町の宿
「えーと……?」
紹介された宿に到着して、部屋に案内されたところでアウラが声をかける。
一緒についてきた役人に。
門衛が呼んできた役人が案内してくれたのは本当に質素な感じの宿だった。
泊まり客は他にもいて、いかにも「よそ者」といった感じの人たち。
で、その役人は宿に案内してくれただけかと思いきや、ご丁寧にも部屋までついてきて、部屋に一緒に入ろうとするので。
「一晩、なんですよね? わたしもご一緒することになりました」
「は?」
アウラが役人の一言に目を瞬かせる。
で、リョウは。
ああ、なるほど。なんて微妙に納得したりして。
宿に着いてみたら案内された部屋はアウラと同室。家族でもないのに男女を一部屋に入れるのか、と思ったら「二人きりじゃない」から、ということだったらしい。
ちなみに案内された部屋は小さな部屋とはいえ数人が泊まれるような二段ベッドが二つもあるような部屋だ。ただ、本当に寝るだけ、という想定らしくドアから入って左右にそんなベッドがあって……他にはくつろぐような余分なスペースはほとんどない。あとは奥にバスルームと思われるドアが一つあるだけだ。
これはなんだか……監視される感じ、なのかな?
なんてリョウは納得しながらも苦笑を浮かべてしまう。
「お二人は……田舎から来たと、おっしゃったんですよね?」
役人がちらりとリョウの方に目をやりながら言葉を返してくる。
こんな町の役人にしては……なんて言い方をしたら失礼かも知れないが、下っ端の兵士とかじゃなくてちゃんとした騎士並みに鍛えられていそうな均衡の取れた体をしている男だ。物腰もどことなく品がある。
明るいブラウンの髪は短く整えられており、明るい灰色の瞳には隙がないように見えて、ちゃんと訓練されている騎士と言われても納得できる。
「ああ、そう、ですね」
アウラがわずかに言い澱みながら言葉を返した。
「そういうあからさまな嘘をつく人はとっても怪しいので、役人の監視下に置かれるんですよ。ああ、一晩とはいえ宿を共にする間柄ですので自己紹介しますね。クレイアムと申します」
「なんであからさまな嘘だと?」
クレイアムと名乗った男にリョウが軽く微笑みながら聞いてみる。
特にケンカを売る気はない。ただなんとなく、彼の方も敵意を見せているわけではなさそうなので聞いてみた。
「その格好。マントの下は身分のある人の服装でしょう? しかも剣。田舎の成り上がり騎士には見えないですよ。そんな人が供の者を連れているなら田舎者の旅行者とも考えにくい」
「あ……ら」
クレイアムがリョウの方をちらりとみてからアウラの方にも改めて目をやるのでリョウは「バレちゃった」と言わんばかりにマントを脱いだ。……というか、すでに室内。敵意のある相手ではないならもうそろそろマントは脱いで休憩したいところだ。
マントの下は守護者の上着だ。深い青が都市の色であるとバレたかどうかは別として裾と袖口には都市の紋章の刺繍が入っているし、仕立てが良いので田舎者には見えないかも知れない。
「騎士じゃなくたって剣くらいは持ってると思うけどな」
アウラはちょっと不服そうだ。
「……え、ああ。でも、騎士でしょう? なんていうか、立ち居振る舞いでわかりますよ、わたしも元は騎士でしたから」
くすり、と。クレイアムがはにかむように笑った。
あら。
なんて、リョウが目を丸くする。
怖い感じの人が急に優しくなったな、と思って。
「元騎士、ってことは今は……?」
リョウが荷物をベッドの上に置きながら尋ねると向かいのベッドに腰を下ろしながらクレイアムが。
「今は単なる使いっ走りみたいなもんですよ。しばらく前に西の都市で敵の完全制圧があったとかで騎士の需要が減りまして。こんな町では経費削減のために以前のような騎士自体がほぼ廃止されたんです。町の治安維持のために形式ばかりの騎士隊がいる程度、ですね」
あ……。そうか。
騎士って、以前はどこに行っても生活は保障されている身分だった。その出費を減らすことができるというのは都市でも町でも相当な経費削減になるだろう。
ということは、これ、自分がその西の都市から来たこととか……ましてやその戦いで華々しく戦った本人だなんて察知されるような名乗り方とかしなくて正解、だったかも。そのせいで職を失ったようなものだし。
なんてリョウがちょっと口元を引きつらせた。
「で、本当はなんの用事でこの町に?」
クレイアムが正面からリョウと目を合わせてくる。
「あー、本当に宿が欲しかっただけなのよ。森を抜けようかと思ったんだけど昨夜盗賊に遭っちゃってね、食料全部上げちゃったから食べ物も仕入れたくて」
「盗賊……?」
途端にクレイアムの目つきが鋭くなってリョウが「おや、何か変なことでも口走ったかな」なんて背筋を伸ばすと。
「そういう嘘は通用しませんよ。だいたいあの盗賊に遭ってそれだけの身なりのまま逃げ出せるはずがない。そもそも、あなた女でしょう。逃れてきた女がそんな格好でいられるわけがない」
……あの人たち、相当評判悪いわね。食料あんなにあげるんじゃなかったかも! なんて内心舌打ちなんかしつつ。
「私の護衛、とっても優秀なの」
うふ。とリョウが笑ってみせる。
「なのに食料は持っていかれたんですか?」
「俺の主人、めちゃめちゃお人好しなんだ」
隣に立ち尽くしているアウラがボソッとこぼすように答える。
「お人好し……」
クレイアムが眉を顰めてリョウの方に視線を戻してきたので。
「アウラ……なんか、変な誤解されるからそういう言い方やめて?」
と、リョウが辛うじて笑顔を作って一言。
「だってリョウさん、さっきから思ってたんですけど、そこに寝るつもりでいません? 俺、自分の主人の上で寝るとか嫌ですよ? なんで下に陣取るんですか?」
「え? ……そこ? そこなの?」
リョウが思いっきり予想外のところを指摘されてアウラをまじまじと見つめる。
そういえばリョウもクレイアムも荷物をベッドに置いているのにアウラはまだ荷物を持ったまま立っている。どうやらリョウが今座っているベッドに腰を下ろそうと狙っている、らしい。
「だからリョウさんは上に行ってください。だいたい隣に寝るの、その役人なんでしょ? なんで知らない野郎がリョウさんの隣に寝るのを黙認しなきゃならないんですか」
「いや、あの。別に一緒のベッドで寝るわけじゃないし。ベッド離れてるわよ?」
リョウがアウラを見上げながら念を押してみる。
わざわざ上に上がるのめんどくさいなーなんて思ってしまうので。
と、向かいに座っていたクレイアムがこほんと小さく咳払いをした。
「……二人は本当は姉弟か何か、ですか? まさか夫婦とかじゃないですよね?」
「は?」
と、リョウ。
「違います!」
と、アウラ。
二人の反応に一瞬目を丸くしたクレイアムが小さく吹き出した。
「……リョウさん、あのね。アウラ君が言うように上に行った方がいいですよ。なんとなくね、騎士の上下関係的な感覚からしても……それが自然だと思いますけど」
くすくす笑いながらクレイアムがリョウから視線を外すので。
「えー、めんどくさいなー」
なんて言いながらリョウがようやく腰を上げた。
まぁ……そう言われればアウラの気持ちも分からなくもないかな、なんて思えてきたので。
宿屋の一階には食堂があり、泊り客はだいたいそこで食事を済ませているようだった。
リョウとアウラが宿屋に到着した時、すでに食堂は混み合っていたので部屋で少し時間を過ごした後二人は下階に降りた。クレイアムも一緒だ。
……そうか、監視役だと全行動が一緒、ということになるのね。なんてリョウは納得する。
「……リョウさんの作る料理の方がいいなぁ……」
目の前の具沢山のスープをスプーンでかき混ぜながらアウラが小さく呟いた。
「こら、失礼よ。せっかく作っていただいてるのに! それに、これ、ちゃんと美味しいじゃない」
リョウが目の前のアウラをたしなめつつ、スープを口に運ぶ。
具沢山のスープはおそらくまとめて作ってあったようで野菜が半分ほど煮崩れている。でもそのせいでスープ全体にとろみがついてリョウにとっては美味しいと思えた。なんだか懐かしい味だ、と思えて。
それに野菜だけではなくてミートボールも入っている。肉の固まりではなくてミートボール。これって一度すり潰した肉に油脂やパン粉を加えて練っている物で、煮込み過ぎても固くならないし、油脂が混ざっているのでスープ全体にいい感じに出汁が出る。……まぁ大抵は塊として売り物にならない肉の再利用だったりするから高級な食材ではないのだが、安価な大衆食堂では定番的な食材だ。
「だって、パンだって固いし……リョウさんが作る食事はいつも焼きたてパンだったじゃないっすか……」
アウラがわざとらしく情けない声を出すので。
「あのね。こういう温かい食事ができることに感謝しなきゃダメよ。それにね、このパンはこうやってスープに浸して食べたら美味しいのよ」
リョウが乾いて固くなったパンをちぎってスープに浸して食べてみせる。
うん。やっぱり美味しい。
なんてつい笑顔になってしまいながら。
「……お二人の関係が本当に読めなくなってきた……えーと……本当に姉弟とかではない……?」
「違います」
「違うって言ってんだろ」
同じスープを食べていたクレイアムが頬杖をついてため息混じりに二人を眺め、ついこぼしたと思われるセリフにリョウとアウラが即答する。
「この町で何をするつもりなんですか?」
「一晩の宿を借りて、あとは食料調達よ」
「さっき言ったじゃん」
再び問い尋ねてくるクレイアムにまたしても二人が即答。
「……で、本当はどちらから?」
「……うふ」
続けて訊いてくるクレイアムにリョウがわざとらしく微笑む。
……だって。さっきの話を聞いた限りじゃ、言わない方が良さそうだし。
「……っと、あー、お姉さん!」
リョウがはぐらかすように空いたテーブルを片付けていた宿屋の女将に声を掛ける。
「……へ? お、お姉さん?」
素っ頓狂な声を上げて顔を上げたのは五十代半ばくらいの女性。……まぁ、言ってみれば孫がいてもいいかもしれない、くらいの女性だが。
リョウが宿に到着した時からパタパタと働く様子がとても若々しくて、しかも泊り客は皆んな見るからに余所者なのにとても愛想が良かった。そのせいか雰囲気が「若い!」と思えていたのでリョウはついそう呼んでしまったのだが。
「はい、お姉さん。忙しいところごめんなさい。お食事とっても美味しくいただいてます! で、ちょっとお伺いしたいんだけど、明日の朝、出発するときに携帯用に食料を少し買わせていただけませんか?」
ここで調達できるなら町の中を歩き回ってクレイアムに下手に心配かけることもないだろうと思うので。
と、途端に女将が朗らかに笑い出した。
「あははははっ、まあまあ、お姉さんなんて呼ばれたの久しぶりだわ! しかもこんな残り物みたいな食事で感謝されるなんて! あんた面白いわね!」
それでも決して嫌味な感じではなく、飽くまで朗らか。
「あら。だって、本当に美味しいですよ? よく煮込んであって味がしみてるし。元々の味のセンスがいいんですね。それにお姉さんは、接客がとっても上手! 見ていてびっくりしちゃった! そんな風に接しているからお客さんも皆んな和やかなんだわ」
これは嘘偽りなく本当。
それこそ食事がここまで質素だったら疲れて泊りに来ている客の中にはアウラのように不満を感じる者もいるかもしれない。なのに一階の食堂はとても和やかだった。これはこの女将さんの接客の腕によるものだとリョウは確信している。
「あら。ありがとう! ホントはね、もう少しまともな料理も出したいのよ。でもうちはこういう余所者専門の宿だからね、資金が足りなくて。人も雇えないから主人が一人で全部作っててどうしても手抜きになっちゃうの。ごめんなさいね。そんなわけで……明日の携帯用の食料ね……できないこともないんだけど……」
ああそうか、人手不足。
リョウが言い淀んだ女将の言葉の意味を察してにっこり笑う。
「お金は払います。場所を少し貸していただけたら自分で作りますよ」
「あら、話が早いねぇ! それならいいよ。そのかわり朝は忙しいから場所を貸せるのは皆んなの朝食の後になるけどいい?」
快く女将が承知してくれたのでリョウはにんまり。
自分で作るとはいえこれなら外を出歩かなくていいからクレイアムに迷惑はかからないこと決定だな。なんて思えて。
「リョウさん! 明日作るものって何ですかっ?」
アウラがベッドの下の段からニョキッと頭を出して上の段のリョウを覗き込み、声を掛けてきた。
「んー、だって何があるかわからないから……まだ決めてないけど。パンがあればサンドイッチ……と言いたいところだけど日保ちさせたいから何かを挟むようなことはしないで、保存の効きそうなパンとかチーズとかそんな感じのものを分けてもらえればいいかなって思ってるんだけど」
リョウが荷物の整理をしながら答える。
「えーそれだけっすか? なんか作らないんすか? だし巻き卵とか!」
「あのねぇ……ピクニックに行くんじゃないのよ。それに出汁なんて贅沢なものこんなところで作らせてもらえるわけないじゃない。あれ、残った魚とか海草とかって本来捨てちゃうのよ? 私は勿体無いから手を加えて使ってるけどあれはあれで時間と手間がかかるの! こういう所でそれはまず却下です!」
パシッと言い捨ててアウラの方をキッと見据える。
と。
「……くっ!」
下のベッドで小さく笑いをこらえる声が漏れた。
リョウが思わず身を乗り出して下に目をやると、隣のベッドでごろりと横になったクレイアムがこちらに背中を向けたまま肩を震わせている。
……そんなに可笑しいかな。いや、微笑ましいくらいならあるかな。……微笑ましいかもね。うん。いっそのこと「私たち、姉弟です」って言っちゃおうかしら。
なんて考えていた矢先。
下階でドタドタと足音が聞こえた。
続けて何を言っているか聞き取れないが、何かを言い合うような声。
喧嘩、だろうか。それとも誰かが怒鳴り込んできたのか。
反射的にクレイアムが身を起こし、耳をそばだてる。
リョウとアウラも耳をそばだて、ついでに意識を集中して下階の気配を探る。
「……様子、見に行くなら私たちもついて行ったほうがいい?」
リョウがクレイアムにそっと尋ねる。
訝しげな顔でこちらを見上げてくるクレイアムに。
「俺たちから目を離す訳にいかねーんだろ? あんたが行くならついて行った方が手間省けるじゃん。なんなら手伝うぜ?」
アウラがクレイアムの正面からにっと笑ってみせた。




