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物語の続きをどうぞ  作者: TYOUKO
三、歴史の章 (然を知る)
110/207

騒ぎの原因

 三人が下階に降りていこうとすると階段の途中でもはっきり分かる争う声がしていた。

「二人はそこにいてください」

 クレイアムが後ろからついてくるアウラとリョウに声を掛けて自分だけ階段を降りていく。

「どうします?」と言いたげな視線をアウラがよこすので。

「邪魔になるのも悪いから行かない方がいいでしょ?」

 とリョウが階段の手すりから離れる。

 あんまり手すりに近寄ると下から見えてしまうのでここにいるようにと言ったクレイアムの気遣いが無駄になりそうで。

 

「……後生です! 頼みますよ! あいつ本当に死んじまうかもしれない!」

 若い男が必死に叫んでいる。

「何言ってんの! あんた達みたいに落ちぶれたもんにかける情けはないよ!」

 言い返しているのは女将だ。

「もう足は洗うことになったんだ! 傷が悪化してこのままじゃ本当に罪人のまま償う機会も無くなっちまう!」

 ……おや?

 リョウがアウラの方に目をやると、アウラもこちらに目を向けてもの言いたげな顔をしている。

「おい! いい加減にしろ! 盗賊にかける情けは無いって言ってるだろ!」

「さっさと出て行かないならこの場でぶっ殺すぞ!」

「女将の顔を立てて殺生を控えてやってるんだ、さっさと帰れ!」

 泊まり客達だろうか、複数人の男達の声もする。

「なんならこのまま騎士隊を呼んでもいいんですよ。最低でも公開処刑は覚悟していただかないといけませんけどね」

 声を荒げている男達の中でひときわ迫力のある低い声はクレイアムだ。

 うわわわ! なんだか話が大きくなってきた!

 リョウが慌てて階段の手すりから身を乗り出して下を覗き込む。

「ね! クレイアム! ちょっと待って!」

 覗き込んで確信を得たリョウが声を上げて階段を駆け下り始めると。

 

「……リョウさん?」

 クレイアムが訝しげにリョウを振り返り声を上げた。

 階段の下。一階の食堂の真ん中で騒いでいたのはヒロセだった。ぐるりと泊まり客と思われる男達に囲まれ、その中でも体格のいい男がヒロセの右腕を背中でひねり上げて跪かせている所。

 ちょっと離れて宿屋の女将が腕を組んでヒロセを見下ろしながら睨みつけており、そのすぐ後ろで同じくらいの年代の前掛けを掛けた男がヒロセを無表情で眺めている。こちらは恐らく宿屋の主人だろう。

 クレイアムにつられるようにしてその場の全員がリョウを振り仰いだ。

 

 とりあえず、皆の動きが物騒な方向に進むのが止まったのを見てリョウは残りの階段を降りるペースを落とす。

 ……ここは慎重にやらないと、かえって逆効果かもしれない。

 なんて思いつつ。

 リョウが軽くため息をつきながら階段を降り切って、その男達の輪の中に入っていく。

 

 背筋を伸ばして迷いなくまっすぐ歩くリョウの雰囲気は決して女性の頼りないものではなく、むしろ他者を圧倒するような無言の圧力さえある。

 深い青色の裾の長い上着はそれだけでも身分のある者を思わせるし、腰には剣。前を開けた上着の間から見えるその剣はあまりお目にかかることのない少し湾曲した形に柄の部分に赤い石の嵌め込まれたちょっと特徴的な剣だ。

 板張りの床にリョウの靴音がコツコツと響いて、その雰囲気に飲まれたのか男達は無言のままリョウに道を開けたのでアウラもそのすぐあとについて行く。

 

「傷が悪化して……って、どういうこと?」

 リョウが視線だけ落としてヒロセに問う。

「ああ、リョウさん! やっぱりここにいたんですね。あの……大変申し上げにくいんですが……」

 ヒロセが一瞬明るい表情になってから思い出したように視線を落として言葉を濁した。

「……俺、そんなになる様な切り方してねーけど。そもそも剣は使ったけどせいぜいかすり傷程度なはずだぜ?」

 アウラが憮然とした顔で呟くと。

「いえ! 違うんです! お二人には関係ないことです! あれはカイが……」

 ヒロセが思い切った様に顔を上げて。

「実は……カイがあの後、イグアス……ああ俺たちのリーダーですが、彼の怪我を治療するといきがって色々始めたんですが、どうも様子がおかしくて。あまりにも自信ありげに治療を名乗り出たので何か心得があるのかと任せたんですが……イグアスが急に苦しみ出して。怪我の様子も酷くなる一方なんです。ここが一番近い町なので医者に見せたくて……」

 苦しげに説明するヒロセの様子から、リョウもあのリーダー格の男イグアスと彼との関係がなんとなく読み取れる様な気がしてちょっと肩の力が抜けた。

 ……足を洗うことにしたとか言っていたし、ちょっとは力になってあげてもいいんじゃないかと思うし、ね。

 なんて自分に言い聞かせてみて。

「でも、よくこの町に入ってこれたわね。ここ、門衛がいたでしょ?」

 なんて気になったことを尋ねてみる。

「ああ……ここは……あの、俺にとっては所縁のある町なんです。門衛は顔見知りだし……イグアスも……」

「あんな男、この町に関わりはないね!」

 ヒロセがそろそろと視線を上げながら紡いだ言葉はその視線の先で女将に切り捨てられる。

 その女将と、そのすぐ後ろで無言の視線を維持している主人の顔を見てリョウはちょっと事情を察し掛けてきた。

 なので。

「その人を放してあげて」

 腕をひねり上げている男に向かってちょっと微笑んでみて。

「私が責任はとるわ。もし誰かに害を及ぼす様なら私がその男を切り捨てるしそうでなくても何かあれば私がその責任も負います。その人に直接恨みがあるなら私がひとまずのそ恨みは引き受けるわよ」

「あんたを信頼できる証拠は? 仲間かも知れないだろうが」

 リョウが話しかけた男は簡単にヒロセから手を離す気はないらしく鋭い目を向けてくる。

 うーん……そうよね。素性の知れない女を信頼して盗賊を解放なんて……しないわよねえ。しかも女将さんのファン、みたいな人たちが、明らかに女将さんが迷惑しているこの侵入者を解放なんて、しないわよね……。

 でも、ここで素性を明かすのが得策かどうかは五分五分。この町の人にとって西の都市の守護者(ガーディアン)は快く思えない存在である可能性がある。しかも泊まり客はこの町の者ではないから……この場合ますます分からないのだ。信頼を得るか恨みを買うか。

 リョウが咄嗟にそんなことを考えて迷っていると。

「その身分と言質だよ」

 リョウの後ろでアウラが声を上げた。

「この人は西の都市の守護者(ガーディアン)だ。その身分が信頼できる証だ。竜族は一度守ると決めた約束は何があっても守る。それは都市を守護するという約束だけじゃない。危害を与えないという約束だってそうだ。あんた達人間を害さないという約束も、害されない様に盗賊から守るという約束も同じだ」

 その声は明瞭で堂々としており思わずその場にいた全員が息を飲んで声の主アウラに注目したほどだ。

「……守護者(ガーディアン)……」

「……西の都市……」

 誰ともなく、誰にともなく、呟く声が複数上がる。

 その独特な場の雰囲気に誰もが息を呑み、荒ぶっていた気持ちが凪いだ様だった。

 ヒロセの腕をひねり上げていた男も然り。その手を放して一歩退く。

 なのでリョウがそっと歩み寄り、ヒロセの前に屈みこんで「イグアスは何処にいるの?」と尋ねる。

 ヒロセは抑えられていた右腕が戻ったことでその腕をさする様に抱え込みながら。

「町の外に。さすがに中には連れてこれなかったので。……でも町の医者に見せればどうにかなるかと……」

 その表情にはなんとも言い難い苦渋が浮かぶ。

「おい、あんた。治療が功を奏さなかったと言ったか。何をした?」

 不意にリョウの後ろから声がして一人の男が間に割って入ってきた。

 そこそこ体格のいい白髪の年配の男だ。服装は旅人らしい質素なもの。

「あ、ああ。……何か森の中に生えていた薬草をすり潰して傷に塗ったりしていた。俺もよく見てはいなかったんだ」

 ヒロセがおどおどしながら答えると。

「ここに連れて来なさい。わたしは医者だ。……わたしの予想が正しければこの時間に町の医者の所に連れて行ってそれから説得している間にその人はもっと悪くなる。恐らくもう数刻経てば命を落とすだろう。わたしが診よう。……ご主人、すまないがわたしの部屋を治療に使ってもいいですか?」

 医者を名乗る男が宿の主人を振り返る。

 宿の主人は最初からことを静観しているようではあったが、アウラがリョウを守護者(ガーディアン)と明かした時から女将がすっかり勢いをなくしているのを見てわずかに表情が和らぎ、その後ただ小さく頷いて承諾の意を表した。

 

 その後、ことは淡々と進み。

 一旦宿から出て行ったヒロセが半ば引きずるようにイグアスを連れてきて客室に運び入れ、診察と治療が始まった。

 女将が落ち着きを取り戻し、奥に引っ込むと主人の方が医者に言われた必要なものを揃えて部屋に届け、そんなやりとりを見た他の泊まり客も気持ちが落ち着いて来たのかそれぞれ部屋に引き取っていった。

 

「西の都市の守護者(ガーディアン)殿だったのか……」

 治療が行われている部屋の外の廊下でクレイアムが壁にもたれかかりながら、中の様子を気にしているリョウに小さく呟く。

「あー……ごめんなさい。その……色々と」

 リョウが上目遣いで答えると。

「……なんで謝るんですか?」

 クレイアムが眉をしかめた。

「え……いや、だって。ほら、私のせいで仕事なくなっちゃったようなもんでしょ? それにこの町は西の都市とは交流がないみたいだし……その……今、私って完全に邪魔者よ、ね? あんな偉そうな態度とったりしちゃったしさ……」

 途端にクレイアムが目を見張り、そのまま視線をゆっくり泳がせてリョウの隣に姿勢良く立っているアウラの方をチラッと見てからその視線をリョウに戻すと「くっ!」と喉の奥から音を立てて体を二つに折った。

「……は?」

 リョウが思いもしなかった反応に目を疑い、クレイアムを覗き込もうとすると。

「うくくくくっ! なんだ、この守護者(ガーディアン)! ……っく! あははははは! アウラ君、これ、さぞかし楽しいでしょうっ? 楽しい……って……守護者(ガーディアン)と旅して楽しいって……っ! ありかそんなの!」

 声を上げて爆笑しているクレイアムにリョウが意味がわからない! という顔になる。で、隣のアウラが深いため息をつく。

「だから俺の主人はめちゃめちゃお人好しだって言ったじゃないっすか。あれ、俺が口出さなかったら最後まで遠慮して名乗らなかったですよ」

「ええ! 遠慮って! 違うわよ! 遠慮とかじゃなくて、だって……私のしたことってここの人たちにとってはいい迷惑だったりするわけじゃない! 余計事態を拗らせちゃうかと思って黙っていただけよ!」

 リョウが半ば怒鳴りつけるような勢いでアウラを睨み付けると。

「ええ! なんで迷惑なんですか? ……え、まさか……騎士隊が縮小されたから……?」

 目の端の涙をぬぐいながらクレイアムが訊いてくるので。

「だって、騎士の仕事って生活の保障にはなるでしょう? 私だって前にいた都市では生きていくために騎士隊に入ったようなもんだったし」

「生きていくために騎士隊に?」なんて眉をしかめるクレイアムにアウラがボソッと「この人、二級騎士で満足してたんですよ。あり得ないっしょ?」なんて情報を付け足すと「……お人好し……」と呟いたクレイアムが眉を寄せたまま視線を泳がせた。

 

 そんなやりとりをしているとドアがガチャリと開いた。

「あ! すみません! うるさかったですか?」

 リョウが我に返ってドアを開けて顔を出した宿の主人に謝ると。

「ああ、いえいえ。大丈夫ですよ。むしろ治療の緊張がほぐれてスムーズに進んだようですよ」

 そんな言葉とともにドアが大きく開けられた。

 ドアを開ける宿屋の主人が口元をわずかに歪めているのはもうこの際見なかったことにしよう、とリョウが小さく咳払いをする。

「ああ! リョウさん! ……あ、いや、守護者(ガーディアン)殿! この度はありがとうございました!」

 ベッドの脇に寄せた椅子に座っていたヒロセがリョウを見て立ち上がり、頭を下げる。

「わぁ、そんな大層な呼び方しなくていいから! ……で、どうなの?」

 いそいそとベッドの方に歩み寄りながらリョウが声をかけると、ベッドから離れて手を洗っていた、医師を名乗っていた男がその手を拭きながら戻って来て。

「出来ることはした。薬草の種類を間違えた上、拒否反応を緩和させようとしてさらに間違った処置をしたのが全て悪い方に行ったんだろうな。あとは今夜を無事に乗り切ってくれれば回復するだろう。……その医療行為をした者は中途半端に知識があったのか単にそれらしい行為を見たことがあって見よう見まねでやってみた、といったところだろうな。医学を志す者にはきちんと危険行為や間違えやすい薬草の類は教えられるはずだからこんな初歩的な間違いはあり得ないし、生半可な覚悟で人間を扱ってはいけないことも本来なら教えられる筈だ」

 そんな説明を受けながらリョウがベッドを覗き込むと額に汗を浮かべた男、イグアスが少々荒い呼吸のまま目を閉じている。

 それでも運ばれて来た時と比べるとかなり落ち着いているように見えたのでリョウも安堵の息を吐いて。

「良かった。……ねぇ、奥様を呼んできたほうがいいんじゃないですか?」

 リョウが振り返って宿屋の主人に声を掛ける。

「え……ああ、そうですね」

 そう言うと彼はいそいそと部屋を出て行き、それを見送ったアウラが不思議そうな目をリョウに向けたので。

「息子さん、なのよね?」

 リョウがヒロセの方に視線を向ける。

 

 なんとなく、女将さんとご主人のヒロセを見る目が純粋な敵意や嫌悪ではないような気がしていた。そしてヒロセがイグアスについて話そうとした時の態度もまた。

 ベッドで横になっているイグアスはここに担ぎ込まれた時……もっと言えば森で遭遇した時は薄汚れていたからはっきり分からなかったけど、女将さんと同じ癖のある赤毛に近いブラウンの髪だし、汚れをキレイに拭き取られた顔はどことなくご主人にも似ている。

 ヒロセはきっとイグアスの幼馴染か何かだ。だから彼の危機を知らせに、そして助けを求めに恥を忍んでここに来た、んじゃないか、なんて予想してしまった。

 

「そういうこと、です」

 リョウの言葉にヒロセが視線を落として答えた。

「……俺はどうにかこいつを止めたかった。こいつは思い立ったら絶対に引き返さないやつで……東の都市で騎士になると思い立った時もそうだった。あの都市は騎士を大事にするような都市じゃないからやめろと言ったがこいつは聞かなくて……こんな事になって盗賊に成り下がるのも止められず……結局ただズルズルとついて行っただけになっちまった。いつかちゃんと説得しようと思っていたのに……。今回の戦いで戦果を上げた当の守護者(ガーディアン)が俺たちなんかに情をかけたのがこいつには一番こたえたみたいだったよ。西の都市にちゃんと協力もしなかった俺たちが、しかも人として落ちぶれた俺たちが襲いかかったっていうのに復讐するどころかあんたは俺たちに自分の食料を譲ってくれただろ? あんな森の中で食料を手放すことが何を意味してるかなんてみんな知ってる。そんな捨て身の……親切なんて受けたことがなかったんだ」

「捨て身のお人好し」

 噛みしめるように説明するヒロセの言葉が最後にほんの少し躊躇うかのように詰まったところでめざとくアウラがボソリと突っ込む。

「アウラ……!」

 リョウが赤面しながらアウラを睨み付けるとアウラの隣でクレイアムがぷっと吹き出した。と、つられるように神妙な顔をしていたはずの医師までも視線を逸らして「くっ」と喉の奥を鳴らす。

 もう! 今、結構、感動的な流れだったわよね! なんでわざわざぶち壊すかなぁ!

 なんてリョウが恨めしそうにその場の全員をぐるりと見回すと。

「……そうじゃないよ」

 ベッドから弱々しい声が上がった。

「イグアス……?」

 ヒロセが慌てるようにベッド脇の椅子に改めて腰を下ろして、いつのまにか薄っすらと目を開けているイグアスの顔を覗き込む。

守護者(ガーディアン)殿に情けをかけられたからだけじゃないよ。お前が説得してくれたからだ。……ずっと、俺のそばから離れなかったお前が……ただついて来るだけだったお前が……あんなにはっきり俺を叱り飛ばすなんて……ちょっと感動した。……本当に俺のこと考えてくれてたんだなって思って」

 荒い息の間で紡がれる言葉はそれでもしっかりとした声で、ヒロセが軽く息を飲む。

 そんな様子を見届けて。

 

 リョウがふわりと、微笑んだ。

 うん、これならうまくいくんじゃないかな、色々と。

 ドアの方を振り返ると開いたドアの外に女将と主人が立っているのが目に入り、リョウがそっとベッドを離れる。

 つられるようにアウラとクレイアムがドアから外に出て入れ替わるようにドアの外の二人を中に入るように促す。

 事情を察した医師も部屋から出たので、部屋の中には夫婦と息子、そしてその息子の友の四人になった。

 そんな部屋のドアをそっと閉めたリョウが振り返るとクレイアムが「下に行ってお茶でも入れましょう」と声をかけてくれた。

 

 

 

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