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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
一、序の章 (続きをどうぞ)
20/207

片想い

 レンブラントはリョウの体を抱いて、その寝顔を見つめながら一向に眠気と縁の無い夜を過ごした。


 はじめの内は少し体温が低いようにさえ思えて気が気ではなかった。

 本人は取り立てて具合が悪いようでもないし、竜族の体ということからして本当は大したことではないのかもしれない。

 一緒に湯船で温まった筈なのに体を拭いているうちに一気に体温が下がったような気がして慌ててベッドに運んだのだが、それでも、抱き締めた腕の中でなかなか温まらないリョウの体に焦った。


 恐らく、相当量の出血があったからだろう。

 もしくは、変な薬を使われたせいか。

 全身血だらけの彼女を見たときには背筋が凍った。

 自身の血で染まっている上に、紅く変化した瞳のその姿は……どんな扱いを受けたのか、そしてその扱いのせいで「力」を使わざるを得ない状況にまで追い込まれたのかと想像しただけで一気に頭に血が上ってそのあとのことはほとんど覚えていない。

 そういえば足元で小さな炎が上がっていたように思えたからあれが彼女のやったことなのかもしれないが……それにしても僕以外の男にあんな姿を曝さねばならなかったなんて今思い出しても体が震える。



 アルが昼過ぎに報告に来てくれたのはありがたかった。

 昨日はリョウがすっかり眠り込んでいて何も聞いていなかったので。

 リョウに一番会わせたくないと思っていた診療所の医師セイジと、よりによって接触したという報告。

 しかも、何か薬を飲まされたらしい、という情報。アルが部屋に入った時に部屋に立ち込めていた匂いからして精神安定剤兼、睡眠薬として処方する東方の煎じ薬だろう、とのことだったが残り香の強さから相当濃いものだったのではないか、と言われた。昨夜、リョウが何をしても起きなかったのはその薬のせいだったのかと怒りが込み上げてきたのは言うまでもない。

 診療所で働いている医師たちは一応アルが適正を見て雇うかどうか決めている。

 セイジは少し危ない思想を持ってはいたが、研究の腕が群を抜いており薬品の扱いにも長けていたからアルの監督下で働くということで辛うじてこの都市に入ることを許した医師だ。

 例の文献を発見してからというもの、研究への入れ込み方が危ないとの報告も上がっていてアルには注意換気をした。

 確か、都市に残っている風の部族の竜族にも手を出していたはずだ。

 さっさと追放処分にでもすればいいと思っていたが、竜族を妻に持つ者が自分の思い通りにことを運べば偏見ととられて今後の発言権にまで影響が出かねない。いざというときに発言権がないのは問題だろうと意見を控えたことが悔やまれた。

 それでも、あの男、セイジの研究はなんだかんだで評価されてもいた。麻酔の技術なんてあの男のお陰で一気に上がり、ここ最近の診療所での手術の成果は近隣でも注目を浴びている。


 でも。

 それとこれとは別だ。

 レンブラントが小さくため息をついてから腕の中で静かに寝息をたてているリョウの髪をそっとかき上げて額にくちづける。


 ……無事でよかった。

 でも、怖い思いをさせてしまった。


 アルが、一応牽制はしておいたからすぐにセイジが動くことはないと思う、と言ってくれた言葉に安心しすぎたのだ。

 まさか、翌日にリョウに手を出すなんて。

 午後の会議の前に、グリフィスが「先程までリョウのところにいた」なんて言うからそれもうっかり安心した要因だった。

 仕事を終えて帰宅したらリョウがいなくて愕然としたのだ。


 慌てて診療所のアルのところに行った。アル自身も今日は日中、診療所を不在にしていたからまさか隣の部屋でセイジが恐ろしい実験を始めているとは予想外だったらしい。


 リョウには「アルのところに」一人で乗り込むな、としか言っていなかった。厳密には「危険人物がいる診療所」に一人で行くな、という意味だった。

 でも「危険人物」であるセイジについて説明すればリョウがまた傷付くのではないかという思いと、セイジがそこまでするとは限らないという可能性から詳しく話すのを控えてしまった。


 ……確かに、今日はアルに会いに行ったわけでは無いとしても。

 リョウが無事だと理解できるにつれ、今度は沸々と怒りが込み上げて来て仕方なかった。

 今はだいぶおさまった感情を思い返す。

 少なくとも昨日は、アルに会うために診療所に一人で乗り込んだのだ。僕の制止も聞かないで。

 そしてセイジに目をつけられた。

 そう思うと、平然としているリョウに怒りをぶつけてしまいそうで、体を洗ってやりながらも涙が出そうだった。

 途中でリョウが「ごめんなさい」を連発しはじめて我に返った。


 震える声だった。

 気付けばもう、目も合わせてくれないほどに落ち込んだ様子で。涙の溢れる瞳を見ていたら抱き締めずにはいられなくなった。


 竜族の力を忘れていたことも事実だ。

 ここ最近、戦いとは縁がなくなってリョウの強さを少し忘れていた。

 考えてみれば、リョウからしたら「子供の遊びに少し付き合ってあげただけ。度が過ぎるから付き合いきれなくなって帰ろうとしていたところ」程度のことだったのかもしれない。

 そう思ったら、自分の必死な心配が急に滑稽に思えてきてリョウに謝罪させている自分が嫌になった。

 ベッドに入っても謝るリョウの唇を強制的に塞いだ。

 少し強めに抱き締められると安心する、と言っていたことを思い出して抱き締める腕に力を入れたら安心したのかリョウの体の力が抜けてうとうとし始めたので、そのまま眠りに落ちるまで抱き締めていたが……その寝顔を見てもこっちは一向に眠れず。


 ああ、気付けばそろそろ夜明けだ。


 今日は診療所の方の後始末で少し忙しくなるだろう。以前所属していた駐屯所の、成れの果てである診療所は自分の管轄になっている。こんなことが起こった事後処理もまた自己責任として片付けねばならないだろう。今回は関わったのが妻なのだから尚更責任が生じるかもしれない。

 それでもやはり、この柔らかな温もりをいとおしく思う気持ちに変わりはなく、いやむしろこれ以上傷つかなくていいように守らなければならないし、ついてしまったかもしれないどんな小さな傷も見逃さずに癒してやりたいと思うと、腕に力が入ってうっかり起こしてしまうのではないかと、はっとする。


 忙しくなりそうだとはいえ出来るだけリョウのそばにいてやれるように本来の仕事の方の休みの申請は……出来るだろうか。


 いや、そんな気遣いもリョウには本当は必要ないことなのだろうか。

 そう思い当たるとなんだかやるせなくなって、胸元に顔を埋めるようにもぞもぞと動くリョウの顎に手をかけて上を向かせ、頬にくちづける。

 そのまま唇を首筋に向かって滑らせて耳の下辺りにもキスをする。

 洗ってやった髪の匂いを吸い込んでから耳元で出来るだけ小さな声で「愛してる」「僕から離れないで」と囁いてみる。

 最近、眠っているリョウにこうするのが癖になっているような気がする。

 深層心理に働きかけたらもっと気持ちが通じるんじゃないか、なんて考えてしまうので。


 ふと、小さく笑みが溢れる。

 自嘲の笑み。

 ……これではまるで、片想いしているみたいだ。相手は妻なのに……。


 外がわずかに明るくなってくる頃、レンブラントがようやくまどろみ始めた。

 そんな矢先。


「……?」

 何か音がしたような気がしてレンブラントが上半身を起こした。

 眠っているリョウを起こさないように気を付けながらそっとベッドを抜けて下の階に降りる。

 一階に降りて音の正体が分かった。

 誰かが玄関のドアをノックしているのだ。

 一応、呼び鈴というものがついているのだが……時間帯を考えて控えめにしてくれているのだろう。

 ということは、ドアの向こうにいるのは。


「……ああ、アル」

 レンブラントがドアを開けるとそこには予想通りアルフォンス。

 疲れきった顔をしているところを見ると、徹夜だったのかもしれない。

「やっぱり眠れていないようですね。……リョウの様子は?」

 自分が彼に対して思ったことと同じ言葉が掛けられてレンブラントが一瞬戸惑う。

「この程度の音で出てくるということは単に起きているだけじゃない、神経が高ぶってるってことですよ」

 アルフォンスがにっこり笑ってそう言いながら開いたドアを再びノックして見せる。

 ああ、そういうことか。

 と、レンブラントが納得して苦笑しながら頭を掻く。

「リョウなら眠っていますよ。昨日のように薬の効きが遅くて今効いているということですかね」

 そう言いながらレンブラントが一歩下がりアルフォンスを招じ入れる。

 取り敢えず応接間へ。

 リョウが掃除してくれているらしく塵ひとつない状態でテーブルと椅子が部屋の隅にある。広い部屋の中ほどには低いテーブルを囲んで談話出来るような大きめのソファがあるが……今日の、この雰囲気で部屋の真ん中でゆっくり話す、はない、な。

 なんて思いながら。

「竜族の体の造りについては正直いって謎だらけです。薬や毒に耐性があるといってもどの程度なのか、効きが遅いというのはどこまでなのか……僕でよければ午後にでもリョウを診に来ようかと思うのですがどうですか? 勿論、君には同席してもらいます」

 椅子に座りながらアルフォンスが切り出した。

 レンブラントに異存はない。自分にも同席させるという事が強調されてむしろ安心できる。

「それは、是非。……ああ、リョウの意見を聞くのが最優先ですけどね」

 セイジにされたことを考えると、例え相手がアルでも診察を受ける、ということには抵抗があるかもしれない。

 レンブラントはそんなことに思い当たる。

 と、アルフォンスが大きく頷いた。

「それは勿論です。患者が望まない医療行為は患者の権利の侵害ですからね。強姦と同じですよ」

 それはまるで、セイジの行為を暗に指しているようでレンブラントの背筋にぞくりと悪寒が走った。

「ああ、そうだ。そんな訳で、リョウのことは司殿に報告しましたが内密事項になっています。診療所内であの場にいた他の医師たちにも口止めはしてあるので安心してください。……ああ、彼らの守秘義務への認識に関しては信頼できるので大丈夫。今回のことに限らず患者や治療、研究内容に関して普段から身内にも情報は漏らさないという前提で働いてもらってますから」

 そこまで説明するとアルフォンスはふっ、と笑顔を作ってレンブラントの肩を軽く叩いた。

 人懐っこい、「癒し系」と定評のある笑顔だ。

 ああ、そうか。笑顔をこういう風に使うから患者から絶大な信頼を得るんだったな、などとレンブラントは思いながら、それでもその「計算された」笑顔からしっかり安心感をもらっている自分に少しばかり脱力した。

「で、レン。司殿からの伝言で『今日は一日リョウのそばにいてやれ。仕事の方は司が直々に根回ししておいてやる』とのことです。必要なら今日だけと言わず数日仕事を休めるようにしてくれるそうですよ」

「グリフィスが……」

 レンブラントが言葉に詰まる。

「やっぱり父親、なんでしょうね。ああ、でもあれは司としての行動、か……守護者(ガーディアン)をこの都市に健全な状態で置くのは司の力量を近隣に示す上で今や必須ですからね」

 自分が思ったこととほぼ同じことをアルフォンスが言葉にしたのでレンブラントが苦笑しながら小さく頷く。

「診療所の方は僕がとりあえず片を付けます。君の管轄とはいえ……君は僕の結果報告を待ってから動けばいい、ということになりましたからね。……で、君にはこれ。煎じて飲みなさい。神経の高ぶりを和らげる薬です」

 そう言うとアルフォンスがテーブルに小さな紙袋を乗せてレンブラントの方に押しやる。

「……僕に、ですか?」

 反射的にその袋に手を伸ばしたレンブラントにアルフォンスが。

「今の顔をリョウが見たら心配しますよ。それにその状態では目を覚ましたリョウの気持ちが仮に不安定だった場合、ちゃんと受け止めてあげられないでしょう?」

「……ああ、そう、ですね」

 どうやらアルフォンスには自分の体調はお見通しらしい。

 そう思ってレンブラントが諦めたように笑って見せる。

「煎じ方は分かってますか?」

 ニヤリと笑って尋ねてくるアルフォンスに。

「はいはい。鉄や銅以外の鍋で水の量が半分になるまで、でしたね」

 昔、何度も教えられた言葉を返す。

 ……彼には本当に世話になったのだ。

 お陰で顔色ひとつ見ただけで体調を見抜かれる。

「よろしい」

 そう言って安心したように笑うアルフォンスが椅子から立ち上がりながら。

「……僕は午後少し遅くなってから来ますね。リョウだけじゃない、君も少し休んでおきなさい」

 そう言って静かに立ち去るアルフォンスをレンブラントは少し懐かしい思いで見送った。


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