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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
一、序の章 (続きをどうぞ)
30/207

交差する 想い

「これ、初めての料理ですね」

 レンブラントが夕食のテーブルを前に目を輝かせた。


 リョウはハンナたちが来てから毎日のように、特にハンナと、暇さえあれば台所で時間を過ごしている。

 まぁ、そうはいってもハンナだって仕事は山ほどある。コーネリアスと分担して行われている掃除は、リョウがやっていたようなポイントだけをおさえた手抜きではなく、きちんと隅から隅までやってくれているし、洗濯室を使いこなすようになってからなんてカーテンのような大物を洗うとなれば一日では終わらない作業になるから少しずつ小分けにして連日洗濯室が使われている。更には服や寝具にアイロンまでかけてくれるのだから自由になる時間は限られている。

 料理はリョウがやるとは言ってあったが翌朝の分のパンの仕込みや残り物の片付けなどは「夫婦の時間を大事になさってください」などという気遣いの言葉もあってハンナがてきぱきと片付けてしまう仕事のひとつになった。


「そうなの。今日ハンナにようやく教えてもらったのよ、それ。紅茶で肉を煮ると臭みがとれてさっぱりするんですって! いつもはスパイスで臭みをごまかすような味付けのことが多かったけどこれならサッパリ食べられるでしょ? あ、でも……肉体労働してきたレンには物足りないかしら?」

 午後に教えてもらいながら作った肉料理に説明をつけながらリョウがレンブラントの顔を覗き込む。

 最近はなぜかテーブルの向かい側ではなく角を挟んだ隣に再びレンブラントが座るようになった。

 ハンナがこそっと教えてくれたのは「昼食を使用人と一緒に食べているとコーネリアスが報告したのでそれに対抗しているんじゃないか」ということだったが……。


「いや……これだけ量があって足りないなんてことは間違ってもあり得ないですよ?」

 レンブラントが今にも笑い出しそうに口許を歪めながら答える。

 うん、そう言われてみれば確かに。

 テーブルに並べた料理の品数は明らかに使用人を雇ってから増えた。

 今日も紅茶で煮た肉の他に味付けをしてから衣をつけて揚げた肉や、野菜たっぷりのスープ。揚げた魚を刻んだ野菜と一緒に酢をベースにしたタレに漬け込んだもの、それに根菜で作ったサラダなど二人で食べるとは思えない量の品目が並んでいる。

 食べ残しても一日働いたハンナとコーネリアスがそのあと食べてくれるという安心感があってリョウも色々作ってしまうのだ。

 そしてハンナは残ったおかずのリメイク術も心得ていて翌朝、朝食を作ろうとリョウが台所に降りていくと簡単に手を加え直した新しいおかずが数品出来ていることもあってそれも密かにリョウの楽しみになっていた。


「なんだかここ最近のリョウは本当に楽しそうですね」

 少し妬けるくらいだ、と、聞こえるか聞こえないか程度の小声で付け足しながら、それでも心からの笑顔を浮かべてレンブラントが料理を口に運ぶ。

 レンブラントの脳裏には都市に来て少しずつ自分たちに馴染んでいった時のリョウの笑顔が浮かんでいた。

 最初はぎこなちなく、周りの顔色を伺うように笑顔を「作っていた」リョウが少しずつ内側から滲み出すようにふわりと笑うようになったこと。

 その瞬間を目の当たりにして、最初は息が止まるかと思うくらい見とれて……それを他の男に見られないように独り占めしたいなんて考えている自分に唖然としたこともあった。

 夜間の彼女の勤務時間が自分と重なるように敢えて自分の勤務時間を増やして、毎日家まで送るようにしたのもそんな思惑があったからだった。

 ここ最近、忙しすぎて夜寝る時と朝出掛ける前までくらいしか一緒に過ごせずにいて、日中の彼女の行動や感情の動きについてあれこれ詮索めいた聞き出し方をしてしまう自分を抑えるのに精一杯だった。

 なるべく抑えるようにはしていたがある程度伝わってしまうこともあるのかリョウの表情が強ばることがあって心配していたのだ。

 拘束したいなんて考えは毛頭ない。

 彼女には自由であってほしい。


「……それでね、今度ハンナと一緒に都市の北側に買い出しにいこうって話しているの。あっち側は私もまだ行ったことがないでしょ? 珍しい食品を扱ってる店も結構出ているらしいし……あ、ほら、レンがこないだ話していた蜂蜜の専門店もついでに寄ってこようかと思って。レンは結局仕事が忙しそうだし私と一緒に行くのって無理でしょ?」

 つらつらと少し前のことに思いを馳せながらリョウの話を聞いていたレンブラントの手が、ふと止まる。

「……え?」

 思わず真顔で顔をあげたレンブラントにリョウがじとっとした視線を送っている。

「……レン、私の話、聞いてた?」

「きっ、聞いてましたよ! 当たり前でしょう! あの店には僕が連れていくって話していたじゃないですか……」

 レンブラントの台詞の後半はどうにも力が無くなってしまう。

 何しろ、今のところ、仕事の休暇は取れそうにない。自分の隊の仕事自体もほぼ他人任せで都市の中をあちこち走り回っているような毎日だ。

 そんなレンブラントを見てリョウが小さくため息をつく。

「ふーん。ちゃんと聞いていてくれてたのね。じゃあ、北側への買い出しはレンの休みがとれるのを待つわ。……明日新しい紅茶を買いにつれていってもらうの。ハンナのお勧めの店がこの近くに出来たらしいから。レン、何か欲しいものがあれば一緒に買ってきてあげるけど、ある?」

 リョウの言葉にレンブラントは内心ほっとすると同時に、複雑な心境にもなり……さらには、答えにつまる。

 もちろん、当面、急いで必要なもので、リョウに用意しておいてほしいという物は、無い。

 でも、ここは何か、自分のためにねだっておきたいという正当な根拠も理由もない焦りが沸き上がってきて。

「えーっと……そうですね……ちょっと考えますね、明日の朝までには何か思い付くかと……」

 なんて、不自然きわまりない返事をしてしまう。

 リョウが「は?」という顔をしているのは……この際見なかったことにしよう。




 レンブラントには先にシャワーを済ませてもらって、リョウはそのあとゆっくりバスルームを占領していた。

 体が疲れている、というわけではない。

 でも、なんだろう、凄く、疲れている気がする。

 湯船でのんびりと温まり、そのあとぱりっと新しいようにも見える寝間着を着て、鏡の前でぼんやりと時間を過ごす。

 日中はハンナといろんな話をしながら過ごすので、あっという間に時間が過ぎる。

 でも、レンが帰ってきた後は。

 思わずため息が漏れそうになる。

 別にレンが嫌いとか、そんなことは断じてない。そもそも、レンが帰ってきた気配がするとハンナと話し込んでいようが他のことをしていようが一気に気持ちが高揚して他のことに一瞬気が回らなくなるので……ハンナが呆れるくらいだ。

 でも、なんだか、変に緊張してしまう自分がいる。

 それもこれも……分かっているのだ。

 例の、不当な猜疑心のせい。

 レンは私を本当に好きなわけなんかじゃなく、この都市に留め置くために夫の役を演じているのかもしれない。なんていう、不当な、猜疑心。

 不当なのは重々承知している。

 だから口には出さない。

 でも、帰宅したレンに「今日はどこかに出掛けたのか」とか「どこで何をしていたのか」とか聞かれるとどうしても反応してしまう。

 一緒に買い物に行こうと言い出した、あの言葉は私の気を引くためのうわべだけの口約束だったのか、なんて疑ってしまったから……さっきは凄く意地悪な事を言ってしまった。

 あれで「そうですね、ハンナと行った方が良いかもしれない」なんて言われたら……あ、駄目だ。そんなこと言われてたら本気で落ち込むところだった。

 軽く頭を振って、嫌な考えを追い払う。

 それから。

 鏡の前にある小瓶に手を伸ばして、香りを身に纏ってみる。

 これは、私の、安心できる心の拠り所かもしれない。

 レンの気持ちを疑うことなんて欠片もなかったあの時の、気持ちが甦るような気がして。

 リョウは小さくため息をついてから、瓶に蓋をして立ち上がる。


 もう、レンはすっかり眠っただろうか、なんて思いながらドアを開け、そっとベッドに歩みよる。

 レンブラントがこちらに背中を向けているのを確認して、リョウは彼の睡眠の邪魔をしないようにそっと隣に潜り込んだ。


「……ずいぶん、ゆっくりでしたね」

 低くて穏やかな声がしてリョウが一瞬縮こまる。

「……ご、ごめんなさい。……起こしちゃった?」

 びっくりし過ぎて声が若干震えるのは隠しようがない。

 リョウの言葉と同時にレンブラントが寝返りを打つようにこちらに向きを変えて腕を伸ばそうとするので。

「あ、あの、レン。……私、今、体冷えてるから……」

 腕を伸ばすその仕草が腕枕を意味することは知っている。そのあといつもなら抱き締めてくれることも。

 でも、なんとなくさっきまで考えていたことを思うと、申し訳なくて甘えられない。

 そもそも「体が冷えている」というのも本当。

 かなり長いこと薄手の寝間着一枚で過ごしたのですっかり体は冷えている。手も足もかなり冷たい。

 こんな体を抱きしめたらせっかく眠りにつくところだったレンの体温まで下げてしまうかもしれない。

 そう思うからベッドの中でつい後ろににじにじと後ずさりしてしまう。


「……なに言ってるんですか。体が冷えているならなおさら温めないと」

 レンブラントが柔らかく微笑んで、今度は強制的に抱き寄せてくる。

 冷たい足だけでもレンブラントの体から遠ざけようとベッドの中で悪あがきしているリョウの思惑を知ってか知らずか、その足に温かいレンブラントの足が絡み付く。


 ああ、やっぱり、敵わない。


 リョウは条件反射で肩の力が抜けるのを実感する。

 こんな風に抱き締められて、体温を感じて、耳許に息を感じていると。

 演技でも何でもいい、とさえ思えてしまう。

「いい匂いがする」

 レンブラントが微笑みながら首筋に鼻先を寄せてくる。

 リョウがくすぐったくて首をすくめると今度はその額にレンブラントが軽くくちづけてから目を合わせるように額を寄せてくる。

「……今日、愛してるって言いましたっけ?」

「……ううん、まだ」

 思わずくすりと笑みをこぼしながらリョウが答えるとその唇にレンブラントの唇が重ねられてくる。

 優しい、静かなキス。

 離してほしくなくてリョウがレンブラントの首筋に手をかける。

 いつの間にかリョウの手は体温を取り戻しており、レンブラントの首筋と同化してしまうような錯覚を覚える。

「……愛してる、リョウ。僕のそばに、居てくれますか?」

 甘えるような囁きが僅かに離れた唇から漏れた。

「うん。……ずっとそばにいる」

 唇が触れるか触れないかの距離を保ちながらリョウが微かに口角を上げながら答える。

 ふふ、と、二人同時に小さく笑いを漏らし、レンブラントが安心したように腕に力を入れ直してリョウの体を抱き締める。


「明日……欲しいもの、決まりました」

 抱き締められているのでリョウにはレンブラントの顔が覗き込めないのだが、ちょっと改まった真面目な声が耳に届いた。

「……何?」

 少しだけ首を動かしてリョウが囁くように尋ねる。

「明日はなるべく早く帰ってくるから……リョウが欲しい」

「え?」

 リョウの体がびくりと震えた。

「何も買ってこなくていいから、明日の夜、僕が抱くまで僕のことずっと考えてて」

 レンブラントがそう言うとリョウの瞳を覗き込む。

 リョウが言葉の意味することを理解して顔から火が出そうになっていると、レンブラントが更に耳許に唇を寄せてきて意地悪に囁く。

「明日の夜、って言ってるんですよ? 反応するの早すぎませんか?」

 気付けばリョウの腰に回されたレンブラントの腕はささやかな反応も逃さない、というくらいリョウの体を自らに密着させており。

「い、意地悪……」

 リョウの声は力なくレンブラントの唇にかき消された。


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