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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
一、序の章 (続きをどうぞ)
26/207

小さな不安

 ザイラが帰ったあと。

 リョウはなんとなく一人で家にいる、という状況に落ち着かなくなり。


「……よっと!」

 リョウの掛け声と共に部屋の窓が開く。

 広めの寝室には外の景色がよく見えるように窓がいくつかつけられている。腰より上の高さの窓が三ヶ所。

 それを次々に開け、外に張り出した部分に出られるようになっている窓も開け放つ。


 ザイラは少し用事を済ませてから帰りたいからと、早めに切り上げて帰っていったのでまだ時間的には午後のちょっと遅い時間。日差しが少し暖色を帯びてきたとはいえまだまだ明るい。

 開けた窓から気持ちのいい風が入ってきてカーテンが揺れる。


「……よし」

 リョウは小さく呟くと、隣の部屋に向かう。

 なんとなく、狭い空間にいると気持ちが滅入りそうだった。

 いや、この家は決して狭くはないのだが。

 窓を開けたら空気が思い切り入れ替わって自分の気持ちも入れ替わるような気がして、気付けば家中の窓を開け放ちながら歩き回っている。


 ……いっそのことカーテン洗っちゃおうかな。今日はもう夕飯を作る必要がないし。

 なんて思って一度カーテンに手をかけたが、いやいや、今から始めたら夜中までかかりそうだ……。と思いとどまる。


 家中の窓を開け終わって二階に戻ろうと階段を上がると、各部屋のドアも開け放しているせいで二階の廊下に爽やかな空気が流れていて思わず深呼吸してしまう。

「さて、と」

 部屋に戻ってきて両手を腰に当てて辺りを見回す。

 ……朝のうちに掃除は終わらせてしまったから、きれい、よね。

 唐突にやることがなくなってしまったリョウは少し視線を落としてから、バスルームに向かった。

 ……お風呂に入ってさっぱりしよう。



 リョウが湯船に浸かって足を伸ばす。

 同時に深く息をつきながら。


 どうして都市から出してもらえなかったんだろう。


 体を動かすことで頭の隅に追いやっていた思考が呼び戻されてしまう。


 ばしゃり、と手ですくったお湯を顔にかけて、その思考をまた思いの奥底に押し込めてしまおうと思ったところで、静まり返ったバスルームではそれはほぼ無駄な抵抗で。


 立場上の問題だろうか。

 守護者(ガーディアン)、という立場。

 都市を守る、者。戦いのない今に至ってはどちらかというと象徴的な存在ではあるが、立場を特徴付ける上着の着用が義務付けられていることを考えても、都市の司は守護者(ガーディアン)を都市に置いておきたいと考えている。

 だから勝手に出ていかれては困る。

 でも、ちょっと友達と遊びにいくのも駄目って……極端すぎないだろうか。


 やっぱり、私が異質な存在だから、軟禁に近い状態を維持しなければいけない……とか、かな。


 リョウはお湯の中で膝を抱えてため息を漏らす。

 考えてみれば、百歩譲ってこの都市の人たちが自分に好意的だとしても近隣都市までもがそうとは限らない。

 危険と思われているなら、そう簡単に都市から出てこられたら周りが迷惑するかもしれない。

 そういう視点で考えたら。

 もしかしたら、この都市は私という「危険な存在」を閉じ込めておくことで近隣都市との協定でも結んでいるのかもしれない。そう考えても不自然ではないような気がする。

 守護者(ガーディアン)という役職はそのための都合のいい枷なのかも知れなくて。


 そう考えると……。


「あ、ダメだわ……」

 リョウが少々虚ろになってきた目をあげる。

 一度マイナスに傾いた思考はそのまま降下を始め、この都市の人が自分を受け入れてくれているように思えるのは、単にこの力を恐れて怒らせないようにしているからなのかも知れない、とまで思えてきてしまった。


 ざばっ、と音をたてて勢いよく湯船から上がり、タオルを体に巻き付ける。


 私……いつからこんなに贅沢になってしまったんだろう。

 だいたい。

 昔は回りの人たちが自分を怖がることなんて当たり前だったじゃない。

 それに東の都市にいた頃は、疎まれて当然の社会不適合者だった。

 回りの人が私に笑いかけてくれるだけでありがたいはずなのに、その動機が純粋でなければ傷付くなんて、贅沢すぎやしない? 人の、私への心のあり方までいつの間にか要求するようになっているなんて、思い上がるにもほどがある。


 鏡の前に座って髪を乾かしながら、ふと目の前に映る自分の顔の眉間に深いシワがよっているのを見てリョウが軽く首を降る。


 本気で愛してくれるのはレン一人で十分。

 それ以上のことは望んではいけない。

 レンに嫌われていなければ、よしとしなければ。

 そう自分に言い聞かせてみる。


 ふと視線を落とすと鏡の前に置いてある、いつか買って貰った香水の瓶に目が留まりリョウの口許がほんのわずかにほころぶ。

 それをゆっくり手にとってふたを開けると、ふわりと広がる花の香り。

 それを少しだけ指先にとって耳の後ろ、首筋辺りにつける。店の女主人が教えてくれたのでその付け方はすっかり身に付いている。

 血管の近くは体温が高くて香りが広がりやすいらしい。

 レンブラントも好きだと言ってくれた香りに包まれるとリョウはわずかながら、自尊心が戻ってくるような気がした。


 部屋に戻ると大きく揺れるカーテンの向こうの空が見事な夕焼けを作っていた。

 リョウがふらりとソファに歩み寄り、ため息をつきながら深く沈み込む。そのまま肘掛に両腕を乗せて上体を倒すと心地よい眠気が襲ってきた。

 ……少しだけ、寝てしまおう。

 嫌なことがあるときは、一旦リセットしてしまえばいい。



「……リョウ」

 柔らかい声が聞こえてリョウの意識が浮上した。

 あれ? なんだか温かい。

 わずかに身じろぎすると、思いの外心地よい温もりを感じる。

「……ほら、そろそろ起きないと」

 ……ん? そろそろ?

 ぼんやりしながら目を開けると、柔らかいブラウンの瞳と目が合った。

「ああ、起きましたね。もうこのままベッドに運んでしまおうかと思ったんですが」

「あ……レン?」

 リョウがソファの上で身を起こすと、ずり、と体を包むようにかかっていた大きめのブランケットが落ちかかって肩にひやりとした空気が触れる。

「家中の空気の入れ替えは良いんですけどね……ちょっと寒そうだったので」

 くすり、と笑いをこぼしたレンブラントがまだぼんやりしているリョウの肩にブランケットを巻きつけるように掛け直してから一番大きな窓に向かい、真っ暗になっている外を確認するような仕草をした後その窓を閉めて、ゆっくりカーテンを引く。

 そろそろ収穫後の雨季が来る。

 夜の風は冷たくなって来る頃だ。

「……ごめんなさい。私、本気で眠ってたのね。軽くうたた寝のつもりだったんだけど」

 回りを見回すと部屋の窓は全て閉じられており、カーテンもきっちり引かれている。

「ちょっとびっくりしたんですよ。帰ってきたら家中の窓が開いていて……しかもレジーナがリョウから離れないから。おかげでそこの窓も閉めるに閉められないし」

 レンブラントがそう言いながらソファの、リョウの右隣に腰を下ろしリョウの肩に落ちている髪をそっとすくい上げて背中に落とす。

「……え、レジーナが?」

 リョウが声をあげるとレンブラントがクスクスと笑いだす。

「そう。なんだかリョウを守っているみたいに離れなくてね。ちょっと近づくだけで威嚇するんですよ。仕方ないから『そのままじゃリョウが寒いだろうから』って言い聞かせてこれだけ掛けさせてもらって食事をしに下に行っていたんです。いい加減どうにかならないかと思ってリョウを起こしたらようやく離れましたけど……ずいぶんあっさりした引き際であっという間に窓から出て行きましたよ」

 うわ……レジーナ……あの後、ここにまできてくれていたのか。

 リョウがこっそり目を見開く。


 そういえば……あんな心境で寝入ったのに変な夢にうなされた記憶がない。

 珍しいかも。

 レジーナのお陰とか……ないかな。いくら聖獣とはいえそういう力があるなんて話は聞いたことがない。……まぁ、聖獣については知らないことばかりではあるけど。


「何か、ありましたか?」

 ふわり、とリョウの頬が温かくなった。

 反射的にリョウが目をあげると頰に手を伸ばしてきているレンブラントと目が合った。

「……え……」

 先ほどまで笑っていたとは思えない真剣な瞳にリョウが戸惑う。

「……ううん。何も」

 咄嗟に笑って答えていた。

 本当に? と念を押して来るレンブラントに頷いて見せるとレンブラントは小さくため息をついてリョウの頰に添えた手でその頭を撫でて立ち上がる。

 その動きを見つめるリョウに。

「少し体が冷えてしまいました。シャワー浴びてきますね。……ああ、リョウは先に寝ていなさい」

 あ、そうか……。

 室内なのにこんなに冷え切っていたら確かに体が冷えてしまう。私ならちょっと肌寒い、程度でも人間には……下手したら風邪ひいちゃうかもしれない。

 珍しく上着を着たままのレンブラントがバスルームに向かうのを見送りながら軽く後悔する。


 ザイラが言っていたようにレンの仕事はここのところ遠出が多い、ということならいつもより疲れて帰宅しているのだろう。

 それが、帰ってみたら家中の窓が開きっぱなしで風が通り抜け放題って……ちょっと、いや、かなり……酷い。

 これ以上負担をかけないようにしなくては。

 リョウは言われた通りにベッドに潜り込みながら反省してみる。

 本当に、今、レンに嫌われたら私、どん底まで落ちる気がする。

 これ以上、嫌われるきっかけを作るような言動は慎まなければ。


 ごろり、と、寝返りを打つ。

 レンブラントが入って来る方向に背中を向けるように。

 レンは……本当に私のことを好きでいてくれるのだろうか。

 昼間の思考の続きで、ものすごい勢いで不健全極まりない極端な思考であることは自覚しているのに、なんだか歯止めがきかない。


 都市が私を閉じ込める檻のような役割をしているとしたら、レンは……私を精神的に繫ぎ止める役割の人間なのかもしれない。


 そんな、自分でもびっくりするような考えが浮かんでしまって、その一瞬、背筋が凍るような感覚に陥る。

 でも。

 それはそれで辻褄が、あうのではないだろうか。

 都市の意向。それは司であるグリフィスの意向。

 レンはグリフィスに対して親以上の恩を感じている。文字通り命の恩人として。

 そして、自分の都合はさておき、グリフィスの為になることは何でもしようとしていた。

 リョウはレンブラントに会って間も無く、駐屯所を案内されながらした会話を思い出していた。

 彼は、自分が「風の民」出身であることの故に自らの評判が落ちようともそれによって上級騎士が増えるならそれが都市の力になり、ひいてはグリフィスの評判が上がる事に繋がるのだからそれでいい、というようなことを言っていた。

 普通の騎士なら自分の名誉のために戦闘の成果を上げるところを、そんな考え方をはなから否定するような意見にリョウはちょっと驚いたものだった。

 その、司殿への同じ忠誠心をもって、私に接しているのだとしたら。

 結婚なんて、自分の人生を棒に振るような犠牲を払う人がいるとは思えないのが現実だけど……あの、レン、なのだ。

 一生をかけて、グリフィスの役に立つために、私を繫ぎ止める役を買って出ている……としても、納得できなくは、ない。


 うわ……どうしよう。


 ベッドの中でリョウは自分の両肩を抱くようにして縮こまる。

 知らず知らずのうちに自分の体がカクカクと震えているのが腕に伝わる。

 涙は……出ない。

 目を見開いたままのリョウの目からは、不思議と涙は一滴もこぼれなかった。

 あまりのショックに体が震える間も、頭は次々と思考を巡らせている。


 もし、そうだとしたら、私は。

 私は……どうしたらいいだろう。


 その、レンの行動の裏をかくとか、うまくここを逃げ出すとか……。

 出来ないことでは、ない。

 火の竜の力を持ってすれば、たかが人間相手。自分の意思で、ここから出て行くことは十分可能。


 そう。たかが、人間相手、だ。

 あの人だって、たかが、人間なのだ。私からしたら。


 でも。


 ふ、と。

 思わず笑ってしまう。


 あの人が、がっかりするのは……嫌だな。


 騙すつもりでの、婚姻なのだとしたら……最後まで騙されていたい。

 幸せなふりをして、最後にはその手で殺してもらえたら、それでいい。

 そんな気がする。

 今まで長い間、誰の役にも立たなかったこの命が、あんな素敵な人の役に立つならそれでいい。


 そこまで思い至った時、初めて涙がこぼれた。



「……リョウ、眠ってる?」

 小さな声がしてリョウの肩がびくりと震えた。

 声がかけられるまでレンブラントが近づいて来る気配に気づかなかった。

 眠っていたのかもしれない。

 気がつけば部屋の照明が落とされている。

 声に続いて、レンブラントがベッドの中に入って来る気配がしてリョウの背中が温かくなり、体に腕が回される。

「……すみません。起こしちゃいましたね」

 レンブラントが耳元で囁き、その声にリョウの体がこわばる。

「……リョウ?」

 いつもなら帰って来るはずのない反応にレンブラントが訝しげに少し身を起こして、リョウの顔を覗き込もうとする。

 ので。

 リョウが慌てて一旦枕に顔を埋めて涙を拭き、くるりとレンブラントの方に寝返りを打ってそのままその胸元に顔を埋める。

 ……大丈夫。灯りは落としてあるから涙の跡なんて見えない。

 そう、自分に言い聞かせて。

「……ねぇ、レン……」

 変に色々聞かれる前に何か別の話題! と焦ったリョウの口から出た言葉はそれに続く言葉を紡ぎ出せず。

「どうしました?」

 レンブラントがリョウの体を抱きしめながら額にくちづける。

「……私のこと、好き?」

 ああ、ダメだ。なんでこんな言葉しか出てこないんだろう……。

 そう思いながらもリョウはレンブラントの言葉を期待してしまう。

「何言ってるんですか、決まってるでしょう。好きですよ……嫌な夢でも見ましたか?」

 柔らかく笑いを含んだようなレンブラントの声に、ふっとリョウの肩の力が抜ける。

 これはもう、条件反射だ。

「……うん。ちょっと、嫌な夢見たの。もう大丈夫」

 そう言ってリョウがレンブラントの胸元に擦り寄ると、レンブラントはいつものようにリョウを抱き締める腕にゆっくり力を入れる。

「なら良かった……ああ、リョウ……あの香水付けていたんですね……いい匂いがする」

 レンブラントがラストノートが微かに残るリョウの首筋に鼻先を寄せて囁くのでリョウがくすぐったくて首をすくめた。

「……うん。この香り、すごく安心するの。大好き」

 くすり、とレンブラントがリョウの耳元で笑いをこぼす。

「大好きなのはその香水? 贈り主?」

「……両方」

 優しい声に促されてリョウが囁くように答えるとレンブラントが「ふーん」と声にならない返事をして。

「……どちらか一つを選んで欲しかったんですけどね。もう一回答えさせてあげましょうか?」

 いつも通りの柔らかい口調で囁かれたあとリョウの顎に手がかけられ、その唇に優しいくちづけが始まった。




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