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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
一、序の章 (続きをどうぞ)
12/207

実年齢

 ふわり、と体が浮き上がる感覚にリョウの目が覚めた。

「……ああ、目が覚めましたか? 風邪をひきますよ」

 目の前に微笑んでこちらを見下ろすレンブラント。

「……あれ……? え、私、寝てた?」

 ソファから抱え上げられてベッドに降ろされたところでリョウが自分の格好に目をやる。


 ……着替えが済んでる……。


「よく寝ていましたので……手伝いました」

 いつもより緩めに結ばれている寝間着の胸元の紐を摘み上げて固まったところで、頭上から気まずそうな声が降ってきたので見上げると……レンブラントの顔がなにやら赤い。

 ……これは……半端なく、恥ずかしい!

 リョウもつられて赤面する。


「私、風邪なんかひかないからね!」

 そう言って視線を逸らすと、レンブラントが隣に腰を下ろして抱きしめてきた。

「だからって放って置けるわけないでしょう。……アルのところからの資料、届いたんですね」


 リョウはなんとなく気まずくて顔が上げられず、彼の背中に手を回して恥ずかしさを紛らわそうとしてみながら。

「ん。ザイラが持ってきてくれたの。……あ、レン、食事は?」

 昼間の出来事を思い出しながら記憶を辿ってみて、はたと気づく。

 明かりとしてつけていた炎のせいで室内は普段の夜の照明よりずっと明るいが……今何時なんだろう?そして私はどれだけ眠っていたんだろう?

「ああ、すみません。今日は食べてきたんです。……ていうかもうだいぶ遅いですよ。あの明かりは消していいですからね」

「…‥あ、はい」

 この程度の火を出すことに使う力は微々たるもので、眠っていても維持できるというのはレンブラントもよく知っている。

 そんな言葉をかけられて改めてつけっぱなしであったことに気づくほどだ。

 なので、言われるままに読書用だった火を消す。

 残りは普段通りのちょっと落とした感じの照明。

 急に暗くなったのでいつもより暗くさえ感じ、お陰で照れ臭さが和らぐ。


「何が書いてありました?」

 リョウが腕を緩めたのでレンブラントもリョウの体を少し離して顔を覗き込みながら聞いてくる。

「うん……まだ最初の方しか読んでないんだけど……竜族の伝説が色々まとめてあった」

 真っ暗なわけではないので、あっという間に目が慣れて覗き込んできているレンブラントの心配そうな表情が見える。

 左腕をリョウの腰に回したまま右手がリョウの左の頬を包み込み、その表情の変化を少しも見逃すまいとしているようだ。


 ああしまった。昨日のことがあったばかりで物凄く心配をかけてしまっている!


 そんな自覚からリョウが慌てて笑顔を作り。

「大丈夫よ、レン。昨日は聴いて聞いてくれてありがとう。今日はね、おかげでとっても気持ちが楽なの」

「本当に?」

 額どうしをくっつけた息がかかる至近距離でレンブラントが尋ねてくる。

 声の調子は笑いを含んだものなので、心配というより別の意図を感じずにはいられないのだが。

「うん。でも色々思い出しちゃった。……クロードのこととか」

 レンブラントの「別の意図」の方には気付かないふりをしてふふ、と笑いながらリョウが答えると。

「……ふーん。それ、リョウの初恋の相手ですか? 聞かせていただかないといけませんね」

 少々不機嫌そうな口調でレンブラントがリョウの首筋に顔を埋めて唇を這わせる。

「え、ちょっと……! レン……っ!」

 いつもより襟ぐりが開いているせいで鎖骨より下まで唇が滑り落ちる感覚にリョウが震える。

「ちゃんと話してくれるんなら……ここまでにしてあげますけど。どうしますか?」

 リョウの腰に回った腕には先ほどよりも力が入っていて……これはさっきから無視しようとしている「別の意図」が明らかで。

「は、話すつもりでいるんだけど……」

 だって隠し事はもうしたくないし。

 と、困ったような顔でリョウが答えるとレンブラントの表情が一瞬固まった。

 ……うん。やっぱり「別の意図」の方!


「でも、もう遅い時間よね。レン、明日も早いんでしょ?」

 ベッドに入ってレンブラントに寄り掛かるようにしながらリョウが尋ねると、彼が目を細めて得意げな笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。今日のうちに明日の午前中までの仕事は終わらせてきましたので昼まではリョウと一緒にいられます」

「え、そうなの?」

「あの状態のリョウを置いて仕事に出なければいけなかったのでね……せめてもの罪滅ぼしのつもりでしたが……必要なかったかな」

 軽い笑いも漏れるあたり、彼はリョウの様子にすっかり安心したといったところなのだろう。


 それはつまり、帰宅するまではずっと心配していて、そのせいで明日の分までの仕事を終わらせるという残業をしてきたということで……。


「ううん! 嬉しい!」

 リョウは改めてレンブラントの首に抱きついた。

「本当は今日の仕事を早く切り上げて一緒に過ごす時間を作ろうと思ったんですけどね、ザイラが行ってくれると言うので様子を見てきてもらうことにしたんです。リョウが元気そうだったと聞いたので予定を変更しました」

 そんな説明をする声は……リョウが抱きついたせいなのかもう甘々だ。

 そんな声を耳元で聞くことになっているリョウの腰の辺りが一瞬震える。

「……おや。話をするんじゃなかったんですか?」

 こんなささやかな反応さえも拾われてしまったリョウの方は恥ずかしさの限界だ。

「う……。……は、話を、します。長くなるから覚悟して……!」

 そう言うと盛大に赤面しながら体を離した。



「……リョウ……そのクロードを、本気で好きだったんですか?」

 夕方、物語を読みながら思い出したことをつらつらと話すリョウに、レンブラントが躊躇いがちに尋ねてくる。

「え……うん、あの頃はね。だって、本当に辛抱強く世話してくれたのよ?」


 もたれかかったレンブラントの胸の鼓動が伝わってくる。

 なので、話すのを少し戸惑ったが……このままでは無駄に嫉妬を煽るだけだとも思えるのでリョウは一度レンブラントの頬にキスをして。

「昔の話だからね。……私も子供だったし」

 くすりと笑って顔を覗き込むと、若干不貞腐れたような表情なので思わず吹き出した。


 そんなリョウの反応を不服そうに見下ろすレンブラントに、ここは「今のあなたへの思いとは全く別物ですよ」というアピールも兼ねて、懐かしさで彩られている昔の気持ちを胸の奥から引っ張り出してみる。


 そう。彼は、本当に良くしてくれたのだ。

 それに比べて私は、本当に可愛げのない子だった。全く愛想がなかった。

 拾われたばかりの頃は笑うこともなく、自分から喋ることもなく、差し出される食事も無視して無反応だった。

 こちらのことを妙に察してくれるクロードが気に入らなくて、しまいには「髪の長い男なんか大っ嫌い!」と言ったこともあった。

 本当は好きだったのに。背中まで伸びた綺麗なプラチナブロンドは陽の光を受けるとキラキラして、つい目が離せなくなっていた。

 なのにあの人、そのたった一言でその自分の髪を切ったのだ。その場で。

 持っていた剣でバッサリと髪を切り落とすのを見て、声も出せずに目を丸くした記憶がある。

 ……そして、それ以来、懐いてしまったのだと思う。



「……クロードは、竜族のことを知っていたんですね」

 リョウが懐かしそうに説明するのを聞いてレンブラントが諦めたような息をつきながらポツリと呟いた。

「んー、そうね。あの頃はまだ竜族は人の社会から遠い存在ではなかったし……まだ人の社会にも昔の竜族との記憶が残っていたのよ」

 リョウは相変わらず遠い目をしている。


 人の社会に竜族と関わった頃の記憶がまだ残っていたような時代。

 だからこそ……人々に植え付けられた竜族への恐怖心も生々しかったのだろう。


「……ふーん。リョウのために髪を切ったら……惚れ直してくれるんですか?」

「へ?」

 しばらくの沈黙の後、レンブラントがリョウの肩を抱き寄せながらそんなことを言い出すのでリョウが思わず聞き返しながらその顔を覗き込む。

 見上げるとわざとらしく拗ねたような表情を作ったレンブラントと目が合う。

「……もう! レンは髪切らなくていいからね! 私、ザイラみたく定期的に切ってあげられるほど器用じゃないんだから」

「じゃあ、毎日食事を作ってあげたら惚れ直す?」

 間髪入れずに聞き返してくるレンブラントにリョウはもうため息をつくしかない。


 そして。

 寄りかかっていた体を起こしてレンブラントの上に跨って乗っかる。

 枕に寄りかかって座っていたレンブラントと向き合うような格好だ。

「レン、ちゃんと聞いてた? クロードはもうずっと昔の人だからね。私だって子供だったのよ。レンは今のままで十分素敵です!」

 両手でレンブラントの両頬を挟み込むように包んで目を合わせて言い聞かせるような口調で訴える。

「昔……ってどのくらい昔ですか?」

「え? ……あー……そうね、えっ……と……」

 相変わらず拗ねたような口調で尋ねられて、リョウは思い出すように視線を天井に向けて両手を自分の前に引き戻し、指を折り始めた。

「……私、クロードが死んじゃった後、しばらく人間と関わらなかった時期があるからその間の年数があやふやなのよね。……でも……多分……二百年以上前なのは確実だと思うんだけど……あ……!」

 言ってしまってから慌てて自分の口に手を当てる。


 しまった!

 人間相手に歳の話は……絶対ドン引きされる!


 恐る恐る天井に向けていた視線を向かい側に戻すと、案の定レンブラントが目を見開いている。

 ……そうよね。

 自分の妻が二百歳越えだなんて……さすがに固まるわよね。

 リョウは青ざめながらその場を離れようと腰を浮かせた。

 と。


「……どこに行くんですか?」

 意外にもレンブラントの方から身を起こして体を近づけられた上、両腕を掴まれて引き戻された。

「え……だって……その、ちょっと……失敗したかな、と……」

 しどろもどろなリョウに。

「失敗って何を?」

 レンブラントは真剣な目で聞いてくる。

「……う……だって、嫌じゃない? 二百歳超えてるのよ私……」

「だって竜族なんだから当たり前でしょう? そのくらい予想してましたよ」

 けろっとした顔でそんな事を言ってくるので。

「……正直言えば二百八十とかいってると思うんだけど……」

 えーい、この際、下手にサバ読むのはやめてしまおう!

「だからそれがなにか?」

 レンブラントが少し怒った声になった。

「え、だって今一瞬固まったわよね。私が年寄りだからショックだったでしょう?」

 リョウが情けない声を出す。

 まさか怒られるとは思わなかったので、もうどうしていいかわからない。

 と。


 レンブラントがわざとらしくため息を吐いて。

「……固まったのはリョウの歳のせいじゃないですよ。自分が嫉妬している人間がそんなに昔の人だとは思わなかったので自分に呆れたんです。……だからリョウ……ほら、こっちにおいで」

 レンブラントがもう一度腕に力を入れてリョウの体を引き寄せる。

 意味が分からなくて腕を掴まれたまま背中を逸らすようにして身を離していたリョウは、ようやく彼の反応の意味が解ったところで力が抜けてその腕の中にすっぽりとおさまった。


「レン……いいの? 本当に私がそばにいて大丈夫?」

 それでも念を押すように掻き消えそうな声で尋ねると。

「決まってるでしょう。……まったく、何を言い出すのかと思ったら……」

 わざとらしい溜め息と同時に吐き出された言葉は優しい。

 そして。

「……まぁ、そんなに恐縮してくれるんなら一つ頼みを聞いてもらいましょうか。きいてくれたら……歳のことは忘れてあげます」

 レンブラントがニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「リョウが上に乗ってくるなんて珍しいですよね。……今日はもう何度も我慢しているんです。このまま続けてくれたら聞かなかったことにしますよ」

「……!」


 どうやら先ほどの「別の意図」の方を思いっきり煽ってしまっていたらしい……。

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