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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
二、医学の章 (企みと憂悶)
31/207

仕事の依頼

 

 少々慌ただしい毎日が続き、その日が、来た。

 応接間のテーブルを挟んだソファにレンブラントとリョウが座り、向かい合うようにグリフィスと、リョウが初めて会う男が座る。

 かしこまった面持ちでハンナがお茶の用意を運んでくる。


「で、仕事、なんですけどね」

 グリフィスが隣の男に目配せすると男が滑らかな動きで革製の書類ケースから紙の束を取り出す。新品の書類ケースではないが黒くて艶があり目立った傷もなく……持ち主の几帳面さを裏付けているようだ、とリョウは思った。

 年の頃はレンブラントより少し上、といったところだろうか。きっちりと後ろに撫で付けて整えた薄い金色の髪に切れ長の灰色の瞳が知的な雰囲気を醸し出す……悪くいうとあまり親しみを感じないタイプの細身で長身な男は、アイザック、と名乗っていた。

 グリフィスの仕事を補佐しているらしい。

「ここにある文献を全て確認して必要であれば訂正をしていただきたい」

 いつもより柔らかさのない口調のグリフィスの目はやはり、しばらく前にリョウとお茶をした時とは違う「仕事をする都市の司」のそれだった。


 以前、ハヤトが、言うなれば「口を滑らせて」リョウに話した「舞い込んでくるかもしれない仕事」だ。

 この度、都市に正式に公立図書館が建設されることとなり、教育体制も整えられた。

 それに伴って、竜族に関する知識も曖昧な伝承ではなくきちんとした資料の形でそこに納めたいということで、幸いこの都市に移住してきた者たちの中には素性のはっきりした学者も何人かおり、資料の作成にも協力があったらしい。古い文献の情報をかき集めて可能であればそれを取り寄せ、必要であれば写本が行われ、元々この都市にあった文献に加えてある程度まとめたあと、簡単なふるい分けをして信憑性のある資料をリョウのところに持ってくる、という段取りだったらしい。


 本来ならリョウが議会に召集されてその行程の一部始終に関わり、元老院との合意の上で仕事を引き受ける、という段取りだったのだがその話が上がってすぐ、まずレンブラントが難色を示した。そして、その話を聞かされたリョウが拒否反応を示した。

 リョウとしては内心申し訳ない気持ちで一杯なのだが……お偉いさんが集まる場に呼ばれるという状況に良い思い出はなく、もっと言えばはっきり言ってトラウマになっているくらいだった。


 クロードとあちこちを点々としていた頃はちょっとした町に居つくこともあった。

 リョウが「力」を公衆の面前で使ったために「危険人物」と認識されると決まってそういう場に二人で呼ばれて表向きは和やかに話し合いがなされ、結果的には出ていくように促される。

 表向き和やかに、というのはまだ子供だったリョウには不自然極まりない空気感で……もちろん大人になって考えてみれば「力」を知った者たちが、ことを荒だててその場にいる「同胞」に危険が及ぶことを恐れてそうしていた、ということは理解できるのだが。

 それでも。

 その雰囲気を思い出すだけで顔色が悪くなるリョウを見たレンブラントが、あっという間にリョウを公式の場に呼び出させる計画を潰しにかかったのは言うまでもなかった。


 そんなわけで、ある程度の形が出来上がったところで、リョウのところには都市の司が直々に仕事を頼みにくる。という事になったのだ。


「これって……」

「文献の目録です。かなりの量になりますので全てを一度にここに持ち込むことは不適切と判断しました。こちらで重要度の高いものから順に並べさせていただきましたが一度その目録に目を通していただいた上でその順番で問題なければこちらから小分けにして文献を届ける、という事にさせていただきます」

 紙の束をめくってみて固まりかけたリョウにアイザックが淡々と説明する。

 リョウが渡されたのは真新しい紙面に、文献のタイトルと思しきものがいくつかの項目ごとに分けられているリストだった。

「……はい。分かりました。お引き受けします」

 有無を言わせない口調のアイザックに、質問をぶつけようという気にもなれず、というより聞いておきたいことすら思いつかないままリョウが答えると。

「……良かった。リョウ、もし必要なものがあったら遠慮なく申し出てくださいね」

 少し柔らかみの戻ってきたグリフィスの声がしてリョウが顔を上げる。

 ……あれ、もしかして、この感じ。

 リョウがふと、初めて思いもしなかった可能性に思い当たる。

 ……この仕事、引き受けないという選択肢もあったのだろうか。

 グリフィスが出された紅茶を初めて口に運んで息をつくのを見るにあたり、リョウの考えは確信に変わるのだが。

 ……ま、いっか。どうせ暇だし。

 目録をパラパラとめくっていくと、若干不安を掻き立てるようなタイトルも目につくんだけど……こんな私が役に立つことなんて今のところこれくらいだしね。

 正直言って守護者(ガーディアン)という役職に対する手当を定期的にもらう事に最近は胸が痛んでもいた。

 レンブラントに相談しても、自分の命をかけて都市を守った者がこの都市にいる間受けるには当然すぎる報酬だ、と言われていた。

 それがレンブラント個人の意見で、実は都市では厄介者だと思われていたらどうしよう……なんて不安にもなっていたので自分に出来ることがあるというのはありがたい。

 本来なら一度役目を終えた事でもあるし、どこか目立たない場所でひっそり暮らして行ければ十分だと思っていたのだ。それがこの家、この立場。どうにもひっそり出来ない状況に逆に肩身の狭い思いだった。


「……それにこれだけの文献を整えるのにはレンの尽力もありましたしね」

 カップをテーブルに置きながらグリフィスが付け足す。

「……え?」

 リョウが改めてグリフィスの顔を見上げてから隣のレンブラントに視線を向けると。

「……いや、それは……今話すことでもないでしょう」

 レンブラントが決まり悪そうに視線をそらす。

「おや、今言わなくていつ言うんですか? リョウ、あなたの夫はね、あなたが議会に出なくても良いように文献集めと選別の仕事を一手に引き受けて上に負担がかからないように尽力したんですよ」

 グリフィスの口調はいつのまにか都市の司というよりも、父親のそれになっている。そして、リョウには娘に対するような温かい眼差しが向けられており。

「本来なら、リョウの同意が文献集めや選別全てに欲しかったところだったんです。そのためには何度も元老院を含む我々との話し合いの場に来てもらう必要があった。でもレンがそれを頑なに拒否しましてね。『代わりに自分が出席して、ついでに文献集めも監修してお偉方の手間を省く』なんて言い出すものですから……任せてみたんですが本当にやりおおせましたね」

 あ……。

 そういえば、レンは最近やたらと忙しそうだった。

 遠出が多いと言っていたのも、そういうこと、だったのだろうか。

 いくつか思い当たることがあり、リョウが再びレンブラントに視線を向ける。

「……まあ、その。そういうことです。お陰でリョウには寂しい思いをさせてしまうから……大急ぎで使用人を雇う話は進めてしまいましたが……本当に良い人たちが来てくれたようでしたし」

 新しいお茶を持ってきたハンナにレンブラントが目を向けながら最後の言葉を付け足した。

 なので、リョウは。

「そう、なの?……やだ、それ、説明してくれても良かったのに」

 なんだか顔が熱くなってきた……! なんて思いながら眉間にしわを寄せてみる。

「説明したら無理してでも召集に応じていたでしょう? あなたが無理する必要はない」

 レンブラントの困ったような目に見つめられてリョウが言葉を失うと。

「……本当に仲のいい夫婦ですね。……司殿ご自慢、というのも頷けます」

 そんな声にリョウが視線だけ向けると、アイザックが少々呆れたような顔をしていた。


 


「……アイザックって、レン、知ってる人?」

 二人を見送った後、夕食を食べながらリョウが尋ねる。

 今日の午後は都市の司が来るということで、レンブラントは彼らと一緒に言ってみれば「帰宅」して、リョウの仕事の打ち合わせをし、夕方には彼らを見送り、今日の仕事はこれで終わりというスケジュールだったようだ。そんなわけでレンブラントと一緒にリョウは夕食になだれ込んでいた。

 午後の予定があったので、夕食はハンナが用意してくれている。


「そうですね……個人的な付き合いはありませんが、グリフィスの補佐で会議の類の際にはいますから多少は知っているつもり、ですよ。グリフィスから時々話も聞きますし」

 ハンナが作ったミートパイをフォークで切り崩しながらレンブラントが答える。

 パイ生地の中からは数種類のスパイスで香り立つ肉がホロホロと溢れて食欲をそそる。

 その焼き加減が絶妙で、リョウは一瞬目を見開いた。

 そうか、ちゃんと手動でオーブンの火加減って管理できるものなのね。……当たり前だけど。

 なんて思いながら。

「そうなのね。……なんだか最初はとっつきにくい人かなって思ったんだけど、最後の方は表情が和らいでてちょっと安心しちゃった。あの人が持って来るんでしょ? リストに載ってた文献って」

 大きめに切った野菜がたくさん入ったスープにスプーンを差し入れながらリョウが今日の感想を口にする。

 スープの野菜を大きめに切るのは……恐らくリョウの普段の作り方に合わせたのだろう。ちなみにこの大きめサイズの具材は翌朝のリメイク料理にはとても都合がいいらしい。

 そんな料理の背後にあるハンナのちょっとお茶目な一面を読み取りながらリョウは今日のやり取りを思い浮かべる。


 本当は仕事の内容について強い感想を持つべきなのだろうが、どうにもアイザックの人柄に興味をそそられて仕方ない。

 いや、興味、というよりも。

 最初に受けた印象が「取っ付きにくそう」で、もっと言えば「この人、私を敵視してる?」だったのでなんとなく防御本能が働いてしまっていたのだ。グリフィスがレンブラントを自慢するような話に持っていった段で彼の表情が和らぎ、そのあとは硬さが薄らいだのでまだ良かったのだが、あのままだったら家に来られるたびに警戒心むき出しになってしまうところだったかもしれない。

「ああ、そういえば。……あれ、グリフィスの計算ですよ」

 レンブラントが口許になんとも言えない笑みを作って答える。

「アイザックはね、グリフィスを敬愛してるんですよ。崇拝者といっても良いかもしれない。……で、グリフィスが認める者を彼も認め、グリフィスが好意を持つ者に彼も好意を持ちますのでね。その辺を計算して今日は連れてきたんじゃないでしょうかね」

 ……うわ。そうなんだ。

 なんとなく、そう言われれば分かるような気がする。

「最初、リョウがアイザックの勢いに飲まれていたでしょう? アイザックは仕事一筋で来た人間らしいから人を評価する判断基準が仕事が出来るか出来ないか、なんですよ。で、そういう人間にとってあの場で自分の意見が主張出来ない相手というのは……その……」

 レンブラントが語尾を濁す。

 で、リョウは。

「あ……なるほど」

 なんの質問もなく二つ返事で仕事を受けた自分は、自信のない印象を与えることとなり「仕事が出来ない」という評価をはじき出させてしまった、ということなのだろう。

「……じゃ、グリフィスにもあなたにも気を遣わせてしまったわね」

 リョウが少し反省しながら視線を落とす。

 仕事の話をしに来る、しかもこちらから出向かなければならないところを向こうから来ていただいている、という段階でこちらの甘えを捨てておくべきだった。

「あ、いや! 大丈夫ですよ! 言ってみればグリフィスは家族です。そういう雰囲気も大事です! それにアイザックが初めにかしこまっていたのはリョウが守護者(ガーディアン)という肩書きを持っているから接し方に戸惑っていたのもあると思うんです」

「……え?」

 途中からレンブラントの言うことの意味がわからなくなってリョウが目を上げてレンブラントの顔を覗き込む。

「あ……いや、だから……ですね。……これは僕が悪いといえば悪いんですが……公の場でリョウが仕事をする事なんてないじゃないですか。それは良いんです。僕がリョウをそういう場に出したくないんですから。……で、(まつりごと)に関わる上の人たちからしたら、リョウってある意味『謎の深い人物』なんですよ。戦いにおいて都市を丸ごと守るほど力があったのに都市に入って来た時は単なる二級騎士だった。しかも手柄を立てたからといって都市を牛耳るつもりもなさそうで、特に見返りを求めるわけでもなくこんな小さな屋敷に引きこもっている。その力を都市の(まつりごと)に利用したいのに怖くて出来ない、という反応もありました」

 あ……、そう、なんだ。

 なんとなく意味がわかって来てリョウの肩の力が抜けた。

「そっか……。怖がられるのは嫌だけど……政に関わるのも嫌だな……」

 呟くようなリョウの言葉にレンブラントが少しばかり身を乗り出す。

「もちろんです! そんなことしなくて良い! ああいう仕事はあなたには向かない! あんなドロドロした仕事……! だからそういう連中には怖がらせておけばいんです。でも、アイザックのような人間にはあなたがどういう人か誤解せずにいてもらいたい。……多分、彼は今後色々そういう場との橋渡しでリョウの役に立つべき場所にいる人ですよ」

 静かではあるが、ハッキリした意図を感じるレンブラントの口調にリョウが思わず微笑みを浮かべる。

「うん。分かった。レン……色々、ありがとうね」

 ちょっと吹っ切れたような表情のリョウにレンブラントも安心したように座り直して、目の前に盛られたサンドイッチに手を伸ばす。

 少し固めに焼かれた酸味のあるパンを薄くスライスして、チーズや塩漬けの肉やピクルスを挟んだサンドイッチは葡萄酒にも合う。

 台所の片付けをするハンナに変わって給仕をしているコーネリアスが絶妙なタイミングで酒杯を出すにいたってはリョウは感服してしまうくらいだ。


「それにしても……レン、仕事、かなり大変だったんじゃない? 騎士隊の仕事の他に相当量の仕事をしていたって事よね?」

 葡萄酒の酒杯にリョウが手を出す頃には食卓の料理が入れ替わり、しっとりと焼き上げられた濃厚なチョコレートケーキが乗せられている。

 香りの良い蒸留酒が入っていると思われるケーキは小さくても存在感があって、果実酒にも良く合う。

「あ、いや……副隊長が隊の仕事を一手に引き受けていますので」

「え? そうなの? 副隊長さんが……?」

 リョウがケーキに伸びた手を一瞬止めた。

 ここ最近、騎士隊のやり方なんて変わったからそう言われてもピンと来ない。そもそも、騎士隊は再編成されているらしいから私が知っている人がいる可能性だって低そうだ。

「……今度食事にでも呼びましょうか? ……クリスならそれで喜んでチャラにしてくれるんじゃないかと思いますけど」

 酒杯に口をつけながらレンブラントが思案げな顔をする。

「……え?」

「あ、リョウの手料理じゃなくて良いですよ。ハンナの料理もなかなかですからハンナに頼みましょう」

 慌てて言い足すレンブラントに。

「違う! そこじゃないわよ! クリスが副隊長って、聞いてないわよっ?」

 リョウがわずかに頰を引きつらせた。


 

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