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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
39/207

仕事の方向性

「いつも使用人と一緒に食べているんですか……?」

 ちょっとした沈黙があってアイザックがそんな言葉を口にする。

 

 応接室の、端から三分の一くらいを使って設けられているテーブルと椅子の形の談話用スペース。

 最近はリョウが「仕事」をするために使っているスペースでもあったが大きめのテーブルに積んでいた本の山は、ちょっと前にコーネリアスが用意してくれたテーブルの脇の小さな棚に全て納めてしまって、今日はそこが食卓になっている。

 

 で、その食卓には六人分の食事が並び、笑顔のリョウと若干緊張気味の顔をしたルーベラが並んで座って、向かい側に嬉しそうに微笑むグリフィスと訝しげな顔のアイザック。そんなアイザックが放った言葉により、ただでさえ顔色が悪かったコーネリアスがこれ以上は伸びないだろうというくらい背筋を伸ばし、ハンナも表情を凍りつかせている。

「そうよ? 悪い? ……ねえ、ハンナもコーネリアスもいい加減座ったら?」

 確かに都市の司とその補佐役の人間がいる席で一緒に食事をする、なんて、この二人にしたら天地がひっくり返ってもあり得ない事なのだろう。これは食事を「楽しむ」なんて可能なんだろうか。という顔をしているのは一目見てわかる。

 けど。

 リョウの中で譲れない事があった。 

 だいたい、最初にした約束を後から生じた事情のせいで無かったことにするなんて出来ない。

 そもそも後から来たのはグリフィスとアイザックだ。邪魔しに来ておいて先客を追い出す資格なんかないだろう、と、リョウは開き直る。

 それに、言ってしまえばどうにもアイザックは苦手だ。グリフィスはレンの父親という認識かあるから若干気持ちを許せる相手ではあるが、アイザックとグリフィスという組み合わせになったとたん都市の司という役職が服を着ているように見えてしまってなんだか緊張するし……そんなメンバーと食事をするなら安心要素のある人たちは多いに越したことはない。

 ハンナとコーネリアスがいたら無敵!

 それにいつも仕事を完璧にこなすコーネリアスならアイザックにも太刀打ち出来るんじゃないか……下手したら案外この二人、相性がいいかもしれないし。

 そう思えてしまうので自然と笑顔にも変な自信のようなものがにじみ出て。

「ああ、お二人は嫌なら帰っていただいてもいいのよ? 私はもともとハンナとコーネリアスと一緒に食事をするつもりだったし、ルーベラはたった今ハンナとも意気投合したところなの。私たちの昼食会に何かご不満でも?」

 そんな言葉をアイザックに向ける。

「ああ、リョウ、不満なんか全くありませんよ。突然押しかけた上にこんな食事まで振舞ってくださるなんて感謝こそすれ不満だなんてとんでもない! なんならアイザックを帰らせましょうか?」

 すかさずグリフィスが楽しそうな笑顔を浮かべたまま返して来てアイザックが愕然とした顔になる。

「いや、あの……不躾な発言をして申し訳ない。同席させていただけて光栄です。……すみませんが……かけていただけませんか?」

 アイザックが自分の隣に立っているコーネリアスに視線を向けながら申し訳なさそうにそう言うと、コーネリアスはそれでも少々居心地悪そうに席に着き、ハンナもそれを見届けてからテーブルの席に腰を落ち着けてくれた。

 どうやらアイザックにも特に悪意はないようで、最初の発言自体、もしかしたら単なる確認に過ぎなかったのかもしれない、なんてリョウは思う。

 何しろその後のアイザックときたら、びっくりするくらい低姿勢でコーネリアスに仕事内容についてあれこれ聞くとか……とても努力して仲良くなろうとしているようにも見えてリョウはこっそりルーベラと顔を見合わせたのだ。

 

「え? これ、リョウが作ったんですか?」

 フォークとナイフを上品に使ってガレットを食べていたグリフィスが目を丸くして半分以上なくなった皿の上を凝視する。

「あ……いや……今日はハンナに教えてもらいながらだったしハンナが作ったようなものよ?」

 コーネリアスとアイザックのやりとりに気を取られていたリョウはグリフィスとハンナのやりとりに耳を向けていなかったのでどんな話になっていたのか一瞬わからず、戸惑いながらも軽く説明してみる。

 大きく丸いテーブルは給仕をしやすいように、なのか、ハンナとコーネリアスは向き合う位置に座っておりグリフィスとルーベラの間にハンナ、アイザックとリョウの間にコーネリアスが座っていて、丁度話題がテーブルの左右で別れてしまっていたのだ。

「そうはおっしゃいますけどね、司様、奥様は本当に料理がお上手でいらっしゃって今日も教えて差し上げることはほとんどありませんでしたのよ。そうそう、パンプディングも作っていただきましたのであとでお出しいたしますわね」

「パンプディング!」

 リョウの隣でルーベラが歓声に近い声を上げる。

「ルーベラ、知ってる? パンプディングなんて私、初めて知ったんだけど」

 作った当人のリョウの言葉にルーベラが一瞬「へ?」という顔をしてから「教えてもらいながら作った」という話の流れを汲み取る。

「ああ、はい。知ってますよー! プディングにパンを入れて焼き上げるんですよね。昔、母が作ってくれました! あれ、家によってはオーブンで焼くんじゃなくて鍋で火を通すとか、ソースも色々あって一口にパンプディングって言ってもなかなか侮れないご馳走ですよね」

「あら、ルーベラ様はよくご存知なんですね! わたくしは大抵、オーブンで焼いてミルク入りのカラメルソースなんですが……あれは地方色の出るレシピですから出身地によって味も色々ですわね」

 嬉々として目を輝かせるルーベラにハンナも楽しそうに答える。

「そうか、パンプディングがあるなら、この辺にしておかないとお腹いっぱいで入らなくなっちゃう……」

 ルーベラがそう呟きながらテーブルの上を凝視する。

 ガレットは各自の前の皿に出されていたが、ハンナが朝から作っていてくれたミートパイやゆでた鶏肉を乗せたサラダなど、他にも何品かテーブルを賑わしており、そんなものも少しずつ並行して食べていたのだ。

 何しろルーベラは隣のハンナから料理の説明を直に聞ける位置に座っているので「これは中身は何ですか?」とか「このソースの味付けは何を使ってるんですか?」なんて聞きながら次々と料理を口に運んでいた。

「あら、じゃあルーベラ様、折角ですからパンプディングの準備を一緒にしていただけますか? 少し動くとまた入るようになりますわよ?」

「わあ! いいの?」

「え、ハ、ハンナ! ルーベラ様は奥様のお客様だ……!」

 ルーベラが喜び勇んで答えるのと、コーネリアスが慌てて腰を浮かしながら小さく叫ぶのはほぼ同時だった。

「コーネリアス、例の珈琲を入れてくださらないかしら?」

 ハンナが意味ありげに声をかけてグリフィスとアイザックの方にちらりと視線を向ける。

 そこで「ああそうか」とコーネリアスが小さくうなずいて席を立った。

 

「……で、今日の本題は何ですか?」

 三人が席を立って台所に行ってしまってからリョウがグリフィスに声をかける。

 ハンナは気を利かせてルーベラを連れて行ってくれたようだ。

 多分、この二人が来たのは単に食事をしに来たわけではなくて、仕事の話をしに来た。食事は……きっとグリフィスのお茶目なついでの目的だろう。と、リョウは察している。

「ああ、そうでしたね」

 グリフィスが、そう答えてくすくすと笑う。

 控えめに見えるその笑いは、笑い出すのを必死でこらえているかのようでどことなくレンブラントの笑い方に似ている、とリョウは思った。

「司殿……笑いすぎです……」

 アイザックがグリフィスから視線を逸らしながら小さく呟く。とはいえ、アイザック自身も口許が歪んでいる。

「……えーと?」

 笑う要素がどこにあるんだろう? と、リョウが首をかしげる。

「リョウは本当に使用人とも仲良くやってるんですね」

 笑いを抑え込むことなく、いともにこやかな表情のままリョウにまず一言。なので。

「え、そこですか? ……え、だって……一緒に生活してて仲良く出来ないのって問題じゃないですか? しかもあんなにいい人たち、巡り会えただけでもありがたいくらいなんですよ?」

 リョウは意味がわからず至極当然、という返答をしてみる。

「……いや、わたしも守護者(ガーディアン)殿を少し見直しました。うちにも使用人、いますけどね……あんなに自由にのびのびと、しかも楽しそうに仕事をする姿は見たことがありません。それにコーネリアスに聞いたところ彼の仕事量は一人で、しかもあの年代でこなせるような量ではないですよ。それをあんなに楽しそうに、自ら進んでやっているというのは、ここの主人の待遇が良いから、ということなんでしょうね」

「……アイザック、『少し見直した』じゃなくて『大いに見直した』の間違いではないですか?」

 アイザックの言葉尻をグリフィスが拾って、その笑みが人の悪いものに変わる。

「あ……ええ、まあ、そうですね」

 アイザックが視線を泳がせながら気まずそうに言葉を濁し、そして、咳払いを一つする。

 それから、リョウを正面から見つめて。

守護者(ガーディアン)殿。はっきり言ってわたしは仕事が出来ない人間はどんな役職についていようとも認めることができません。それはあなたでも同じことです。都市を軍事面で守るという能力については疑いようがありませんが、今、必要なのは『竜族である守護者(ガーディアン)』としてのあなたの立場だ。都市の発展のためにあなたの力を生かしていただきたいと思っています。だから、守護者(ガーディアン)という役職の上にふんぞり返ってなにもしないような人であるなら、わたしはあなたを都市が支援する必要はないと思っていた」

 アイザックの言葉をグリフィスは隣で遮ることなく聴いている。

 リョウはなんとなく背筋を伸ばして表情を硬ばらせる。

「……でも。違うんですね」

 アイザックの表情がふと、和らいだ。

 和らいだといってもそれはごくわずかな変化だが、眉間の深いシワが少しばかり浅くなった。

「あなたの周りにいる人たちは、みんなあなたを大事にしようとしている。それはあなたが彼らを大事にしているからですね。役職の上にふんぞり返るような人ではないことの証拠です。それに、この度、あなたからの追加要員についての要請も聞きました」

 表情が和らぐと同時にアイザックの声の調子まで少し和らいで来たような気がしてリョウの肩の力がほんの少し抜けた。

 敵意を持っているのではないかと思えるほどだった人が、ちょっと眉間のシワを浅くしただけでこんなに影響力があるかと思える変化にリョウ自身が内心驚く。

「自分に出来ることと、自分一人では出来ないことの正しい判断力もお持ちであるようですし、出来ない分野の事柄をどうすれば良いかという分別もおありだ。わたしはあなたの仕事を全面的に支援致します」

「……だそうですよ」

 にっこり。

 それまでアイザックに向けていた視線をリョウの方に向けたグリフィスが満面の笑みになった。

「あ、はい……それは、どうも」

 実はリョウ、先程からアイザックの言葉を表面的にしか聴いておらず、おそらくその言葉の背後にあるものを一切汲み取っていない。

 で、グリフィスはそれをなんとなく察しており。

「リョウ、うちのアイザックはね、自分で認めた相手としか仕事をしないという偏屈ものでしてね。わたしがどんなにあなたについて説明しても聞かないんですよ。なので今回、結構な内容と量の資料をこちらに届けさせまして、あなたがどんな反応をするか見てみたんです」

「え……?」

 リョウが、聞きなれたグリフィスの声で紡がれる説明に入った途端、眼差しを変えて食い入るようにグリフィスを見つめ、我に返ったように聞き返す。

「……ああ、ただ」

 リョウが言葉の意味を理解しきる前にグリフィスが眉間にしわを寄せながら神妙な面持ちで言葉を挟んだ。

「こちらに回された本ですが、専門的なものであるということ以外の詳しい内容を我々は知らないんです。各分野の専門家とそれに関わる部署の者たちが選んだ資料ではありますが、あなたが先にそれを見て改定するなり合格と見なすなりしたものにわたしが最終的に認可を下すことになっていましたので。……だから、そんなに酷い内容のものが入っているとは知らなかった。あなたに酷く辛い思いをさせているとレンから凄まじい苦情が来て驚いているんです」

「え……そうなんですか?」

 レンブラントが「話を通す」と言っていたがまさか苦情の形で伝えるとは思っていなかったのでリョウは内心焦ってしまう。

 と。

「いや、しかし……良い機会かもしれません。そういう物を守護者(ガーディアン)に強制的に渡すことでよからぬことを企む者がいたとして、このまま我々が気づかないふりをすれば……膿みを出し切れるかもしれませんよ」

 アイザックがグリフィスの方に視線を向けながら腕を組み、ゆっくり告げる。ので。

「え……良からぬことって……どういう?」

 だいたい私にあんな資料を見せて得られるものって何だろう。私の精神的なダメージなんて取り立てて誰の得にもならないだろう。なんて思う。

「ちょっと、本を拝見させていただいていいですか?」

 アイザックが立ち上がるのでリョウが頷く。

「その後ろの棚に入ってますけど」

 なんて言いながらアイザックの後ろを指差した。


 

「……ふ……ん、なるほど」

「これは……確かに……酷いですね」

 しばらくアイザックとグリフィスで本を端から手にとってパラパラとめくり、二人がほぼ同時に深いため息をついた。

 その間、リョウは二人の本を読む速度の方に気を取られていたのだが。

 ……だいたい、ページをめくるスピードが速すぎる。あれは「読む」というより「見る」だと思う……。

「これ、どこまでお読みになりましたか?」

 本から顔を上げたアイザックがリョウの方を向き直る。

「えーと……まだ数冊程度、です。あ、ざっくり簡単に目を通すだけなら一応全部は見ましたけど」

「よくこんな内容の本に最後まで目を通したりなんか出来ましたね……」

 グリフィスが小さく呟いた。

「え……だって、仕事でしょう?」

 リョウがきょとんとして答えると。

「……分かりました。守護者(ガーディアン)殿は十分立場に見合った仕事ができる方です」

 なぜかアイザックが自分の目を覆うようにして片手を額に当て、なんとも言いようのない表情になった。

「だから言ったでしょう。……で、アイザック、どうしますか?」

 グリフィスが一瞬悪戯っぽい視線になって、それからすぐに真面目な表情に戻る。

 それにつられるようにアイザックが読みかけの本を抱えたまま元の席に戻ってリョウと向き合う。

「おそらく、このまま守護者(ガーディアン)殿が何も深く考えずにこれらの本を認可した場合、我々もわざわざ全ての文献に目を通すことはなかったと思います。こういったものが公立の図書館で公式の文献として一旦認められてしまえば……まあ、こういう本は読み手が限られるとはいえその限られた読み手というのは大抵ある程度の知識者か、ある程度の思想の持ち主ですからそういう者にとっては都合がいいでしょう。それに、もし逆に守護者(ガーディアン)殿がこういう文献に拒否反応を示して全てを破棄するような意思表示をしていたら、それはそういう思想を持つ者にとってあなたを都市から追い出す絶好の口実を与えることになりかねなかった」

 アイザックがそんな説明をする。

 ……あ、なるほど。

 リョウがなんとなくその辺の事情を察してきたところで。

「……すみませんがリョウ、今日我々が来たのは食事会に呼ばれただけということにしておいてください。そして、今後受け取る文献に関してもレンを通して意見をもらえるようにしてもらえませんか?」

 そう言うとグリフィスがリョウにニヤリと笑いかけた。

「レンを通して……ですか?」

 リョウがなんとなく聞き返すと。

「そう。あれがわたしの所に来る理由は色々付けられるが、あなたが直接司であるわたしのところに来る理由はこの仕事の件以外、あまり考えられないでしょう? とりあえず、悪意を持って何かをやろうとしている連中にはあなたが自分の意思でこういうことに関して動かれるのは都合が悪いと思うのです。あなたが表立って動かなければそのうちこちらで尻尾をつかめます」

 わぁ。

 あまりに悪そうな微笑みに一瞬リョウの顔がひきつる。

「……司殿、何か企んでますね?」

 そう問いかけるアイザックだって同じような微笑みを浮かべているじゃないか! とリョウは内心突っ込みを入れたくなる。

「とりあえず、アルフォンスにはこの件に関わってもらいます。あとはグウィン、ですね。連絡はレンがつけると言っていたので任せましょう。……ああ、アルならああ見えてうまく立ち回る事にかけては天才的ですし、グウィンは……あいつはこういう事を本気で面白がりそうなので……まあ内通者としてはいい選択ですよ。リョウは何も知らなかったことにして安心して仕事をしてください。あとは……そうですね……レンがリョウと一緒に居たがるので……この際あれも引き込むことにして、三人の護衛兼、仕事の監視役として任命しておきましょう」

 ええ!

 グリフィスの言葉にリョウが目を丸くする。

 ……あの二人、そういう仕事を平然と出来る人達だったんだ。しかも……レンも引き込むって……。

 

 そんなやり取りが終わる頃、ワゴンを押す音と、ルーベラとハンナの話し声が聞こえて来てグリフィスとアイザックは手にしていた本を元の場所に収め、何事もなかったように席に着いた。

 

 

 

 

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