだからもっと早く処分したかったんですけどね。おそらく今回の件にも関わっているだろうということだったので泳がせておいたんです。だいたいああいう毒物を調合出来る人間なんて限られている。グウィンが食事会を退席した後アルが残って手際よく残った毒物を回収したから良かったですけど、アルが動かなかったらあっという間に残りは無毒化させて証拠隠滅する手はずまで整えていたようでしたよ」
レンブラントがリョウの背中を撫でながらゆっくりと説明してくれる。
「……そう、なの。……え、と……じゃあセイジは?」
「毒物を自ら作って彼らに協力したわけですから……厳罰は厳罰でも……下手したら極刑もあり得るかと思いますよ」
「……!」
レンブラントの容赦ない言葉にリョウが両手で口元を覆って息を飲んだ。
「……リョウ、まさか情けをかける気でいたり、しませんよね?」
レンブラントが訝しげに顔を覗き込んでくるので。
「え……だって……情けをかけるも何も、私が関われる事じゃないでしょう?」
リョウの答えにレンブラントがあからさまに「しまった」という顔をして天井を仰いだ。
で、その仕草に一瞬目を丸くしたリョウに、今度は目を泳がせながら。
「……自分の立場、分かってますか? 守護者って、結構発言力あるんですよ? ……まあ、僕は個人的にリョウが政に関わるのは反対ですけどね。守護者が元老院や司に意見するのは不適切とは見なされないはずです」
「え……そうなの?」
やだ。そんなこと考えたこともなかった。
でも、極刑って……死刑、よね。セイジの考え方とその行動の仕方には問題があるけど、実際に死人が出たわけじゃないしそこまでしていいものか、と言われるとちょっと疑問。
そしてそれを止められるのが自分だけなんだったら、止めた方がいいんじゃないかという気もする。
「尋問の間とかに……面会とかって出来るの?」
リョウが小さな声で尋ねると、レンブラントがあからさまなため息をついた。
「……まぁ、そう言い出すんじゃないかとは思っていたんですよ。だから敢えて教えなくてもいいんじゃないかと思っていたんですがね。……出来ますよ、面会」
「あ……それなら」
「ただし」
リョウが背筋を伸ばして声を上げたところですかさずレンブラントが釘をさすように静かに言葉を続けた。
「僕とアルも同席します。リョウがあいつにどんな目に遭わされたかを考えたら、リョウ一人で、もしくは他の者を同席させるわけにはいかない。良いですね?」
「う……ん……ありがとう」
リョウには二人の気遣いが痛いほどわかるので、もう頷いてしまう。
アルもレンも、私のことを気にかけている。セイジに会ったりしたらまた私が不安定になってしまうかもしれないという懸念。そんなことが明らかにわかるので。
うん。
甘やかされているのは重々承知。そして、それに乗っかってしまおう。
だって、自分とちょっとでも関わった人が知らないところで死ぬのは、きっとひどく後味が悪い。
そういう私の気持ちにも配慮した上で、そこに関われるという可能性を教えてくれてもいるのだろう。
そんなことにも思い当たって、リョウはちょっと気持ちを落ち着かせるべく深呼吸してみる。
で。
「食後のお茶、まだだったわよね?」
「……え?」
一瞬固まったレンブラントの膝の上からリョウが滑り降りる。
だって、夕食だってゆっくり食べるというよりそこそこ食べたかどうか、という程度でここまで連れてこられてしまった。まだ、お茶だって淹れてない。
リョウが台所に降りていくとハンナが片付けをしていたので、隣でお茶の準備をさせてもらってお茶請けに残りのパンを使いながら意味ありげに微笑んでくるハンナをかわした。
意味ありげに……まあ、そりゃそう、なのである。
何しろ意味もなくレンブラントがしっかりくっついてきている。「お茶の準備は私がするから部屋で待っていて!」と言ったところで諦めてはくれなかった。
そしてめちゃくちゃ邪魔なことにちょっと作業の合間に立ち止まると背後から腰に手を回してきて肩越しに手元を覗き込むとか……もう、非常に恥ずかしかった。
意外におにぎりが残ってしまっていたのでお茶請けを作るついでにこちらにも一手間加えておく。
冷めて時間が経ったおにぎりには味噌と調味料を混ぜたものを表面に塗って軽く焼き色をつける。これなら後でお茶漬けにして崩しながら食べても美味しいはず。
そんな感じに作ったものをハンナに頼んで、もしグウィンが夜にお腹が空いたと言うようなら出しておいてもらうことにする。……何しろ夕食も少し早めの時間だったし、結局は比較的軽めだった。あれだけ回復していたらもっと普通の食事でよかったのではないかと思えたくらいだ。
そんな様子を見ていたレンブラントが焼き色がついたおにぎりに手を出して来たが、リョウもそこは「まあいいか」と見逃すことにして。……熱々を食べるのが一番美味しいと思うしね。
二つのカップが乗ったトレイをレンブラントに持ってもらい、リョウは簡単なお茶請けを乗せた皿を持って寝室に戻り。
「……すごいですね。こんなにあっという間に作ってしまうなんて」
早速テーブルにカップと皿が並ぶとソファに腰掛けたレンブラントが満面の笑みになる。
「思いつきで作ったから味の保証はないけど……見ていたハンナが何も言わなかったところを見ると、きっと不味くないと思うわよ」
ふふ、と小さく笑いをこぼしながらリョウがレンブラントの隣に座る。
残り物のパンはスライスして少し乾燥してしまっていたのでそこにバターと砂糖を混ぜたものを塗って小さく切り分けて軽く焼いてみた。焼き色をつけるというより低温でさらに水分を飛ばすくらいの焼き加減。全部同じ味はどうかとも思ったので半分には甘い香りのスパイスも混ぜてみて。
なのでお茶は、スパイス入りのミルクティー。ポットで用意するのではなくて大きめのカップに注ぎ切れる量で作った。
レンブラントが嬉しそうに一つとって口に運ぶとカリリと軽い音がする。
それを見届けてからリョウも一つ、手に取る。
うん。一度溶けたバターがちょっと染み込んで、砂糖がいい感じに表面をコーティングするように固まっている。イメージ通り……!
「美味しいですよ」
レンブラントの目がうっとりと細められた。
「良かった! レンに試作品を出すことなんてそうないものね。……あ、こないだチョコレートは食べてもらったっけ」
セリフの後半はちょっと思い出しながらリョウが呟く。
失敗したケーキを使ったチョコレート菓子は割と評判が良かった。
とはいえさすがに全部をチョコレートに混ぜ込むわけには行かず、ハンナが小さく切ったケーキをクリームで和えてデザートに出してくれたり、甘く煮た林檎と混ぜてパイの具にしてくれたりと、結局ハンナのお世話にはなったのだが。
「……リョウの試作品は僕が最初に食べます」
リョウが色々思い出しながらミルクティーを口に運んだところでレンブラントがおもむろに、なにやら決意を固めた! というような口調で宣言するので。
「……だって、レンは昼間は家にいないでしょ? 試作品ってだいたい作るのは午前中だから無理よ?」
リョウが半分吹き出しながら答えると、途端にレンブラントが不機嫌そうに口許を歪める。
「……でも最初がグウィンなのは嫌です」
……子供か!
思わずリョウは目を丸くした。




