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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
一、序の章 (続きをどうぞ)
14/207

意志疎通

 

 

「……はぁ」

 リョウがため息と共に手元の紙の束を揃え直して、テーブルの上に置く。


 例の、アルフォンスのところから拝借中の紙の束だ。

 暗くなってしまう前に読みきってしまえそうだったので午後から寝室にこもって読み進めてしまった。


 読み通すのに軽く一週間かかった。

 前半はほとんど言い伝えをまとめたもので中には作り話の要素が強いものもかなりあった。

 後半は、もっと古い文献からの抜粋も含まれていて、竜族と人間の生物学的な違いについてまとめたもの。


 おそらく、この資料は何か他の書物からの寄せ集めだ。と、リョウは確信していた。

 何しろ、所々、ページが不自然に途切れているところがあり、書かれている内容もページによっては古さや筆者の違いを感じる。意図的にアルフォンスのような医学の分野に関心のある者がその関心に合わせて集めた資料といったところ。

 だから本の形ではなく、紙の束なのかも知れない。

 

 そして、リョウはちょっとばかり現実逃避をしたくなる自分に気づく。

 

 結構な量の、資料。

 これを集めた人の意図したことってなんだろう。

 

 竜族の強靭な肉体についての記述は多岐に渡った。

 どの程度の怪我がどの程度の速度で治癒するのか。

 人との混血である者にはどの程度の強さが見られるのか。

 中には、これがもし「実験」をして得た情報なのだとしたら……と、恐怖を感じるほどの記述まであり……もしそうなのだとしたらそれに関わった筆者だけでなく被験者となった竜族の者たちについて考えたくない事実があるような気がして怖くなる。

 

 学者というものはそういうものなのだろうか。

 研究対象に対して持つ執着とはそういうものなのだろうか。

 例えばアルフォンスも。

 ザイラやレンブラントが近づけたがらなかった事がリョウの脳裏をよぎる。

 あれは、研究者としての彼の犠牲にリョウがならないように、という、本気の警告なのだろうか。

 

 ……まさか、ね。

 ふっと、リョウが口許に笑みを作る。

 わずかに引きつった不自然な笑いではあるが。

 だって、そうでもして現実逃避でもしないと、本当に人を信じられなくなりそうなのだ。

 あの、アルが、こういう人だとは……ちょっと思えない。思いたくない。

 ふと、人懐っこい癒し系の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 

 それに、初めのうちはさほど気にならなかったのだが、所々、不自然にページが抜けているように思えた。

 記述が過激になってくるとその章のページが唐突に終わっていたりする。

 これって……アルが私の目に留まらなくていいように敢えて抜いているのではないだろうか。

 そう思うと、そこに彼の気遣いが感じられて人間不信に陥りそうなリョウの不安はぎりぎり留められるのだが……だとすると、そのページには何が書いてあったのだろう。そんな別の疑問が湧いてくる。

 

 なんとなく、その抜けたページをつなげると、この資料をまとめた人の真意が見えるような気がしなくも、ない。

 

 アルに会いに行ってみようかな……。

 

 レンブラントやザイラが聞いたらなんて言うかわからないような事をふと思う。

 

 だからといってレンと一緒に行けばいい、というのとも違う。

 個人的に行って、誰にも邪魔されずに、アルの専門家としての意見を聞きたい。

 そうリョウは思った。

 おそらく、レンが一緒に行ったなら、何かしらの圧力をかけてアルの正直な気持ちは聞き出せないかも知れない。

 そんな気がしてならないので。

 

「読み終わったんですか?」

 不意に背後から声をかけられてリョウの体がビクッと震えた。

「……あ、レン? 帰ってきてたの? ……ごめんなさい、気付かなかった……」

 しまった、そんなに深く考え込んでいた自覚はなかったのに。

 そう思いながらリョウがソファから立ち上がる。

 レンブラントやザイラの意向を無視するような計画を密かに立てていたせいか、相当集中していたらしい。

 気付けば明かりをつけていない部屋は薄暗くなっていた。

 レンブラントの帰宅は思っていたより遅かったようだ。


「……食事は?」

 部屋の明かりをつけながらリョウが尋ねる。

 答えは分かっているのだが。

「……すみません、今日は済ませてきたんです」

 レンブラントの申し訳なさそうな表情にリョウが思わず笑みをこぼす。

「あら、いいのよ。食事は私が勝手に作っているだけだから。……それに明日食べられるようなものにもしてあるもの」

 たいていの料理はスープなら温め直せば翌日同じように食べられるし、それ以外のものはパンに挟めば朝食や軽食として食べられるようにしてあって、そうでなくても出来立てじゃなくても美味しく食べられるような味付けにしてある。

「……リョウ……」

「あ、お風呂入ってて。疲れてるでしょ? 寝る前に何か飲む? 果実酒があるのよ」

 まだ何か言いたそうなレンブラントを遮るようにリョウがドアのノブに手をかける。

 これは、たぶん、さっきまでのレンブラントを裏切るような計画が後ろめたいから。

 言ったら反対されそうだし。

 レンブラントが言葉を続けるのを諦めたのか小さく息をついて。

「そうですね。じゃあ、シャワーを浴びてからいただきますね」

 リョウは笑顔で頷いて見せて一階の台所に降りていった。

 

 

「……ふーん。これはなかなか美味しいですね」

 レンブラントが果実酒を一口味わってからカップの中をまじまじと見つめる。

 リョウが少し前に漬けた林檎の酒だ。

「良かった。まだ少し早いかな、と思ったんだけど夕方味見をしたら結構いい感じだったから。……甘過ぎない?」

 ソファに深々と座ったレンブラントの前のテーブルにつまみの皿を置きながらリョウが尋ねる。

 皿に乗っているのはごく簡単なもの。塩分が少し強めのチーズを一口サイズに切り分けて蜂蜜を軽くかけたものだ。酸味と甘味のある酒には合いそうな気がして用意してみた。

 ……組み合わせがちょっと女性向けな味かな、とも思ったけど。

「いや……爽やかで美味しいですよ」

 どうやらレンブラントの口にあったようだ。

 そういえば彼は甘いものも辛いものもいけるんだった。

 そう思いながらリョウが笑顔でレンブラントの左隣に座る。

「……リョウは飲まないんですか?」

 レンブラントがカップを片手にリョウの顔を覗き込むので。

「……んー」

 リョウがちょっとだけレンブラントを上目遣いに見つめてから、おもむろにカップを持ったレンブラントの手に自分の手を添えて手前にそっと引く。

 そのままそのカップに口をつけて一口。

「うん。美味しい」

 ついでに目の前のチーズも一つ。

 レンブラントが隣で軽く笑みをこぼす気配がする。

 

「……で、これは……どうでした? 本当は僕も一緒に読んだほうがいいんでしょうけど」

 しばらく酒とチーズを堪能していたレンブラントがテーブルの隅に寄せた紙の束に手を伸ばす。

 あ、しまった。

 片付けてしまおうと思っていたのに出しっ放しだった……!

 リョウがハッとして思わず固まった。

「ああ、えーと……そうね。読み終わったわよ。……一応」

 当たり障りの無い返事をしてみる。

 レンブラントの「一緒に読んだ方がいい」という言葉にも少し戸惑いながら。

 そもそも一日仕事をして疲れて帰ってくるレンブラントにこんな内容の資料を読ませるのは申し訳ないと思っていた。それは読み進めれば読み進めるほど、楽しい内容ではなくなってくるので。

「……初めの頃はどんな内容だったか話してくれていましたよね。最近は話してくれないからてっきり読んでいないのかと思っていたんですよ」

 レンブラントが手にしていたカップをテーブルに置いて紙の束をゆっくりめくり始める。

 部屋の照明は少し落とした状態だから、インクがかすれたり紙自体が古く変色したような物はすらすらと読めるはずもなく、ただなんとなく眺めているだけ、というのは見て取れる。

 でも、ところどころに挿絵、というか図解があるのでどんなことが書いてあるのかは想像出来るだろう。

「あ、あのね! レン、それ、そんなに面白くもなかったの!」

 リョウが思わず声をあげてレンブラントの手から紙の束を取り上げようと手を伸ばす。

 で、そのまま力を込めて自分の方に引っ張ろうとして、ふと、そんなに力任せに引っ張ったら脆い紙が大変なことになる! と思い直して掴んだ体勢のままで固まった。

 レンブラントがほぼ反射的に右手にそれを持ち替えてリョウから遠ざけていたので、リョウは左手をレンブラントの左の膝に乗せて右手を伸ばして身を乗り出した体勢。

「……ふーん」

 固まったリョウの背後でレンブラントの意味ありげな声がして。

「え、わぁ?」

 リョウの手に紙の束の重みが移動したと思った瞬間、その腕が掴まれ、同時に腰に回ったレンブラントの腕に力が入ってリョウはレンブラントの膝の上に乗せられていた。

「どんな風に面白くなかったんですか?」

 思わず紙の束を胸元に抱きしめた格好で固まったリョウの顔をレンブラントが覗き込んでくる。

「……う、あ……えーと」

 意外に真剣な眼差しが向けられていることに気付いてリョウがしどろもどろになる。

 しばらくの間があって、レンブラントが小さくため息を吐いた。

「……リョウ、僕はね、あなたが何を見て何を感じているのか、ちゃんと知っておきたいだけなんですよ。僕が自分勝手に、リョウはこう感じているんじゃないか、とか、こういう結論に達しているんじゃないか、なんて考えてしまうと、もしそうではなかった場合、いずれその先で意見が食い違ったり、リョウが必要としているものが分からなくなったりしてしまうでしょう? それに僕が言う事をリョウが理解できなくて傷ついてしまうかもしれない。だから些細なことでもいいからリョウの心がどんな風に動くのかちゃんと知っておきたいんです」

 ゆっくり一言一言区切るように、言い聞かせるように話しかけてくるレンブラントの声は相変わらず優しい。

 リョウはそんなレンブラントの言葉を聞きながらおずおずと視線を上げてその瞳を覗き込む。

 真剣で、優しい瞳。

 そんな目で見つめられると、なんでも言うことを聞いてしまいたくなる。なので。

「……レン……あのね……えーと……」

 リョウがどこから話そうかとちょっと考えたとき、その脳裏にふと別の考えがよぎった。

 こういう文献をよこしたのがアルだってことを踏まえて、私が感じたことを率直に話した場合……レンはアルを悪く思ったりしないだろうか。折角今まで築いてきた関係にひびが入ってしまうとか、そんな事にはならないだろうか。

「……リョウ?」

 再び俯いてしまったリョウの顎をレンブラントの左手が捉えて、上を向かされたリョウの視線が反射的に泳ぐ。

「……ごめんなさい」

 なんとなく、謝ってしまった。

 レンブラントが小さく首をかしげる。

 なので。

「……あの、ごめんなさい。……なんだか、上手く言えないの……今すぐ話さなきゃいけない?」

 言葉を重ねてみる。

 どんな話し方をしたら誰も傷つかないように説明できるだろうか。なんて考えてしまうから。

 だって、恐らく、この資料に関わったどの人もきっと悪くない。悪意なんかない。ただ、研究熱心だっただけだ。私が勝手にその意図に反する感想を持っただけ。

 そう思って考えを整理しようとすると、ついため息が出る。

 リョウのささやかなため息が震えているのを見て、レンブラントがその顎にかけた手を頬に添え直す。そしてもう片方の腕で自分の胸元にリョウの体を引き寄せて優しく抱きしめた。

「……いいですよ。今じゃなくても。でも……僕が誤解してしまわないうちに話してくれますか?」

「……うん。わかった」

 リョウはそっと目を閉じながら答えてみる。

 そうか。

 ちゃんと話さないと、レンが誤解して苦しむ事になるのか。

 それは……嫌だな。

 この、優しい人を苦しめることだけはしてはいけない。

 ああ、それならとっとと話してしまわなければいけないだろうか。

 そう思うと知らず知らずのうちにリョウの眉間に深いシワが寄る。

 

 くすり、と。

 微かに笑いが溢れる気配がしてリョウが顔を上げると。

 レンブラントの困ったように笑う瞳と目が合った。

「……そんなに難しい顔をしなくてもいいですよ」

 レンブラントはそう言うとリョウの胸元に抱え込まれている紙の束を取り上げてテーブルの上に軽く放り出す。

「……僕の中で、この件は保留にしておきますね」

「……保留?」

 リョウが不思議そうな顔で聞き返す。

「そう。よく会議でもやることですよ。一つの件が行き詰まったらそのことについて勝手な推測をしたり根回しをしたりしないで保留にするんです。新しい情報が入ってくるまでただ記憶に留めておく、って事。そうやっておけば次に情報が入ってきたときにその件はまた進められるでしょう? そうやっておくとたくさんの案件を無理なく処理できるんですよ」

 リョウが目を丸くする。

 そんな反応を楽しむようにレンブラントが微笑みながら。

「……恐らくね、こういう切り替えは男の方が得意なんです。竜族の女性の精神構造について断言する気はないんですけどね、女性は感情が細やかだから些細なことでも気になると決着をつけるまであれこれ考えてしまうでしょう? まぁ、男の中にも色々いるとは思いますが……大概は、全体を見ようとする傾向が強いので小さいことに執着しなくても大丈夫なんですよ。……ああ、僕の場合は仕事柄それが得意っていうのもあるのかもしれないけど」

「……そう、なの?」

 リョウはつい息を飲んでしまう。

 まさに今、とっとと決着をつけてあげなきゃいけない、と思っていたところだった。

「……ああ、でも」

 レンブラントの言葉と共にリョウの体がふわりと抱き上げられた。

 とっさにリョウがレンブラントの首に両腕を回してしがみつく。それを確認してレンブラントはゆっくり歩き出しながら。

「リョウについて知りたいという気持ちは僕の中ではいつでも最優先事項ですからね。仕事と同じという事はないですよ。……だから話せるようになったらいつでも話してくださいね」

 そこまで言うとリョウの体がそっとベッドに降ろされた。

 

 なんだろう、この感じ。

 涙が出そうな感覚にリョウが戸惑う。

 まるで壊れ物を扱うような仕方で大切にされているみたいだ。

 でも、恐る恐る触れられる感じではなく、信頼されている感じでもある。

 

 ベッドに降ろされた後、レンブラントの体が自分から離れるのが寂しくてリョウがその首に回していた腕が離せずにいると、レンブラントが一瞬目を見開いてからくすりと笑みをこぼした。

「……どこにもいきませんよ」

 そう囁くとレンブラントはリョウの腰に片腕を回し込んで、もう片方の腕で自分の体を支えながらリョウの上にかがみこんでその額にキスを落とす。

 そのままゆっくりリョウの隣に滑り込んできたのでリョウは改めてその首に回した腕に力を入れてしがみついてしまいながら。

 

  レンの言葉も仕草も、大好きだ。

 不安になったときには、即効性のある特効薬みたい。

 最近は不安を感じる前に、先回りして不安要素を潰してくれているような気さえする。


 このまま、今がずっと続いたらいいな、と願ってしまう。

 

 

 

 

 

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