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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
56/207

グウィンの計算

 いまにも泣きそうなのに涙は溢れない。

 叫びたいくらいの衝動に駆られているのに、声は喉から絞り出さなければ出てこない。

 目の前の、「都市の司」の「息子」を睨みつけてやりたいのに、目に力が入らない。体にも、力が入らない。立っているのがやっとだ。

 

 だって、相手は、夫、なのだ。

 

 そんなリョウを驚いたように見上げていたレンブラントが。

「馬鹿なこと言わないでください!」

 びっくりするくらいの声量で叫んで、立ち上がり、リョウを抱きしめる。

「僕が……僕が、リョウの敵になるわけがない! リョウのためならこの命だって惜しくないのに! ……リョウが大事に思うグウィンを傷つけようなんて、思ったこともない!」

 耳に響くレンブラントの声はリョウが間違いなく望んでいたものだ。

 そう言って欲しいと願っていたもの。

 

 なのに、体が動かない。

 声が出ない。

 頭が回らない。

 そして……体の力が抜けた。

「リョウっ?」

 レンブラントの声がする。

 ああ、いつもの落ち着いた声じゃなくて、明らかに取り乱した、声だ。

 

「リョウ! ちゃんと息をして! 駄目だ! ……リョウ!」

 ……息?

 あれ、なんの話だろう。

 リョウはのろのろと考えていた。



 

 ぼんやりとした視界。

 ……あれ、なんだっけ?

 なんて思いながらリョウが目を開けた。

 ……目を、開けた?

 という事は私、眠っていた?

 なんだか酷い夢を見たような気もする。

 目の前に必死の形相のレンブラント。

 頰にレンブラントの手が添えられてこちらを覗き込んでいる。

「……レン?」

 ぼんやりしたままリョウが目の前の夫の顔を見つめる。

「大丈夫、ですか?」

 どことなくほっとした様子でレンブラントが囁き、頰に口づけて、改めて両腕で抱き締められる。

 その腕にもかなりの力が込められていき、身動きができない。

 ふと、リョウが周りを見ると、応接間のソファに横になった体勢から上体だけ起こして、同じソファに浅く腰掛けたレンブラントの腕に抱き締められている。

 自分がいる場所を認識すると同時に記憶が蘇る。

 

 ……そうだ、グウィン!

「レン! グウィンは?」

 リョウが我に返ると同時に声を上げた。

「大丈夫。アルが診てます。……まださほど時間は経ってないですよ」

 耳元で囁かれる声はいつも通り落ち着いた声で、リョウの気持ちも少しだけ落ち着く。

「……そう、なの? あ、じゃあ、私、見に行かなきゃ。レン、離して。私、グウィンのそばに居たいの」

 気持ちが落ち着いたのはいい。いいんだけど、感情が全くついてこない。

 そんな感じで、口から出る言葉にはなんの感情も乗ってこなかった。力のない、そして抑揚すらない、そんな言葉。

 そんな危なげな口調にレンブラントが一瞬息を飲んで、慌てたように少し身を離し、リョウの顔を覗き込む。

 腕を完全に緩めたら、するりと抜けて歩き出しそうなので片腕は背中に回してリョウの体を抱いたまま、もう片方の手をその頰に添えて上を向かせて。

「リョウ……大丈夫、ですか? ……リョウっ?」

 上を向かされた拍子に、表情のないリョウの目尻から涙が溢れた。

 そんな様子にレンブラントが慌てる。

「リョウ……大丈夫! アルが診てるんだから、グウィンなら大丈夫ですよ。……大丈夫!」

 目を合わせようとしても一向に焦点が合わないリョウにさらにレンブラントが慌て始め、同じ言葉を繰り返す。

「だって……アルは、人間のお医者様、でしょう? グウィンを、任せてはおけない……ねぇ、レン、離して」

 抑揚のない声が淡々とリョウの口から出る。

「大丈夫ですよ。……だって、リョウが行ったところで何をしてやればいいかなんて分からないでしょう?」

 優しく諭すようにレンブラントが言い聞かせながら、頰に流れる涙を指先で拭うのだが拭ったそばからまた流れだすのでその目尻に優しくキスをしながら頭を撫でる。

「分からないけど……でも……行かなきゃ」

 そんな、実質的に意味が無いようなやり取りをしていると、ドアが開く音がした。

 

「リョウ、グウィンのところに行ってもいいですよ」

 アルフォンスが開けたドアのところで声を掛けてくる。

 その声に弾かれたように、リョウがレンブラントの腕を振り切ってソファから立ち上がった。

「リョウ!」

 今まで体から一切の力が抜けていたようなリョウのいきなりの動きにレンブラントが驚いて立ち上がり声をかけ……腕を伸ばした。

 なんとなれば、一歩踏み出したリョウの体が前のめりに倒れこみそうになったので。

「……レン、駄目。離して、私、行かなきゃ」

 抑揚のない声のまま自分の体に回された腕を振りほどこうとしているらしいのだが、リョウの腕には全く力が入っておらず、体を支えていないと膝から崩れてしまいそうなくらいだ。

「レン、連れて行ってあげなさい」

 アルフォンスが眉間にしわを寄せたままリョウの様子を観察してからレンブラントに声をかけた。

 

 

「……よう。心配かけたな」

 レンブラントに体を支えられながらドアも開けてもらって、リョウが一歩部屋に踏み込むと同時にそんな声が掛けられた。

「……グウィン……?」

 呆然としたまま顔を上げたリョウにグウィンがベッドの上に上体を起こした体勢のままニヤリと笑いかける。

「なんだリョウ、酷い顔してるな」

 ……いつも通りのグウィン、だ。

 そう思った途端、リョウがレンブラントの腕を振り切って勢いよくベッドに歩み寄る。

「毒を……毒を盛られたって聞いたけど、大丈夫なのっ?」

 もはや歩み寄る、というより詰め寄る、といった雰囲気だ。

 ベッドの脇まで行ってそのまま大きめのベッドに上がり込み、勢いでグウィンの胸ぐらを掴む。

 グウィンの血で汚れた服はすでに片付けられており、新しい寝間着に着替えられている。

「……あ、ああ……大丈夫だ。悪い、心配かけたな。……一応これでも、計算通りだったんだ」

「計算って……何よ、何を計算したのっ? びっくりしたじゃない! ……死んじゃったらどうしようかと……っ!」

 決まり悪そうに告げるグウィンにリョウが掴みかかった勢いで問い詰め、途中から涙で声を詰まらせた。

「え……うわ、リョウ……ごめん。悪かった……! 俺なら大丈夫だ、ごめん……」

 思っていた以上にリョウが取り乱しているのを認識してグウィンが慌てる。

 途中から声のトーンを落としたグウィンが胸元でしゃくりあげているリョウの体をそっと抱き締め、頭を撫でる。

「心配してくれたんだな……ごめんな。……もう大丈夫。悪かった……リョウ、分かったから泣くな」

「……その計算については僕にも説明をいただきたいですね」

 困り果てたようにリョウを宥めるグウィンにゆっくり歩み寄りながらレンブラントがちょっと怒ったような声をかけた。

 いや、その実、相当怒っている。声に現れないように相当抑えているのだ。

「え……あ、ああ、そうだな」

 レンブラントの怒り加減を察したグウィンがちょっとおどおどした様子で背筋を伸ばした。

 ので、リョウがつられて顔を上げると。

「レンブラント、そこの引き出し、開けてみてくれるか?」

 グウィンが顎で指すのはベッドの脇のサイドテーブル。その天板の下は引き出しになっている。

 レンブラントが言われた通りにその小さな引き出しを開けると。

「……何ですか、これ……薬?」

 引き出しには小さな紙の包みがキレイにに立てて並べてある。手前半分ほどがなくなっているところを見るとそのへんは使用済み、ということか。

 レンブラントにはちょっと見覚えのあるものだった。

 アルフォンスが昔から処方してくれる煎じ薬はこんな感じに紙に包まれているものだ。だから見てすぐに「薬」という発想が出た。

 なのでなんとなくそのうちの一つを手に取ってグウィンとリョウの方に戻ってくる。

「……薬……? あ、それって……」

 リョウがその包みを見て小さく声を上げる。

 引き出しを開いたときに知っている匂いが広がった。そしてレンブラントが持ってきた包みからも、確実にその匂いがする。

 ここ最近、ずっと気になっていたグウィンの匂いだ。

「……竜族の、体質を劣化させて人に近づける薬だ。ここに来る前から毎日飲み続けていてようやく効果が出てきたところだったんだ。最近は人の気配を感じ取るのにもだいぶ感覚が鈍くなっていたし、体力もかなり落ちてきていたからそろそろけしかけられてもいいんじゃないかと思って、食事会の誘いを受けたんだ。向こうもしばらく断り続けていたところでようやく実現した貴重な機会だからやることはしっかりやってくるだろうと思っていたし、こちらは大体想定していたことだ」

「……なにそれ……」

 リョウが絶句する。

 竜族の体質を劣化させる薬……って、そんなの、言ってみれば「毒」じゃない。

「そんなものを……ずっと飲んでいたんですか……?」

 レンブラントも愕然とした顔で呟くように問いかける。

「ああ、グリフィスから手紙をもらってな、もしかしたらその手の疑いをかけられるかもしれないっていう事だったから……まぁ、せっかくだから徹底的に敵の裏をかいてやれってことになったんだ。俺もたまたまそういう薬を作っている知り合いがいたもんだから利用できるもんは利用したわけだ。……お前さんたちに話さなかったのは計画の途中で心配され過ぎないように敢えて黙ってた。悪かったな」

「そんな……だって、じゃあ知っていたのはグリフィスだけ……?」

 リョウがグウィンの顔を覗き込むようにしながら尋ねる。

 だって、言ってみればそんなの「毒」だ。

 そんなものを毎日飲み続けていて、本格的に取り返しのつかないことになったら……いつもグリフィスがそばにいるわけじゃないんだから、グウィンが危ないじゃない! ……グリフィスって計画のためには人を道具のように……使い捨ての駒のように使う、そんな人だったということ……?

「……すみません。一応、僕も知っていたんです」

 かなり後ろで声がして、リョウとレンブラントが振り向くと部屋の入り口で、開きっぱなしのドアに肩で寄りかかるようにして、アルフォンスが立っていた。先程までグウィンを診ていたので白衣を羽織った格好でそのポケットに両手を突っ込んだまま視線をこちらに向けている。

 二人が振り向いて自分の存在を確認したのを見届けてから、アルフォンスはゆっくり寄り掛かっていたドアから離れ、グウィンのベッドの方に歩み寄って来た。

「二人に話さないことに決めたのは僕なんですよ。……リョウはグウィンがそんなものを毎日飲んでいるなんて知ったら心配して大変なことになるだろうし、レンにだけ知らせるというのは……ただでさえリョウが仕事で疲弊しきっていて情緒が不安定なときにレンへの不信感を抱かせる要因をわざわざ作り出すことになりそうでしたからね。……それに、まぁ、レンの場合はグウィンの近くにいる存在だから『敵を騙すにはまず味方から』っていうのが適用しやすかったんですよ。お陰でさっきの食事会でのレンの慌てぶりが非常に自然で、後始末がとてもしやすかったですよ」

 レンブラントのすぐ隣まで来てにっこり笑うアルフォンスの、まるでその場に居合わせたかのような口調にリョウが「あれ?」という顔をする。

「アル……食事会、一緒に出席したの?」

 お偉いさんたちの食事会に「医師」が出席って……なんか不自然なのでは?

 なんていう気がして。

 と、グウィンがクスリと小さく笑って。

「ああ、そいつは今回の場合、取り敢えず必須メンバーだ。俺が補佐をしている『軍総司令部相談役』本人だからな」

「……え……?」

 リョウがグウィンの顔を見上げて一瞬固まり、そのままそろそろと視線をアルフォンスに向ける。

「一応、そういう肩書きも持ってたりするんですよ。……まぁ、ここ最近はほとんど必要のない役職なんですけどね」

 

 

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