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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
114/207

村娘の晩餐

 

 食事はナタリアが恐縮するほど簡素なものではなかった。

 煮込んだ肉料理と、野菜のスープ。それにパン。

 野菜のスープなんてリョウやハンナがよく作るスープに負けないくらい具沢山でそれだけでもお腹いっぱいになりそうな量だった。味付けに使われていると思われるスパイスもナタリア独自の調合なのか、もしくはこの村特有のものなのか香り高くてとても食欲がそそられる。

 

 リョウが一番惹かれたのはやっぱりスパイス。

「ねぇ、この味付けとっても美味しいわね。スパイスは何を使ってるの?」

 我慢できなくなって聞いてしまった。

「ああ、これは……亡くなった母親に教わった特別なスパイスの調合なんです。我が家に代々伝わる味付けなんですって。……父も亡くなるまで母のこの料理が好きでした」

 パンをちぎってスープに浸しながらナタリアが薄く微笑んだ。

 パンは朝のうちに焼いておいたものなのか少し固くなっているが、やはり温かいスープに浸すとふわっとふやけて味もしみるから美味しい。

「そうなんだ。ああ、ごめんなさいね、余計な事を思い出させちゃったわね」

 亡くなった母親直伝のスパイス。それはきっと彼女にとって大事な思い出であり財産だろう。それと共に心の深い傷を確認させてしまうものだったかもしれない。

 そんなことに思い当たってリョウが視線を落とす。

 

 考えてみたら大きな家ではないとはいえ、こんな女の子が一人で暮らすには広い家だ。きっと両親と一緒に住んだらちょうどいい広さ。

 こんな家で毎日、両親との思い出に囲まれながら過ごすのは辛いかもしれない。

 もし自分だったら。

 なんて思ってしまう。

 思い出になるようなものは極力排除して、淡々と毎日を過ごして、淡々と日々をやり過ごす。そんな毎日かもしれない。

 それでも染み付いてしまった大切な人と培った習慣や、教えてもらったことは……排除できずに身についたまま。

 

 例えばもし、その大切な人たちが亡くなった理由が先の時代に起因するものであったとしたら……やっぱり自分の身分を明かさないのは正解だったような気がする。

 きっと「なんでもっと早く敵を倒してくれなかったんだ」って思わせてしまう。

 

 ほんの少し前までは、家族の誰かが亡くなっているなんてよくあることだったから、悲しむことはあっても誰もそのことで不満を持つことはなかっただろう。

 みんな同じだと思っていたから。

 今、家族全員が無事で元気だとしても明日どうなるかなんてわからない。今夜どうなっているかわからない。

 そんな世の中だったから。

 でも。

 

 その時代が終わった。

 平和になってしまったのだ。

 それが、もう少し早かったら。もう一日早かったら。もう一週間、もう一月……そういう人はたくさんいると思うのだ。

 

「……このスパイスもあたしの代で終わりですけどね」

 小さな声がしてリョウが目を上げた。

「え?」

 思わず聞き返すリョウにナタリアは相変わらず薄い微笑みを浮かべている。

「終わり……って、やぁね、まだ早いでしょ? あなたが将来結婚して子供に伝えたらいいんじゃない?」

 こんなに若い子が簡単に「終わり」なんて言葉を口にしたことにびっくりしてリョウが慌てるように身を乗り出した。

「このスパイスは大切な人への料理のためのものなんです。……父もね、母が作る料理を食べるようになったらもう母から離れられなくなったんだって言ってました。そうやって家族の絆を作るためのスパイスなの」

 ああ、なるほど。

 なんとなくリョウは頷いてしまう。

 美味しい料理を作る奥さん。そしてそれを食べる旦那さん、という構図。

 美味しい食事を毎日作ってくれる妻の元に毎日それを楽しみに帰ってくる夫は、きっと幸せなのだろう。自分のために作ってくれている、ということもあるだろうしそれがこんな風に美味しかったらなおさら。

「……アウラさん、それ、美味しいですか?」

 ちょっと不思議そうにナタリアがアウラの方に目をやって首を傾げる。

 そんな仕草もなんだか可愛い。小鳥みたい、なんてリョウは思う。

「え? ああ、美味しいよ。……いいんじゃねーの? こういうの好きな男に作ってやれば。きっとまた食べたいって言ってくれると思うぜ?」

 静かに料理を食べていたアウラがふと顔を上げて口元に笑みを作って答えた。

 あ、ちょっとアウラの表情が和らいだ。やっぱり食べ物には弱いんだな……。などとリョウが思いながらナタリアに視線を戻して。

「そうよ! 終わりにしちゃうなんてもったいない!」

「でも、あの人……居なくなっちゃったんですよね」

 意気込んだリョウのセリフを遮るようにナタリアが小さく呟いた。

 

 え……うわ! これはもしかして……。

 リョウの表情が一気に凍りつく。

 亡くしたのは両親だけじゃなくて想い人も、なのかもしれない!

 だとしたら……なんだか色々納得できるような気がする……。

 そして納得できてしまうと下手な慰めの言葉はかけられないという気がして次の言葉を飲み込んでしまった。

 そんなリョウを見てナタリアが小さくため息をつき。

「ああ、すみません。なんだか変な話しちゃいましたね。お詫びに美味しい薬草茶入れますね。これも母からの直伝なんですよ? ちょっと時間がかかるのでお料理、良かったらゆっくり食べていてくださいね」

 なんて言い残して席を立つ。

 

「……あの子、悪い子じゃないじゃない。むしろ、ちょっと可哀想だわ」

 リョウがアウラに目を向けながら小さく囁く。

「まあ……そういうことなんすかね。……リョウさん、この料理ってちょっと不思議な味しません?」

 アウラもちょっと気まずそうに頷いて見せながら小さくため息をついて、それから食べていたスープの皿をリョウに示す。

「うん。だから特別なスパイス使ってるからでしょ?」

「そーっすね、美味しいけど……なんかこう……なんだろこれ……」

 特に気に留める風もなく相槌をうつリョウにアウラの意見はまたしても歯切れが悪い。

 で、もう一口、もう一口とスプーンを口に運ぶ。

 そんな様子を見ながらリョウがくすくすと笑う。

「あー、分かる! 味に深みが出てるから止まらなくなる感じ!」

 馴染みのある味ではないせいも手伝って「あれ? この味なんだろう?」とついつい止まらなくなるのだ。食べているうちにその美味しさにはまる。みたいな。

 スープだけではない。肉料理の方も変わった香りのスパイスが使われている、と思った。肉の芯までよく味がしみていて濃過ぎるわけでもない。これは恐らく味というより香りがいいからというのもあるのかもしれない。

 

 そんな料理を二人が味わっていると。

「お待たせしました」

 ナタリアがトレイにカップを三つ乗せて戻ってきた。

 漂ってくるのは芳ばしくて甘い香り。目の前に置かれたカップの中にはミルクで煮出したような色のお茶。

「わー。なんだか美味しそうね。これは何?」

 リョウが笑顔でナタリアの顔を覗き込む。

「いくつかの薬草を調合しているの。味に癖があるからミルクで煮出すと角が取れて飲みやすくなるのよ」

 同じカップを自分の席にも置いてナタリアが座った。

 熱いカップからは湯気が立ち上っており甘くていい香りが広がっている。

 

「……リョウさんの旦那さんって、今一人で家にいらっしゃるんですか?」

 ナタリアがおずおずと話を切り出した。

「あ、そうね。まぁ、使用人もいるから完全に一人ってわけじゃないけど」

「使用人……リョウさんって騎士じゃないんですか?」

「え……ああ、そうね。なんで?」

 あら、しまった。自分の立場、どう説明しよう……。なんてリョウが言葉に詰まると。

「あ、隠さなくていいですよ。そんな格好で馬に乗ってれば女の人でも騎士なんだろうなあ、くらいの想像はつきますから。アウラさんだって騎士でしょう? ああそうね、上着がちょっと違うから階級が違うの?」

 ナタリアが二人を見比べながら尋ねてくる。

「ああ、まあね」

 アウラも差し障りのない返事をする。

 確かにリョウの守護者(ガーディアン)の上着はアウラの騎士服より色が濃いし丈が長い。見るからにリョウの方が身分は上。でも都市の軍事情に詳しくない者からしたらあまり詳しいことまではわからないだろう。「隊長さんともなると使用人も雇えるのねー、それとも奥さんも騎士だとやっぱり待遇がいいのかしら」なんて小さく呟いてカップに口をつけるナタリアがふと顔を上げた。

「リョウさん、旦那さん置いてきて心配じゃないんですか?」

「え?」

 カップを口元に運びかけたリョウがそのまま顔を上げる。

「男の人ってちょっと目を離したら浮気しません?」

 しれっとしたナタリアのセリフに。

「ぶっ!」

 隣でアウラが吹いた。

「ア、アウラっ?」

 リョウが慌てて顔を向けるとアウラがむせながら。

「……あー大丈夫! レンブラント隊長、リョウさんにベタ惚れだから! ないない浮気なんて!」

「あー、そうね……うん。私もそういうのは心配してない、かな」

 これは惚気と取られても仕方ないけど、しかもこんな子を相手に惚気ても仕方ないんだけど、リョウはついえへへと笑いながら答えてしまう。

「それ、勝手な思い込みとかじゃないですか?」

 意外にもナタリアの声は淡々としている。「え?」と思わずリョウが聞き返してしまうくらい。

「あたしもね、彼のことはとっても信頼してたんですよ。もううちの家族の一員みたいにうちに通い詰めていたくらいだし。……ああ、彼ね、近くの町からこの村の護衛のために来てくれてた騎士だったんです。……あたしのことだって可愛いって言ってくれてたし」

 ナタリアがそこまで話してカップに再び口をつける。

 リョウは思わず息を飲んで彼女を見つめてしまいながら、それでも今口を挟んじゃいけない、と思うので何も言わずにナタリアに合わせて自分もカップに口をつける。

 ふわりと甘い香りが広がって、その中にほのかな苦味があるといえばあるのだが……ミルクの味がそれを包み込むようにして喉に落ちた。

「それがね。うちの両親が死んであたしが一人になった途端うちに来なくなったの。町に用事ができたとかで町に戻ったりして……そうこうするうちに村の護衛が必要なくなって本格的に引き上げることになって……きっとそのうちあたしを迎えに来てくれるんだと思ったのに……」

 ナタリアがそこで一旦言葉を切った。

 何かをぐっと堪えるように眉間にしわを寄せて。

「彼、なんて言ったと思います? しばらく町に戻っていた間に理想の女性に出逢えたって言うんですよ! 酷いでしょ?」

「ええ?」

 リョウが目を見開いて聞き返した。

 ……なんかちょっと……それは、酷過ぎるかも。

「女騎士、なんですって。その相手。一緒に同じ価値観で同じ考え方で生きていけそうな人なんだ、って! そりゃ、あたしはこんな田舎の、剣なんかとは縁のない女だけど、それでも最初はあたしのこと可愛いって言ってくれたのに! 本当の理想はあたしとはかけ離れたかっこいい女の人だったなんて、そんなの聞いてなかったもん!」

 ナタリアの、カップを持つ手が微かに震えている。

 そんな光景を見てしまったら。

「……ねぇ、ナタリア。たまたまその人がそういう人だっただけよ。きっと他にあなたの事をちゃんと見てくれる人がいるって。それにあなた、まだ若いでしょ? もうあと五年も待ってごらんなさい。きっといい女になるわよ?」

 リョウはつい、どうにか励ましたくて声をかけてしまう。

 そんなリョウの様子にナタリアがふと、顔を上げて不思議そうに首を傾げた。

「……五年?」

 そんな言葉が口からこぼれたのでリョウが大きく頷いてみせる。

「そう! そのくらいしたらあなた大人になるでしょう? 人ってね、辛い経験を乗り越えると深みが増すの。それが人としての魅力になるのよ。あなた、見た目だって十分可愛いんだからさらに中身に磨きをかけて、もっといい人を見つけて、幸せになれるわよ」

「……あー、でも、もういいんです」

 リョウの勢いのあるセリフに反して脱力したようなナタリアの口調。

 ……あら。力説し損ねた。

 やっぱり本気で落ち込んでる女の子にこんなきれいごとは響かない、かな。

 なんてリョウが肩を落とす。

 肩を落としたついでに手の中にあるカップを再び口元に運ぼうとした時。

「へ?」

 隣からにゅっと手が伸びてきてカップが奪われた。

 見るとアウラが眉を顰めてリョウのカップを取り上げている。

「え……ちょっとアウラ、いくら美味しいからって人の分まで取り上げるなんて……」

 言いかけてアウラの手元のカップを見るとそちらは全く減ってない。

 ……あれ?

「あのね、リョウさん……俺そこまで食い意地張ってるように見えますか? ちょっと酷くないっすか?」

 リョウのカップを取り上げたのとは逆の手で頭を抱えるようにしてアウラが分かりやすく凹む。

「え……だって……」

 リョウが訳がわからなくてアウラをじとっと睨むと。

「あーもー! そーじゃなくて! あのなぁ、あんた! 一体なんなんだよ! 何が目的だ! 俺の大事な主人に変なもん飲ませると俺がただじゃおかねーぞ!」

 カタン! と音を立ててリョウから取り上げたカップをテーブルに置いてアウラがナタリアを睨みつける。

 

 えええええ?

 今のお茶、毒かなんか入ってた?

 だって普通に美味しかったけど?

 

 リョウが目を丸くしてアウラとその視線の先のナタリアを見比べた。

 

 

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