救済の手
「リョウさんだって、おかしいって思ってくださいよ。さっき彼女、変な説明してたでしょ?」
アウラの勢いに黙り込んでしまったナタリアを問い詰めるのを諦めたのかアウラがリョウの方に向き直る。
「え? そうだった?」
リョウがきょとんとして返すと。
「だって彼女、『癖のある薬草茶を、飲みやすいようにミルクで煮出す』って言ったんですよ? 単に味を楽しむためのお茶になんで飲みやすくしなきゃ飲めないような薬草使うんですか? おかしいでしょ」
あ。そういえばそう言っていたような気もする。
自分でもミルクで煮出す紅茶にスパイスも入れたりするから、なんとなくそのイメージで聞いてた。
「……でもそれ、普通に美味しかったわよ?」
リョウが自分から遠ざけられたカップを眺めながら食い下がる。
毒って……前にセイジに飲まされた薬茶みたく物凄い味がするもんだと思ってたんだけど。
だってそもそも私がナタリアに何かされる理由はない、はず。
そう思いながらそろそろと向かいの席のナタリアに視線を戻すと。
「そうですよ? だって母から教わったあたしの腕は一流ですもの。ちゃんと言われた通りに調合したもの」
……あれ?
なんか、変かも。
さすがにリョウもナタリアの様子の不自然さに気がついた。
そもそもこんな事を言われて、こんな風に抑揚もなく話し続けるって……絶対、変!
「この薬、ゆっくり苦しまないで死ねるんですよ? 凄いでしょう? 愛する人と添い遂げられなかった時に一緒に飲むお茶なんです。あの人は飲んでくれなかったから。だいたいあの人、お料理も食べてくれなかったのよね。食べてくれたら絶対あたしから離れられなくなるのに。そうしたら父さんみたく一生愛されながら幸せに暮らせたはずなのにね」
ナタリアがくすりと笑う。
「でもね、もういいの。アウラさん、あたしの料理食べてくれましたものね。美味しかったでしょう? でもね、ごめんなさい、あたしもうお料理作れなくなっちゃうから。だから寂しくなったらそのお茶飲んでくださいね。……それに、リョウさん、さっきそのお茶少しは飲んでくれたでしょう? これであの人が好きになりそうな女騎士を一人道連れにできるわ。あたしってとっても運がいい!」
そう言ってナタリアは、両手で抱えるようにして持っていたカップに残っていたお茶をためらう事なく飲み干した。
「え……ええ! ちょっと、ナタリア! ダメよ! あなた死ぬ気なのっ?」
ナタリアの言葉の意味をようやく理解したリョウがテーブルを回ってナタリアに駆け寄ったが、ナタリアは薄い笑みを浮かべたまま。
「うふ。この薬、すぐには効かないの。このまま眠りについてそして静かに死ねるんですって……」
そんな言葉が彼女の口から流れ出てきた時。
「ナタリア! いるのかい? 外に馬がいるけどお客さん? ちょっと様子を見にきたよ!」
ドアが数回ノックされると同時に声がして、そのドアが開いた。
ドアから入ってきたのは人の良さそうな女性だった。
「あら、おばさん。もう帰ってきたの? もっとゆっくりしてくるんだと思ったのに」
ナタリアがドアの方を向いてゆっくり告げる。口元には相変わらず薄い笑み。
心配で駆け寄ったリョウはナタリアの肩に手をかけたまま、そして向かいの席で軽く腰を浮かせた姿勢のアウラも込みで、一斉に視線がそちらに向いた。
そんな様子に一瞬息を飲んだ女性は、次の瞬間眉を顰めながらテーブルに歩み寄り、ナタリアの手の中で空になっているカップとまだ中身の入っているカップが不自然にアウラの手元に二つあるのを急いで見比べて。
「あんた達! それ、飲んだのかい? ナタリア! あんた例の薬を作ったんだね?」
顔面蒼白、と言った顔で声を上げた。
「おばさん、どうして薬のこと知ってるの? あれはうちの家族……ううん、母とあたししか知らないはずなのに」
ナタリアが不思議そうに首を傾げて女性を見上げた。
「どうもこうもないよ! 町に行って調べてきたんだ。あんたのこともあんたの家系のことも! ……飲んじまったんじゃ……もうどうにもならないじゃないか……! 助けてやりかったのに!」
そう言って女性がわっと泣き出しながら椅子に座って薄く笑うナタリアを抱きしめる。
こと、ここにきてなんとなく、リョウが事態を把握しかける。
詳しいことはわからないけれど、この女性は、悪い人じゃないし、……ナタリアがこのままじゃ大変なことになる!
「あのっ! 彼女が飲んだ毒って、解毒出来ないんですかっ?」
掴みかからんばかりの勢いでリョウが女性の肩を揺さぶる。
「ああ、多分、解毒剤は存在しないんだよ。もしかして……あんたも、飲んだのかい?」
涙を拭くことなく顔を上げた女性がリョウに告げる。
ので。
……うわ! どうしよう!
だって、なんか見放せないし! でも私、解毒剤の調合とかそんな専門知識持ってない! そんなのアルでもなきゃ無理! アルがここにいたら……って!
「うわぁ! そうか! いるじゃない! ねぇ、アウラ!」
リョウが物凄いことを思いついたけど! って顔してアウラを振り返ると。
「えー、まじっすか? リョウさん、どこまでお人好しだよ……」
言いたいことを察したらしいアウラがげんなりした顔で肩を落とした。
そんなわけで。
「人命がかかってる時に何ふざけたこと言ってんの!」とリョウがアウラを一喝。
「ちょっとまってて!」と女性に告げてリョウはそのまま外に飛び出し、真っ直ぐハナのところに。
こういう時は期待を裏切らないハナはリョウを乗せると鈍色に光を放つ。
「ごめんね、ハナ。ちょっと戻るよ!」
西の都市に戻ってアルを連れてきてもいいけど、もっと近くに彼と同じような腕の医師がいたじゃない! なんて思い出したので。だって同じ師の元で学んだって言ってたし!
ハナに乗って空を翔けるのはとても久しぶり。
でも、楽しんでる場合じゃない。
すっかり暗くなった夜空に鈍色に輝くハナは地上から見てもきっと美しいに違いなく、リョウに当たる冷たい風はリョウ自身が全く力を発揮していないせいでただ全身に突き刺さるのだが、どうせほんの一瞬のような距離。そう思えば良くも悪くも気にならない。
そして、あっという間に一つ前の町に戻る。
で、例の宿に駆け込み、ディルを捕まえる。
で……まぁ、ちょっとした騒ぎになるのは仕方ないとして、手短に事情を話して半ば強引にディルを連れ出し。
「……わたしがまだ出発してなくて良かったな」
ハナの背中でディルが話しかけてくる。
「あらだって、イグアスの様子を見る必要があったでしょ?」
リョウがニヤリと笑って後ろに乗っているディルを振り返る。
「それに、出発していたとしても追いかけるつもりだったし!」
なんて付け足してみて。
そんなやりとりの間にあっという間にハナはもとの家、ナタリアの家に到着した。
リョウと違って普通の人間で、その上老齢であることを考えて、防寒にとマントや毛布でぐるぐる巻きにされていたディルはその拘束とも言えそうな防寒対策から解かれるや否や医師の顔に戻った。
家に入るなり、泣きじゃくっている女性に声をかけてナタリアからそっと引き離し、ナタリアの様子をざっと観察してからテーブルに残っている薬草茶を手に取り、匂いを嗅いで、台所に入り、さらにドアから出て行って外の畑からナタリアが使ったと思われる薬草を持ってくる。
そんな行動に一切の迷いも淀みもないのでリョウは安堵の息を吐いた。
なんだかアルを見ているみたいだ。なんて思いながら。
ナタリアから女性を引き離す時も、手つきと口調はとても優しかった。
関わる全ての人に余計な心配や混乱を与えないように細心の注意を払っているのだろうと思えた。
結局。
ディルが使用された薬草を調べて、持ってきた鞄の中から様々な薬や器具を取り出して解毒剤の調合を始める頃には「邪魔になってはいけない」という女性の計らいでリョウとアウラはすぐ近くの彼女の家に移ることになった。
彼女の家に着くと中から出てきた男性が「お帰り、どうだった?」と声を掛けてきて彼女が事情を説明すると「ちょっと手伝ってくる」とかわりに出かけていく。どうやら彼女の夫のようだ。
「本当にあんた達はなんともないんだね?」
サーシャと名乗ったその女性は心配そうに二人の顔を見比べて台所のテーブルの椅子を勧める。
サーシャの家もナタリアの家同様、さほど大きい家ではないが、こちらはまず居間を突っ切って台所に通された。
サーシャの台所には小さい棚がいくつかあって食器がきちんと並んでおり、調味料の棚も食材の棚もやはりきちんと整理されている。
使い込まれた木製のテーブルや椅子、棚や台は優しい自然の色のままでサーシャがつけたいくつかの灯りに照らされてどことなくほっとする色合いに見える。
先ほど突っ切った居間も、窓辺にはいくつかの灯りが並べられている他に、小さな鉢植えが飾ってあったし、この台所にも窓辺に幾つかの小さな鉢植えがある。居間にあったのは観賞用の花で、こちらは料理に使う「無害な」香草のようだ。
窓にかかるカーテンも素朴でありながら違う柄の小さな生地をつなぎ合わせたものだったり、裾にちょっとした刺繍が入っていたりして可愛らしい。
そんなちょっとした装飾や生活感に、先ほどまでいたナタリアの家の殺風景さがやはりちょっと「おかしい」と感じさせられてリョウが改めて肩の力を抜いた。
……やっぱり無意識に緊張していたのかもしれないな、なんて思いながら。
「……すみません。私たちまでご厄介になってしまって」
リョウが丁寧に頭を下げる。
「俺たち、体質上毒の類は効きにくいんです」
アウラが力の抜けた笑顔を作ってサーシャに声をかける。
そんなアウラを見てリョウがふと真顔になった。
「……何すか?」
訝しげな顔をするアウラに。
「いや……普通に笑うようになったな、と思って。さっきまでずっとほぼ無表情だったじゃない?」
「あのですねー……。あーもう! 何だろなこの人は! だいたいリョウさんが無防備すぎるんですよ! あのナタリアって子、最初に会った時からなんとなく表情とか声の調子とかちょっとおかしかったじゃないですか。『うちに泊まって行ってください』って言われて素直についていくから俺、本気で焦ったんですけど。食事だってなんかおかしな味がしたし! ……まぁリョウさんが毒を盛られたところでどうにかなることはないだろうからある意味あの子の反応を観察する時間ができてよかったけど……」
後半のセリフはごにょごにょと尻窄まりになりながら、それでも不満そうなアウラに。
「ええ! あの子の料理まで食べたのかい! ちょっと……一回吐いてきた方がいいんじゃ……」
サーシャが真っ青になって立ち上がった。
……一体あの子、どういう子なんだ……?
リョウが目を丸くして、アウラが大きくため息をついた。
とりあえず、体はどこもなんともない。ということを力説した二人がサーシャに座るように促して一息つくまでに一悶着。
サーシャは一旦ディルのところに行ってどうしたらいいか聞いてきてあげる、なんて言い出したのでリョウとアウラは自分たちが竜族で人とは体のつくりが違うと説明して落ち着かせるのにちょっと時間がかかった。
リョウはちょっと考えてからサーシャに「お茶でも淹れていただけますか?」なんて笑顔で声をかけてみる。
自分だったら普段の作業に戻ると平静になるかな、なんて思ったので。案の定やることが見つかったサーシャは恐らく自分のペースを取り戻した。
で。
「……あの、もし差し支えなかったらナタリアがどういう子なのか教えていただいてもいいですか?」
リョウが目の前のカップを手に取ってサーシャに尋ねる。
カップからはカミレの香りが広がっている。きっとここでもカミレの花を乾燥させておいて一年中お茶として楽しむという習慣は変わらないのだろう。
「ああ……そうだね」
サーシャは結い上げたくせのある濃い金髪にも見えるブラウンの髪の後れ毛を、そっと撫でつけながら小さくため息をついて。
「あの子の家族はね、この村に移ってきた薬師の一家だったんだよ」
と話し始める。
十数年前、小さな赤ん坊を連れた夫婦がこの村にふらりとやってきた。
母親は先祖代々、薬の調合を受け継ぐ薬師の家系とかで当時村には医師がいなかったこともありとても重宝がられたそう。
穏やかそうな母親と人当たりのいい父親と赤ん坊、というとても幸せそうな三人だった、とサーシャは言う。
村人も本来の世話好きな性格が手伝って、来たばかりのこの家族にとても親切に接し、ちょっと風邪をひいたとか、農作業で怪我をしたとか、子供が流行り病にかかったと言っては彼女を訪ねて行っていた。
そして彼女の薬はよく効いた。
怪我の炎症を抑える塗り薬も、熱や痛みを抑える飲み薬もとても評判が良く村のみんなから慕われていたらしい。
そんな家族にある時変化が訪れる。
まず、旦那が家から出てこなくなった。
はじめは風邪でもひいたんだろうと言っていたのがなかなか顔を見せない。
そもそもが薬師の妻がいる家庭で、そんなに病状が悪化するとか長引くというのは考えられない。
そして数カ月が経つ頃には母親が人前に出たがらなくなった。
いることはいるのだ。家に。
訪ねていけば玄関に対応には出てくる。
でも言葉が少なくなり、表情が沈み込むようになり、気づけば笑顔がなくなった。
その頃までにはナタリアは12歳になっており、彼女が母親から教わった薬の調合をするようになっていたらしい。
何しろ評判のいい薬が手に入る唯一の家なので、そういう必要に迫られた村人は定期的に訪れていたし、皆んながその様子の変化を気にしていた。
その頃、村には「敵」の襲来から村を守るために小さな自警団があり近くの町からそれを統率するための騎士が派遣されていた。
その彼が、一家の様子を心配した村人に頼まれてナタリアの家の様子を見に定期的に通うようになったらしい。
そして一年ほど前、ナタリアの両親が亡くなった。
その頃すでに「敵」の襲来からの恐怖から解放されたという知らせも村に届いており、町から派遣されていた騎士は町での仕事も増え、村と町を行き来することが多くなってきた。
サーシャをはじめ村の者たちはナタリアの家で何があったのか分からないままだったが、この若い騎士が町に戻るたびにナタリアの家系について色々調べてくれていることを知る。
そして数カ月前、彼は「暫くナタリアに関わるのをやめたい」と言って町に引き上げていったということだった。
サーシャはその後のナタリアの様子が、亡くなる前の彼女の母親の様子と似ていることを気にして夫と共にここ数日、事情を調べるために騎士を訪ねて町に行って来ていたのだという。




