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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
一、序の章 (続きをどうぞ)
17/207

研究者

 昼過ぎ。

「ちょっと早かった……ってこともないかな」

 リョウがセイジの部屋を目指して診療所に入って行きながら独り言を漏らす。

 診療所が賑わっているというのも望ましいことではないが、思っていたより静かだ。

 ザイラなんかほぼ毎日仕事をしているわけだから病人や怪我人で賑わっていることをなんとなく想定していたリョウはほとんど人の気配すらない廊下を歩きながら拍子抜けしていた。

 そういえば昨日来たときも静かだった。


 セイジの部屋の前で立ち止まり、少しだけためらったあとドアを軽くノックする。

「どうぞ」

 平坦な声が聞こえて、リョウがドアを開けると、こちらに背を向けるようにして机に向かっていたセイジが振り返った。

「昨日はありがとうございました。お言葉に甘えてお邪魔させていただきました」

 リョウが差し障りのない挨拶をする。

「ああ、どうも。……その辺に座ってください」

 セイジが指し示すのはドアから入ったリョウのすぐ隣。

 リョウが目を向けると小さなテーブルと椅子がある。

 言われるままにリョウが座って何となく回りを見回す。


 アルフォンスの部屋とはだいぶ様子が違った。

 セイジの部屋には彼用の机と椅子に本棚。そしてリョウが座った椅子と小さなテーブル。これはちょっとした応接用のスペースらしい。アルフォンスの部屋にあったような診察台は無い。

 その代わり、部屋がカーテンで仕切られていてかなり狭い。アルフォンスの部屋と同じ広さなら半分はカーテンで隠れていると思われる。

「ずいぶん、部屋の様子が違うんですね」

 思わずリョウの口から素直な感想が出た。

「ああ、部屋の使い方は各自の研究に合わせていますからね。アルはどちらかというと人の体の造りそのものに強い関心があるから仕事がしやすいように診察台が必要なんですよ。骨とか筋肉なんかを観察するにはね」

 ああ、なるほど。

「え、じゃあ、セイジさんは何を研究されてるんですか?」

 納得したところでリョウが反射的に聞き返す。

「うーん……そうですね、人体に宿る見えない力、といったところでしょうか。免疫力とか治癒力とか……まぁ、あんまり一括りには出来ないんですけどね。ああ、お茶を淹れてきますので少しお待ちください」

 セイジはそこまで言うとカーテンの仕切りの向こうに姿を消した。


 ……うわぁ……。

 セイジの動きを目で追っていたリョウは思わず声をあげそうになるのを辛うじて堪える。

 あのカーテン、正解かもしれない。

 今、ちらりと棚に並んだ怪しげな、大小様々な瓶が見えた。あれ、薬品だけじゃなくて何かの標本的な物だった気がする。

 色彩からして全体的に気持ちのいいものではなかった。

 あんなものが目に入って冷静でいられる患者はいない、ような気がする。


「お待たせしました」

 セイジがリョウの目の前のテーブルに小さめの茶器を並べる。

 取っ手の無い小さなカップに小降りなティーポットから注がれるお茶は……。

「……すごい、色、ね」

 かなり黒く見えるお茶に、つい言葉を出してしまってから失礼ではなかったかしらと、はっとするリョウにセイジが薄く笑った。

「東方のお茶ですよ。ちょっと希少価値があるものでしてね。先に香りを楽しんでみてください」

 そう言うとリョウのすぐ前にカップが置かれた。

「他にご質問は?」

 カップが置かれると同時にセイジがそう言ってリョウと目を合わせてくる。

 なので、リョウはつい照れたように笑みをこぼした。

「ごめんなさい。私、そんなに質問したそうでした? ……この棟、昨日も今日も静かなのでなんだかちょっと気になってて」

 なんとなく落ち着かないのはそのせいかな、なんて思いながらリョウが尋ねる。

「そうですか?……あ、ああ。そうか、ご存知ないんですね。この診療所で実際に診療を行っているのは隣の棟なんですよ。ここは研究者の棟。主に治療法や薬品の研究をしています。当直の医師が診療の棟で仕事をしますが他の医師は大抵ここで研究に専念したり……ああ、今日のアルみたいに他所の医師達の教育のために出張する事もありますが、医学の発展のために自由に仕事をしてるんです」

「あら、そうなんですか」

 リョウが目を丸くしてカップを取り上げる。

 なるほど、だから静かなのか。

 そしてアルは研究に没頭している間ここに詰めっぱなしになるってことなのね。

 カップからはちょっと独特な香りが立ち上っている。甘いような、香ばしいような。

 リョウは思わずまじまじとカップの中を見つめてしまう。

 ……でも、希少価値があるって言ったよね。多少不味くてもここは飲まないと失礼かもしれない。

 そう思って取り敢えず一口飲んでみる。

「……これ、お茶? 薬?」

 思わず眉をしかめながらリョウが聞く。

 香りだけではなく、味も独特だった。苦いというか甘いというか……飲んだあと鼻に抜ける香りも強くて……これ、濃すぎないかしら? 独特の渋味に舌が痺れる、という感じ。

 同じお茶を注いだカップを取り上げたセイジがためらうことなくそれを飲み干して笑って見せた。

「一応、お茶なんですけどね。人によっては薬として作用することもありますよ」

 ……飲み続けると体にいいとか、そんなことだろうか。

 なんて思いながらリョウが相槌を打ち、カップの残りをぐいと飲み干して苦笑する。

「昨日はよく眠れましたか?」

 薄い笑みを浮かべたまま、セイジが尋ねてくるので。

「え……あ、ああ、そうですね。あのあと買い物でかなり歩き回ったし……久しぶりに歩き回ったせいかかなりしっかり眠りましたよ」

 リョウが答えると何故かセイジが目を丸くした。

「へえ……あのあと歩き回れたんですか。さすが竜族の頭ですね。でも、全く効かなかった訳でもないんですね」

「……は?」

 話が見えなくなってリョウがつい聞き返す。

「昨日のお茶、あれ、体調不良で眠れない人に処方する薬だったんですよ。竜族の、しかも頭ともなると毒にも薬にも相当な耐性があるでしょう? どのくらいで効くか分からなかったので普通に出す強いという基準の五倍くらいにはしたんですがその場で眠り込むかと思ったらけろっとしていたので驚きました」

 ……何を言い出したんだ? この人。

 リョウが固まった。

「えーと、私がその場で眠ったとして、どうするの?」

 邪魔でしょう、大の大人がいきなり眠り込んで動かなくなったら。

「そうですねぇ。使い道は色々あると思いますよ。とりあえずじっとしていていただければ体の各部を少しずつ頂いて色々な実験に使わせていただけます」

 セイジの笑みがどことなく冷たいものに見える。


 いや。

 冷たいのだ。


 ふと、リョウの思いの中にあった幾つかの点と点が繋がった、気がした。

 どことなく感情に薄いような印象の彼の態度。

 親しみを感じない薄い笑い。

 それは相手が「私」だからだったのだ。

 竜族という、研究対象。

 人ではない。

 感情を持って接するべき相手ではない。

 そんな価値もない、もの。


 自分の中で本能的に排除していた可能性が、頭をもたげてきた瞬間、つじつまがあってきた。


 この人は、危険かもしれない。

 そんな警告を本能がずっと発していたから、なんとなく落ち着かなかったのだ。


「ああ、今頃気付いたんですか? 参ったな、僕があなたを対等な人として見ているとでも思っていたんですか? ……一応、僕は東方の出身でしてね。僕の曾祖父は火の竜によって滅ぼされた村の出身なんですよ。僕は子供の頃からその話を聞いて育ちましてね。この度、竜族が人に危害を加えないという契約を交わしたということでこちらに移住させていただいたんです。和平を結ぶということは……人の世のために多少は力を貸してもらってもいいですよね? なに、殺したりしませんよ。体の一部をなくしたって死んだりしないでしょう?腕とか脚とか……そうですね臓器も一部なら大丈夫だと思いますよ」

 にやり、と笑ってセイジが空のカップをテーブルに置いた。


 ……何を言ってるんだ?


 リョウが返す言葉もなくセイジの動きをただ目で追う。

「ああ、さっきのお茶ね、あなたのカップには先に薬を入れてありました。このお茶自体は単品で飲めば嗜好品ですが薬と混ぜると薬の効果を強める物なんです。普通の人間が飲んだら確実に致死量ですが……昨日の薬が夜になって効いてきた程度なんだったら、まぁ、そろそろ効いてくるのかな? 薬が切れるのも早そうなのでさっさと済ませてしまいましょうね」

 セイジはそういうとリョウの方に一歩踏み出す。

 なので。

「……え、ちょっと……」

 思わずリョウが立ち上がる。

「おや。まだ立ち上がることができますか」

 なんて楽しそうに話しかけてくるセイジを見ながら。


 ……この人の言うことが本当だとして、万が一、ここで動けなくなった場合、ちょっと面倒なことになりそう。

 回避するにはやっぱり、この人を投げ飛ばすとかして無力化しないといけない……うん、私がここから出るのを邪魔されないようにする一番平和的な方法はそれしかなさそうだけど……。

 なるべく部屋のものを破損させないようにするとして。

 そんなことを考えながら、セイジの体格を観察する。

 身長は自分より少し高め。細身だけど男性だから重量はそこそこあるだろう。医師らしく格闘慣れしているとは思えない体型。下手な投げ飛ばし方したら大怪我させてしまう。

 毒に耐性のある体なのでまだ、何ともない。とはいえ。

 本当に、とっとと片付けてしまわないと厄介だ。

 そんなことを一瞬の内に考えて。

 次の瞬間、すぐ目の前まで歩み寄ってきて肩に伸ばされた腕をするりと避けて、ついでにその腕を掴んで部屋の何もない場所に向けてセイジの体を投げ飛ばす。


 筈だった。


「……え?」

 リョウの目の焦点が一瞬で合わなくなった。

「ああ、やっぱり効くのにも少し時間が掛かりましたね」

 ゆっくりとしたセイジの声がちょっと遠くで聞こえて。

 次の瞬間。

 リョウの体の力が一気に抜けた。

 膝、腰、腕、とにかくすべて。

 反射的に掴んでいたセイジの腕にしがみつく。

 と、それはセイジにとっても好都合だったようでそのまま抱き上げられた。


 ちょっと待って!


 叫ぼうとして、声が出ないことに気付く。

「ああ、声帯も麻痺してるでしょう? 舌も動かないと思うので意味のある言葉は出せないと思いますよ」

 冷ややかな声がして、リョウの意識が、落ちた。

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