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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
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過去の 影

 グウィンの部屋から外したカーテンは洗濯室のハンナが引き受けてくれたのでリョウは取り敢えず昼食の仕込みをしようと台所に入った。

「今日は夕食も私が作れるから一緒に何か仕込んじゃおうかな」

 なんて独り言を呟きながら。

 

 まずは消化のいいもの……油は避けたほうがいいわよね。あと脂身の肉も止めることにして。

 まず野菜を刻んで煮込んだスープを作る。

 それから……お米、あったはず。

 以前作ったおにぎりが好評でたまに作るからコーネリアスが時々仕入れてくれるのだ。あれでお粥を作ってあげよう。卵を入れて……茹でた鶏肉か白身の魚があればほぐして入れてみようかな。お粥は食べる前でいいとして混ぜられそうな具材の準備をしておくことにして。

 卵って栄養価が高いのよね。卵を使った料理、他にも作っておこうかな……あ、パンプディングか。あれなら消化も良さそう。カラメルソースじゃなくて果物系のソースにしてみようか。

 さっぱりしたものがいいようなら果物も少しカットして出したらいいわよね。

「……あ、なるほど……」

 リョウがふと手を止める。

 油や肉を使わない、あっさりした食事を準備しようとすると、手間がかからないものばかりになるんだ。今から準備し始めるのはちょっと早すぎたかもしれない。

 取り敢えずパンプディングだけ作って、あとは下準備だけにしておこう。

 

 

 ある程度下ごしらえをしてふと気づけばお昼。

 なのでいつも通り、台所の隣の部屋にハンナとコーネリアスとの昼食の支度を運んで、グウィンのためのお昼ご飯を整える。

「あら、リョウ様。こんなにたくさん用意なさったんですか? 私どもの食事はお気遣いいただかなくてよろしかったのに」

 ちょっと早いかな、くらいの時間に仕上がった昼食を隣の部屋に運んでしまったところでハンナが台所に入ってきて声をあげた。

「あ、いいのよ。ついでだったから。それに……想定外の事情により……ですね、メニューがちょっと特殊な感じになっちゃったの……」

「……はい?」

 リョウが視線を泳がせながら言葉を濁すと、ハンナが眉間にしわを寄せて首を傾げた。

 つまりは。

 久しぶりに米を扱うことになったリョウ、お粥を炊くに当たって水の分量がまずわからなくなり、一旦普通に炊いたものをお粥にすべく、普通にご飯を炊いてみたのだが。

 どうせ普通のご飯を炊くならみんなの分の量を炊いてしまえと、まとめて炊いたところ人数分の量がまたしてもわからなくなり……多く炊きすぎてしまった。

 で、冷めても美味しいだろうと思われるご飯の食べ方って、やっぱりおにぎりくらいしか思いつかず、ふと気づくと20個を越すおにぎりを作ってしまい……。

 ここまでおにぎりがあるならと、卵焼きとか味噌汁とか、干物の魚を焼いたものに茶碗蒸しなんて……なんだかかなり東方色の強いメニューが出来上がってしまっていた。

 ……これ、料理の説明しないとハンナとコーネリアスは食べられないんじゃないかな……っていうくらいのメニューにリョウは我ながら苦笑してしまう。

 

「……これは……珍しいメニューですね」

 一応ハンナにそんな昼食メニューの経緯を説明したところでコーネリアスが仕事を終えて部屋に入ってきて声を上げる。

「あ、えーと、ね」

 再び説明しようとリョウがコーネリアスに視線を向けると、意外にもコーネリアスは目を輝かせて懐かしいものを見るような目をしている。

「東方の食生活を思い出します。ああやはり、味噌は買ってきておいて正解でしたね」

 なんて感想を口にしてくる。ので。

「え、コーネリアスってあっちの食生活も知ってるの?」

 リョウが思わずまじまじとコーネリアスの目を見つめてしまう。

「あ……ええ、まあ……そうですね」

 途端にコーネリアスが気まずそうに目を泳がせはじめ。

「この人、こう見えていろんな土地で経験を積んでいるんですよ」

 おっとりとした口調でハンナが口を挟む。

「あら、そうなのね。……やぁね、別に隠すことでもないと思うけど」

 リョウは再び笑顔を作った。

 

 コーネリアスやハンナの過去は知らないことだらけだ。

 彼らが特に話したがる様子がないのであえて聞き出そうとも思わないし、今の二人を見る限りなんの問題もないからそれでいいと思っている。

 でも、こんな風にちょっとした共通点が発見されるとなんだか嬉しい。

 きっと、仕事に真面目なコーネリアスのことだ。

 以前仕えていた屋敷について話すということは、以前の主人のことやその待遇についても話さざるを得ないということになるだろうし、この家と無意識に比較してしまう私たちが気まずい思いをすることだってあるかもしれない。逆に中にはあまり良くない話や楽しくない話もあるかもしれなくて、そういうことに触れてしまわないように敢えて何も言わない方向に心を決めているのではないかと思えたりもする。

 そう思うとリョウもあまり深くは聞かないように話題や雰囲気を切り替える癖がついてきていた。

 

 

 三人で昼食を終えてからハンナとコーネリアスが仕事に戻るのを見届けて、リョウがグウィンの部屋に向かう。

 朝食が少し遅い時間だったので昼食の時間も少し遅らせてみた。

 開け放った窓からはきっと心地よい風が入ってきているだろう。

 外の気温も心地よく、あの部屋は日差しがよく入るはずだから気持ちよく眠れているかもしれない。

 なんて思いながら簡単な食事を乗せたトレイを左手でキープしながらドアをノックする。

「……ああ……リョウ、か?」

 中から控えめな返事が聞こえてリョウがちょっと目を輝かせてドアを開けた。

「あら、凄い。わかったの?」

 ドアを開けた途端、気持ちのいい風が吹いてリョウの頰を撫でていく。

 グウィンはベッドの上に身を起こしており、リョウがサイドテーブルにトレイを置くのを微笑みながら見守って。

「……ああ、気配というより……推理的な発想だな」

 と自嘲の笑みを浮かべる。

「ノックの仕方だ。……なんとなく人によって違うもんなんだな、と思って」

 そんなセリフにああ、なんだそうか、とリョウがちょっと肩を落とす。

「……食べられそう?」

 一度置いたトレイから皿を取り上げてベッド脇にある椅子にリョウが座る。

「へぇ……卵粥か。美味そうだな。……もう、自分で食べられるぞ」

 そんなグウィンの言葉に食べさせる気満々だったリョウが肩透かしを食らってちょっとムッとした顔になる。

「……なによ。無理しなくていいのに」

 なんて文句を言いながら手にした皿とスプーンを手渡してみて。

「無理なんかしてない。……だいたいお前に食べさせてもらったなんて言ったらレンブラントのやつに後でどんな目にあわされるか……」

 ブツブツ言いながら安定した手つきでスプーンを持つグウィンを見ながらリョウが安堵のため息をつく。

 ああ、この感じなら大丈夫そう。無理してるんじゃなく、順調に回復しているように見えるし。

 トレイにはパンプディングもある。デザート用にベリーのソースをかけてみた。

 しっかり食べて、休んで、体力をつけてもらおう。

 

「……なんだ?」

 卵粥を半分ほど食べたところでグウィンがリョウの方に目を向ける。

 なんとなく食べる様子を見守ってしまうリョウの視線が気になっている様子だ。

「え、あ……ううん。なんでもない。……美味しい?」

 ついどぎまぎしながらリョウが尋ねる。

 そうよね。食べてるところを凝視されるのっていい気持ちはしないわよね。……でもちゃんと食べられるか心配だし。

 そんなことを思ってしまうので視線をそらす気はさらさらなく。

「……ああ、美味いな。……これ、出汁なんか取ってるのか?」

「あ、そんなことまでわかるの?」

 グウィンのセリフにリョウが目を丸くする。

 出汁というのは東方の、しかも東方でもかなり限られた地方での文化だ。

 たまたま手に入れていた鰹節があって、乾燥させた昆布なんてものがあったので味噌汁用に出汁をとって、その残りをお粥を作る際に使った。

 鰹節は削るのが大変なので前に買った一回こっきりでもう買い足すつもりはなく、東方の食材を扱う市場にある出汁用の干した小魚を次からは買ってこよう、なんて思っていたのだが。

「お前……本当に料理出来るんだな」

 グウィンが独り言レベルの声量で呟いた。

 独り言レベルの声量とは言っても部屋には二人しかおらず、しかもこんなに近くにいれば聞き落とすなんてこともない。

 なので反射的にリョウはグウィンを睨みつけるような目つきになってしまうのだが。

「グウィンだって、料理詳しいじゃない。ケーキの作り方なんかも知ってるし……まさか自炊できるの?」

 最後は冷やかすような口調でニヤリと笑って言ってみる。

「え? あ、ああ……自炊、な。……やろうと思えば出来るんじゃないか? いや……まぁ……やらんだろうがな」

 そう言うと皿に残った卵粥を再び口に運ぶ。

「……お料理上手の恋人でもいた?」

 思わず口をついて出てしまってから、リョウは「しまった」と思った。

 自分からこういう話題を振るのはやめておこうと思っていたのに。

 ちょうどそのタイミングで新たな一口を口に運んだグウィンがやけにゆっくりその一口を味わうかのようにして飲み込んでから視線をリョウの方に向けた。

「……気になるか?」

「え……! あ……いや、別に!」

 慌てて前言撤回でもするような勢いでリョウが声を上げる。

「別に、グウィンにどんな過去があるとしても私がどうこう言える立場じゃないし! 立ち入ったことを根掘り葉掘り聞くつもりもないわよ!」

 心なしか慌てふためいてしまうのでつい言葉を重ねてしまう。

 と、グウィンがわずかに目を細めた。

 それは微笑ましいものを見たという表情とも、過去を懐かしんでいる表情とも取れるような、とても微妙な表情で。

「……まぁ、いいさ。そのうち……いつか話してやるよ」

 くすりと笑みをこぼすグウィンと目が合う。

「ふーん……」

 曖昧な返事をしながらリョウは。

 まぁ、良かったかな、なんて思う。

 立ち入ったことを聞き出したところでなんの責任も持てないし、かといって「お前には関係ない」なんてはっきり言われるのも傷つく。……とても自分勝手なのはわかっているけど……でも、他人の過去に触れるということはそういうことだ。自分はグウィンにとってそういうことが許される存在ではないだろう、と思うので自分のあるべき位置をつい探ってしまう。

 

「窓、そろそろ閉めておこうか? カーテンも今日中には戻せると思うけど」

 たわいもない話を少しして、デザートのパンプディングを食べているグウィンにリョウが声をかける。

 食べているところを凝視するのも申し訳ないので窓辺に歩み寄り、窓の外に目をやりながら。

 今日も相変わらず穏やかないい天気だ。

 この感じならさっき外に干されていた洗濯物もよく乾くだろう。

「ああ、いや。窓はまだ開けておいていいぞ。なんだか風が気持ちいいしな。……これなら嫌な夢にうなされることもなくゆっくり休めそうだ」

 後半のセリフはほとんど聞き取れない程度の小さな声だった。

 

 

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