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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
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影に触れる

 

 昼食は遅めだったとはいえ、消化の良さそうなものを出した。

 量だって男の人にしては少ないくらいの量だった。

 ……ということを考えると。

「ちょっと早いけど……まあ、いっか」

 少し暗くなり始めた窓の外に目をやりながら、台所に立つリョウが独り言を呟いた。

 グウィンの夕食の支度を始めてしまおうと思ったので。


「リョウ様、グウィン様の部屋のカーテン、戻しておきましたわよ」

 ハンナがそう声をかけながら台所に入ってきた。

「あ、ありがとう」

 さて、何から手をつけようか、なんて考えていたところなのでそのまま笑顔で振り向いてみて。

「よく眠っておられましたし、顔色もだいぶよろしいようでしたのでそのまま出てまいりましたが……お夕飯の用意でございますか?」

 丁寧にグウィンの様子まで報告してくれるハンナがリョウの手元を覗き込む。

 リョウの手元には朝の残りのご飯が少しと昨日の残りのパンも少し。

 ご飯はまたお粥を作るかな、なんて思ったので全部おにぎりにするのではなく少し取り分けておいた。パンは……単に使い切れなかっただけ。

「お粥ほどじゃ無くても大丈夫だと思うから……野菜と一緒にスープで煮込んでみようかな」

「そうですわね。でしたらミルクで煮込んでみてもいいかもしれませんわね」

 なんてハンナが提案してくれるので。

 少し濃いめに味付けをして一旦野菜を煮込んだ後、ミルクとご飯を加えて一煮立ち。で、一品。

 昼食に作った茶碗蒸しが好評で、ハンナがつくり方を知りたいなんて珍しいことを言っていたのを請けて夕食用にも作ることにしていたのでグウィン用にも作って。

 デザートには林檎をスパイスを入れた葡萄酒で甘く煮た物にクリームをかけて持っていくことにした。



 リョウがトレイを片手にドアを軽くノックする。

 ……もしかしたらまだ寝ているかもしれないしね。なんて思いながら。

「ああ……どうぞ」

 そんな声がするのを確認してそっとドアを開ける。

「……寝てた?」

 まずは中を覗き込むようにドアのところから顔だけ出して声をかけると。

「ああ……大丈夫だ。今目が覚めたところだった」

 そんなことを言いながらグウィンが体を起こしてベッドの上に座った体勢になった。

 体の動かし方がかなり滑らかになっているのが見て取れてリョウが安堵のため息をつきながら歩み寄りサイドテーブルにトレイを置いて、グウィンの背中に当てている枕の位置を軽く調整する。

「気分、どう? 食べられる?」

「ああ……だいぶまともに腹が減るようになったな。それに……なんだか随分美味そうだな」

 グウィンが脇に置かれたトレイに目をやりながら、ふ、と笑みを作った。

 それなら良かった、と、リョウがグウィンの膝の上にトレイを移す。



「……これ、お前が作ったのか?」

 ふと、食べる手を止めてグウィンがリョウの方に目をやりながら声をかけてくる。

 ……あ、しまった。近くで見ていたら食べにくかったかな、なんて思いながらリョウが目をそらして「そうよ」と肯定の返事をする。

 で、返事をしてから、あ、美味しくないとかだったらどうしよう、と思い当たって改めて眉間にしわを寄せながらグウィンの方に目をやる。

「……ああ、ちゃんと味わって食べてるぞ」

「……え?」

 なんだか変な返事が帰ってきたような気がしてリョウがさらに眉間のしわを深くした。

「あ……いや。間違えた……」

 途端にグウィンが顔を赤くして目をそらしたので。

「えーと……前にご飯作ってくれた人?」

 なんとなくそんな気がして、つい口から言葉が出てしまった。

 食事をしているグウィンを見ていると、なんだかやけに素直な子供のような印象を受けていた。食べ方が子供っぽいとかそういうことではなくて、なんだか素直におとなしく食べるな、と。

 前に一緒に旅をした時のグウィンはこんな目をして食べることはなかったような気がする。美味しいものに夢中になっているような、そんな目だ。

「……ああ、そうだな。……よく、ちゃんと味わって食べろと注意されたもんで、つい、な」

「なにそれ? ……どういう食べ方していたのよ」

 決まり悪そうに視線を逸らしながらそんな説明を加えるグウィンにリョウが小さく吹き出しながら聞き返す。

「あ、いや……あいつの作る料理も美味くて。……つい嬉しくて次々にかっこんで食べるもんだから怒られるんだ」

「……へー」

 ……うわぁ。

 絶対に想像できないんだけど。グウィンがそこまで嬉々として食事をする姿とか、それで注意されちゃうとか。

「なんだかここ最近あいつの夢ばっかり見るんだ……お前の作るもんはなんとなくあいつが作る料理に似ているから……そのせいかもしれん」

 静かにぽつりぽつりと話し出したグウィンの様子にリョウは内心目を見張る思いなのだが。

「……その人、今はどこに?」

 なんとなく過去形ではなく現在進行形で語られているような気がしてリョウが静かに尋ねてみる。もしかしたら、どこかでグウィンの帰りを待っているのかもしれない、なんて気がしてしまって。

「え、あ……ああ。いや……昔の話だ。もういない。……あいつは竜族じゃなかったからな」

 グウィンがふと我に返ったように口許に笑みを作った。

「あ……! そう、だったの……。ごめんなさい」

 なんとなく事情を察してしまいそうになってリョウが小さく謝る。

 現在進行形なのはグウィンの「想い」だ。そんな気がしたので。こうなるとどこまで踏み込んでいいのかわからない。

 慌てるように視線を下げたリョウにグウィンが小さく笑いを漏らした。

「ああ、言い出したのは俺の方だ。……気にするな」

 そう告げるとスプーンを再び口に運んでゆっくり味わうようにして少し間をおいて。

「昔、な。俺も若かったし……あんまり先のことなんて考えずに……あの頃は自分の気持ちだけを優先するような生き方をしていたんだ、今思えば。……あいつのことも……もっと考えてやったらよかったんだろうな……」


 どきり、と。

 リョウの胸が痛んだ。


 ゆっくりと話し出したグウィンの声に引き寄せられるようにそろそろと上げた視線の先で捉えたその横顔。

 そのグウィンの瞳が一瞬ガラス玉のように見えて。

 なんの感情も映さないような、作り物めいた瞳。黒い黒曜石のような瞳は、こんなにも無表情になることなんてあったんだ。

 いつもはもっと、絶え間なくなにかしらの表情があったのではなかったか。

 感情がない……ううん、違う。

 たぶん、深い感情が込み上げてきて、それが多すぎて表情に「ならない」のだ。


「その人のこと、本当に好きだったのね」

 数少ないグウィンの言葉からは得られる情報があまりにも少なくて、そして話の内容からして下手な相槌は打てないし興味本位で色々聞き出すわけにもいかず……リョウはちょっと慎重に言葉を選ぶ。

「……好き? ……ああ、そうだな。……好きだったんだ」

 ふ、と。グウィンの瞳に表情が戻った。

 柔らかく目を細めて、遠くを見るような、懐かしむような、何かを……愛おしむような。

「幸せ、だったの?」

 ゆっくり言葉をつなぐように問うリョウに。

「……そう、だな。幸せだったと思う。……少なくとも一時はな」

 こちらを見るでもなく表情を変えるでもなく答えるグウィンに、それでもリョウはふっと心が軽くなる思いだった。

 ああ、幸せだったのなら……良かった。

 そう思えたので。

「そう……良かった……」

 思わず視線を落として呟いた。

 と。

 声もなく、グウィンがこちらを向いた気配がしてリョウが顔を上げる。

「……良かったと……思うか?」

 それは責め立てるような口調でも表情でもなく、ただ、確認するだけのような返事で。

 いや、もっと言うとその瞳はもう一度それを肯定してほしい、とでも言いたげなすがるようなものにも思える。

「え……うん。そうね。……だって少なくとも、想いは通じ合っていたのよね?」

 そういう意味にとってしまっていたのだけど。

 と思いながらリョウはつい確認の意を込めて目をそらすことなく尋ねてみる。

「ああ……初めは……いや……そうだな。結局のところ最後まで……お互いのことを想ってたってこと、なんだろうな」

 なにやら複雑な表情(かお)で深いため息を交えながらぽつぽつとグウィンが答えるので。


 それなら。と、リョウは思う。

 だって、私の想いはクロードに応えてもらうことはなかったし、クロードの想いは私の知るところとはならなかった。彼がいなくなってもうずっと経ってからそんな彼の想いのかけらを拾い集めてようやく推測出来たようなものだ。

 一番大事な想いだったのに、一番近くにいながらにしてそれを知ることも出来ずに、自分の想いだけ押し付けがましく抱いていた、なんてことに比べたら、それはもう「良かった」としか思えなくて。


「気持ちが通じた時の嬉しさって、かけがえのないものだと思うのよ。それをちゃんと味わえたのなら……幸せなんじゃないかって思ったのよ。……でも……そうね。ごめんなさい。別れなきゃいけないのは……やっぱり辛いわよね」

 遺された者にはきっと沢山の想いがまた、残るのだ。それを抱えて生きていくのはきっと重い。沢山の後悔と、伝えきれなかったと後で気付く想いを、思い知らされながら生きていくのは……きっと、すごく、辛いことなのだ。

「……ありがとな」

 ふと、柔らかい声に徐々に下がっていたリョウの視線が上がる。

 思いの外、グウィンがちょっと吹っ切れたようなすっきりとした目で微笑んでいた。

「なんだか……お前は凄いな。そんな風に言われると本当にそうなんじゃないかっていう気がしてくる」


 そう言って食事を再開したグウィンは取り繕っているとは思えないいつも通りの様子で、リョウの方がちょっと拍子抜けしたくらいだった。

 ただ、美味しそうに食べてはくれても具体的な味の感想はもう言葉にしてもらえなくて、なんとなくその理由も察してしまうのでリョウは思わず目をそらし、ついでにベッドの側も離れて暖炉に近づく。

 まだ体力が完全に回復していないなら多少は寒いかも知れない。

 そんな気がして、ちょっと力を使って火を入れる。部屋が暖まる程度を目安に炎のサイズも調節してみて。……気分的に暖炉で火を点けたけど、燃えるものが無くても火は維持できるのでくべてある薪は一向に燃え尽きない。だって後で足すの面倒くさそうだし。薪が燃えているように見える、という「気分」が大事だと思うので。


「……便利なもんだな」

 くすりと笑いながら声をかけてくるグウィンの口調は、もういつも通りのように思えた。

「うん。……便利、よね」

 暖炉の前にしゃがみ込んだリョウは視線を炎に向けたままポツリと答える。

 なんだかいつも通りのグウィンをまともに見たら涙が出るんじゃないかと思えてしまって。


 そんなリョウを眺めるグウィンもまた、リョウがいつものように笑顔を作って歩み寄ってくるのではない様子に彼女の心境を察してほんの少し感謝の思いを抱いたりしている。

 今自分がどんな顔をしているのか、ちょっと想像がつかないくらい……我ながら取り乱しているのかもしれない。

 なにも、よりによって、あの話をリョウにすることはなかった、と後悔の念が頭をもたげる。

 今、現時点で人間との婚姻を結んでいるリョウに。

 うっかり全部話しそうになって「あいつ」がどうやって死んだのかだけは話すのを思いとどまった。なぜ「あいつ」が死んだのか、なんて話したらリョウは間違いなく確実にレンブラントと自分の関係に重ねてしまうだろう。

 そんなこと、リョウは知らなくていい。

 でも。

 全てを知っているわけではないリョウの言葉は、それでもなぜか重みがあった。

 あんな風に静かに笑みを浮かべて、噛みしめるように一言一言を大切そうに紡ぎ出すリョウの表情は、なんだか胸に沁みた。

 今までだったら下手に慰めようと気を利かせてくる奴には「あいつのことを知りもしないくせに」と苛立ちさえ感じることがあったくらいなのに、なぜかリョウの言葉は物足りないとさえ思えて、もっと聞きたくなってしまった。

 つい先日も、体が弱っていたせいか柄にもなく弱気になっていたところにリョウが押しかけてきてうっかり抱きしめた。あれだけでもかなり気分が落ち着いたものだった、なんて思い出して……再びリョウをこの腕の中に抱きしめたいという衝動に駆られたところでリョウが席を立った。……よかった、と思う。


 こちらを振り向きもせずに暖炉の炎を見つめるリョウの背中を見ながらグウィンがこっそり小さくため息をついた。

 こんな想いはリョウに知らせる必要はない。……少なくとも、今のリョウには。


 

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