髪飾り
北の大通りには雑貨屋が軒を連ねる。
その間には花屋や例の蜂蜜の店のような専門店もあれば軽食を楽しむための店、音楽ホールのようなちょっとした娯楽施設も並んでいて、一日中この通りで過ごそうと思っても十分楽しめそうだ。
女性にはかなり人気のある通りのようで、通行人も女性が多い。もしくはカップル。
「……入りますか?」
なぜか昨日と同じように手を繋がれて歩いていたリョウが、ふと歩くペースを落としたところですかさずレンブラントが声をかけてきた。
「あ、うん。……見るだけでいいんだけど」
店先から覗くとガラスや石を使った雑貨が並んでいるのが見えてちょっと綺麗だな、と思ったので。
店内に入ると、薄明かりの照明に照らされて赤や黄色のランプシェードが作り出す光の色に趣があっていい雰囲気だった。
暗い色調の木製の棚やテーブルにはいろんな種類の雑貨が並んでいて落ち着いた光を放つ。
落ち着いた店内の雰囲気を楽しんでいるためなのか、店内を見て回っている人たちも一様に静かで、友達同士で来ているような人たちでもたまにヒソヒソ話す程度。それもまた心地いい。
色付きのガラスがはめ込まれたペン立てや文鎮、文箱のような物、小物入れが並ぶ棚は男性用も女性用もあってなかなか造りが細やか。
その先には石やガラスをあしらった飾り釦や、ピン、ブローチなどのちょっとした装飾品。
さらには、これは実用品というより装飾目的かな、と思えるくらい綺麗にデコレーションされたカップや皿、燭台も並んでいる。
「……違うか……」
リョウがつい小さな声で呟いて手にしたものを棚に戻す。
青いガラスがはめ込まれたピン。
なんとなく青系の物を見るとレンブラントをイメージしてしまって手にしてみるのだけど、レンブラントが装飾品をつけているところがまず、想像できない。
服を買ってもらったお礼に何か選んでみようかな、なんて思ったんだけど……店を間違えたかな。あ、そもそも、ガラス、というのが間違いなんだな。こういう軽い感じじゃなくて石の方がイメージなのかも。石……彼のイメージの石って、どうしてもグリフィスから貰ったという剣に付いている石が真っ先に頭に浮かぶけど……あれは青玉だろうか、それとも菫青石だろうか。もっと色が濃いような気もするけど……あら、しまった。その手の石はここにはないわね。そういう石にするならちゃんとした宝飾品の店に行かなきゃいけないわ。
ここでも扱ってる石で青いものだと……ちょっと等級の低い瑠璃、かな。
「……リョウには赤の方が似合うと思いますよ」
「へっ?」
完全に考え込んでいるリョウの耳にレンブラントの低められた声が届いて、リョウが肩をびくりと震わせる。
「ほら、こういうのならどうですか?」
リョウの目の前に赤い瑪瑙があしらわれた髪留めが差し出される。
楕円形の瑪瑙の周りに燻した金色の植物の蔓が絡みついて固定されたデザインの髪飾りは主張しすぎない色とデザインでなかなか品がいい。
「あ、可愛い……」
思わず素直な感想が口から出てハッとする。
違う! 私のものじゃなくて、レンのものを買おうと思っていたのに!
「じゃ、決まり」
案の定、レンブラントはそのまま会計を済ませてしまう。しかも勝ち誇ったような笑顔で。
「リョウ、つけてみて?」
店から出てすぐにレンブラントが髪飾りを差し出す。
「……うん」
リョウが言われるままに、緩く編んでいた髪を解いてハーフアップにし直し、その髪束に買ってもらった髪留めをつける。
後ろにつく訳だから自分では見えないのだけど、非常に満足げなレンの顔を見るに……上手くつけられたんだろうな。鏡がないのがちょっと不安だけど。
なんてリョウが考えているとレンブラントが。
「やっぱり、リョウには赤い石の方が似合いますよ。青の方が好きでしたか?」
なんて聞いてくるので。
「いや、あの……そうじゃなくて、レンに何か選ぼうと思って見ていたんだけど」
仕方がないので正直に答えてしまう。
途端に、レンブラントが愕然とした顔になった。
で。
「……もう一度入りますか?」
物凄く弱々しく、今出て来た店の入り口を指さされる。
「う、うーん……また今度にするわ……」
さすがにまた戻るというのは、なんだか入りにくい……。
「……リョウ、また買い物一緒に行きましょう」
夜、お風呂でゆっくりした後ソファでくつろぐリョウにレンブラントが微妙な面持ちで話しかけてきた。
何か企んでいるような、そこはかとない決意が根底にあるような、そんな表情。
「う……ん、いいけど。レンの次の休みっていつなの?」
そうか、そんなに買い物楽しかったのかな。なんて思いながらリョウがレンブラントを見上げる。
ゆったりしたソファ。
昼間に歩き続けたせいか少しだけ足がだるいので、ちょっと行儀が悪いとは思いながら寝間着姿のリョウは胡座をかいて座る。
うん。この方がなんとなく楽。
「寒くないんですか?」
ガウンを羽織ったレンブラントがリョウの肩にショールを巻きつけながら隣に座る。
「うん。別に寒くないけど……」
「見た目、寒そうだから羽織ってください……」
あっけらかんと「寒くない」発言をするリョウに呆れたようにレンブラントが脱力する。
そして小さくため息をつきながら。
……そうか。竜族というのは本当に気温差にも強いということか。そういえば北の水の竜の部族の地は極寒の地だ。あそこに大した装備もなく彼女は乗り込んだのだ。ここ最近朝晩はそこそこ冷え込むのにちょっと地厚になった程度の寝間着姿で平然としていられるのは見ていてもちょっと寒そうだ。
そんなことを思いながらしげしげと隣のリョウを眺めるレンブラントに。
「で、レンの休みっていつなの?」
リョウがこちらの顔を斜め下から覗き込むようにして聞いてくる。ので。
「あ、えーと……まだ決まってないんですが、多分来週くらいにはもう一日休めるかと」
思わずレンブラントがどぎまぎしながら答える。
リョウはきっと気付いていないんだろうな。この角度で見上げられるのに僕はちょっと弱い。可愛いすぎて抱きしめたくなる衝動に駆られる。
「ふーん……」
レンブラントの思いを知って知らずか、リョウは胡座をかいていた足を一旦崩してその膝を今度は自分の方に抱き寄せながらくるりと向きを変え、背中を向けてもたれ掛かってきた。
そんな仕草にもレンブラントはいちいちどきりと胸が高鳴る。
完全に自分を信頼しているように自分に身体を預けてくる、そんな仕草。
ベッドの中で擦り寄って来られるのとはまた違う。
そういえば、今日はこんな気持ちになるチャンスが何度となくあった。
都市の門を出る時にはリョウが腕にしがみついて来て、門衛に見せつけてやりたい気持ちになった。……でもあれは、おそらく……前回あそこから出られなかったせいで不安に駆られただけなのだろう。
その不安を払拭してやりたくて、外に出てからは他の事を一切考えなくていいように人目がある中でも気にせず口づけをしてしまったが……あれはちょっとやり過ぎだっただろうか。真っ赤になって照れている彼女が可愛らしすぎてそのあとも彼女の唇から目が離れなかった。
馬車の中で無理にでも寄り添わせたら、最終的にはこちらに身体を預けて来てくれてあれもすごく気分が良かった。
北の大通りは若いカップルが相変わらず目につく。
仕事であそこを通るたびにいつか自分もリョウと手を繋いで歩きたいと思っていたから……それとなく握った手を彼女が強く握り返してくれたのには一瞬我を忘れそうになった。
雑貨屋でリョウが僕のための物を選ぼうとしているなんて考えもしなかった。
よくよく思い出してみれば、彼女が手にとっては棚に戻していたのは男物の装飾品だったような気がする。あの時の僕にもう少し落ち着いて観察する心の余裕があったら……! と悔やまれてならない。
リョウは僕にどんな物を選んでくれるつもりだったんだろう。彼女が選んでくれるものならなんだって身に付ける。それこそ毎日でも。
次の休みには必ず何か選んでもらおう! と、帰り道心に決めた。
僕が選んだ物を身につける彼女を見るのはとても気分がいい。
あの髪留めも、よく似合っていた。仕立て屋に頼んだ服もきっと似合う。先の戦いでリョウが着ていた服と同じ色の生地が目に入った時は思わず息を飲んだ。
あの時の彼女の勇姿が次々と思い出されて、思わずあの店員に一つ一つ話して自慢しそうになった。
リョウは本当に、美しい人だ。
いつも素直に気持ちを映す表情はとても魅力的で、何に心が動いたのか常に知りたくなる。そして彼女の心を動かすものはいつでも……僕の気持ちも揺らすのだ。
表情の一つ、指先の動き一つにも胸が高鳴る。その視線が自分に向くこともその手が自分に触れることも……嬉しくて仕方ない。
あのしなやかな身体的な強さと心の強さは他の誰も持っていないものだと思う。ちろん、彼女がコンプレックスにしている髪の色や瞳の色だって僕は愛してやまない。視線を惹きつけて離さない宝石のようだ、とさえ思う。なのにふとした瞬間に脆く壊れそうな危うさのバランスが絶妙だ。
僕なんかいなくても彼女は一人で生きていけるだろうと思うのに、こうして僕に寄りかかってくれる。
一度寄りかかる事を教えてしまったら、もう独りにはさせられない。そんな危うさがある。
だから……昨日見せたあの笑い方は……繰り返させないようにしなければ、と思うのだ。
久しぶりにリョウの硬い笑顔を見た。
ハヤトの言うことはもっともだと思う。
でもそれ以上に、リョウの、以前のように無理をして笑うあの顔を目の当たりにしたのが何よりこたえた。あのおかげでずっと僕の心に余裕がない。
そういえば、昔アルが『友情というものは鉢植えの花のようなものだ』と言っていたのを思い出す。放っておいたら確実に枯れる。疲れているからといって感謝の言葉や労いの言葉を省略したらあっという間に干からびる。心の伴わない美辞麗句を浴びせるのは根腐れが始まるのを放置するようなもの。プライドに邪魔されて謝ることを怠れば日差しのない部屋に置き去りにされた鉢植えのように株ごと弱って二度と花は咲かなくなる。それでも、努力を怠らない者は一生涯、誇れるような美しい友情を手に入れる。……夫婦もそんなものなのかもしれない。
そう考えると、ソファで自分の膝を抱えながらこちらに寄りかかってくる温もりがとてつもなく愛おしく思えて来て。
「……わ! 何? レン」
突然背後から回された腕にリョウが声を上げた。
ショールを巻き付けられてちょっと温もりが馴染んできたところで、背中に感じるレンブラントの体温も気持ちよくてうとうとし始めていたところに、上半身をこちらに捻ったレンブラントが背中から抱き込んできたのだ。
そのまま後ろに引き倒されて、上手く背中に回った腕で身体を支えられたまま、レンブラントの膝の上に上半身を倒したような姿勢で向き合う。
目の前に優しく細められたブラウンの瞳。
「今日はまだ言ってないなと思いまして」
「え? 何?」
内心あわてふためくリョウが両手を胸の前で握りしめたまま神妙な面持ちで聞き返すと。
「リョウ……愛してる。……大好きですよ」
リョウの答えは期待されていないのだろう。
答える間も与えられないまま、リョウの唇が塞がれた。
そんなささやかな強引さもリョウには心地よく小さく声を漏らしたあと、安心したように体の力を抜いて身を委ねるとレンブラントの瞳がとろりととろけるように細められた。




